ロマンと野郎共は切っても切れない
あの転移門が繋がっていた先は何と、俺達が入って来たカクセンの転移門だったらしい。どういう理屈でこうして繋がっているのかは、俺の賢い頭でも全く分からないが。
それを踏まえて、ミレーヌは緑豆と突き刺したフォークで突きつけながら、こう言った。
「つまりですよ。あの開かなかった扉には、必ずトンデモナイ財宝が眠っていると考えられます」
「その心は?」
カクセンでも安くて旨いと評判の酒場『さかだるてい』、ダンジョンやら依頼で一仕事を終えた冒険者共がこぞって集まって喧しい中でも、ミレーヌの確信めいた声は良く聞こえる。それに対して、俺は一応問いかけてやる。
「そもそも、何故あのような抜け道(落とし穴)が必要だとお思いですか?」
「そ、そりゃ行くのが面倒だからッスか?」
「その通りです」
泥棒の事は泥棒が一番知っていると言うのか、ミレーヌの問いに対して一発でバジが答えを導き出した。
「例え、どんな頑丈な門に守られていようと、その中にトンデモナイ財宝を閉まっているとなれば、何時でも確認したくなるものです。そこまでの通路を造るとするのであれば、簡単かつ、予想だにしない場所にしますでしょうね」
「そうだね、みんな罠だらけのダンジョンで、みんなが安全だと思う場所にあんな罠があるとは思わないよねぇ」
ミレーヌの考えにアリアも同調する。確かに、罠の仕掛けだらけのダンジョンを探る事はしても、安全だと分かり切っている場所を調べる奴は居ない。そういう意味では、確かに打って付けの抜け道かも知れない。
「それなら、あの転移門みたいに入り口と直接繋いだ方が楽だし、バレないじゃないの?」
「それだと入り口の前に鍵を隠すようなモノッスからね。自分なら安心なんて出来ないッスよ」
「あっ、確かに」
言われて納得したのか、ジャガイモ揚げをポリポリと齧りながらラキは頷く。あの転移門を繋ぐには、何かしらの仕掛けを発動させる必要がある。そんなのを、入り口前に置いていたら、入りたい放題になるのは請け合いだろう。
「入り口さえ分からなければ、帰り道は一方通行で良いでしょう」
「それが俺達の通って来た、入り口直通の転移門って事か。つまり、お前が言いたいのは」
俺はミレーヌが言わんとしている事を当ててやる。
「カクセンのダンジョン自体が、あの閉じた扉の中に閉まった財宝を守る、巨大な金庫だって言いたいのか?」
「分かっているじゃないですか」
したり顔でニヤケルミレーヌだが、言っている事は荒唐無稽その物だ。たかだか財宝を守る為に、こんな大掛かりなダンジョンを作るなんて規模が違いすぎる。
「いやいや、流石に有り得ないでしょ。それは」
「そうだったら凄いよねぇミレーヌちゃん」
ラキもミレーヌも信じていない様子だ。そりゃ、そんな事を突然言われて、はいそうです塗装相信じる人間は居ないだろう。
「良いじゃねぇか。面白れぇ」
漸く食事に一休憩を挟むようで、向かい側の席で絶壁が如く積まれた皿の壁を掻きわけて、シヴァルが顔を出す。
その顔は何というか、無邪気と言うかキラキラしていると言うか、初めて剣を買う初心者冒険者のように純真無垢に光り輝いているように見えた。
「そう言うの、サイッコウにロマンて奴じゃねぇか!!」
こんな嘘みたいな話は、馬鹿だろうと誰も信じない。
しかし、もっと馬鹿な大馬鹿野郎に取ってもは、最高にロマン溢れる真実だ。
「俺もそう思うぜ。シヴァル」
「じ、自分もッス……!!」
そして男は皆、大馬鹿野郎である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、俺達の方針は4対2の多数決で決定した。即ち、あの閉ざされた扉を開いて、その中にあるであろう財宝を手に入れる事だ。
もし仮説が本当なら、一生遊んで暮らせる程の巨万の富が手に入る……と言うのも魅力的だが、それよりも俺としては気になる事が有るからだ。そして、それを確かめる為には、やはりあの中に入るしかない。
しかし、だからと言ってもう一度潜ろう!とは行かない。既に日も暮れてしまっているし、何より晩飯を食った後に働くのは面倒だ。と言う訳で、俺達は翌日にもう一度潜る事を決め、カクセンに家があるバジとは一旦分かれて、宿を探す事になった。
そして、俺とシヴァルはその別れたバジの後ろを秘かに尾行していた。
「なぁ大将、どうして俺達こんな事してんだ?」
「知らね、ミレーヌに聞け」
路地裏の壁に背を預けるシヴァルに、俺は看板に身を潜めながらもそう答えた。
「バジからお宝の匂いがするから尾行しろって、意味が分からないぜ」
看板からそっと顔を出して前を見る。夜中で有ってもまだ人の多い路地の中でも、オレンジ髪のガキは早々見失わない、身を縮めてコソコソ歩くバジの姿が捉えることが出来た。
「あんなスリをやるようなガキが金目の物を持ってるとは思えないんだけどな」
「なら断っちまったら良いじゃねぇかよ、そんな頼み」
「お前、ミレーヌにどれくらい借金してる?」
悲しいかな、ミレーヌに借金をした奴は返さない限りは一生奴隷だ。逆らうことは出来ないので、こうして馬鹿げた命令でも聞くしかない。
「そういう訳だ。兎に角、財宝の元を探さない限り、ミレーヌに尻毛の一本まで搾り取られるぞ」
「そりゃいけねぇな。後が怖いぜ」
そうして俺達は隠れつつも尾行していると、不意にバジがある民家の中へと入って行った。
「此処がバジの家か?随分と貧相な所に住んでるんだな」
家の中にバジが消えていくのを確認したのと同時に、俺はその扉の前まで行き、周囲を確認する。ロクに整備されず荒れた路地裏の中で、空いているなら埋めろと過密に建てられたあばら家の一つで、立地条件はお世辞も良くは無い。
一言で言えば、スラム街に立つボロ屋という感じだ。スリをするくらいに金が無いのなら、このくらいが妥当だろう。
「さぁてどうっすかなぁ。どっかに窓でも探して覗くか」
「そんなまどろっこしい事する必要ねぇだろうよ大将」
「何か考えでもあるのか?」
「まぁ見てろって」
何か自信ありげなシヴァルが扉の前に立つと、拳の裏をそっと当てる。
「おぉいバジィ、邪魔するぜ」
そして、ノック1つで扉を壁丸ごと吹き飛ばした。
「お前人の話聞いてたか!?尾行だって言っただろうがぁ!!」
「んなまどろっこしい事やってられるかよ。バジに聞くのが早ェだろうが」
「ウチの壁ガァァァァァァ!!って、リュクシスとシヴァルの兄貴!?何で大将がウチにぃぃぃぃぃぃ!?」
流石にウチの壁丸ごと吹き飛ばされたら嫌でも気づくか、吹き飛ばした先にある外見と大して変わらないボロ部屋の奥でバジが腰を抜かしている。だが、そんな事すら気にせず、元凶のシヴァルは図々しくも全面が開いた家の中へと入って行った。
「いやよぉ、ミレーヌの奴が金目のモンを持ってるって言うからよ。つぅわけだ、何か持ってるなら俺に寄越せや」
「どう言う事ッスか!?そ、そもそも!か、金目のモンなんて持てないッスよ!」
シヴァルに詰め寄られて、途端にバジの瞳が縦横無尽に迷走し始める。この様子だと、ミレーヌの予想通り、本当に金目のモンを持っているのか?
だとしたら、俺も黙ってはいられないな。一人だけ金目の物を取ろうとする根性が気に食わんし、何より俺達全員がミレーヌに搾り取られていると言うのに、コイツだけウハウハなのは許されないだろう。
「なぁバジ君?俺達に隠し事しても良い事ないぞ。本当の事言えば許してやるから言ってみろ。な?」
「い、いやぁ、それは……」
俺も続いて家にお邪魔し、未だに腰を抜かしているバジに詰め寄る。今日一日で俺達の怖さは十二分に理解している筈だ。こうして俺とシヴァルの2人がかりだろう、吐くのも時間の問題だろう。
「バジィ、俺に隠し事なんざしてねぇよなぁ?俺ぁお前の兄貴分だよなぁ?」
「そうだよぉバジ君。兄貴分である俺達に隠し事なんて無いよな?一人だけトンデモナイお宝なんて隠し持ってないよなぁ?」
「ひ、ヒェェ……お、お助けぉ……」
よし、このまま詰め寄れば絶対に吐く!確かな感触を得ながらも、俺が更に詰め寄ろうとすると、玄関口があった背後から、ヤケに呂律が回らず爛れた女の声が聞こえた。
その女の声に、そこはかとなく美女の気配を感じて振り向く。するとそこに居たのは、何故か片手に酒瓶を抱えたオレンジ髪の女性だった。
「あっれぇぇ?バジちゃぁん?どうしたのぉ?」