2.美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけど⑤
そこで手に入れたのが、このグループメッセージだった。
なんでもシーナを守るために特化したスマートフォンのアプリらしいが、私はこのグループメッセージの機能しか使っていない。というか使えない仕様になっている。
サングラスのおばさんが、シーナの友人ポジだから、それ以上は使わない方がいいと言いながら、その場で操作方法を教えてくれた。
そして、それをさっきの古本屋でも使ったのだった。
男2人に絡まれているシーナたちを見た私は、すぐに「シーナと雅樹くんが古本屋で男たちに絡まれている」とメッセージを流し、現在地を送信した。
すると、不思議なことに雅樹くんが男の一人を抑えつけると、近くにいた年配の女性客が、
「きゃあっ!怖いっ!」
とすぐそばにある交番へと走り出し、別の女性客が
「まぁ!血が出ているわ…」
と慌てた素振りで、わざわざ警察官の前で雅樹くんに絆創膏を差し出していた。
そしてその間、男たちが逃げ出さないようなフォーメーションで、退職後と思われる有閑世代のおじさんたちが物見高く囲んでいた。
どこまでがシーナ見守り隊の人たちで、どこからが一般の人なのか、正直分からない。
いや、たぶん、全部シーナ見守り隊の人たちなんだろうけど、それを認めたら何かおしまいになってしまう気がするから、認めたくない。
知らず知らずの内に、私の顔は虚無になってしまっていた。
何度も見てるけど、まだ慣れない。なんだこれ。
その後。
シーナと雅樹くんが、警察官から状況の説明を求められたので、「しばらく時間がかかる」というメールをシーナからもらった。
古本屋の入ったビルの入り口で私が手持ち無沙汰に立ち尽くしていると、スマートフォンを手に持ったおじさんが目の前で操作しはじめた。
数秒後。
まだ手の中にあるスマートフォンが振動する。
画面を開くと、「時間潰しにこちらへどうぞ」と、グループメッセージが来ていた。
顔を上げると、目の前のおじさんがにこにことした顔で会釈をしてきた。
そして、今、このビルのオーナーだというおじさんと一緒に、こっそりと防犯カメラの映像を見ている。
「状況から分かるだろうけど、警察から求められれば出すからね。これなら雅樹くんの顔に拳がかすったのが分かるだろ」
「指輪か何かが顔に当たったんですね」
「いくらターンオーバーが優れているからって、傷はつけてほしくないなぁ」
「ですよねー」
あんなに短時間で雅樹くんが相手を投げることは、ほとんどないけど、今回は相手がシーナの肩を抱き寄せようとするまでが早すぎた。
そういえば、クラスのかわいい部類に入る子たちが、「最近、ヒャッハーって必ず言う男にナンパされてうざい」と言っていたが、アレか。アイツらか。
「とりあえず、このビルの警備をちょっと厳しくするから、またここに遊びにおいで。何かあったら、おじさんの名前出していいから」
「そうですね。シーナが外に出なくなるのも嫌ですから、またここに遊びに来ます。
あ、でも、何で私と知り合いになったか…」
「真坂先生の本なら、全部持ってるからね。それ、真坂先生のだろ?」
おじさんが指差した私のカバンから、真坂先生の本の背表紙が何冊も見えていた。
おじさんはその指をゆっくりと上に向けると、
「『婚約破棄よりドブ沼の水全部抜きが気になる公爵令嬢』シリーズ、初版限定ショートショート集まで、全部この上の階の部屋にあるよ……!」
「な、なんですって……!」
「ああ、まさか真坂先生のファンと出会えるなんてな……。思わず声をかけてしまったよ」
にやりと笑った。
私たちは、2つの好みを共有する同志として、固い握手をしたのだった……!
***
交番から出ると、少しだけ日が暮れ始めた空が見えた。駅に向かう制服姿の学生たちがのんびりと、目の前の歩道を歩いている。
少しだけ、その学生たちからかばうようにして、シーナに手を伸ばした。
「シーナ、疲れた?そこ、段差あるから」
「……雅樹、ごめ」
「何?シーナ?」
「……ううん、ありがと」
弱い笑みを浮かべて、シーナが僕の手を握った。
少しだけ、シーナの視線が僕の頬に貼ってある絆創膏に向いた。
「前に来た時は、誰にも声をかけられなかったから、大丈夫だと思ったのに……」
「仕方ないよ、シーナはかわいいから」
「……雅樹」
「きれいな髪だから、目立つのは仕方ないよ。だから、そのままの髪でいてよ」
「うん」
「シーナの方が変わる必要はないんだからね」
「うん。そうだね」
悠河さんの待つ古本屋のビルに入っても、シーナは黙ったままだった。
「雅樹くーん!かっこよかったよー!こう、くるってなって、ばーんて!」
「うーん、まだまだ体の動きができてないなぁと思いました」
「そうなの?」
「相手が倒れてくれただけです」
「まあ、ヒャッハーしか言ってないからね。なんか弱そうだったし」
僕たちは、塾に向かう悠河さんと駅前で分かれた。
真横から差してくるオレンジ色の夕日がうつむくシーナを照らしている。
何度か僕の頬にある絆創膏に目を向ける。
悠河さんがくれた炭酸飲料を飲みながら、シーナは時々相槌を打って、僕の手を握っていた。




