3.揺さぶりと長い週末のはじまり⑤
シーナに害を与えるような相手は、再起不能にして、消してしまえればいいと思った。
けれど、それをするためには、僕はもっと体が大きくて、重くて、強くて、そして常に1対1の状況にしなければならない。
そして、シーナから離れなければならない。
誘拐犯の車をボコボコにしている時、シーナはひとりだった。
もし、その時もう1人の共犯者がいたら、車をバットで殴るのに夢中になっている僕から、遠くへシーナを連れ去ることができた。
相手を攻撃する間、僕はシーナを守れない。
それじゃダメだ。
一番大事なのは、シーナを守れること。
相手に攻撃されても、それに対抗してボロボロになってまで相手を潰すより、受け流してすぐにシーナのそばに立てる力の方が必要だ。
稽古の間は何も考えていない。
稽古を終えて、ひとりで帰る時間にふと理解する。
あぁ、父さんが僕に合気道を習わせたのは、こういうことを伝えたかったのか。
とか、
シーナに危害を加えようとする相手の体は、先生たちと全く違うなあ。
とか。
技をかけるために、相手と組むとなんとなくだけと、何かが分かる気がした。
シーナに絡む奴らは、意識が僕の方へまったく向いていなくて、侮られているってこんな感じなんだなと毎回思う。
本当は、組み合う前に相手が逃げてくれればいいのに。
やっぱり僕の身長ではシーナを無言で守るだけの威力はない。
このまま身長も筋肉もつかないまま、成長が止まってしまったらどうしよう。
稽古終わりの掃除の最中、妙に悲観的になってしまった。
体の大きさより、技や心を確かなものにすれば良いと先生にも言われていたのに。
「身長っていつまで伸びますかね?」
雑巾を絞って、軒下に干す。
前にいた身長が大きな清野さんを見上げて思わず言った。
「えーと、まだ伸びてる」
「ええ?!大学生になっても伸びるんですか?!」
思いがけない答えに驚く。
「去年より2センチ伸びて、187センチになってた」
「……すごい」
「雅樹くんはまだまだこれからでしょ」
「そうそう。男の子って高校生になってから伸びる子もいたし」
清野さんの後ろから、ボブヘアを揺らして玉城さんが笑う。
玉城さんは清野さんと同じ大学生だが、小学生の時からこの道場で合気道を習っている。
僕が通い始めた頃、一番面倒を見てくれた人でもある。
「せめてシーナよりも身長は欲しいです」
「あんまり変わらないよね。そろそろ抜かすんじゃない?」
「うーん。シーナもまだ伸びてるっぽいんで」
「それはそれは」
渋い顔をして玉城さんが腕を組んだ。
シーナに流れる西洋の血は侮れない。日本人男性の平均身長がシーナの家族から見ると、女性の大きさになってしまう。
「とりあえず、適度な運動はしてるから、あとは睡眠と食事しかないわよねぇ」
「ですよねー」
玉城さんと一緒になって腕を組んで首を傾げた。
清野さんは家族全員が大きいから参考にならないとすでに知っている。
「雅樹くんのお兄さんは180ないんだっけ?」
「ないですねー。最近会ってないけど」
「まぁ、もう伸びないだろうしねー」
「父方の従兄弟は大きいんですけど」
「手や足が大きい人は身長が伸びる証拠とか言わなかったっけ?」
「それ、大型犬の子犬は足が太いのと同じ理屈じゃないですか?」
ああでもないこうでもないと、玉城さんと話しながら、道場に戻った。
着替えを終えて外に出ると、私服姿の清野さんと玉城さんが、いつくもエコバッグを提げて立っていた。
「買い出しですか?」
「午後の部の人たちが終わったら、宴会だからね。午前の部の下っ端が買い出し部隊よ」
「雅樹くんも大人になったら混ぜてあげるよ……」
「そんなテンション低い顔で言われたら、混ざりたくないですよ」
「20歳になったから、お酒も飲めるようになっちゃったからさぁ。憂鬱なんだよ〜」
「アルハラする人はいないから大丈夫だって言ってるんだけどねー。清野さん怯えちゃって」
「玉城さんは子どもの頃から可愛がられているからそう言えるんだよ」
「えーと、とりあえず中学生なので、僕は帰りますね」
「あと6年なんてすぐだぞ!」
「はいはい、清野さん、買い出し行きましょうか」
情緒不安定な清野さんを気にすることなく、玉城さんがスーパーのある方へと向かい始めた。
僕は2人に挨拶をしてから、自転車置き場の方へ向かった。
リュックを背負ったまま、自転車にまたがり道路に出ようとした時。
「……あ〜っ!」
道路の角にある生垣の向こうから、女の子の声と何か物が落ちる音がした。
サドルに座ったまま、自転車でゆっくり近づくと、玉ねぎが転がっていた。
自転車を停めて、転がっている玉ねぎを拾って落とした人に声をかける。
「これ、落ちたもの。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
しゃがんだまま、破けたビニール袋の周りに玉ねぎや茄子を集めている女の子が、慌てた様子で顔をあげた。
「あれ?武田さん?」
「え、雅樹せんぱい……?こ、こんにちは」
(*´ー`*)おや、こんな所に武田さん。
次回は、11月上旬の予定です。