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面倒な男一人と女二人

「あっ……」


背中に焼けつくような痛みが襲った後、その理由にすらも気づけずに、アルシャの身体はまるで糸の切れた人形のように倒れる。


「グフッ……」


口から漏れだすのは血反吐の塊。それが自分で吐き出されたとアルシャは信じられなかったが、遅れてやって来る、肺の中で巨大な穴が開いたような突き刺さる痛みを前に納得せざるを得なかった。


一体何が起こったのか。マトモに力が入らず痛みだけが支配する身体で、どうにか首だけをよじらせ、見上げた先でアルシャの目に入ったのは。


鬼の形相でアルシャに向けて杖を向けるエルロン。そして、その周りには突如としての行動に驚き戸惑った様子の取り巻き達が目を見張っていた。


「ち、長老様……?」

「貴様のせいだ」


思わず声を掛けた取り巻きのエルフに目もくれず、エルロンがそう呟いた次の時には、爆発するような怒声が大気を震わせる。


「貴様らのせいだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


エルロンの眼の奥に渦巻いているのは恐怖と怨嗟。しかし、その眼はアルシャだけではなく、虚空を見つめているようでもあった。


「貴様らが居なければぁ!貴様らさえ居なければこんな事にはならなかった筈だ!!貴様らが世迷言さえ吐かなければぁ!!我らは平穏に暮らせた筈なのに!!」


その場に居る誰もが、エルロンの言っている事を理解できなかった。だがエルロンの頭の中では、一人の男とアルシャの姿が重なって見えていた。


思えば、全てはあの時から狂い始めた。あの日から森の様子がおかしくなっている事に気づいてしまい、あの時からいずれ訪れるかも知れない滅びに怯える日々を過ごす羽目になってしまった。


そう、全ては、あの男がエルロンに話を持ち掛けたその時から。あの男がアルシャと同じく、いずれ訪れる滅亡を予兆したその時からだ。


「こんな事になるのであれば!貴様の父親と同じように、殺しておけばよかったわぁ!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その言葉が聞こえた瞬間、アルシャの頭を空白が埋め尽くした。


「おな、じよ、うにぃ?」


どう言う事なのか?それを聞く余裕すらも無く、アルシャがただ茫然と見つめているだけでも、エルロンは怯えて狂ったように独白を続ける。


「その眼で私を見るな!アレは貴様の親が悪いのだ!!秘宝を壊すなどという馬鹿な事をしでかそうとしたのだから当然であろう!!何が集落の為だ!!世迷言の為に命まで懸けよって!貴様の両親も、貴様も親子揃って馬鹿にしおってぇ!!」


辞めて欲しい、そんな言葉を聞きたくなかった。突き付けられる独白にアルシャが耳を塞ごうにも指の末端まで動こうとしない。背中を引き裂かれた痛みだけでなく、押し寄せる絶望までもが、身体を縛り付けるからだった。


そうしている間にも、エルロンは頭を掻きむしり、狂気に満ちた眼光を振り乱した髪の隙間から覗き込むようにアルシャを睨み付ける。


「折角生かしておいてやったのに、こんな仕返しをするとは忌み子がぁ!!あの男の娘など、やはり生かしておくべきでは無かった!!」

「長老様!お気を確かに!!」

「何を言っておられるのですか!?」

「黙れ!貴様達も加担したであろう!!今更どの面を下げて物を言う!!」


溜まらずに周りの取り巻き達が諫めようとするが、その手を振り払ってエルロンが一人ずつ指差して糾弾していくと、距離を取るように退いて行き、誰も止めることが出来なかった。その事だけで、エルロンの言葉は事実であると裏付けている。


「全て、全て貴様のせいだぁアルシャァ!貴様と貴様の両親さえ居なければぁ!!」

「あぁ……あぁ……」


尚も叫び恨み続けるエルロンの言葉は、既にアルシャには届いていない。露わになった事実を前にして、頭の容量は既に限界を超えていた。


信じていた過去に裏切られ、その中から現れたのは頭がどうにかなりそうなほどの残酷な現実。自分を捨てたと思っていた両親は実は殺されていて、それをしたのは育ての親であったエルロンだった。そして、その事を周りの大人達は加担していて黙っていた。


だとしたら、今までのアルシャの今までは何だったのか。愛していた両親を裏切り、仇である筈のエルロンに依存し、後に残っているのは壊れてボロボロになった自分のみ。


それを分かってしまったが最後、アルシャは生きる事さえも許されない、本当の『忌み子』となってしまった。


「おと……さ……おかあ……ん」


痛みも絶望も受け入れてしまえば、随分と楽になる。生きる事さえも辞めてしまえば猶更だろう。アレほどまでにいう事を聞かなかった身体が、今や思い通りに動く。その身体でアルシャは四肢を投げ出して、目を閉じる。


「ごめん……なさいぃ……」


ごめんなさい、生きていて。

ごめんなさい、2人の願いを叶えられなくて、

ごめんなさい、仇とも知らずに縋ってしまって。



ごめんなさい、こんなダメな娘で。今から、そっちに行って、ちゃんと謝るから。


迫り来る津波のような根っこの大群が、まるでアルシャを迎えるように迫り来る。それに抗いもせず、アルシャは受け入れるままに、そして眠るようにして時を待つ。



コレこそが、唯一の償い。最初から最後まで何処までも愚かだったアルシャに出来る事と言えば、エルロンの言う通り、これ以上罪を重ねる前に死ぬしかない。何故なら。


もうこれ以上は、もう自分を嫌いになりたくないのだから。


皮肉にも依存心に壊れたエルフの少女が、唯一自分の為にした事は、忌み子である自分を殺す事だった。


地を侵食する木の根が頭から飲み込もうとする。瞼越しでも暗くなる視界にアルシャは少しばかりの安堵感を覚えた。これでもう、何もせず、何も起こさず、何も考えないでいい。


後はゆったりと身を任せるのみ、暗闇の中で無数の根に絡みつかれん柄も、穏やかな時がアルシャの中で流れる。その感触を楽しみながらも、呼吸が止まるまで待つばかり。


しかしどうしてだろう、何も考えたくもない筈なのに。生きる事すらも許されない身である筈なのに。


あの人達の横顔が、瞼の裏でチラつくのは。


「うぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!」


その瞬間に、アルシャの世界は明るさを取り戻した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

地響きと共に動き始めた大木を見れば、エルフの集落がどうなっているのかは想像するまでも無かった。


「追手の心配は無さそうですね」


無情にもミレーヌが、その光景を目の当たりして言い切る。だが俺も同じ感想だった。


幾らエルフ達が風魔法と弓の名手だろうと所詮それは対人に合わせた話だ。あんな馬鹿デカい大木を相手に戦えるとは思えない。良くて壊滅、そうじゃなかったら全滅が関の山だろうか。


「ねぇ、リュー君」


そんな事を思っていると、不意にアリアから肩を叩かれた。


「何だ、もう変な液体は出なくなったのか?」

「それを思い出させないでよぉ……でさ」


本当に嫌な思い出だったらしく、やや不機嫌そうに口を尖らせる。だが直ぐに引き締めると、表情を失った顔で俺を見つめる。


その顔を見れば、大体言いたい事は分かる。


「リュー君、わざとアルシャちゃんを置いて行ったでしょ?」


やっぱり、女に嘘は付けないって事か。


「そ、そう言えばアルシャが居ないじゃない!まさか貴方、本当に置いて行ったの!?」


今頃気づいたラキが騒ぎ立てるが、俺は答えるつもりは無い。そもそも理由を話した所で理解されるとは思っていないし、されたいとも思わない。アルシャを置いて行ったのは俺の我儘だ。


「だからどうした?俺が必要ないと思ったから置いて行った」


俺がそう言い捨てると、異論を唱える奴は居ない。そんな奴が居たら、とっくの前に喧嘩別れでもしている。


「ううん、文句は無いよ。だってリュー君が決めた事だからね」


その点で言えば、アリアは俺に従順だ。普段は女絡みでバカやれば、お仕置きという名の拷問をされるが、それ以外だと驚くほど俺を全肯定する。いつも文句ばっかのミレーヌやシヴァルも見習って欲しいくらいだ。


「でも……ちょっと、ううん、結構嫌だなぁ」


だから珍しい。アリアが俺に真っ向から反対するなんて。


「誰かが死んでも殺されても焼いても、どうでも良いと思えるけど、アルシャちゃんが死んじゃったらと思うと、何か胸に針?棘かな?それかささくれかな?多分、此処で動かないと、それがずっと刺さったままな気がするんだ」


そんな事を気にする女じゃないだろうに、きっとコイツは俺達が死んでも翌日にはケロリとした顔をしている。そんな頭のおかしい女だ。


そうじゃないって言うのなら。


「それって気のせいじゃねぇのか?それとも俺が間違っているってか」


敢えてアリアを突き放す。どうせ何時もの気紛れだって切り捨てる方が簡単だが、俺は自分を試してみたくなった。


「リュー君は間違ってないよ。ボクはね、リュー君の事が大好きだから。愛してる。リュー君の為だったら死んでも良い。きっと世界中の誰よりも愛している自身があるよ」


そんなのは知っている。だからお前は俺を否定しようとしないし、肯定しかしない。だって、お前は俺以外に興味を持っていないだろうから。


だが、俺が求めているのは、それじゃない。


「でも、ちょっとだけかな。ほんのちょぉっとだけアルシャちゃんの事が気になるの。自分でもどうしてか分からないけど」


俺が聞きたいのは。


「だから、助けたい。ううん、助けてリュー君」


俺を納得させる理由だ。


「……お前って、面倒な女だよな」

「リュー君は面倒な女は嫌いかな?」

「いんや、スゴイ好みだ」


なにせ、俺も面倒な人間だから。勝手に他人の事を決めつけて、知った気でいるようなロクデナシだ。それに加えて、自分勝手なルールに縛られて動けないでいるのだから、手が付けられない。


だから俺は自分を試してみた。俺が変わるのではなく、アリアが変わったのなら、俺の代わりにアリアが助けを求めるのでならと。それで試してみた結果がこの通りだ。予想していたとは言え、まんまとこんな安いお願いに釣られてしまった自分が情けない。


「コレが惚れた弱みって奴なのかもな」


どちらにしても、俺がやる事は決まってしまった。俺は今尚も動き回る遠くの大木を見据える。


出会ってからずっと俺達に災厄を運んで来るアルシャの事だ。まだ生きているとなれば、きっとアソコしかない。


「痴話喧嘩は終わりましたか?」

「痴話喧嘩じゃないっての」


話の終わりを待っていたらしいミレーヌが俺に目を向ける。その眼は珍しい物を見たと面白がっているように思えた。目潰しでも喰らわせてやろうか?


それはさておいて、俺は暇そうに話を聞いていたシヴァルに朗報を知らせてやる。


「喜べシヴァル。もうひと暴れ出来るぞ」

「そりゃ嬉しい限りだ。それでどれくらい暴れられんだ?」

「これくらいだな」


俺が指し示した森の奥には、無数に蠢く木の影。それを見れば、さっき襲って来たのは全体からすれば、ほんの一波だったのだと嫌でも思い知らされる。軽く見積もって、見える範囲でもさっきの倍近く居るだろうか。


森の奥へ一歩踏み進めるだけで、雨あられのように俺への敵意が降り注ぐ。まるで広大なガラゴスの森全てが排除しようと命を狙って来ているような気分だ。


「お前も付いて来るかラキ?命の保証は自分持ちだけどよ」

「な、舐めるんじゃないわよ!わ、私を誰だと思っているのかしら!?こ、こ、こんな修羅場ぐらい何てことないわ!!絶対にアルシャを助けるわ!!」

「ピィィ!!」


ラキの精一杯の虚勢に合わせて、ウルも荒ぶった様子だ。それだけ気張れるのなら文句は無い。精々死なない程度には付いて来れるだろう。


「アリア、やっぱり良いやとか後で言うなよ?」

「もしかしたら、そう言っちゃうかも。その時はごめんね?」

「我儘な女だな、それでも許してやるのが良い男の条件って奴か」

「リュー君はとっくに良い男だよ」

「そりゃどうも」


つくづく良い男ってのは、生き辛い生き物だ。


どんなに建前を取り繕うと、どんなに言い訳を並べようと。


女の為なら、修羅場だろうが頭から喜んで突っ込まなければならないのだから。


「それじゃあ、女の為に頑張りますか」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アルシャが目を開いたその先に会ったのは、暗闇を斬り裂く大きな光だった。


「眩しい……ですぅ……」


その光は目を開けていられないぐらいに眩しく、咄嗟に手で覆い隠す。だが次第に目が慣れていくと、何故だが温かく感じる様になり、無意識の内に手を伸ばしてしまった。


「あぁ……」


それは伸ばした本人でさえも分からない。だが凡その見当はついていた。きっと家族を裏切り、自分に絶望し、救いようが無くなって、ようやく分かったからだろう。


本当はずっと、誰かに助けてもらいたかった。依存心に壊れた自分を救ってくれて、この縛られた人生を解放してくれる、そんな人に救ってもらいたかった。


何を今更なのか。そんな人の手を振り切ったのはアルシャ自身。彼らのようになる為と別れを切り出し、そしてこの様だ。


だからこそ、望みが破れてしまった今だからこそ、その手を掴めそうだった。


「たす……けて、くださいぃ……」


伸ばした手が、握られる。


「今度は言えたじゃねぇか」


握った先には、リュクシスが待っていた。


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