勇者の仲間その1:炎と勇者が大好きな魔法使い
緑の肌色をした小人型の魔物、ゴブリン。犬の頭を持つ同じく小人型の魔物、コボルト。
その二種の魔物は同じ小型であり、尚且つ魔物と戦う者には、初心者向けの相手、又は有象無象の雑魚だと印象深いだろう、
しかし、それは魔物単体のみを見た場合の話である。数が揃えば大きな脅威となる。
ゴブリンは雑魚に分類される魔物にしては珍しく人間から奪い取った武器を扱う知恵を持ち、同種の仲間と徒党を組んで町や村を襲撃することもある。
コボルトも獣特有の四足での素早い動きに加え、鳴き声を合図にした複数体の連携には、例え戦闘慣れした者であっても翻弄され、たちまちに喉笛を嚙み千切られる。
このように群れると凶悪となる代表の魔物達、およそ百数匹がたった一人のアリアに殺到していた。
「ゴブリンとコボルトばっかりボクの所に来るなぁ。全く嫌になるよ」
女性として魅力が乏しいミレーヌとは違い、胸が豊かで可愛らしいアリアはゴブリンには性欲の大将、コボルトには狩りやすい獲物にさぞかし魅力に見えたのだろう。
それは逆に、それはゴブリンにとって、もしくはコボルトにとっては、最も誤った判断であるかもしれない。
「ギャギャギャ!!」
「ウォォォワンン!」
魔物の一匹一匹がアリアの腰ほどしか背丈は無くとも、百数匹もの規模となれば、見る者を圧倒し竦み上がらせる大軍勢となる。
耳をつんざくような奇怪な鳴き声を上げ、無数とも思えるほどに押し寄せてくる小型の魔物達の行進は、阻む障害全てを踏み荒らして行く、ある種の自然災害を巻き起こしていた。
自身に降りかかろうとしている災いに直面し、アリアはと言えば。
「キャー、リュークーン、コワイヨー。タスケテー」
棒読み丸出しの猫撫で声で、愛しの彼に女性らしさをアピールしようとしていた。
しかし、その場に愛しの彼は居ない。既に別の魔物達の群れに飛び込んだのか、それとも逃げ出したのかは定かではないが、アリアが横目でチラチラと露骨に確認する限りでは、愛しの彼の姿は見ることは出来なかった。
「なんだぁ、リュー君が居ないんだったら。別に良いや」
アリアは、大して上手くもない猫をすぐさま破り捨て、赤い魔法石が先端に嵌め込まれた杖を握り直す。
唱える言葉は静かであった。
『炎よ、敵を撃ち抜く弾となれ』
魔法石が一瞬だけ光ると、その上に僅かな灯火が産まれる。やがて灯火は魔法石から離れ、導かれるようにアリアの掌に収まると、途端に燃え上がる水晶玉ほどの大きさをした炎の球体へと早変わりする。
『火弾』
炎属性の最初級魔法『火弾』。小さな炎の球を産み出すだけの魔法だが、アリアの火弾はそれとは異なっていた。通常ならば、淡い橙色をしている火弾がまるで炎を極限にまで煮詰めたように濃い紅色をしているのだ。
「とりゃぁ」
アリアが試しに、その火弾を魔物の群れに向かって投げてみると、一匹のゴブリンの顔面へと丁度当たり、最初級魔法とは思えない威力で頭部を激しく燃え上がらせた。
しかし、大軍勢の内の一匹を燃やした程度では、全体の流れを止めることは出来ない。原型を留めないほどに頭が焼け焦げた仲間の死体を踏み乗り越え、ゴブリンとコボルトは最短距離でアリアの元にまで走り出している。
先頭を走るゴブリンの歪な指が、ローブの直ぐそこまで迫ってきている。飛び出したコボルトの剥き出しの牙が、首筋に息がかかるほど近くにまで来ている。
その時、アリアは。
「ふぅん、これぐらいで燃えるんだ」
僅かにそう漏らすだけだった。
次の瞬間、先頭を走るゴブリンの歪な指が、飛び出したコボルトの剥き出しの牙が、突如として地面から噴き出した炎によって遮られた。
「グギャァァアァ!?」
「ワォ!?ワォォォォ!!」
何の前触れもなく噴き出した炎の壁にゴブリンとコボルトは、そのまま激突してしまい、通り抜ける事も出来ずに、ただの黒ずんだ肉塊となって成り下がり、ボトリと地面に落ちる。
そこでゴブリンとコボルト、両魔物達の歩みが止まった。ロクに脳みそが回らない獣畜生ではなく、集団で生きている魔物であるからこそ、同種の死から学ぶ。
この炎に近づけば、触れることなく燃やされると。
「うんうん、やっぱりボクの予想通りよ。これぐらいの強さなら燃えるんだよね。これなら魔力を節約出来そう!」
アリアは最初から戦うという意識はない。そもそも魔法使いは直接自身で戦う場合が少なく、例えそれが戦場の真っただ中であっても、魔法で遠距離から攻撃する場合が多いため、闘っているという感覚が薄い。
ことアリアに限ってはそう言った次元ではない。そもそも大量のゴブリンやコボルトを敵だとすら思っていないのだ。
考えている事と言えば、どれくらい燃やせば動かなくなるのかと、これを全て燃やしたらどれだけ愛しの彼に褒めてもらえるか、それだけだ。
アリアは自身を囲うように噴き出した魔法を解除する。これでは壁が邪魔で動くことが出来ないからだ。
「それじゃやっちゃうよ。『炎を飛ばして気分爽快一斉清掃!!』」
ふざけた詠唱と共に、魔法石から一つ、また一つと灯火程度の炎が次々と産み落とされ、アリアの周りを揺らめきながら漂う。
そして、左の掌に杖を這わせるように置き、片目を閉じて狙いを定める。その先に映るのは、不可解と疑問で満ち満ちて阿呆面を晒すゴブリンと、野生の勘で何かを肌で感じ取って青ざめているコボルト。
これで準備は出来た。アリアは最後の仕上げとして、魔法名を告げる。
「『火弾:ガトリングバレッツ』」
その先は戦闘が始まることはなかった。始まったのは殲滅であった。
掠りさえすれば、その部分から肉の先にある骨すらも炭化させるほどの業火が燃え広がり、やがては全身を灰燼に帰すまで焦がしていく『火弾』。
それは一つだけではなく、アリアの周りに浮かぶ灯火全てが弾となり、消費される度にまた新たな灯火が魔法石から生み出される。高速で射出されていく火弾の群れは正に尽きることのない炎の一斉掃射がゴブリンとコボルトの群れに横殴りに襲い掛かる。
「グゴウギョッギョゴギャギャギャ!!」
「ワォガヲォガァアァオガガォ!!」
意味の無い魔物達の悲鳴が、耳障りな大合唱が四方から響き渡る。
一面が紅に染まるほどの過密弾幕に触れさえすれば、骨身を余すことなく隅々まで燃やされる。避けようとしても、眼で追う事さえも不可能な火弾の速度に体は付いて行かずに燃やされる。稀に運良く当たらずとも、火達磨になった別の個体が倒れ掛かるか踏んでしまうだけでも同じく燃やされる。
決して逃れることの出来ない死の炎が、アリアに押し寄せる全ての魔物へと平等に与えられていく。
次々と焼き尽くされていく魔物達が、周辺一帯を業火の海で埋め尽くす。波打つ揺らめきは魔物の命がまた一つ消えた事を意味し、さざ波と磯の香の代わりに火花が弾ける音と肉が焦げる嫌な臭いが蔓延る。
最早、全てが火炎地獄と化した中で、自身が引き起こした大惨事を眺めながら、アリアは目が蕩けそうなほどに光悦とした顔で息を吸い込んだ。
鼻孔を掠めるのは、燃え尽きる命の残滓。元が醜い生き物であったとして、これが煌びやかな炎だと思えばこそ、アリアは頬を熱が移ったように赤く染めてしまう。
「はぁぁ……この匂いと悲鳴、さいっこうにキマっちゃうよぉ……この快感、リュー君にも味わって欲しいなぁ。でも、そろそろ行かないと」
アリアが縦に杖を振ると、業火の海は二分され、真っ直ぐな道を作り出す。アリアは落ちているゴブリンやコボルトだった物の間を器用に避けながら、その道を歩いて行く。
すると、何かアリアの足を掴んだ。
「グゲゲ……」
それは、身体のほぼ全てを炭化させながらも、僅かに息をしていたゴブリンの手であった。
それは同種を一方的に虐殺された事への最後の抵抗か、それとも極上のメスを手に入れたいが為の浅ましい性欲ゆえか。
その答えをアリアは考えるまでもなく、すぐさまゴブリンの頭を足裏で踏み抜いた。
「うえぇ、気持ち悪ぅい。ボクとしたことが油断しちゃったよ!早くリュー君の所に行って綺麗にしてもらわないと!!」
一転して炎で囲まれた道をアリアは駆け抜けていく。
その足取りは愛しい人に会いに行く嬉しさと、大好きな炎に囲まれて高揚で軽やかなものであった。
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かつて、魔導国家エリュオンにはアルタシアという街が存在した。そこは魔法を修めんとする者に取って最初に通るべき場所であり、魔法を学ぶための学園や新たな魔法を開発する為の研究所が多く存在する為、『魔法と学問の街』と呼ばれるほどに栄華を極めていた。
しかし、アルタシアは一夜にして、その栄光を無くした。
アルタシアに巻き起こった、町全てを包み込むほどの巨大な業火によって、全てが灰の中に消え去ったからである。
その炎は自然災害によって巻き起こったものなのか、どこかの研究所で暴走した魔法のせいなのか、その真実は8年たった今でも、未だに判明してはいない。
燃え盛る街から、たった一人生き残った10歳の少女―――アリアのみがその答えを知っている。
―――クリプト出版『学術都市アルタシアの惨劇』の一節より