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風と炎と剣士と魔法使い

 2人が地面へと落ちていく、その中で突如として突風が場に吹き荒れた。


 その突風はまるで空の向こう側にまで届きそうなほどの激しい上昇気流であり、そして一度ならず、絶え間なく吹き続けている。


「アイツ、トンデモナイ薬渡してきやがって……」


 一歩、何もない空中の上に立つ。そこは吹き荒れる上昇気流の中心となっていた。


「ハァ……」


 鳩尾で肌が張り裂けそうなほど暴れ狂う魔力を、リュクシスは深く息を吐いて押さえつける。少しでも集中を途切れさせると、たちまちに四肢がはじけ飛びそうな程の、異常なまでの魔力が身体の中で溢れ返っていた。


「リュー君凄いよ!!これどうなってるの!?」

「ちょ、暴れるなよ!風の魔力をブッパしてるんだ!!下手すれば落ちるぞ!!」


 アリアが興奮気味に鼻を鳴らして、浮き上がっている足元を見下げている。そして、腕の中で暴れられては敵わないと、リュクシスは直ぐにネタバレをする。


 ウルが持って来た薬を飲んだ瞬間、リュクシスはいち早く自身の体内で、魔力が溢れ返っている事を察知していた。そこでリュクシスは付与魔法で風の属性を付与しつつ、直接外へ放出する事で足元から吹き荒れる突風を産み出し、魔力の供給過多と落下を同時に防いだ。


 人間二人分を空中に浮かせる程の放出など、リュクシスでも直ぐに底を尽きるが、未だ無尽蔵に溢れる魔力によって、無理矢理実現させていた。


「大丈夫だよ!リュー君と一緒に落ちるなら、ボクは問題ないから!!」


 同じ薬を飲んだアリアも、魔力が体内で溢れ返っている筈なのだが、顔が赤くなっているぐらいで、全く応えている様子が無い。そんなアリアに底知れなさを感じつつも、リュクシスは空を見上げた。


「この調子が何時まで持つか分からねぇ。一撃で決めれるか?」

「うん、今なら何でも出来そうだよ。だって……」


 一度だけ口惜しそうに貯めて、そして吐き出す。


「今最高に、幸せなんだから!!」

「それなら十分だ」


 リュクシスは理由にならない答えを信じ、一気に風の魔力を放出し、吹き飛ばす上昇気流に身を任せて、上空へ飛翔する。遮る枝の網や真下から伸び上がる根の追撃を避け、時に身を掠めながらも、ついに辿り着いた。


 眼前を見下した景色にあるのは、一面にどこまでも広がる緑に満ちた森のカーペット、遠く離れてしまった大地、そしてトレントになった百天の大樹の頭を飾る豊かな葉の天辺。


「着いたぞ!一発デカいのブチかませ!!アリアァ!!」


 リュクシスがアリアを腕の中から離す。そして上昇気流の枠から離れて、剥き出しの空中へと迷わず踊り出た。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 上昇気流で浮き上がる中、アリアはずっと詠唱を口ずさんでいた。


「終末の日に来たるは絶滅の雨」


 鼻歌を歌うような気軽さであっても、限界以上に注ぎ込まれた魔力が次々と消費されていく。早くも魔力切れを起こして意識が飛んでしまいそうになるが、魔力が集中する仕込み杖をアリアは手放す事はない。


「太陽より溢れ返る炎は地を焦がし、天を灰で満たす」


 アリアは今、最高に幸せだった。好きな人にキスをしてくれて、こんな風にお姫様抱っこまでしてもらえている。人生の中でこれ以上の幸せが無いと断言できるぐらいに。


 だからこそ、この幸せを形にしたい。


「されど、恐れる必要非ず。我らは叡智を手に入れた」


 育った胸の内から溢れんばかりの感情を魔力に、そして炎に変換していく。具現化した幸福は留まる事を知らずに更に膨れ上がる。その大きさは既に、空に昇る太陽にすら匹敵する程になっていた。


「さぁ、今こそ再現しよう」


 今の姿をリュクシスに、アルシャに、そしてあの人に見てもらいたい。


 ボクは自由になれた。自由になれたお陰で最愛の人に出会えて、そして幸せになれた。ずっと自分の事が嫌いで、消えてしまいたいと思っていたけど、こうして自由に恋して愛せる自分が大好きになれた。


 昔のボクが憧れた今が、こうして叶っている。だからアリアは、その証を刻み付けていく。


 詠唱が、最後の一章文を終える。


「彼方より現れる絶滅の炎を」


 その日、もう一つの太陽が地上に舞い降りた。


「『火弾(ファイアーバレット):サン・フレア・ゲリラ』」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 飛び出したリュクシスが一瞬だけ背後を見た時、そこにあったのは太陽と見紛う巨大な炎の球体であった。


 その球体の表面に閉じ込められた炎は、正に獄炎と呼ぶべきであろうか。一度解放されると、たちまちに世界を炎で燃え包む、そんな地獄を思わせる程に真っ赤に燃え盛っており、時折零れるフレアは触れずとも焼かれる程の熱を発している。


火弾(ファイアーバレット):サン・フレア・ゲリラ」


 アリアが静かに、そう魔法の名を口に出した瞬間。球体が弾ける。そして中に貯め込まれていた炎が無数のフレアとなって地上へ降りしきっていく。


 果たして、その数は一体どれほどなのだろうか。炎の大豪雨はまるで世界中の空に届かんばかりに広がって落ちていき、裂ける場所も逃げる間合いも無く、森全体に伝播する。


 落ちた炎は消える事は無い。一度触れさえすれば乗り移って燃やし尽くし、時に他の炎と重なり合って更に激しさを増していき、留まる事を知らずに燃え広がって行く。その侵食はトレントの根の侵食とは比べ物にならず、たった数秒の間に森を火の海が激しく波打つ地獄へと変貌させる。


 そして、ただでさえ巨大な体躯を更に広げるトレントにそれを避ける術はない。根に当たれば、地に落ちるまで焼き切り、幹に当たれば易々の炎の弾痕を残し、葉に当たれば周囲も薪にして轟々と燃え上がる。マトモに降り注ぐ炎の豪雨は絶え間なく焼き払っていく。


 それが何十、何百、いや何千と降り注げば、再生も成長をしようとも、その一切合切全てを燃やし尽くしていく。無限の炎がトレントを逆に侵食して塗り替える。


 最早、リュクシスの眼前にはトレントの姿は無い。そこに映るのは、大木を薪にして業火を燃え上がらせる獄炎の天柱であった。


「ヤベェ女だな。だが」


 フランザッパを構え、空中で身を捩る。自身の身を避けるように降りしきる炎の豪雨と共に、獄炎の天柱を目掛けて落ちていく中で、まだ爆発しそうな程残っている魔力全てに風の属性を付与し、刃に込める。


 アリアと出会ったのは偶然で、こんな未来が待っているのであれば、口説こうなんて思わなかった。


 だけど、そんなアリアだからこそ。


「そんな女だからこそ、落とし甲斐があるんだよなぁ!!」


 フランザッパの刃が、獄炎の天柱に縦から食い込む。だがリュクシスはそこで終わらず、縦に身体を回転させ、その反動で切り裂き、更に一回転を繰り返して、また刃を食い込ませる。


 重力に従い落ちていく最中で、回転刃の如く、フランザッパとリュクシス自身が獄炎を風で吹き飛ばし、トレント本体を無数の斬り跡で一直線の筋を走り描く。


 切り裂く度に、魔力を込める度に威力を増す刃に限界は無い。根元に近づく程に斬撃の跡は深く刻まれていくが、既にその威力は、中腹に至るまでには先ほどの一撃を遥かに超えた傷跡となっている。


 そしてリュクシスが地上に降り立った時には、フランザッパの威力は如何ほどなのか。それは直後に振り上げた斬撃が証明していた。


「『鳶・(カイト・)大螺旋(グランデ・スパイラル)』!!」


 たった一振りの風を纏った斬撃が、トレントを超えて、天まで届いて雲まで切り裂く。


「フゥ……」


 後で研ぎ直してやらないとなんて思いながら、リュクシスはフランザッパを鞘に戻す。そして、トレントに一蹴り入れる。


「一丁上がり」


 かつて先代のエルフ達は、このガラゴスの森で最も巨大な大木に『百天の大樹』と名付け、それから何千年もの間、枯れる事無く君臨し続けていた。


 それが今、業火に包まれ焼け落ちながら、真半分に避けて重い地響きを鳴らして倒れ落ちた。


 この時を持って、エルフの象徴は崩れ落ちた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アレだけ溢れ返っていた魔力も、今や全く残っていない。俺はチカチカと眩む目を抑えつつ、その場に尻もちを付いた。


 一気に魔力を使いすぎてしまったからなのか、全身に鉛をしこたま詰められたかのように重い。暫くは指先すら動かせない身体を休ませたかったのだが。


「リュクシスゥ!!貴方ロクデナシのクズ野郎だとは思っていたけど、やる時はやると思っていたわよぉ!!」

「ピィィ!!」


 このメスガキとチビドラゴンが俺の頭を無遠慮に撫で回してきやがった。


「俺の頭に触るんじゃねぇ。髪の毛引き抜くぞ」

「何よぉ?もしかして照れてる、ってその手を離しなさいテテテテテテ!!髪を引っ張るんじゃないわよぉぉぉ!!」

「そういやラキ」


 調子に乗っているラキにお仕置きしつつ、その中で俺は有る事を思い出して口に出す。


「イダイイダイダイ!!何よォォ!!」

「あのヤバい薬、ありがとよ」

「へっ?」


 俺が髪の毛から手を離すと、途端にラキがキョトンとした呆け顔になって、信じられない物を見たかのような顔になっていた。


 ロクデナシと自覚している俺でも、助けてもらったからには礼ぐらいは言う。もし、アノ時にラキとウルが薬を持って来なければ、文字通り命懸けの自爆技しか方法が無かっただろう。


 だから、偶にはと素直に礼を言ったというのに。


「こ、コレがアルシャの薬の副作用なのかしら……お、恐ろしいわ!!」

「ピ、ピィィ……!!」


 コイツらに取って、俺はどんな奴に見えてるんだ?後で問いただすとして、俺は周囲を見渡した。


「そう言えば、アリアは何処行った?」


 上昇気流の中で大魔法を発動した所までは見ていたが、その後はどうなったかまでは知らない。落下して死んで無いだろうなと空を見上げていると。


「終末の日に来たるは絶滅の雨」


 燃え落ちたトレントの残骸の上で、さっきの大魔法をもう一度唱え始めていた。


「あ、アリアぁ!?もうトレントは倒したんだぞぉ!!もう必要ないからぁ!もう周囲一帯炎だらけだからぁ!!」

「太陽より溢れ返る炎は血を焦がし、天を灰で満たす」

「ちょっとアリアさぁん!聞いてますぅぅぅぅ!!」

「されど、恐れる必要非ず。我らは叡智を手に入れた」


 ダメだ!全く聞いていない!もう目がガン決まっている!!あの眼は街中で放火して回っていた時のヤバい眼だ!!完全にトリップしている!!


「おいラキ!ウル!今俺動けねぇから助け「それじゃあリュクシス!!私信じてるわ!!」「ピィィィィィ!!」逃げんなぁぁぁぁぁ!!俺も連れてけぇぇぇぇ!!」

「さぁ、今こそ再現しよう」


 ラキとウルが俺を即座に見捨てて、逃げて行きやがった!!そしていよいよアリアの詠唱も最終段階を迎えようとしている。


「誰かぁぁぁ!誰か助けてくださぁぁぁい!!この際エルフでも良いから助けてぇぇ!!」


 最後の救いとして、風魔法を盾にして何とか生き残っていたらしいエルロン含め、エルフ達に助けを求めるも、その時には既に全速力で遠ざかっていた。


「皆の者退避だぁぁぁぁぁ!!早くあの人間の女から離れろぉぉぉぉぉ!!」

「「ハッ!ただちにぃぃぃ!!」」

「お前らさっきまで仲違いしていた癖に今更元通りになってんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 クソッ!!どうにかして逃げないと巻き込まれる!!でも俺の身体が全然動かねぇ!動け、動けぇ!!動けよぉォォォォォォ!!


「彼方より現れる絶滅の炎を」


 あっ、もう駄目だ。これ死んだわ。


 俺は最後に遺言として、アリアに一言残しておこう。




「ヤッパリ、お前なんか口説くんじゃなかったぁぁぁぁ!!」




「でも、ボクを好きにさせたんだから、責任は取ってよね。リュー君」





 そしてガラゴスの森は、二度焼け落ちた。


一日投稿がズレてしまい、申し訳ございません。少し投稿頻度を見直す事を考えます。

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