勇者の仲間その2:お金と魂が欲しい聖騎士
人間の身体から肉と臓器を取り除いた骨だけの魔物、スケルトン。腐り切って爛れた肉体を引き摺りながら、人間の肉を好んで貪る人型の魔物、グール。
この代表的な二体を含めたアンデット系統の魔物は皆、生物が死亡した事によって産まれる魔物である。
アンデット系統の魔物は、遺体が魔物の残留物を吸収した状態で長らく放置されることで、初めて生まれるのだ。その際、元となる生物に肉体が残っているならばグール系統に、骨だけとなっていればスケルトン系統となって発生する。
その成り立ち故、生物が持つ痛覚や恐怖といった感情が無い為、アンデット系統の魔物達は皆、元となった遺体の記憶や経験による武技と、手足を引きちぎらない限り動き続ける厄介な生命力の二つを持ち、知る者に取っては最も忌み嫌われる系統である。
そんなアンデットの魔物を相手に、恐怖という忘れた感情を植え付けさせる女が居る。
「ほぅ、死に損ないの癖に、私を狙うとは随分と命知らずですね。貴方達は」
生者でも死者でも無い半端者のスケルトンを、ミレーヌは褒め称えながらも頭蓋骨を掴み上げる。
「私は聖職者ではありませんので、貴方達を救うことは出来ません。そうだとしても救う気など毛頭ありませんがね」
アンデット系統の魔物は、総じて聖職者へと群がる。それは死に損なった故に天国を望むからなのかは定かではないが、そうした傾向にあるのは確かである。ミレーヌは修道女でも教主でもないが、それに親しい何かを感じ取って、ミレーヌへと襲い掛かったのだろう。
なのに、今はこうして動くことすらもままならず、頭蓋骨を軋む音を響かせながら、顎関節を何かを言いたそうにカタカタと鳴らすばかりである。
「ですが安心しなさい。例え貴方達が二度目の死を迎えようとも、私がもう一度生かして差し上げましょう。ただし」
スケルトンの頭蓋骨が、ミレーヌの手の中で砕け散る。
「私の忠実なる僕として、ですがね」
頭を失ったスケルトンの骨は、関節の接合を失って足元から音を立てながら崩れ去っていく。
ミレーヌは落ちた骨が邪魔くさいと蹴り飛ばし、次の僕となる魔物を探し出す。
そこまで選ぶのには、苦労はしない。
なにせ、候補となるアンデット達は、一人残らず、黒い影に拘束されているのだから。
「出来れば、活きが良い個体を選びたい所ですね。このグールとそこのスケルトンは……及第点としましょうか」
まるで博覧会で展示物を見定めるように、ミレーヌはスケルトンやグール達の瞳を見比べ、その中でも数体、一際どす黒く煮凝っているグールと、抗わんと骨が軋むほどに抗うスケルトンに目を付けた。
一体のグールの瞳にミレーヌが映し出される。それと同時に死に最も近い魔物の目には、ミレーヌを包んでいる黒い靄に隠れた存在までも映し出される。
そこに見えるのは、纏わりつく無数の異形。
その影は皆一様に凹凸や目や鼻、口がないのっぺりとした無貌、それどころか身体的特徴や外見もバラバラであるが、それが人や犬かなど、何の生物を表しているのかを見分けることが出来るぐらいの輪郭を残すのみである。また、その姿は気を反らすと見失いそうになるほど透明であり、全身の輪郭が見える者も居れば、脚や腕、もしくはその両方が欠損して見える者も居た。
「珍しい、貴方には見えているのですね。益々これは当たりを見つけたかも知れません」
ミレーヌは、グールの瞳と自分の瞳が触れ合いそうになるくらいにまで近づけさせ、食い入るように見つめる。
言われずとも、そのグールには既に見えていた。
自分にしがみ付いて離さないその影達も、そして同種の魔物達を自分と同じように拘束するあの影達も。
「霊体、亡霊、悪霊。言い方は様々でしょうが、私は『隷呪』と呼んでいます」
隷属する呪いと書いて『隷呪』。そう呼ばれる無謀無形の存在を称えるかのように、ミレーヌは語り始めた。
「『隷呪』は良い物ですよ。物理攻撃が効かない上に、私の命令には忠実に動いてくれる。何より調達するのに苦労はしませんからね。この世に貴方達のような、生きてようが死んでいようがどっちでも良い半端者が居る限りはですがね」
一人語りを終えると、ミレーヌは指をパチンと弾く。
「解放しなさい」
すると、今までグールとスケルトンを雁字搦めにしがみ付いていた隷呪達が一斉にミレーヌの中へと吸収される。すると四肢すら満足に動かせないほど締め付けられていたグールの身体が一気に解放された。
何故解放されたのか、恐らくはグールになる前であっても、ミレーヌの行動に意味を見出すことは出来ないだろう。
しかし、そこにどんな理由があろうとも、魔物には関係ない。
一度生き返りし魔物達には、飢えしか知らない食欲に支配された屍には、生者を憎んで砕け散るまで戦う骸骨には、チェインメイルから覗き出る女の柔らかそうな肉しか考えることが出来ない。
「さぁ来なさい、貴方達の大好きな肉ですよ、貴方達の大嫌いな人間ですよ。頭の中が腐った死人畜生如きに、躊躇う必要はないでしょう?」
この肉をどうしようか。
嚙みつこうか、切り刻もうか、食い散らかそうか、バラバラにしようか、飲み込もうか、砕こうか、満たそうか。
そんなことを考えるまでもなく、グールとスケルトン達は獲物に群がる獣が如く、本能のままにミレーヌに襲い掛かった。
『グォォォォォォォォ!!』
『カカカカカカカカカカカ!!』
グールが涎に塗れた口を大きく開き、一心不乱にミレーヌの首筋を嚙みつかんと、腐った
身体とは思えないほどの素早さで距離を詰める。スケルトンが骨と骨が衝突して雄叫びのようにも聞こえる音を上げ、錆びた剣や槍を高く振り上げながら迫る。
「そう、それで良いのですよ。そして」
そして、ミレーヌは。
「恨みを残して私に仕えなさい」
槍で一振り薙いだ。
「『呪術技法呪写』」
所詮、槍は武器でしかない。幾ら極めようとも急所を突かない限りは一撃で仕留められず、剣より間合いが広くとも、魔法や弓に比べると圧倒的に短いと言わざるを得ない。
しかし、媒介としては優秀である。
槍の穂先がグールの腹を、スケルトンの肋骨を微かに撫でる。その時間にして僅かであっても、繋がりを持つには十分すぎる。
ミレーヌの内から溢れ出した隷呪達が、ミレーヌの槍を手繰るようにして這いずり伝い、柄を超え、穂先を超え、繋がりの最終地点である魔物の中へと侵入していく。
もしも何らかの要因で大量の隷呪が肉体に入り込んだ場合、生物はどうなるのだろうか。
その答えを、魔物達が自ずと教えてくれた。
『ヴァ?ヴァァァ』
『カカッ……』
朽ちていく。グールの腐敗してだらしなく垂れ下がった身体は、夏場のアイスクリームのようにドロドロと溶け落ちていき、スケルトンを構成する白い骨格は、風に吹かれた砂のように粉塵となってサラサラと消えていく。一度死んだ魔物達が再度死を経験するまでもなく、この世から消滅していくのだ。
ミレーヌは魔物達が消えていく姿を見るまでも無く、背中を向けて槍の底を地面に打ち付ける。
「恨みなさい、抗いなさい、呪いなさい」
―――隷呪を作り出す方法は簡単である。
「その恨みが私の力となるのですから」
痛みを刻むように、憎悪されるように、無力さを思い知らせるように、残酷に、凄惨に、時に淡白に殺せばいい。そうすれば、ミレーヌへの恨みで隷呪は強くなる。
最期を迎えようとしても、朽ちていくしかない魔物達は恨みがましくもミレーヌに擦り寄ろうとする。その手は後少しの届く距離にまで伸びていた。
しかし、ミレーヌが一歩前に行くと、虚しくも握った掌は空を切る。そして何も掴み取る事もなく、死者達は跡形もなく、二度目の生を終えた。
「グールやスケルトンにしては、中々良い隷呪ではありませんか」
そこでようやくミレーヌは後ろを振り向き、先ほどまでグールとスケルトン達が居た地点を見つめる。そこには原型が分からないほどに溶け切った醜悪な肉塊と、極微小の骨粉が積もった砂山が至る所に残っているのみである。
その肉塊と砂山の群生地帯を軽く槍を振り回しながら通り過ぎると、その穂先にミレーヌにしか見えない白い靄のような何かが掬い上げられる。
この白い霞こそ、産まれたての隷呪である。いずれ時が経てば、この隷呪も力を得るだろう。槍先を少し撫でると、吸い寄せられるようにミレーヌの胸元へと消えていく。
「んっ、この感触……どうにも好きになれませんね」
内側から膨張して変形していく奇妙な感覚に、ミレーヌは身震いを覚える。幾ら経験しようとも、隷呪を取り込む感覚には慣れることはない。
だとしても、隷呪を視界にチラつかせながら持ち運ぶよりはマシだと、ミレーヌは自身で無理矢理納得させる。なにせ、そうでもしないと嫌になってしまう。
周囲を見渡せば、未だに隷呪に縛られているグールとスケルトン達数十体。これら全てを取り込もうとするのだから、無理矢理だろうが納得しないと、この量が相手ではウンザリしてしまう。
それもまぁ、しょうがないだろう。隷呪を増やす為に働くのは主の役目、此処は一つ、骨を折るとしようか。
ミレーヌはせめてツマラナイ流れ作業の暇潰しとして、また同じように一人語りを始めた。
「さて、貴方達はどのような死を望みますか?」
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