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プロローグ:先輩と後輩衛兵、勇者に出会う

「先輩、暇っすねぇ」

「そう思うなら、少しでも周囲を警戒しておけ。その油断が命取りになるぞ」


 真面目な衛兵が、まだ年若い後輩の衛兵を叱責する。しかし、「はいはーい」と答えるばかりで、全く聞いていない様子だった。


「あのなぁ、お前も衛兵になって、もう一年が経つんだぞ。少しぐらい真面目にしたらどうだ?」

「そうは言いますけど、こんな馬鹿みたいに堅い壁を崩せる魔物なんて、早々居ないっすよ」


 そう言って、後輩の衛兵は自身の寄りかかる石造りの壁を叩く。そして首を限界まで引き上げて、ようやくその頂点を見る事が出来た。


「これさえありゃ、『カクセン』は平和だし」


 テルモワール王国 ダンジョン都市カクセン。その周囲を守る堅牢な壁を前にして、生意気にも後輩の衛兵は言い切る。


「……なら、俺達が居る必要が無いだろ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 そして先輩の衛兵は、それを聞いて頭を押さえた。

 テルモワール王国の首都テルモワに続き、第二の首都とも目される『カクセン』には、別の呼び名がある。


 その名も『ダンジョン都市 カクセン』。この広い大陸の中で唯一、人工的に作られたダンジョンを運営する世にも珍しい大都市である。


 ダンジョンから採掘される貴重な財宝や未知の魔物達の素材を目的に、数多くの腕自慢達や目敏い商人達が集まり、今や此処にさえ来れば不老不死以外手に入らない物は無い、テルモワール王国の心臓部だと言っても過言ではない程だろう。


 そのような重要都市であるからして、カクセンの周囲は王都テルモアのような古代魔法を掛けられた城壁程ではないが、それなりの壁には囲まれている。恐らく、今後百年は壊されることがないであろう程の堅牢な壁ではあるが。


 その特徴を捉えて、カクセンに住む庶民の間では、こんな言葉が流行っている。


『金の卵が欲しければ、カクセンの殻を割ってみろ。その内側に溢れている』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それにしても、全然人も魔物も来ないっすよねぇ」

「当たり前だ。お前、新聞を読んでいないのか」

「俺、字を読むと頭痛くなるんすよ」


 余りの無知ぶりに先輩の衛兵は、槍を持たない方の片手で眉間を抑えた。若者の新聞離れは噂に聞いてはいたが、此処までとは思いもしなかった。


「魔王が復活したとかで、魔族が暴れ回ってるんだよ。そのせいで商人達がビビッて来なくなったせいだな」

「魔王に魔族ぅ?そんなのガセに決まってるじゃないっすか」

「それが案外嘘でもなさそうだぞ。この前も王都で魔族が大量の魔物を引き連れて攻めて来たって話だ」

「うっそだぁー」


 尚も信じずにヘラヘラと笑う後輩の衛兵に、そろそろ先輩の衛兵は堪忍袋の緒が切れ欠けていた。そろそろ一発キツいのをお見舞いしてやろうかと考えていた矢先、腹の底から絞り出しているような呻き声が耳に入った。


「な、何!?何の声っすか!?まさかグール!?」

「落ち着け!まだ日も出てるし、こんな所に出る訳がないだろ!!」


 後輩の衛兵にも聞こえていたらしく、途端に慌てふためく様子に、先輩の衛兵は日が高く昇る晴天を指差して正気に戻す。夜行性で墓場に生息するグールが、こんな真昼の平原ど真ん中に居るはずが無い。


「だったら何すか!まるで三日三晩草しか食ってない腹の音みたいな声!まんまグールの鳴き声じゃないすか!!」

「いや、確かにそうだが……ん?アレは……」


 初めての魔物に錯乱する後輩の衛兵を抑える最中、先輩の衛兵は自分達の守るカクセンの入り口を目指して、此方に向かってくる五人の影が向こうからフラフラとやって来るのが見えた。


「ほらぁ!アレ絶対にグールっすよ!!」

「いや、只の人かもしれない。取り合えず近くに来るまで待つか」

「えぇー!!逃げましょうよー!!」

「お前、良く衛兵になれたな!?」


 衛兵らしからぬ後輩を先輩の衛兵が宥めようとしている最中に、その人影は既に二人の直ぐ近くにまでやって来ていた。


「「「「「ヴぁー……!!」」」」」


 五人は何故か腕を前に突き出しながら舌を出している。そして窪んだ頬と虚ろな目はハッキリ言って、正気では無かった。今にも人を食い殺しそうな程である。


「ギャ―!グールゥゥゥゥ!!」

「お前!何やってんだ!?」


 遂に錯乱した後輩の衛兵が、腰に巻き付けていたポーチから手当たり次第に物を投げつける。するとその五人は突如として地面に平伏した。


 いや、平伏したというより、地面に落ちた物を拾って……ではなく、その中で携帯食料の干し肉やパンを食っている。


「お前!それは俺が最初に目を付けた肉だぞ!寄越せやぁぁ!!」

「ウルサイわね!!拾った物勝ちなのよ!!このお肉は誰にも渡さないわぁぁ!!」

「ミレーヌちゃん!それはボクのだよ!返してよォォ!!」

「地面に落ちた時点で最初に拾った者が所有者になります!!欲しければ金を用意しなさい!!」

「肉もパンも全部俺のモンだァァァァァ!!ヴォォォォォォォ!!」


 何と言えばいいのだろうか。非常に浅ましいと言うか、醜い争いと言うか……五人の男女が飯の奪い合い、しかもその内の一人は三角帽子を地面に突けるぐらいに這いつくばっている様を見ていると、先輩の衛兵の目元に何故か涙が溜まってしまう。


「あ、アンタら一体何すか!?」


 流石にその姿を見て、自身の勘違いを悟った後輩の衛兵が、珍獣に話しかけるように恐る恐る聞いた。


 すると、五人の内の一人、どことなくチャランポランで茶色い癖毛が特徴的な男がこう言う。


「勇者様ですけど、何か?」





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