2.美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけど⑦
「じゃあ、シーナおやすみ」
「うん。おやすみ、雅樹」
灯りのついたシーナの家の玄関の中まで送り届けてから、僕は乾いた髪を触りながら自宅に戻った。
「……なんだか犬か猫になったみたいだな」
「シーナちゃんにドライヤーされてよかったでしゅね〜」
「……母さん、僕が今反抗期真っ只中の年齢だって、分かってる?」
「お腹を痛めて産んだ我が子が、目の前でイチャコラしているのを突っ込まずに見守っている母の気持ちがわかる?」
「……それより、シーナ大丈夫だった?」
「話そらすの下手か。冷蔵庫から豆乳持ってきてー」
「はぁい」
反抗期を表現しきれないのは、一番親に見られたくないところを常に見られているからだろうか。
末っ子の僕に対して母さんの反抗期の扱いは雑だ。兄さんの時はどうだったんだろう。
素直に冷蔵庫から紙パックの豆乳を母さんに渡し、もう一度訊いた。
「で?シーナ大丈夫そうだった?」
「ご飯の前にお茶を淹れてもらった時はまだちょっと沈んでいたけど、私が夕飯を食べている時に電話が掛かってきて。
知り合いのお姉さんって言ってたかな。
その人としばらく電話した後からだんだんいつも通りになっていってたわね。
相談して楽になったんじゃないかしら」
「これくらいの傷なら、公園で遊んでた時に結構つけてたんだけどなぁ」
シーナが貼ってくれた絆創膏を軽く撫でる。
直接触らなければ痛くないくらいの軽い切り傷だ。
「雅樹も落ち着いてるから、大丈夫でしょ」
「なんで僕?」
「雅樹がパニックになったら、シーナちゃんも落ち着けないの。長い付き合いなんだから、それくらい分かるでしょ?」
「……うん。まぁ」
「雅樹が落ち着いていれば、シーナちゃんも安心するし、シーナちゃんが穏やかであれば、雅樹も機嫌よく遊んでたし」
「それ、何歳の時の話?」
「覚えてないわよ。ずっとそうだったんだから。
いいから、あんたも早く寝なさい。
明日からまたモデルやるんでしょ?」
「はいはい。おやすみなさい」
「勉強は早起きしてやりなさいよ。成長ホルモンを優先して睡眠時間をとりなさい」
「はーい」
「はい。おやすみ」
風呂場から聞こえる父さんのなんだかわからない鼻歌を聞きながら、僕は自分の部屋へ向かった。
成長期に睡眠は大事だ。
眠る前にシーナの部屋の方を見たけれど、灯りは消えていた。
おやすみ、シーナ。
***
交番勤務を終え、朝食兼昼食の弁当とカスタードクリーム入りのシュークリームとなめらかプリンを買ってコンビニを出ると、スマートフォンが鳴った。
画面には「山田」の文字。
人目を避けるため、車に乗ってドアを閉めてから電話に出ると、
「おまわりさん。今日もお疲れ様。世間話をいいかしら?」
少しだけ年齢を感じさせる女の声が聞こえた。
黙ったままでいると、電話の女はそれを承諾と受け取ったのか、ひとりで話し続けた。
「昨日、私のかわいいお嬢さまを高圧的にナンパしてきたおばかさんが2人いたの。その内のひとりの名前と住所と年齢と職場がね……」
「…………」
つらつらと、書類をあげたばかりで記憶に新しい男の身元を女が読み上げる。
それを黙って聞く。
「合っているかしら?違っていたら今すぐにこの電話を切って欲しいのだけれど」
「……それがどうした?」
「あら、合っているのね?ふふっ、いいえ。なんでもないわ。あなたは何も言っていないもの。
そうね。どうも消費者金融でお金を借りているのに返済が滞っているみたいだから、ちょっとお金の大事さを知ってもらおうかしら……あとは、行きつけのお店の女の子全員から嫌われてもらおうかしらねぇ。
二度と金色のお嬢さまに手を出そうなんて、冒険心は持たないように男としての自信を粉々にしてもらわないと」
「相変わらずの過保護だな」
「そうかしら?美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけど、やってはいけないことはあるって分かってもらわないと、ね?」
「用事はそれだけか?」
「そうよ、それだけ。
雑談に付き合ってくれてありがとう。
聞き流してくれるだけでありがたいのよ」
「それじゃ」
「ええ、おやすみなさい。
街の平和を守ってくれてありがとう」
言いたいことだけを言って、一方的に電話は切れた。
「俺ら警察より怖いんじゃねえか……」
この街の交番に勤務して2年目。
金色の髪を持つ女子高生と、その護衛騎士のように常にそばにいる普通の中学生男子に関わることが何度かあった。
そのたびに、警察が関与しないところで、加害者たちが消えるなり、おとなしくなることが続いているとある時気がついた。
ただの知りたいだけの好奇心で探ったら、今の電話の女から釘を刺された。
「私たちは、ただ愛でたいだけよ」
余裕ありげに微笑んだ女に、今の電話のように便利に使われている。
「犯罪者集団でもないし、なんなんだあいつら……」
異動した先輩警官には深入りするなと言われている。
深入りも何も、ただの女子高生と中学生男子のカップルを愛でているだけの集団じゃないか、そう答えた時の先輩のあの微妙な顔。
「まぁ、確かにそうなんだが……それで終わるようにして欲しいんだよなぁ……」
先輩がそう言った意味を今さらながら実感している。
なんだかわからないが、この女を筆頭に権力や財力の無駄遣いをしている奴らが多い気がする。
今の彼女がはまっている推し活とかと同じような気がするが、結果的に街の治安を守ってくれているならいいとしよう。
非番の日の午前中は、とにかく眠い。
「飯食って寝よう」
考えることを放棄して、俺は車のエンジンを始動させた。
(*´ー`*)今回はシーナ周辺の裏側の話でした。
次の投稿は、2週間以内の更新を予定してますが……のんびりお待ちください。
ブックマークして、更新通知のチェックボックスをONにしていただければ、ホーム画面で分かるかなぁと思います。
投稿する場合は、ひとまとめを毎日投稿の予定なので。
( ;´Д`)プロットがまとまらない〜
でも書くから!待ってて!!