喧嘩と落下は突然に
「それでは、成果報酬の方を始めます。それでは皆さん持っている金品その他諸々を全て私に献上しなさい」
ダンジョンの中で俺達が揃って干し肉を食っている最中、ミレーヌが開口一番に俺達から金品をねだり始めた。
「早速かよ、相変わらずの強欲ぶりだな」
俺はバジから奪い、じゃなく分けてもらった携帯食料の干し肉を齧りながら、仕方が無くレザーアーマーの内側に貯め込んでいたダンジョン産の宝物を地面に置く。量はそこまで無いが、俺の目利きする限り、なるべく高級品を選んだ物ばかりだ。
「はーい、これで全部だよ?」
「宝は……おっ、コレで良いか?」
そして、俺に続いてアリアは豊満な胸元の隙間から、シヴァルは腰布の……ちょっと待て、今何処に手を入れた?どこに閉まっているんだコイツは!!
「問題ありませんね。さてラキ。貴方も出しなさい」
ミレーヌは二人と俺が置いた宝物を全くの躊躇いも無く総取りすると、次はラキに目を付ける。しかし、当の本人であるラキは周囲をチラチラ警戒して上の空の様だ。
「おいラキ、早く出さないとミレーヌに骨の髄まで搾り取られるぞ」
「あ、貴方達何でこんなに落ち着いているのよ!何時魔物か罠が襲ってくるのか分からないのよ!!」
「安心して下さい、此処はセーフティフロアですから」
「セーフティ、フロア?何よそれ」
「5階に一つは魔物と罠が全く無い階層なんだよ。その証拠にほら、周りの奴らも休んでるだろ?」
「そ、そうね、確かに……」
俺が指差す方向には、別の冒険者達が同じように座って休憩している様子があった。それ以外にも、防具を外している奴や、中には既に寝床を引いているような奴らも居る。
ダンジョンの五階に一つは、どういう訳か魔物や罠が全く存在しない広い平地だけの階層となっている。その階層を冒険者の間では『セーフティフロア』と呼び、合間の休憩や夜通しダンジョン探索する時の寝床として使われているのだ。
だからこそ、俺達もこうして休憩している訳だ。と言うか、ダンジョンの中で座って飯を食っている時点で何となく察しが付かないもんか?
「理解したのであれば、サッサと寄こしなさい」
「わ、分かったわよ。ほら」
「……まだ隠してますね。自分から出さなければ、服を全部剥ぎ取りますよ」
「何で分かるのよ!?」
ミレーヌを相手にネコババ出来るはずが無いだろ、頭の悪い奴め。結局ラキは観念して三角帽子の中に隠し持っていた僅かばかりの宝を取り出して、そのままミレーヌに渡した。
「最後にバジ、貴方は」
「さっき姐さん達に全部取られたッスよ……ついでに食料も全部」
「そうでしたね、私としたことが忘れていました」
そう言えば、さっきバジを丸裸にして持っていた食料を分けてもらった時、ミレーヌだけ別でコソコソしていたな。その時に金品諸々を奪い取っていたんだろう。
兎も角、これで全員分の宝が揃ったわけだ。俺はミレーヌの手元に集まったそれらを見比べていく。
緋色の宝石に金色のネックレスや総真鍮製の小剣、カクセンのダンジョンの中では、至る所にこのような財宝が隠されている。それはポツンと置かれた宝箱だったり、岩陰に隠された通路の先で山のように置かれたりなど、あらゆる場所に点在しているのだ。
「まだ5階層しか来てないから少ないけど、稼ぎとしては割の良い方じゃないか?」
だが、財宝と言っても、その質はピンキリだ。特に5階までのような低階層だと、質の悪い物が多く、精々二束三文にしかならない物ばかりになる。
「具体的にはどれくらいになりますか?」
「大体―――ぐらいだろ」
「ほうほう、それはそれは……」
とは言うものの、腐っても此処はカクセンのダンジョン。例え低階層の財宝だとしても、遥かに割の良い稼ぎになる。俺がざっとした鑑定額を耳打ちすると、ミレーヌは見るからに邪悪な笑みを浮かべた。
「でしたら、分け前としましては、リュクシスがこれ位、アリアがこれ位、シヴァルとラキにはこれ位ですかね」
俺に総真鍮製の小剣一つ、アリアに金色のネックレス一つ、シヴァルとラキには小さな宝石を各一つずつ。
「そして残りは、全て私の元に」
そして残った計十九点金銀財宝は、全てミレーヌの懐に収まった。
その瞬間、俺達は一斉にミレーヌへ襲い掛かった。
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「何やってんスか、あの人達……」
少し離れた場所で一人、目の前で起こる醜い争いをバジはボォーと見ていた。
「ふざけんなよミレーヌゥ!それほぼお前の独占だろうがぁぁ!!」
「ミレーヌちゃんには分からないだろうけど!女の子はお金が掛かるんだよぉぉ!!」
「大将やアリアは良い!俺に全部寄越しやがれぇぇぇぇ!!」
「黙れ金食い虫共ぉ!!貴方達に渡したら直ぐ使い切るでしょうが!だったら私が大切に保管していた方が合理的というのが分からないのですかぁ!!」
「貴方の場合は保管じゃなくて横領でしょうが!この守銭奴のドS女ァァァァァ!」
それはもう醜態を醜態で争う見っともない争いであった。よくも此処まで恥も外聞も無く浅ましく奪い合いが出来る物だと、逆に人間という獣の本性を見せつけられているようだ。
「あのー、せめて周りを巻き込まないで下さいッスよぉ」
と、バジが一応の注意を促すが、此処にはリュクシス達以外は誰も居ない。総じて豪胆自慢な冒険者であっても、流石にそんな醜い争いを前にして、関わる勇気は無いらしく、皆そそくさと次の階層へと降りて行ってしまった。
「マジで何者スかね。あの人達」
遂には罵り合いだけではなく乱戦に突入し始めたリュクシス一同を見て、バジはそっと呟く。
三つの剣と魔法を巧みに使いこなす魔法剣士、リュクシス。
炎の魔法で何でも燃やしてしまう魔法使い、アリア。
無敵の肉体と馬鹿力を誇る蛮族、シヴァル。
謎の力で振れずに魔物を殺す槍遣い、ミレーヌ。
特に役に立たないけど何故か居る少女、ラキ。
頭にそれら五人の姿と特徴を思い浮かべて、改めてトンデモナイ人達に目を付けられたなと、バジは身震いを覚えた。こんな事になるなら、財布を盗もうなんて思わなければ良かったと思うくらいには。
「ハァ……今日の俺、ツイてないなぁ」
今更起こった不幸に嘆いても仕方が無いと分かっていても、ボヤかずにはいられない。そこら辺に生えていた丁度良い石に座り、バジはあの醜い争いが待っていようと腰を下ろした。
その直後に、バジの身体は地下に向かって自由落下をし始めた。
「ヘッ?」
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それに気づいたのは、足元で俺達に揉みくちゃにされているラキが、叫んだ事からだった。
「ちょ、ちょっと!バジが居なくなってるわよ!!」
「バジが?」
馬鹿共と争っている最中に周りを見返してみると、そこにはラキの言う通り、バジの姿が全く見当たらない。というより、俺達以外誰も居なかった。
「おい馬鹿共、一回喧嘩は持ち越しだ。バジの奴が居なくなったぞ」
「アレ?本当だ、バジ君居なくなっちゃたね」
「もしや、あの最中に私達の財宝を持ち逃げ……はされてませんね。此処に全部有りますから」
「呼んだら出てくんじゃねぇか?おーい!バジィィィィィィ!!」
シヴァルが階層全体に耳が痛いほど響く大声で呼ぶが、全くの反応が無い。そもそも、此処は平地になっているので、居るのであれば、直ぐに見つけられる。
「何処に行ったんだ。アイツ」
「さぁ、どこだろうね?」
俺の疑問に、アリアも疑問を返す。上に行こうが下に行こうが、どちらにしろ罠と魔物だらけの階層に進む事になるし、あのビビり具合で切り抜けられるとは到底思えない。
「本当に何処へ行ったんでしょうね。シヴァル、貴方の鼻で匂いを辿れませんか?」
「いやいや、流石に無理でしょ。そうよねシヴァル?」
「ん?此処からバジの奴の匂いがすんぞ」
「分かるの!?」
シヴァルが此処だと示すのは、一見何の変哲もない背の低い石。軽く蹴ってみるも、何も起きずに、ちょっと爪先が痛くなるぐらいだ。
「本当に此処なの?シヴァル」
「っかしぃなぁ、こっからすんだけどな」
「おいおい、鼻でも詰まってるのか?シッカリしろよ」
シヴァルに呆れながらも、俺はその丁度良い具合の高さの石に座る。すると、その瞬間に俺の全身が宙へと放り出された。
「ヘッ?ウォォォォォ!!」
そのまま宙に放り出される直前、バタつかせた手が運良く端を掴む。見上げると、さっき俺が座っていた石が無くなり、代わりにポッカリと空いた穴とダンジョンの天井。そして見下げると底が見えない無限の暗闇が延々と続いていた。
「ちょ、貴方!?何それ」
「知るか!何でこうなってんだ俺ぇ!?」
「私が聞きたいわよ!貴方が座った瞬間に石ごと下に落ちて行ったのよ!!」
穴の端からラキが顔を覗かせて、焦った表情でそう伝える。大体分かったが、何でこんな所に罠が?此処はセーフティフロアの筈なのに。
「兎に角、引き上げてくれよ。いい加減、腕が痺れて来た」
「わ、分かったわ。ちょっと待って」
「待ちなさいラキ」
俺を引き上げようとするラキに、ミレーヌが待ったを掛ける。そして穴の上から俺を冷たい目で見下す。
「先ほどの続きですが、貴方の分け前は、小銭一枚で良いですよね?」
「こんな時にも金かテメェはぁ!!この守銭奴!詐欺師!断崖絶壁ィィィ!!」
「そろそろ次の階層に向かいましょうか。では」
「待って!待って下さいミレーヌ様ぁ!やっぱりホントは少し有ります!有りましたぁ!!」
畜生!このドS女に弱みを見せたら最後、骨の髄までしゃぶり取られる!!このままだと見捨てられるか、搾り取られるかのどっちかだ!!
「ふぅん、そうですか。でしたら素直に私を心の底から崇め称えて忠誠を誓うのであれば」
「ミレーヌちゃん、ミレーヌちゃん」
どうやって切り抜けるかと考えていると、アリアがミレーヌの肩を叩く。
「何ですか?」
「ドーン」
そしてアリアが背中を押して、穴の中に突き落とした。そのまま落ちていくミレーヌは穴の底へ……。
「落ちてたまりますかぁぁぁぁ!!」
落ちず、俺の両足にしがみ付いて何とか耐えやがった。
「何をしますかアリアァァ!!」
「だって、ミレーヌちゃんってば、ボク達に全然お宝を分けてくれないんだもん。だからこうしたら取り分増えるかなぁって」
流石アリア!自分の為なら迷わず仲間を切り捨てるとは、やっぱりコイツは真正のサイコパス女だ!!
「ナイスだアリアァ!後は俺だけ引き上げてこの守銭奴は地の底に落とせぇぇ!!」
「誰が落ちる物ですかぁ!!貴方が落ちろぉぉぉ!!」
不味い!鬼のような執念でミレーヌが俺の身体を伝って這い上がろうとしている!!このままだと逆に俺が落とされてしまう!!
「シヴァル!石だ!石投げろ!!それでミレーヌを振り落とせぇ!!」
「任せろ大将!飛び切りデケェ奴ぶち込んでやるぜ!!」
こういう時にシヴァルは頼りになる!って、ちょっと待て。飛び切りデケェ奴?
「持って来たぜ大将!!」
シヴァルの声に見上げると、確かに石を持って来ていた。
穴一杯に収まるぐらいの巨大岩石を抱えて。
「ストォォォップ!!もっと小さい奴!!俺諸共圧し潰すつもりかテメェェェ!!」
「もっと小せぇのか?しょうがねぇ、な」
シヴァルであっても、その石は結構重かったらしい。別のを探そうと振り向いた時に踵が躓く。そして、その勢いで背中から倒れ込む。
「ちょ、シヴァル」
「なっ!?」
その近くに居たアリアとラキも、シヴァルの広い背中に押される。揃ってその先は同じく穴の中。
落ちる瞬間、シヴァルは一言。
「ワリィ、転んだ」
「シヴァルテンメェェェェェェ!!」
その直ぐ後に、上から三人と巨大な岩石が降り注ぎ、俺達は仲良く底の見えない穴の中へ落ちて行った。
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「――き、リューーの兄貴!」
「ん……んあぁ?」
誰かに呼ばれる声がして目が覚める。そして最初に視界に入ったのは、バジの泣き顔だった。
「バジ、お前生きてたのかよ。何処に居たんだ?」
「目を覚ましたッスか兄貴!俺も穴に落ちたんスよ」
「穴?あぁはいはい、と言う事は、此処は穴の終点って訳か」
上半身を両手で立たせて、先ず周囲を確認する。
規則正しく敷き詰められた灰色の石畳に転がる馬鹿共、見上げれば宮殿染みた無機質な天井ではなく、無数に垂れ下がる鍾乳石から等間隔で水滴が垂れ下がる洞窟になっている。その一部には穴が開いており、どうやらそこから落ちてきたようだ。
そうして下から上と見て、最後に横を見た時、先ず目に入ったのは。
「転移ゲート、か?」
俺達がダンジョンに入る為に使った、転移ゲートによく似た巨大な門だった。
来週は1週間お休みを頂きまして、過去投稿の修正や新作の執筆に専念させて戴きます。
また、四月から投稿頻度を変える恐れがあります。




