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ダンジョン&トラップ&ガーゴイル

 ダンジョンというのは、実に様々な定義で当て嵌められている。そういう意味では、ドラゴンが掘り出した洞穴や、俺がエルフの里で潜った祠だって、ダンジョンに当て嵌る。要は広い場所に魔物が棲みついていれば、そこはもう立派なダンジョンと言う訳だ。


 だが、カクセンのダンジョンは違う。此処は自然に出来た物とは違う人工のダンジョンだ。他のダンジョンみたいに一筋縄ではいかない。


 そもそも、カクセンのダンジョンが何故、人工のだと言われるのか、それは。


「オォォォォォォォ!岩石ィィィィィィィ!?」


 こんな感じで、このダンジョンの至る所に罠が仕掛けられているからだ。例えば、坂の上から突如転がって来る巨大な岩石とか。


「キャァァァァ!何で岩石なんか転がって来るのよぉぉぉ!?」

「知りませんよ。それよりもっと早くは知らないと、纏めて六人分の挽肉が完成しますよ」

「アイタァ!リュー君助けてぇ、ボク足首挫いちゃった。お姫様抱っこしてよぉ」

「嘘つけぇ!さっきまで普通に走ってただろ!お姫様抱っこの代わりに引き摺り回してやろうかぁぁ!!」


 後ろから廊下を丸ごと埋め尽くす巨大な岩石が迫って来ていると言うのに、逃げる際中であっても、アリアはアリアだ。もういっそ、そのまま岩石に巻き込まれて欲しい。


「死ぬッス!アレ絶対に死ぬッス!!兄貴達のせいッスよアレェェェ!!」

「何だとバジ!俺のせいだって言いたいのか!!」

「100%兄貴のせいッスよぉ!!」


 岩石から逃げている俺達の中で、意外にも一番足が速かったバジが、脂汗ダラダラの顔面で、泣きながら俺を指差す。


 確かに、ダンジョンに入って、「ちょっと疲れたなぁ」って壁に手を掛けたら、ガコンって音がして、その瞬間に岩石が転がって来たけども!アレは絶対に俺のせいじゃない、強いて言えば、こんな狡猾な罠を作った奴のせいだ。


 それなのにバジの野郎が舐めた口を聞きやがって、後で覚えてろよと思っていると、横で腰布に手を突っ込んで並走しているシヴァルが、俺の肩を叩いた。


「一つ聞いて良いか、大将?」

「何だシヴァル!しょうもない事だったら足切り落とすぞ!!」

「俺ら、何で逃げてんだ?」


 …………確かに。思わずノリで逃げていたけど、岩石くらいなら普通に壊せる馬鹿が居たな。


「シヴァル、あの岩石ぶっ壊せ」

「おう」


 気が抜ける程軽い返事をして、シヴァルが振り返ると、迫り来る巨大な岩石に対して、立った一発の拳で粉微塵に粉砕した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「バジくーん?罠に掛かったのは誰のせいだってぇ?ん?もう一回言ってみぃ?」

「そ、それはぁ」

「おっ、今度は言い訳か?俺がちゃぁんと納得できる理由を話してくれるんだよね?バジくーん」

「良い加減止めなさいよ、見っともない」


 俺がバジに肩を組みながら詰め寄っていると、ラキから呆れた目で見られた。別に俺だって好きでやっているんじゃない。コレはそう、新人教育をしているだけだ。


「相も変わらずトンデモナイ場所だね、このダンジョンって」


 アリアが周囲を見渡しながら、シミジミとしたようにそんな事を口に出す。


 ダンジョン内は最初に入った時と同じく、何処かの歴史ある遺跡の如く精巧な石造りの回廊だ。レンガ造りと見紛う、凹凸の無い壁や床はまるで職人が一つ一つ手作業で整備したようであり、天井には吊り下げられた燃え尽きる事のない松明がユラユラ揺れている。


 一見すると、エルフの里で潜った祠に似た雰囲気を思わせるが、あんな石を積み上げただけの洞穴のような道とは明らかに文明レベルが違う。そして、その比ではない位に至る所にヤバい罠や魔物が、此処では待ち構えている。


「と、というか!そもそも何で兄貴達、そんなにバカスカ罠に引っ掛かりまくるんス!?コレで何回目ッスか!?」

「罠?何のことかな」

「そんなに引っ掛かっていたか?覚えがねぇけどな」

「シヴァルに同じく、罠など有りましたか?」


 三者三様に惚ける仲間達。そして俺も同じく首を大きく傾げた。アリアが床丸ごと落とし穴になるスイッチを踏んだり、シヴァルが壁を壊して中から大量の魔物が出て来たり、ミレーヌが宝箱と勘違いして開けたら毒が噴き出したりしたが、それが罠だというのやら。


「と言うか、貴方達って元々冒険者よね?その時はどうやってダンジョンを探索してたのよ」

「「「「物理で」」」」


 俺達が口を揃えてそう答えると、ラキは馬鹿を見るような目を向けて来た。そもそもの話、冒険者やってた時は、ダンジョンよりも外での魔物狩りを主軸に稼いでいたし、ロクな攻略法を知っている筈が無い。


「まぁ、大丈夫だって。案外ゴリ押しでもどうにかなってたしよ」


 冒険者時代に金が無くて、こうしてダンジョンに潜っていたが、死にかけた事はあっても死んだ事は無い。なのでこうして無警戒に歩いていても、どうにかなるもんだ。


 と思ったら、俺の踏み出した右足が、床に沈み込む。


「コポォ!?」


 そして次の瞬間に、床下から金棒みたいに太い鉄が股間目掛けて突き出した。


 それを見ていたラキは、呆れたように溜息を吐いて、一言。


「どうにかなってないじゃないの」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 という、危うく俺の大事な物が引き潰されそうになった経験を踏まえて、直ちに対策を打ち立てた。


「兄貴、そこ踏まないで下さいッスよ」

「はいよ」

「あぁシヴァルの兄貴!そこはダメッス!コッチに避けて下さい!!」

「アッ?こっちか」

「そうッス、そんでアリアの姐さんとミレーヌの姐さんは、そのまま真っ直ぐに」

「うん、分かったよ」

「分かりました」

「そんでラキの姐さんは、コッチから回り込むように」

「だ、大丈夫よね?」


 先導するバジの指示に従って、俺達は広い回廊をあっちこっちに行きながら渡り歩く。コレこそが、ダンジョンに潜む憎き罠の対処法である。


「いやぁ、バジ君がこんな特技を持っていたなんて驚いたよ」

「ヘヘヘッ、そ、それほどでもないッスよ。単にダンジョン慣れしてるだけッス!!」


 アリアに褒められて、引きちぎれるんじゃないかってぐらいに鼻の下を伸ばすバジ。調子に乗っているようだが、案外助かっているので、今回は見逃してやる。


 俺は床を舐めるように観察してみるが、全く持って罠のスイッチが有るのかなんて分からない。どう見ても綺麗に整備された床そのものだ。


「なぁバジ、どうやって罠を見抜いてるんだ?全く分からないんだが」

「そこは慣れッスかね。何度も罠に引っ掛かってると、何となくッスけど分かるようになったんスよ」


 聞けば、他の冒険者パーティーの荷物持ち兼斥候として何度も潜っているバジは、ダンジョン経験が豊富らしい。それ故の経験則で罠を判別しているとは恐れ入る。


「そんな特技が有れば、冒険者として一稼ぎ出来そうですけど、どうしてスリなどを?」

「それは……ヒッ!?」


 ミレーヌが素朴な疑問にバジが言葉を濁そうとした瞬間、突然短い悲鳴を上げてシヴァルの後ろに隠れる。


「どうしたシヴァルに抱き着いて。そっち系に目覚めたのか?」

「ち、違うッスよ!あっちに魔物が居るッス!!」


 シヴァルの脇から指を差して、バジが回廊の先を示す。すると、奥の曲がり角から、魔物の群が姿を現した。


「姿も見えなかったのに、良く分かったなお前」

「良いから兄貴達!お願いしますッス!!」


 バジが全身を物凄い速さで震わせて縮こまる。成る程、罠とか魔物を察知できても、戦闘面はカラキシだという事か。そりゃ戦闘狂ばっかの冒険者界隈で重宝されない訳だ。


「そうよ!早く行きなさいロクデナシ共!私を守るのよ!!」


 お前は何の役にも立たないけどな。


「遠くて良く見えないな。シヴァル、アレなんだ?」

「何か石みてぇな鳥だな。ん?鳥つぅか羽の生えた山羊のオッサンか?」

「ガーゴイルッスよ!ガーゴイル!!」

「あぁ、ガーゴイルか」


 バジに言われて思い出す。ガーゴイルと言えば、山羊頭に人間の身体と鳥の翼をした悪魔の石像みたいな魔物だ。此処のダンジョン以外では、滅多に見ない魔物だから直ぐには思い浮かばなかった。


「ガーゴイルって言ったら口からスゲェ炎吐くわ、身体がスゲェ堅ぇわで、冒険者の間じゃ強敵認定されてるッスよ!!」

「オッ、スッゲェぜ。本当に火の玉吐き出してきやがった」

「ギャァァァァァァ!!」


 かなり離れている距離でも、此方を認識したらしいガーゴイルが、一斉に火の玉を飛ばす。その口から吐いたにも拘らず、勢いは弓矢のように早く、真っ直ぐに俺達の元にまで届くだろう。


「ヤバいッスよ!あの炎は人なんて簡単に灰になる」

「えっ?コレってそんなに凄い炎なのかな?」


 だがそもそも届く前に、アリアが仕込み杖から展開した炎の防御壁に阻まれて、全ての火の玉が纏めて掻き消された。


「ガガガガッ!!」

「ほいっと」


 此処からでも聞こえるぐらいにガーゴイルが荒げた叫び声を上げると、更に強い勢いで、それもさっきの倍はあるだろう数の火の玉を吐きつける。だが、それもアリアの炎の前では、微塵も許さずに全て灰も残らずに掻き消えてしまった。


「へ、ヘッ?」

「人を灰にする?そんなの、目を瞑るより簡単だよ」


 バジが腑抜けた声を出す中で、アリアはかくも簡単に言ってのける。そもそもトレントだろうが何だろうが一切合切燃やす炎が、たかが人を燃やせるだけの炎如きに負けるはずが無い。


「ガァ!!ガァァァァ!!」


 火の玉は通じないと学習したのか、今度は石造りの翼を広げて飛び上がる。群れ全体で広い回廊の天井を行き交う光景は、まるで獲物である俺達を狙う空の捕食者のようだ。


「こ、今度こそヤバいッス!奴ら、空から急降下して攻撃して来るッスよ!!」

「そうですね、頭が高いです」


 そう言って空を睨むミレーヌが、槍を逆手に持ち変えて身体を捩る。そして限界まで仰け反らせると、その反動で槍を天井高くにまで投げ飛ばした。


 その勢いと狙いは凄まじく、反応する暇も与えずにガーゴイルの一匹の頭に深く突き刺さると、それを見たミレーヌが胸元で怪しげな印を結ぶと、こう唱える。


「『呪術技法(カースドスペルアーツ)・呪爆弾骸(・じゅばくだんがい)』」


 その直後に、ガーゴイルの全身がまるで風船のように丸く膨れ上がり、耐え切れなくなると石片を無数に巻き散らして破裂する。しかも、それだけではなく、その破片が身体に突き刺さった他のガーゴイル達が、軒並み地上へと力なく落ちていった。


「凄いねミレーヌちゃん!アレどうやってるの?」

「呪隷で大量に送り込むことで、対象を触れるだけで呪われる爆弾にする技です。人間相手ですと、肉片が飛び散って気持ち悪いのでやりませんがね」


 まるで通り雨のように落ちて来るガーゴイルの群を見ながら、そう説明する。その内の一体がミレーヌの近くに落ちると、まだ息があるようで最後の抵抗なのか、腕だけで跳躍し、バジに向かって襲い掛かった。


「ギャァァ!死ぬッスゥゥゥ!!」


 石の癖に剣よりも鋭いガーゴイルの三爪が牙を剥く。その爪がバジの頭を鷲掴みにして握り潰そうとする。


「随分と活きの良い野郎が居るじゃねぇか」


 そして掴んだのは、直前に差し込まれたシヴァルのゴツイ太腕だった。構わずガーゴイルが爪を食い込ませようとするが、全く刺さらずに寧ろ刃こぼれすら起こしている。


「フンッ!!」

「ガガッ!?」


 シヴァルが力を込めて筋肉を膨張させると、押し返された反動で三爪が割れる。ガーゴイルは驚いて間抜けな鳴き声を上げる暇も無く、その腕で頭を抱きかかえられた。


「そんでオラァ!!」


 今度は腕全体に力を籠めると、呆気なくガーゴイルの頭部は耐え切れずに砕け散る。後に残るのは、胴体だけ取り残されて地面に落ちる、石像未満の残骸だけだ。


「……あ、あのガーゴイルって、鉄より硬いって言われているんッスけど」

「鉄がどうした。アイツこの前、腹減ったからって鉄を丸齧りする野郎だぞ」


 しかも、その鉄をクッキーみたいにサクサク食ってたからな。あの時は、鉄ってお菓子だったかと勘違いして俺も思わず噛んでみたが、歯が折れそうになった。


「あのぉ、もしかして兄貴達って想像以上に化物なんスか……?」


 ガーゴイルの群を掃討した俺達の活躍を見て、震えが収まった代わりに呆然としているバジに、そこはかとなく悟った雰囲気を纏うラキが肩を叩く。


「化物じゃないわ、化物以上の化物よ」

 そうして、時に魔物をぶっ飛ばしたり、時に罠に引っ掛かったり、時にラキが驚いて漏らしたりもしながら、ダンジョンの奥へとドンドン進んで行くと、その突き当りにて下へと続いて行く階段を見つけた。


 俺は横で地図を開くミレーヌに聞く。その地図は冒険者ギルドで売っているダンジョンのマップだ。


「この下が何層になるんだっけ?」

「確か5層ですね」

「5層か、まだまだ先は遠そうだな」


 カクセンのダンジョンはこうやって下に向かって何層にも伸びている。俺の知る限りなら、現在確認されているだけで27層。未確認を含めれば、どれだけあるのか計り知れない。


『グゥゥゥゥ!!』


 その時、ダンジョン全体を揺らすような轟音が突然響き渡った。まさか未確認の魔物の方向かと身構えるが、その音源がシヴァルの腹だと分かると、途端に肩の力が抜けた。


「オッ、もう昼か。腹減ったな」


 シヴァルが空きっ腹を撫でながら呟く。こんな昼夜も分からないようなダンジョンの中だろうと、コイツの腹時計は明確に朝昼晩の飯時を知らせてくれる。


 というか、コイツの腹の音を聞いたら、俺も腹が減って来たな。ダンジョンに入って結構経っているし、そろそろ休憩をはさむか。


 そう考えていると、ミレーヌは地図を折り畳むついでに、爪先で地面を叩く事で下の階層を指差した。


「丁度良いですね。この下の階層はセーフティフロアですよ」


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