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変わりたいなら、ボクを見ていて

 根を裂いて、その先に待っていたのは、リュクシスだけではない。


「アルシャちゃーん!会いたかったよぉー!!」

「ウゥ…」


 引き上げられたばかりのアルシャに、アリアがお構いなしに抱き着く。すると、その背中の感触に違和感を覚えたのか、一度引き離して顔色を窺う。


「アレ?アルシャちゃん顔色悪くない?どうしたの?」

「意識無くなってるんじゃねぇか?というか背中見てみろ、パックリ割れてるぞ!」

「本当だ!?凄い痛そうだよ!!どうしよ!?」

「危ねぇ!?」


 今更ながらに気づいたアリアが慌てて手を離す。その拍子に落ちそうになったアルシャをリュクシスが空かさず代わりに抱き上げた。


「先ずは止血をするぞ!何か適当な布で巻いとけ!!」

「適当な布なんて持ってないよぉ!何か何か……あった!リュー君のズボンが!!」

「ちょっと待て、何で俺のシャツを常備してるのか一旦話し合おうか」


 その瞬間、しなり揺れ動く太い木の根が、押し潰すように二人へ襲い掛かった。


「うわっとぉぉ!!」

「危ないなぁ!」


 直前に足場となっていた木の根から迷わず飛び降りるリュクシスとアリア。そして次の瞬間には、自分達が居た場所は巨大な木の根に挟まり押し潰されている。


「飛ばなかったら、ヤバかったな……」


 数秒でも遅れていたら三人纏めてミンチになっていた事を想像すると、悪寒がリュクシス背筋を駆けるが、そんな震えを着地の衝撃で相殺し、地上で待っていたミレーヌにアルシャを預けた。


「おい、何か布でも持ってないか?コイツ出血が酷いぞ」

「でしょうね、寧ろ良く生きていたのかと褒めてあげたいくらいですよ」


 アルシャの背中の傷を見たミレーヌが、深刻そうな顔つきで冗談を言う。そう言う時ほど、危険である予兆だとリュクシスは知っている。事実、その傷跡は肉を裂いて赤黒い断面が痛々しいまでに露出しており、一目で重症であると分かるほどであった。


「酷い傷じゃないの!!貴方、さっき斬った時に纏めてアルシャも!?」

「間違っても斬ったりしねぇよ!馬鹿にするなよ!!」

「直ぐに処置を施しますので、2人とも黙っていてください。シヴァル、その酒を私に寄こしなさい」

「あっ!俺の酒を盗るんじゃねぇ!!」


 俺とラキが言い争っている間に、ミレーヌがシヴァルの腰から火事場泥棒の戦利品らしき高級そうな酒瓶を無理矢理奪い去ると、その中身を口に含み、そしてアルシャの傷跡へ直接吹き付ける。


「アァ!!」

「何やってるのよミレーヌ!アルシャが痛そうじゃない!?」

「消毒ですから、当然です」


 突然の行動に俺を差し置いて詰め寄るラキ。しかし、それを意にも介さず、ミレーヌは残りの酒を自分の槍先に吹き付けると、アルシャの傷口に捻じるように刺し込んだ。


「相変わらず、随分と荒っぽい治療法だな」

「死ぬ事に比べればマシだと思いますがね」


 リュクシスにそう言いつつ、ミレーヌはアルシャから目を離さない。刺さった槍先に乗じて、傷口から黒靄の呪隷が流れ込んでいく。


 呪隷とは人体を破壊し腐らせる毒にもなるが、転じれば医ともなる。傷口か呪隷を流し込み、損傷個所に直接干渉して手術を行う事は出来る。


 しかし、それは無数に巡らされた血管や臓器に触れる事無く、そして人体に影響を及ぼす事無く出来るのであればだが。針穴と同じ太さの糸を一度も失敗せず通すが如く、緻密で繊細な作業を何度も繰り返す事を鑑みれば、ほぼ不可能の域と言えるだろう。


 だからこそ求められるのは、一分の失敗を許さない正確性と、途切れる事のない集中力。その2つを兼ね備えたミレーヌのみに許された方法であった。


「何をしている人間共がぁぁ!!」


 だが一度、ミレーヌの集中が途切れる。そして同時に槍から流れ込んでいた呪隷の供給が途絶えた。


「そいつは死んで当然の忌み子!!それを助けるなど何を考えているかぁぁ!!殺せ!殺せぇ!今すぐ殺せぇ!!」


 遠い木の上に居る筈なのに、まるで耳元で怒鳴り散らしているかのようである。それ程までに憎悪に塗れたエルロンの声はリュクシス達に激しく響いていた。


「黙らすか」

「構うな。アイツらを相手しながら、あのデカブツを相手に出来ないだろ」


 シヴァルが今にも暴れ出しそうなのを察し、冷静にリュクシスが制する。今も後ろには、無尽蔵の木の根や枝で森を侵食しながら練り歩く巨大なトレントが居る。その状況でエルフ達を相手取る事は出来ない。


「こうなれば!いっそ纏めて殺してくれるわ!!我らに歯向かった事を後悔するが良い!!」


 しかし、相手から仕掛けるというのであれば話は別だ。リュクシスはそっとヴィオーネを抜き出し、戦闘準備を始める。


 だが、リュクシスはヴィオーネをまた鞘に戻した。どうやら戦う必要は無いと察したからだった。


 エルロンの腕を傍に居たエルフが掴んでいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 止めたのは、集落に居るエルフの中でも一際優秀であり、そして一度リュクシス達の人質となっていた女のエルフだった。


「長老様、今一度教えて下さい」


 その女性のエルフは、エルロンの教えを忠実に守る有望な若者と持て囃され、そしてリュクシス達には屈辱以外何も感じていない筈だった。


「私達が戦うべき相手は、誰なのですか?」


 その顔は帰り道を失った幼い迷子のように心細さで歪んでいた。そして一度エルロンから視線を外し、自分が立つ木を見下ろす。そこで気絶して転がっているのは、自分と同じ若い男のエルフだ。


 女のエルフはアルシャが木の根達に飲み込まれる瞬間を見てしまった。その時に起こった事は、まだ目に残っている。


 アルシャの影が飲み込まれる直前に、颯爽と現れた2人が、波打つ意志を持って襲いかかる障害に怯むどころか、我が身を顧みる事無く真っ向から打ち破り救い出す光景。そして遅れてやって来た三人と一匹が、その後ろで同じく飲まれようとしている男のエルフを、少々手荒くはあるが、木の根を丸ごと吹き飛ばして救い出した光景。


 恐らく、あそこに居る人間達は救ったなんて思いもしていないだろう。物のついでか、それともアルシャと見間違えたのか。そのどちらかに違いない。


 だが、それでも自分達では助ける事すら出来なかった同胞を、あの人間達はやってのけている。それだけはどう転んでも変わらない事実であった。


「私は、この集落を、皆を守りたいと思っています。だからこそ、長老様の教えに従っておりました」


 若いエルフがエルロンに忠実であった理由。それは集落を守る為。教えを守れば、余計な不和を生むことなく平和が続き、伝統を守れば新たな変化で崩壊する事も無い。歪に停滞している現状を何処かで分かっていながらも、それを捨てることが出来なかった。


 しかし、今はどうだろうか。守る為に信じ続け教えや伝統も、この巨大な魔物を前にしては役に立たないだけでなく、自分達を縛り付ける鎖となっている。


 だとすれば、自分達が守り続けていた教えや伝統は何なのか。エルロンが説き続けた言葉は何の為なのか。


「どうすれば、集落を救うことが出来るのですか?」


 そして、同胞やこの集落を守る為には、教えや伝統では何が必要なのか。


 その答えをエルロンは持ち合わせていない。故に言葉にする事が出来ない。それが答えだった。


 そして若い女のエルフは、エルロンだけでなく、今度はこの場で生き残っているエルフ達に向けて問い掛けた。


 誰か、誰か教えてくれないか、我らの同胞を守る為に、我らが生まれたこの地を守る為に。


「私達は、何をすれば良いのですか?」


 あのロクデナシ達を信じるべきなのかと。


 その後の沈黙こそが答えであった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 どうやら、エルフ達の中で結論が出たらしい。何時まで経っても飛んでこない風魔法と弓矢がその証拠であった。


「そりゃエルフも馬鹿じゃねぇよな」


 リュクシスは当然とばかりに言葉を吐く。


 幾ら教えや伝統の為に戦うような信心深い人間でも、生まれ育った場所や仲間を見捨てるなど出来るはずが無い、それが出来るのは、よっぽどの狂信者か、あるいはそもそも無神論者のどちらかくらいだろう。一見前者のように見えるエルフ達でも、そこまでには至っていないようであった。


「アゥゥ……リュ……さ、ん」


 ふと名前を呼ばれたような気がして、リュクシスが振り返ると、未だにミレーヌに手術されているアルシャが、意識を取り戻していた。


「アルシャァァ!いぎででよがっだぁ!!」

「まだ治療している最中です。近寄らないでください」


 勢い余ってラキが抱き着こうとするも、まだアルシャの背中には槍が刺さっている。ミレーヌが一瞥もせずに制止させると、ラキは伸ばした腕を慌てて途中で引き戻す。


「おぉ、アレで生きてるたぁ結構シブテェじゃねぇか。やるじゃねぇかアルシャ」

「下手したら、お前よりも生きしぶといかもな」


 その生命力に感心するシヴァルに適当な相槌を打ちつつ、リュクシスは屈んでアルシャの顔を見る。


「生きていてくれて助かったぜ。じゃないと俺達が此処まで来たのが無駄骨になる」


 鋭い枝の中を突き進んで来たのだろう、群がる木の根に脚を取られて転んだのだろう、誰もが少なくない擦り傷、泥や土に塗れている。既に百天の大樹が動き出している今、他のトレント達も触発されて、この周囲一体は既に溢れ返っているだろうに、それでもリュクシス達はアルシャを助けに来た。


「ど……して?」

「どうして、ってのは俺に聞くなよ。ウチのアリアに聞いてくれ」


 リュクシスは答えずに、少し離れた場所で百天の大樹を黙って見上げているアリアを指差した。


「……」

「だんまりかよ。お前が言い出したんだろ」

「ねぇ、リュー君。私、分かったよ」

「何が?」

「ボクがアルシャを気になってた理由」


 立ち上がり、アリアの隣に並ぶリュクシス。そして同じように百天の大樹を見上げた。


「多分、アルシャちゃんに昔の面影を重ねてたんだと思う。だから見捨てられなかったんだよ」

「ふぅん」

「雁字搦めで不自由で、とても窮屈だったよ。それでどうしようもないくらいバカでドジで、自分じゃどうにもならなかったんぁ」

「へぇ」


 リュクシスは全く興味が無い態度。空返事ばかりで、聞く耳は持っていない様子だった。その方がアリアには嬉しくもある。こんな自分の醜い箇所を愛する人に真剣に聞いてなど欲しくない。


「そんなボクでも、ある人のお陰で変われたんだ。だから今こうして、好きな人と一緒に居られるし、自由に暴れて、燃やせる」

「……」

「その人はもう居ないけどさ、でもボクはあの人のようになりたかった」

「……」


 何も言わないで、リュクシスは黙りこくる。真剣なのかボォーとしているのか分からない顔をしていた。馬鹿にもせず、かと言って大袈裟に騒ぎ立てない姿は、アリアをもっと好きにさせる。


「ねぇ、リュー君。なれると思う?」

「さぁな」


 ハッキリとリュクシスは答える。相も変わらず曖昧なままだが、今度はハッキリと言葉にした。それなのに、大事な所はシッカリと応えてくれるから、アリアも夢中になってしまう。


「それを証明したいから此処に来たんだろ。付き合ってやるから、サッサと終わらせろよ」


 そして、地獄の果てまで付いて来てくれるリュクシスを、アリアは愛している。


「ミレーヌ、そのままアルシャを治しとけ。シヴァルは流れ弾飛んでこないように肉壁な。ラキとウルは邪魔だから黙って見てろ」

「ちょっと!貴方達2人でアレを相手するつもりなの!?」


 ラキが騒いで見つめる先には百天の大樹。自分達と見比べてしまえば余りの大きさに、人間に踏み潰される直前の蟻のような、いっそ清々しいまでの諦観が沸き上がる程であった。それを知っていて、なおリュクシスは何時ものような気軽さで返した。


「まぁ何とかなるだろ。なにせコッチには魔法の天才様が要るからよ」


 魔法の天才と素直に褒められ、嬉しい気持ちに心の内がくすぐられるが、グッと堪えて、アリアは振り返る。


「アルシャちゃん、良く見ていてね」


 その姿に悲壮感を思わせる影など無い。ただこの瞬間を楽しんでいるかのような、隣に居る誰かによく似た顔でアルシャに笑いかけた。


「ボクがアルシャちゃんを変えてあげる。ボクみたいにさ」


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