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お届け物はドラゴンにて

「ヒィィィィィ!!何で私を狙ってくるのよぉぉぉ!!」

「ピィィィィィィィ!?」


 と、恰好を付けて飛び出した矢先に、ラキとウルの情けない悲鳴が集落の中に木霊する。


 あんなに馬鹿デカいんだから、私とウルちゃんの2人ぐらいならスッーと静かに行けば……なんて考えていた数秒前の自分を殴りたい。ガッツリと丸太みたいな木の根と鉄槍よりも鋭利な枝がラキ達に狙いを定めていた。


 だがしかし。


「ピッ!!」

「ヒェ!?」


 短い悲鳴を上げつつも、死角から襲う枝を屈んで躱し。


「ピィィィ!!」

「根ェェ!?」


 情けない泣き声で、踏み潰そうとしなる根を寸での所で立ち止まって避け。


「ピッ!!」

「キャァァァ!?」


 断末魔のような絶叫で、地上に張った入り組む根の迷宮を掻い潜っている。見っともなく逃げ回っているように見えても、当たれば即死程度の攻撃を一度も掠る事無く、真っ直ぐ最短距離で本体に近づいていた。


「ピィィィ!!」


 ウルの甲高い鳴き声に、ラキは自身に迫る根の存在を察知する。それと同時に見えない筈の頭上からの視点で、押しつぶして貫かこうと垂直に飛来する根の先端が脳内に過った。


「また来たぁ!!」


 それらの情報を元に、ラキは前方へ転がり込むようにして飛び込む。すると、その直ぐ後に、予想通り、垂直に飛来した木の根が地面を大きく揺らして、深々と突き刺さった。


「ウルちゃんありがとぉ!!助かったわぁ!!」

「ピッ!!」


 頭上の空中を飛び回るウルが、前足の四本指の一本を立てる。私に任せろと表現しているようであった。そして、それがその通りの意味だとラキには分かる。


 魔工『従魔契約(エンゲージ)』ラキとウルの間には見えない魔力の線で結ばれている。そして、その繋がりは魔力だけではなく、意識や五感までも結び付けていた。


 故に互いが見た物聞こえた物、そして言葉や気持ちは全て共有されており、地上からでは見えない、上空を飛んでいるウルの視界はそのままラキの視界となる。死角から迫る攻撃であっても、見えてさえいれば、紙一重でどうにか躱す事は出来る。


 とは言え、決して安全という訳ではない。一度当たれば、この小さな身体など容易く貫いてしまう攻撃を間近で躱し、死が隣に寄り添うのを感じて尚、それでも突き進むのをラキは止めなかった。


「見えたわ!!」


 地上では未だに根が張り巡らされる根の迷宮。しかし、空から見れば、既に本体の幹にまで、一走りすれば届く距離にまで辿り着いていた。


 そして、未だに諦め悪く根元の上で戦うリュクシスとアリアにも手が届くのも、そう遠くはない。


「待ってなさいよぉ!!今行くんだからぁ!!」

「ビィィィ!!」


 ラキとウルが後もう少しだと自分を奮い立たせ、更に駆ける速度を速める。


 しかし、死地のど真ん中でようやっとリュクシス達の姿を視認し、ラキもウルも気が緩んでいたのだろうか。


 その背中を捉えようと這いずる枝を、ラキは見落としていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 若いエルフの男がそれに気づいたのは、偶然であった。


 その若いエルフの男が目を覚ましたのは、少し前である。根に呑まれて意識が途絶えようとした最中、何かに腕を掴まれて、そのまま引き抜かれた所までは覚えているが、そこから先は強い衝撃にでも遭ったかのように記憶がスッポリと抜け落ちている。


 そんな曖昧な記憶に戸惑っていると、すぐ目の前で火薬が爆発したような衝撃が、若いエルフの身体だけでなく背中にもたれる大木をも貫通して響いた。


 何が起こったかと、自分の状況さえも忘れて目線を寄せると、信じられない事に一人の大柄な人間の男が、無数に押し寄せる木の根を拳一発で纏めて吹き飛ばしていた。


 有り得ない光景に呆然としていると、今度はその男を追い抜いて飛び出す少女と魔物に目を奪われる。


 その少女は最初、あの人外外れな大柄の男の仲間とは思えない程、弱そうに思えた。戦士にしては細腕が過ぎるし、魔法使いにしては頭が悪そうに見える。だが、行く道に襲い掛かる根や枝を紙一重で躱し、前進し続ける異様な姿に、その考えは間違いだと気づかされる。


 段々と少女と魔物の影が消えていき、根に隠れて消えていく。そして少女が気勢を上げて遂に見えなくなろうとしたその時に、男は気づいてしまった。


 蛇のように這って忍び寄る一筋の枝。その先端が少女の背中から心臓を貫く形で矛を向いている事を。


「あっ……」


 少女は目の前に夢中で気づいていない様子。このままだと、少女はあの枝に心臓を貫かれてしまう。その未来を考えた時、一気にエルフの男の頭が黒く染まり出した。


 少女が何の為に走っているのかは分からない。だが遠目で見たその顔は必死に何かをしようとしている顔だった。だとすれば、それはきっと、あのトレントとなった百天の大樹を倒す為に動いているのだろう。


 自然とエルフの身体が動く。その口は魔法の詠唱を始め、その腕は掌を突き出して狙いを定める。


 あの人間達を完全に信じた訳ではない。長老の教えが正しいのかどうかは未だに分からない上に、集落を滅茶苦茶にした事の恨みは晴れていない。


 だがしかし、家族、仲間、家、思い出、大切な物。その全てを救う為だというのであれば。


 何もかも忘れて、ロクデナシの手だって掴みたくもなる。


 一陣の風刃(ウインドスラスト)が、根の合間を抜けて届く。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 背後で吹きすさぶような風切り音が聞こえるが、ラキは振り返らなかった。後ろを振り返るのは、全てが終わってからだと心に決めていたからだ。


 後一歩、後一歩と念じて走り続ける度に、また一歩と、一歩とリュクシスの元へと近づく。早く辿り着けと思う度に、足が速くなる。


「ビィィィ!!」


 ウルが雄叫びを上げる。その意味を理解したラキは遂に立ち止まり、そして両杯に詰め込める限りの息を詰め込んだ。


「リュクシィィィスゥゥゥゥゥ!!」


 腹の奥から捻りだした叫びは、戦いの中であってもリュクシスの耳に届く。そして答えを聞くまでもなく、ラキは次の行動に移していた。


「ちゃんと受け取りなさいよぉぉぉぉぉ!!」


 大きく振りかぶり、身体が許す限り精一杯によじると、力一杯にアルシャから受け取った小瓶を投げる。そして空中へと縦回転を描いて舞い上がるそれを、ウルが壊さぬように両手で抱えるようにして捕まえた。


「ウルちゃん!あのロクデナシに届けて!!」

「ピィィ!!」


 意志を共有しているからこそ、人間の言葉を理解できないウルでも意味は伝わる。それがどれだけの覚悟を持って受け継がせたのかもまた、同様にして伝わっていた。


「ビッ!ピィィィ!!」


 ウルが羽ばたく。まだ未成熟な羽に同調した二人の覚悟を載せて、決して落とさぬように、堕ちぬように、あの根本の上へ。


 諦めが悪く、意地を貫き続けるロクデナシ2人の元へ。

 ラキの声が聞こえた時、最初は俺の聞き間違いかと疑った。あんなビビりな奴がこんな所に来るなんて考えられない。どうせ遠くの悲鳴が此処迄聞こえて来たんじゃないかと思っていた。


 それが確信に変わったのは、足場にしている根元の端から、ウルが急上昇して飛び上がったのを見た時だ。


「ピィィ!!」

「ウル!?」


 驚く俺を差し置いて、ウルが近づこうとするが、横合いから飛び出すトレントの猛攻に、躱すだけで精一杯で、枝や根が網を張る空中を右往左往して、全く届かない。


「何しに来たんだアイツ!?」

「見て!ウルちゃん何か持ってるよ!!」


 隣で魔石から吹く炎の幕で、急場凌ぎの壁を立てているアリアが、杖を片手に指を差す。よく見れば、確かにウルの抱える手元には小瓶が握られていた。


 小瓶の中身が何なのかは検討も付かないが、ウルとラキがこんな所にまで来てまで、届けようとしているという事は、それ相応の物だろう。どうせ、このまま戦っていても、魔力が尽きて、2人仲良く串刺しだ。


「獲りに行くしかねぇよな!!」


 だったら、今此処で死ぬか生きるかを決めた方がマシだろう。俺もアリアも、先延ばしにするのは性に合わない。


「飛ぶぞ!腹括れよ!!」

「もうっ!リュー君ったら大胆なんだから!!」


 俺はアリアの手を引き連れ、淵に向かって走る。足場にしていた根元は随分と太かったようで、間際に見下げた限りでは、落下すれば全身の骨が確実に砕けるような高さだった。


「行くぞ!!」

「うん!リュー君!!」


 しかし今更、高さに脚が竦む理由もない。既に脚は止まる事すら忘れて、最後の一踏みを足元が砕け散るぐらいに力込めて飛び出した。


「とぉぉぉぉどぉぉぉぉけぇぇぇぇぇ!!」


 宙を走るようにバタつかせ、掴み上げる為に手を伸ばす。途中、邪魔をする枝や根はフランザッパで薙ぎ倒し、速度を殺すことなく、ウルの元へと身体が届くまで突き進む。


 斬って、薙いで、駆けて、伸ばして。また繰り返して、最後にもう一度手を伸ばした時。


 俺の手がウルの抱える小瓶を掴んだ。


「ピィィ!!」

「よくやったぞ!!あのメスガキにもそう伝えとけ!!」

「ピッ!!」

 そう一声鳴いて、両手に抱える物が無くなったウルは、その小さな身体で軽やかに翻し、素早い旋回で追撃する枝の群の僅かな隙を狙って抜けていく。そして瞬く間に向こう側へと飛び去って行った。


 ウルが抜け出したのを見届けると、俺は小瓶の握っている片手で、器用に蓋を開ける。その途端に鼻を突くような強烈な臭いがするも、気にすることはない。俺は躊躇う事無く、その中身を全て口の中へ放り込んだ。


「あぁ!!リュー君だけズルい!!全部飲んじゃってぇ!!」


 しょうがねぇだろ。小瓶が一つしか無いんだから。せめて二つあったら、それか、こんなギリギリの間際じゃなかったら、俺もこんな真似はしないで済むのに。


「へっ?」


 間抜けな声を出すアリアの手をヒク。虚を突かれたのと空中を飛んでいるからか、さして抵抗も無く簡単に抱き寄せる事が出来た。


「リュー君!もしかして!!」


 その意味を察して、アリアが目を見開く。俺だってこんな事はしたくない。本当なら、こんなガワが可愛いだけで中身がヤバい女より、もっと気立てが良くて胸がデカい女とロマンチックにする夢があったのにだ。


 でも仕方がない。アリアに目を付けられたあの日から、ロクに夢が叶う筈も無いは何となく予想は付いていた。それを分かっていながらも、アリアを引き離そうとしなかった俺の責任だ。だからこの際、相手と場所は目を瞑ってやる。でも男の夢を壊した責任は重い。


 だからアリア、その責任は何時か必ず取ってもらうぞ。


 身体が勢いを失い、地上へとまっしぐらに落ちていく中、俺は口の中に残った液体をアリアの口に流し込んだ。


 それを抵抗もせず、為されるがままに受け入れるアリア。そして唇が離れた時に、頬を熟れた果物のように真っ赤に染めて、笑みを浮かべる。


「うん、責任はちゃんと取るからね」


 その顔を前にして、俺は思わず唾を飲んでしまった。もしも、アリアを選んだ事で唯一良かった事が有るというのだったら、この屈託ない笑顔が特等席で見られることだろう。


 そして、唾と共に飲み干した液体が喉を通り抜けた時。俺の全身が激しく高ぶりを見せた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アルシャが魔力の濃度を確かめる為に用いたイロカワリ草。その性質は生息する土地の魔力濃度により、葉の色が変異するという物である。


 原理としては、そう難しくはない。根から吸い上げた魔力を伝導率が良い茎を通して葉に貯め込み、それによって色素が変異をするからだ。つまり、イロカワリ草は天然の魔力貯蔵庫となっている。


 そこに目を付けたアルシャは、魔力の濃度を測る試験薬以外に、イザという時の切り札として、ある一つの薬を作り出していた。


 それが青い色をした液体。小瓶の中身である『魔薬(まやく)』。作り方は単純で、飛び切りドス黒いイロカワリ草を、貯蔵した魔力を漏らすことなく液状化させるだけである。


 この薬を飲めば、液体となったイロカワリ草に貯蔵された魔力を、直接摂取する事で、どんなに優れた魔法使いの魔力が底を付きようとも、瞬く間に全快する一品であった。


 唯一つ、この魔薬には欠点がある。元となるイロカワリ草が貯め込める魔力は、人間の限界量を遥かに上回っている。そして、過剰な魔力は人に取って猛毒と化す。


 なので、摂取した直後に魔力を、それも自分の限界量を遥かに上回る程に消費をしなければ、身体が耐え切れずに暴走した魔力で内側から爆せてしまう。


 半ば暴走を引き起こすような危ない薬を、アルシャはラキに託していた。常人では耐える事すら出来ない劇薬ではあるが、そんな不安など微塵もない。


 信じているからこそ、常識外れな才覚と意地で我を通すリュクシス達だからこそ、迷わずに託すことが出来た。


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