3.揺さぶりと長い週末のはじまり①
( ;´Д`)お待たせしました〜。更新遅れてすみません。
「土田先生、このままだと僕の文化祭用の作品が描けません」
美術室でシーナと僕を囲んで、鉛筆を走らせる部員たち。
そこに混ざって座る顧問の土田先生。
アラームが鳴った後に、話しかけたはずなんだけど。
「……あ、すまん。雅樹、もう一回言ってくれ」
3回目でようやく気付いた。
深く沈んだ集中力が恐ろしい。
「……土田先生、このままモデルだけをやっていたら、僕は文化祭の絵が描けません」
「あ、確かにそうだな。悪い。……じゃあ、10分休憩。ちょっと考える。シーナくんも休んで」
まだじんわりと夏の暑さが残る夕方。
ほうっと何人かのため息が出る。
手に持ったスケッチブックを閉じたり、描き直したりとそれぞれに動く制服の中。
ひとりだけ、セーラー服のスカートを揺らして、シーナが中央の椅子から立ち上がる。
さらさらとした金髪が夕陽に透かされて、影になった顔の中でも真っ青な瞳だけが輝いて見えた。
「雅樹」
「シーナ」
目の前に立つ僕の肩に手を伸ばすと、そのまま肩に顔を埋めてくる。
「少しだけこのままでいさせてね。同じポーズで疲れた」
「……それなら外の空気に当たろうか?」
「うん、連れてって」
目を閉じたまま、シーナは僕の腕に絡みついた。毎日のポーズモデルで、シーナも疲れているみたいだ。
僕は黙ってベランダへとシーナを導く。
後ろの方では、
「夕陽に染められたシーナ先輩の髪が神々しい……!」
「なんであの胸のボリュームであのウエストなのか……!」
「雅樹先輩と一日だけ入れ替わりたい……!」
部員の欲望がダダ漏れで聞こえてくるが、無視しておこう。
シーナがモデルとして僕の中学校を訪れるようになって、最初の金曜日。
すっかり美術部に馴染んでいる。
校門からここまでは必ず美術部員がシーナをエスコートするのだが、毎回熾烈な戦いが繰り広げられているらしい。女子部員の間で。
数少ない男子部員たちは、シーナを遠巻きにしている。
「雅樹すげーな。俺、見てるだけでドキドキする……挨拶が精一杯」
「別に金髪碧眼で顔がいいだけだし。モデルとしてはいいけど、近づきたくないな」
素直に照れる奴と、妙なツンを発揮してくる奴に分かれる。強い悪意もなければ、無理な接触もしてこないので問題はないだろう。
ベランダに出ると、校舎の周囲をランニングしている生徒たちが見える。
何人かが珍しそうなものを見るように、シーナを見上げていく。
夕陽がシーナの髪を黄金色に染める。
黒髪しか見ない日本で、シーナの髪色はどうしても目立ってしまう。
シーナはその視線だけでも疲れてしまうから。
ゆっくりと手を伸ばして、シーナの髪をすくう。
「シーナの髪は綺麗だね」
「えへへ」
コンプレックスを育てないように、僕はシーナの全てを褒めて伝える。けれど、生まれた時からこの髪と瞳がシーナだと僕は思っているから、ただ褒めたいだけなのかもしれない。
それは言葉を覚えた時からの僕の習慣。
それなのに、同級生の女子部員にはどこの少女漫画だと言われる。なぜだ。
10分間の休憩の後、お互いのスケッチを見せ合い、それぞれの修正点と良いところを言い合う。
その間、土田先生に呼ばれて提案されたのが。
「シーナを描いている僕をそのままモデルにするんですか?」
「うん。色々考えていたんだが、シーナくんをメインにするにしても、単独より雅樹が入っていた方が収まりがいいんだ。
それに少し距離感のある構図にしたい」
「それで、シーナを描いている僕が必要だと」
「うん。まぁ、ちょっとお前には照れ臭いだろうから、先に言っておくと、テーマは『憧憬』なんだ。
モデルに憧れながら手の届かない絵描き、っていう構図になるんだけどな。
あ、もちろんただのモデルへの説明で、お前らがそうだってことじゃないんだ」
「はぁ」
「これだけ普段の距離を見てれば誰でも分かるだろうけどな。まぁ、一応の説明」
「わかりました。僕もシーナを描けるのならその方がいいですから」
「頼む。ただ、他の部員が今までに描いたポーズで作品にするっていう時は、今まで通りのモデルを頼む」
「はーい」
美術室の片隅で、顧問の土田先生に拝まれるように頼まれたら断りようがない。今後何かの評価に上乗せしてくれることを期待しよう。
話を終えて周りを見回すと、シーナが女子部員たちのスケッチブックを順番に見ている。
何だかニヤニヤしているのが何人かいるけど……あ、イラストが得意な人たちだ。
きっとデフォルメされたシーナが描かれているんだな。
メイドとか猫耳とか、たぶん何かの加工はされてる。
僕もシーナをモデルに作品を描く場合、どういうものにしようか。
ぱっと思いつかなかったので、美術準備室にある画集を見ることにした。
ひとり隣の準備室へ入ると、すでに先客がいた。
ふんわりとした黒髪を肩の上で揺らして、驚いたように丸い目で僕を見上げる。
武田さんだ。
「雅樹せんぱい」
「武田さんも画集を見てるの?」