閉ざされた転移と開いた転移
「「せぇーの」」
「ふんがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おぉぉぉぉぉらぁぁぁぁ!!」
シヴァルと俺が力任せに押し込もうにも、扉は全くビクともしない。もしやと思い、引いて見ようとするが、取っ掛かりが無かった。
「ぜぇ、ぜぇ……駄目だ。全く開かないぞ、コレ」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それでもシヴァル一人でまだ扉を開こうとしている。そもそも建物1つ簡単に圧し潰せる馬鹿力でも駄目なら、何やっても無理だと言うのに。
「おぉぉぉぉおおぉ!!ゼッテェこじ開けてやらぁぁぁぁぁ!!」
「何やってるんですか、此方に鍵穴が有りますよ」
一人で熱くなっている馬鹿に氷を突き刺すように、ミレーヌは冷徹な目線を送る。そして、その矛先はシヴァルから、扉脇の壁際に移った。
「何だコレ?変な形をしてるな」
ミレーヌの横に立ち、その壁を覗き見る。すると、そこに埋め込まれている石板に奇妙な窪みが出来ていた。
「うーん。小さいブーメランが交差してる感じかしら」
「でも、ブーメランにしては小さくないかな?それに片方だけ凄く短いよ」
「確かに……それじゃあ……何よ」
「ボクの予想だと……ズバリ、肘からちょっと下までの両腕の骨!つまり、誰かの腕を切り落として……」
「発想が怖いわよ!!」
ミレーヌを挟んで隣では、ラキとアリアが互いに考察し合っている。だが、話を聞いている限りだと、どちらの予想も見当外れも甚だしい。
このままだと二人は一生答えに辿り着かなそうなので、敢えて俺が答えを言ってやる。
「銃だな。それも二丁の」
「じゅ、銃?」
「遠い異国で造られた武器の一つですね。誰でも簡単に鉄の玉を高速で発射出来る武器だとか」
「ヒエッ!そんな恐ろしい武器を人間は持っているのね……」
「そう良い物じゃないぞアレ。一々火薬詰めるの面倒だし、撃っても出るのは只の鉄だからな、堅い鎧とか魔法の防御には全く効かないしな」
実家に異国から手に入れた珍品として、丁度この石板の窪みのような形の銃があったから良く知っている。ガキの頃には、偶に親父の書斎から盗んでは、近所の農家が育てていたリンゴを的にして遊んだのが懐かしい。
「その銃ってのが有れば開くのか?大将」
「確証は無いけどな。それに試し用もな」
ようやっと扉を押すのを止めたシヴァルがそう聞くも、俺が言っといて何だが自信がない。銃を嵌めると扉が開く仕組みなんて聞いた事無いし、そもそも無数に種類がある銃のどれを嵌めれば良いのかすら分からない。
と言うか、そんな事を考えるより、まず先にやる事が有る。
「それより問題は、脱出する方法だよなぁ」
忘れてはならないが、俺達は天井から落とされて此処へ来た。そして天井に開いた穴は高い場所に有り、風魔法で浮かべる俺以外はどうにもならないだろう。
「なぁ、もし俺が一人で空を飛んで脱出しようとしたらどうする?」
「「「「迷わず殺す」」」」
という事なので、俺も脱出は無理だ。こうなったら全員で脱出するか、コイツラ全員を倒す他ない。
そう心に決めて、イザという時の為に敵となる奴らの位置取りを確認していると、俺はある事に気づいた。
「そう言えば、バジが居ないな。逃げたか?」
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「そろーり、そろーりと……バレないよーに」
忍び足で歩いている癖に、口でそろりとか言いながらも洞窟内の道を歩いていた。
この洞窟は意外にも広い。先に落ちていたバジが、リュクシスが落ちる前に軽く調べた限りだと、巨大な門とは反対方向の奥側は何重にも分岐していて、かなり入り組んでいる。
この道ならリュクシス達の気が逸れている今だったら撒けるのでは?幸いにも魔物は出ないようだし、もしかしたらこの奥に出口があるかも知れない、と安易に考えた末に、こうして逃げ出した次第だった。
「兄貴達は常識外れに強いんスけど、命が幾ら有っても足りないッスよ」
バジが逃げ出した理由はズバリ、リュクシス達が常識外れに強いから。そのせいで常識外れに強いせいで、危機意識が致命的に欠けており、これでは幾ら命が有ろうと足りない。
なので、一般人並みのバジはこうしてコソコソと壁に挟まれた狭い道を通っている訳だ。
「アレ、この道は不味かったッスかね」
しかし、何となくで選んだ道は、思っていたよりも狭かったらしく、一人歩くだけでようやくの道だ。しかし、何度もダンジョンに潜って来たバジの勘がコッチだと囁いているような気がした。
「何時気づかれるか分からないッスからね……なるべく早く、ってウォ!?」
だが、そんな狭い道のせいか、欠けて外れた石畳一つで、簡単に転んでしまった。
「イッツゥゥー!なんで外れてんスか!って、ん?」
外れた石畳を睨み付けると、その手前側で薄暗い洞窟にも負けず、土の下から僅かに出る黄金色に存在感を放つ何かが視界に入った。
「何スか。これ?」
洞窟には相応しくないその存在に、思わず元々石畳が嵌っていたであろう場所を手で掘り返し、手に持って間近にすると、それが何なのかハッキリ分かった。
「コレって……銃、って奴ッスかね」
全体を鉄ではなく黄金で加工しているせいか、小型ながらも手に確かな重さと馴染むような感触を覚える。そして、色合いにしては銃身に刻まれた意匠のお陰で、安っぽい雰囲気は出ず、寧ろ本物の高級感が漂っていた。
まるで武器と言うよりは貴重品。それも年代を経ても尚、価値が下がる事も無いような財宝の類だ。
「スゲェ高そうな奴ッスね……いや、コレってもしかしたら!?」
「おーい、バジ―!!」
「ヤベッ!?」
ダンジョンの中、そして黄金の銃。そこまでバジが考え付いた瞬間、リュクシスの声の声が聞こえて、思わずそれを懐に隠してしまう。
「バジ―、何処だー。今なら八割殺しの所を七割殺しにしてやるぞー」
「わぁー、リュー君優しいね。ボクなら裏切った時点で全殺し確定なのにね」
「そんなの言ったら出てくる訳ないでしょ!!殺すのを止めなさいよ!!」
「そうです。殺すのは生ぬるし、此処は死を懇願するまで拷問にかけるべきかと」
「「成る程」」
「先ずはその発想を止めなさいよ!!」
あの声からするに、リュクシス達はかなり近くに居るらしい。急いで逃げなければ……とバジが踏み出した矢先、誰かに手を掴まれた。
背後に幽霊が居るかのように恐る恐る振り返ると、その手を引いているのは。
「よぉバジ。オメェ随分セメェ所にいんだな」
シヴァルだった。
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「いや、違うんスよ。兄貴達の為に俺が先んじて出口を探していたわけで、いや決して兄貴達から逃げようとしていた訳じゃないッスからね!!本当ッスから!!だからそんな目で見ないで下さい!!そんな豚を見るような眼は止めて下さいッスゥゥゥゥ!!」
その割には必死の形相で土下座をしているバジ。コイツ、絶対に俺達を置いて逃げ出そうとしていたな。
「さて、この裏切り者をどうしてくれてやりましょうか……先ずは手始めに、手足の爪をゆっくり剥がして」
「ヒィィィィ!!」
「怖いわ!手始めにしては内容がキツイじゃないの!!アリアも何か言いなさいよ!!」
「待ってミレーヌちゃん!塩が足りないよ!剥がした後に一杯塗りたくらないと!!」
「しまった!この女もサイコパスだった!!」
「まぁ待て待て。一先ず処遇は後回しだ」
バジをどうするかを話し合う女共を押さえつける。俺も裏切り者への制裁は賛成だが、情状酌量の余地がある。
「コイツのお陰で、出口が見つかったんだからよ」
そう言って、俺は背後にある三つ目の転移門を指差した。
事の経緯としては、シヴァルがバジを見つけた事から始まる。
バジを見つけたシヴァルに呼ばれて俺達も向かうも、あの狭い道では全員が集まるには窮屈だ。なので探索がてらに、その先を歩いてみると、そこにあったのが、この転移門によく似た巨大な門と言う訳だ。
「ダァメだ!コイツも開かねぇ!!」
一人、門をこじ開けようとしていたシヴァルが手を離す。先程まで俺達が開けようとしていた転移門と瓜二つの作りで、並べて入れ替えでもすれば見分けが付かなくなるぐらいによく似た扉だ。
「お前も運が良いよな。こんな抜け道を偶然見つけだすなんて」
「いやぁ、本当に昔から悪運だけは強くて……じゃなくて!兄貴達の為に必死で見つけましたッス!!」
偶然とは言え、こんな早々に出口を見つけるとは、本当に悪運が強いのかも知れない。俺がバジを呆れながらも見据えていると、横でアリアが扉を見ながら唸り始めた。
「うーん、でもコレって本当に出口なのかな?」
「な、何を言っているんスか!どこからどう見ても紛う事無き出口様ッスよ!!そんな事言ったら罰当たりッス!!」
「罰当たりかは兎も角、出口である可能性は高いな」
転移門らしき扉の脇横の壁、先程の場所で言えば銃を嵌める石板があったであろう場所に手を付ける。そこに刻まれているのは、男と女の中間ぐらいの大きさをしている手型だ。
「コイツはかなり昔の仕掛けでな」
手型に俺の掌を合わせると、そのまま腕を伝って内に巡る魔力を集中させる。すると、注いだ先から壁の方へと吸収されていく。
腐っても俺は初代勇者を産み出した家系の息子、馬鹿真面目な家庭教師共に絶対必要ないだろっていう知識を嫌と言う程叩き込まれている。今回は、その無駄な知識の中から、偶々役に立つ物があった。
俺が生まれる前よりも昔、魔力を原動力にした仕掛けの開発が大流行していた時期があったらしく、その時代の技術が今でも使われているらしい。その中で、特に有名なのは魔力式という技術だ。
「要は魔力で物を動かす仕組みだな。魔力に反応して形状変化する素材を元に、歯車やらを造って、仕掛けを作る……まぁ、小難しい理屈より、実際に見た方が早いか」
更に掌へ魔力を集中させ、より力強く壁へ押し付ける。そうすると、シヴァルでさえも開くことが出来なかった扉が、錆びついた歯車の音を盛大に響かせながら、徐々に、徐々にその中を露わにし始めた。
そして、完全に扉が開かれた時、俺は壁から手を離してこう言ってやる。
「なっ?開いただろ」
「流石大将、頭良いな!」
「知能指数0未満のお前に褒められても嬉しくねぇよ」
早速開いた扉の中を覗いてみるが、何と言えばいいのだろうか、七色入り乱れて歪む粘膜一枚で隔たれているような、そんな不可思議な向こう側が映し出されていた。
「何か気持ち悪いわね……コレって、何処に繋がっているのかしら?」
「さぁ?そんなの俺が知る訳ねぇだろ」
「はぁ!?だって、さっき出口だって貴方言っていたじゃないの!!」
「可能性が高いとは言ったな。だって、こんな所にもう一つ扉があるんだぞ。普通、出口だと思うだろ」
「只の当てずっぽう!?」
ラキは俺に何を期待しているんだか。俺が言う事の八割は当てずっぽうか適当だと言うのを知らないらしい。
「それじゃあ、入ってみるか」
「え!?こんな得体の知れない膜の中に入るんスか!」
「それ以外に道がありますか?」
「いやまぁ、無いッスけど……」
「なら、先ずは此処に行くしかないよね。大丈夫大丈夫、ボク達が居るからさ」
「いやいや!姐さん達が居ると逆に危ないって言うか」
「男ならグタグタ言わずトットと入れや」
「えっ?」
その瞬間、グダグダ言うバジのケツを思いっきりシヴァルが蹴り飛ばした。そして抗えるわけも無く、そのまま人間砲弾が如く、宙を舞って粘膜の中へと飛んで行く。
「あぁぁぁ!!あぁぁ!あぁ……」
最初こそバジの叫び声が聞こえていたが、次第に遠くの方へと消えて行ってしまう。そして完全に聞こえなくなって数十秒待つ、そして。
「よし、駄目だな。別の道を探そう」
「「「「よし」」」」
「ちょっと待たんかい!!バジをどうするのよ!!粘膜の向こう側に行ったきり帰って来ないわよ!!」
「大方、底なしの落とし穴か酸の沼に繋がっていたのでは?」
「怖いわよ!発想が!?」
「まぁ、運が無かったって諦めたら良いんじゃねぇか?ギャハハハ!!」
「蹴り飛ばした本人の貴方が何言ってるのよぉ!!」
だってねぇ、出て来ないんじゃ安全かどうか分からないし、それなら別の道を探した方が効率的だと思うんだけどなぁ。
「ラキがウルサイし、誰か見に行けよ」
「そう言うのであれば、貴方が行けば良いのでは?」
「いや俺は」
「大将なら大丈夫だって。ほら何だかんだ生きてるしよ」
「シヴァルまで!?あ、アリアは俺に味方してくれるよな?」
「リュー君頑張ってね!応援してるよ!!」
「実は俺の事嫌いだろ!!」
何でこういう役回りを俺に押し付けるかなぁ!身体を張る担当はシヴァルって相場だろうが!!
「嫌だぞ!こんな得体の知れない転移門に潜るなんて!俺勇者ぞ!こういうのは捨て石であるお前らの役目だろ!!分かったらサッサと行けロクデナシ共!!」
「シヴァル、やりなさい」
「おう」
シヴァルが俺の襟首を掴んだ。えっ、ちょっと何する気だ?引っ張るんじゃないって!まさか投げる気か!!俺を転移門の向こう側に投げ飛ばす気か!!
「それじゃあ大将、いってらっせー!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それが転移門を潜る前に俺が聞いた最後の言葉だった。
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「ブヘッ!?」
その先は底なしの大穴でも酸の沼でも無かったらしく、転移門を潜った直後に、俺は堅い地面の上に脳天から激突した。
「イッテェェ!アイツ本気で投げやがってぇ!!」
「何やってんだ、お前」
「アァ!?何だテメェ!!お前のドタマに一発キツイのぶち込んだろかぁ!!」
逆ギレ次いでに振り返ると、そこで俺を呆れた目で見下していたのは。
「ハァ、寧ろコッチが豚箱にぶち込んでやろうか?」
良く見知っていたカクセンの衛兵だ。
春から新生活に切り替わりましたので、暫くの間不定期に近い更新になるかと思われます。ですが、執筆活動自体は続けていきたいと考えておりますので、頑張ります!!