『閑話』ロクデナシグルメ〜蜂蜜酒と豚角肉の丸焼き
「「「「「カンパーイ!!」」」」」
まだ日が頂点に立つ昼間から、五つの樽がぶつけ合う景気の良い音が響き合う。その後に一気に煽って喉を鳴らす音が重なった。
「カァー!酒が美味ぇぇぇ!!やっぱ何時飲んでもウメェよなぁぁ!!」
他の4人がまだ飲んでいる中で、たった一息で中身を飲み干したシヴァルが、テーブルにヒビが入るぐらいの勢いで、樽をドンと振り下ろした。
「本当だね!このお酒美味しいよぉ!!」
続いて酒を飲み干したのはアリア。シヴァル程では無いにしろ、一般的に酒豪の部類に入るアリアは楽し気に声を上げて、空になった樽を掲げる。
「そうですね。中々に当たりの酒かも知れません」
意外にも酒に弱いミレーヌは、もう既に少しばかり頬を赤らめて樽を静かに置く。その目は何処と無く据わっているように見えた。
「おいおい、お前らなぁ。少しは酒の味を楽しめよな」
最後にリュクシスが、半分ほど中身を残した樽を片手で波打たせつつ、馬鹿にした様子で嗜める。
「酒を飲ませてくれないのに、どうやって味わえって言うのよ」
そして見た目が未成年のラキは、お子様専用のオレンジジュースをチビチビと飲んでいた。
「しょうがないよぉ。ラキちゃんみたいなお子様にはお酒は早いからね」
「誰がお子様よ!私だってお酒ぐらい飲めるわよ!!」
「どうだかな。オメェに酒の味が分かるか疑問だぜ」
「酒を大樽ごと飲み干す化け物が何言ってやがる」
リュクシスが呆れながらに、樽をまた煽る。
中に残っていた酒は蜂蜜酒。蜂蜜から出来た酒で、エールと並んで酒場で良くある定番の一つだ。口当たりは煮詰めたように濃厚で酒にしては甘めだが、少し強めのアルコール分が飲みやすさを補っていた。
偶々近くに立っていたこの酒場『金色の鷲亭』だが、これだけ美味いミードを出すという事は、意外にカクセンでは当たりの店だったのかもな。そんな事を思いながら、リュクシスは残ったミードに口を付ける。
「お待たせしましたぁ」
と、そこでやる気の無さそうな声をした愛想の悪い女店員が、両手のお盆一杯に乗せた大量の料理を運んできた。そのまま慣れた手つきでリュクシス達のテーブルに、はみ出すスレスレまでズラリと並べていく。
「うぉぉぉ!やっと来たぜぇぇぇぇ!蜂蜜酒だけじゃ腹は膨れねぇからよぉ!!」
「何よコレ……見てるだけでお腹が膨れそうなんだけど」
「同感ですね。まぁ、嫌いという訳ではないですが」
「サラダとか無いのぉ?ボク的にはサッパリしたのが食べたいんだけどなぁ」
いの一番にシヴァルが勢い高く声を上げるが、女性陣からは余り喜ばれていない。テーブルに所狭しと並んだ料理は、どれも味の濃いシヴァル好み、と言うより身体を動かす冒険者が好みそうな料理ばかりだ。
「文句言わねぇで、食べてみろって。美味いと思うぞ」
そして図らずもシヴァルと同じ舌を持つリュクシスは、注文した本人の特権とばかりに、携えていたフォークで、料理の一つである豚角肉の丸焼きをフォークで刺す。
豚肉をサイコロ状に切って、六面全てを焼き目が付くまで鉄板で熱するシンプルな料理方法。しかも味付けは塩と胡椒のみで、こんな何処にでもあるような居酒屋では、混じりけの多い雑味だらけになっているだろう。
リュクシスとしては、貴族時代にこんな雑に作られた料理が出されることは無かったので、こういった料理は好物ではあるが、だからと言って過度の期待はしない。精々肉が柔らかい事を祈りつつ、口の中に肉を運ぶ。
その瞬間、リュクシスの口の中で大爆発が巻き起こった。
「ウメェェェェェェェ!!何だコレは!?この味はぁ!!シェフをぉぉ!シェフを呼べマイスタぁぁぁ!!」
「リュー君!?どうしたの!!」
コレが叫ばすに居られるのだろうか!一口噛み締める度に溢れ出るのは、まるでしんせんなかじつつのように、分厚い焼き面に閉じ込められた肉汁の滂沱。そして脂身特有の濃厚な旨味が舌を通って、喉を流れていく。
豚は何でも食べる雑食性故に、脂身は多いが鼻が曲がるような匂いがする肉ばかりなのに、この角肉は下処理が丁寧に施されているのか、そう言った味はしない。代わりに若干の雑味は有れど、塩と胡椒だけの味付が、そのシンプルな旨味の暴力がリュクシスの脳を直接殴りつける。
更にそれだけじゃない!リュクシスは残っていた蜂蜜酒を、まだ肉が口の中に残っているにも関わらず一気に飲み干す。
するとどうだろうか。甘い蜂蜜酒がドロリと肉に絡みついて、濃い味が更に深みを増していく!!何処かの地方では蜂蜜漬けにする事で、肉を柔らかくすると同時に、旨味を付け加えるという話を聞いた事あるが、リュクシスは、それが真実だと今ハッキリと分かった。
濃厚かつ少し塩辛い角肉を、甘めですっきりとした蜂蜜酒で飲み込み、開いた口にまた角肉を放り込む。この無限連鎖は、腹が満たされるか肉が無くなるまで、止めることが出来ない!!
「ウメェェェ!!マジヤベェェぞこの肉!!蜂蜜酒をぉぉぉぉ!!蜂蜜酒を有りっ丈持って来やがれェェェェ!!」
「「「ゴクリ……」」」
気づけば、リュクシスと同じく手を伸ばしていたシヴァルもまた、余りの美味さで狂ったように絶叫する。それを見た女性陣達が一声に唾を飲んだ。
「ん、どうしたぁ?食べねぇのかぁ?」
それに気づいたリュクシスが、ワザとらしく角切りの豚肉をこれ見よがしに女性陣達に付きつける。
右に反らせば、視線は右に動き、左に反らせば視線は左に動く。さっきまで文句垂れていた筈の女性陣達は、既にこの味が濃そうと言っていた肉の虜となっていた。
「ま、まぁ。好き嫌いはしてはいけないわよね。しょうがないから食べてあげるわ!!」
「そうだよねラキちゃん!!好き嫌いは良くないよね!!」
「コレだけの量を2人では食べ切れないでしょうしね。手伝ってあげます」
やはり、肉の魔力というのは生物の根幹に植え付けられているようだ。まるで禁断の果実に手を伸ばすかのようにフォークを刺し、そして口に角切り肉を放り込む三人。
「「「………」」」
肉を食う、それはもう無言でただ手を動かし、角切り肉を食う三人。そして咀嚼して一息ついてから、口を開く。
「「「蜂蜜酒おかわりぃ!!」」」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
事前知識として、蜂蜜酒のアルコール分は決して少なくは無い。寧ろ、他と比べて少し高いぐらいだろうか。
そんな酒をパカパカと飲んでしまえば、直ぐに限界など越えてしまう。加えて相性抜群の肉料理が絡んでしまっては、必然として酒を飲む速度は留まる事を知らないだろう。
と言う事で。
「酒じゃぁぁぁ!酒を持ってこぉぉぉぉい!!我勇者様ぞォォォォォ!!」
「キャァァァァ!リュー君恰好良いぃぃ!!恰好良すぎて杖から炎が漏れちゃいそぉだよぉ!!」
「小銭が、小銭がいちまぁい、にまぁい、さんまぁい……いっぱいだぁ!素敵ィィ!!」
「ギャハハハハハ!良いぜぇぇ!もっと楽しもうじゃねぇかぁ!!」
「ウルちゃぁん!!今の内に食べて食べて食べまくるわよォォ!!またいつ餓死寸前になるのか分からないのだからぁぁ!!」
漏れなく全員が悪酔いしていた。ラキだけは蜂蜜酒じゃなく場酔いではあるが。
「おいそこの愛想悪いそばかすのネェチャン!!我勇者ぞ!我勇者ぞぉ!と言う訳で通り過ぎさまにケツ叩かせてくれやぁぁ!!」
「やぁんリュー君ったら!そんなことしたらこの街諸共リュー君を丸焼きにしちゃうよぉ?」
リュクシスは逃げていく女店員の尻を追いかけ回し、アリアは両手から燃え上がる炎を撒き散らす。
「世界の小銭は全部私のモノだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あっ?テーブルがぶっ壊れたか?脆すぎんだよこのテーブルがぁ!!根性見せろやぁぁ!!」
ミレーヌは有りもしない小銭を拾う為に床を這いずり回り、シヴァルは力加減を間違えて壊したテーブルに八つ当たりして暴れ始める。
「さぁウルちゃん!たんとお食べェェェェ!!」
「ピッ!?ブゥピゥ!?」
ラキに至っては頭からスープに突っ込んでいる。その巻き添えで浸かる三角帽子からはブクブクと息苦しそうな泡が立っていた。
こうなってしまえば、もう誰にもリュクシス達を止める事など出来ない。嵐が過ぎ去るのを待つかのように、ただ酔いが覚めるのを祈る他無い。
その間に、どれだけの被害が出ようとも、酒の入ったロクデナシ共を止める術など無いのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一時間後。
「あっ、はい。何と言いますか……はい、悪ノリと言いますか。余りにも酒が美味しすぎるせいって言うか。寧ろ、あんな美味い料理と酒を提供数そちら様が悪いと言いますか……あっ、ハイ。完全に僕らが悪いですよね。すみませんでした」
素手で魔物を絞め殺せそうなぐらい太い腕の厳ついシェフ兼店長の前で、リュクシスは正座していた。その横では。
「えへへぇ~リュー君のエッチィ……」
「グゴガガガガガァァァァ!!」
「スピ―、スピ―」
「魔王しゃまばんじゃーいぃ……」
気持ち良さそうに泥酔している馬鹿共が寝ていた。
店長である大男は、今にも血が飛び出しそうなぐらい盛り上がった青筋を立てながら、一言。
「お前ら、出禁な」