森VSロクデナシ達
「ウラァ!!」
全身を貫こうと蠢き迫り来る木の枝群を全てフランザッパで薙ぎ払う。まるで鋼鉄を編み込んだ鞭でも弾いたような重量感は、跳ね退けるだけでも腕を持って行かれそうになる。
だが、そんな腕の痺れを気にしている余裕は無い。跳ね除けた木の枝達の先端が歪な形で急成長し、分裂した無数の先端が再び襲い掛かった。
「それじゃあ細切れか!!」
今度は風の魔力を巡らせて、更に切れ味を上乗せして切り刻む。それでも触れた瞬間に魔力を一気に流し込んで、どうにか押し込んで叩き斬る始末だ。これでも軍が採用している鎧ぐらいなら人体纏めて真っ二つに出来るというのに、自信を無くしてしまう。
一度木の枝が伸びる本体から距離を取る。そして背後を振り返らずに声だけで聞いてみた。
「ったくよぉ!斬り難いな、おい!!」
「剣なんて使っているからですよ、馬鹿ですか?」
背後からミレーヌの冷静なツッコミを入れられる。相変わらず気遣いもへったくれも無い辛辣な一言だ。
「でもなぁ、斬りたくなる見た目をしているだろ?」
そう言って今一度、さっきから木の枝を飛ばして来る魔物―――『トレント』を見据えた。
トレントは見てくれの通り、木が根を足にしてそのまま動き出したような魔物だ。森の中で擬態して、近づいて来た獲物を今みたいに触手みたいに伸ばした木の枝で串刺しにする……らしい。俺も実際に遭遇するのは初めてなんで、聞きかじり程度の知識しかない。
しかし、ミレーヌの方は俺よりも詳しいらしい。だったらと次いでに詳しく聞いてみる。
「対処法は?」
「本体は先ず斬れませんね。それこそ鋼鉄に近い強度な上に、直ぐに再生します。魔法だと、そもそもの抵抗力が高すぎて効きませんね」
ミレーヌが言うやいな、トレントがフランザッパで斬った筈の木の枝を、俺に無意味だと見せつけんばかりに、瞬く間の内に断面から再生して、また元の鋭利に尖った先端を取り戻してみせた。心なしか、トレントの目と口に当たる穴がほくそ笑んでいる気がする。
「だったら、どうやって倒せば?」
「物理的な火で燃やすか、本体の幹を丸ごと切り落とすか」
「それかもっと勢い良く燃やすかだよね」
アリアの声が会話に割って入った瞬間に背後から何か嫌な気配を感じて、急いでしゃがみ込んだ。すると間髪入れず、俺の頭皮を掠めて巨大な火弾が飛び出した。
危うくぶつかる筈だった火球は、そのまま対峙していたトレントの顔面に空いた穴へ吸い込まれるように見事命中する。そうすると、最初こそ抗うように中々火が付かなかったが、見る見る内に幹から枝先の先端、頭上の葉一枚に至るまで燃え映って、やがては元の木屑に還ってしまう。
「ね?ボクが正しいでしょ」
振り返ると、悪びれすらもしない屈託ない笑顔で自慢げにアリアが鼻を鳴らしていた。
「……魔法は効かないんじゃなかったのか?」
それを見た俺は、後ろで俺と同じくしゃがんでいたらしいミレーヌに問い詰めると。
「何事も例外があります。馬鹿みたいな火力の前には無意味でしたね」
シレッと言いやがって、その馬鹿みたいな火力を出す為にどれだけの魔力を持って行かれるのやら。そんな倒し方が出来る訳がない。
そんな倒し方を一々していたら、こんな四方八方から押し寄せるトレントの軍勢を倒す前にへばってしまう。
「アッチ見てもコッチ見てもトレント、トレント、それとトレント……同じような奴ばっかりで頭がおかしくなりそうだよ」
「俺もだ。動く木で出来た森なんて、童話の中だけにして欲しいな。現実だと気持ち悪くてしょうがない」
俺はアリアが呟いた言葉に同意した。そして、同時に、どうしてこうなったのか思い返してみる。
さっきまでは普通の森だった筈なのに、突然に木の枝が意志を持って襲い掛かって来たが、俺とアリアは間一髪で避ける事には成功した。しかし、それを合図に周囲の見える範囲全ての木々がトレントとなって動き出し始めたのだ。
幸いにも、捜索の邪魔になっていた木々が動いたことで、直ぐ近くに居たミレーヌ達を見つける事は出来たが、それでもこの数のトレントは凄まじい物である。なにせ、無尽蔵にそこらかしこに生え散らかした秘境の密林全てが魔物に早変わりしたのだから、その数は十や二十で済む筈がない。もしかすれば、百を超すかもしれないだろう。
しかし、その全てを相手にする必要は無い。
「しゃおらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
森を埋め尽くす勢いで迫るトレントの大群の中から、一際野太い声と共に木片を塵芥に吹き飛ばすド派手な破壊音が響いた。
「ヒャッハァァァァァァ!!」
単身で突貫した馬鹿が、鋼鉄並みに堅いトレントをサンドバック代わりに千切っては投げ、
殴ってはぶっ壊す、近寄る物全て破壊する暴虐無人を体現したような暴れっぷりを披露している。
「張り切ってるなぁアイツ。そのお陰で楽できるんだけどな」
周囲が殴り甲斐のある敵だらけだからだろう、何時もより活き活きとしているようだ。
幾らトレントが堅くても、鋼鉄を握り潰す馬鹿力の前には形無しである。シヴァルに取って相性的にも性格的にも、正に打って付けの魔物だ。だからこそ、大群の大部分をシヴァルが引き受けているお陰で、殴り漏らしたトレントを処理するだけで済んでいた。
それでも、全体の数が多いので決して少ない数だとは言えないが。現に俺達の四方からは十数体のトレントがジリジリと包囲網を狭めている。
「さてどうするか、硬いわ魔法も効かないわで、中々に面倒な相手だけどよ」
「そんなの、僕がぜぇんぶ燃やしちゃうよ!」
「また集落みたいに周りを火の海にするつもりか?それに、お前はちょっと休んどけ」
息巻くアリアを、手で頭から押さえつけて大人しくさせる。集落での興奮が冷めていないせいで気づいていないようだが、アリアの目が赤く充血し始めている。軽めの段階とはいえ、典型的な魔力切れの予兆だ。
そりゃ、あんな集落丸ごと火の海地獄にでもすれば、魔力切れだって起こす。寧ろ普通の魔法使いであれば、二、三回は死んでいるぐらいだろう。
「そんな状態じゃ、火弾一発撃って仕舞いだろ。と言うかさっきの火弾だって、キツかっただろうによ」
「そんな事ないもん!ボクはまだ出来るよ!!」
まだまだ燃やしたりないのか、まだ食い下がるアリア。そこに安っぽい不敵な笑い声と鳴き声が邪魔をする。
「フフフ……此処は私の出番の用ね!!」
「ピィ!!」
どういう風の吹き回しか、それともついに頭が可笑しくなったのか、さっきまで息を潜めて背中に隠れていたラキが、肩にウルを携えて俺達の前に躍り出てきた。
「だから言いましたでしょ。道端に落ちているキノコはアレほど食べるなと……」
「ラキ、どんなキノコを食べたか言え。多分それ幻覚作用ある奴だから」
「至って正気よ!と言うか、私って道端のキノコを食べると思われてるのかしら!?」
いやだってねぇ、今まで見っとも無く逃げ回ってたらラキが、こんな勇ましい事を言うなんて、ミレーヌが協会に寄付するか、シヴァルが断食する方がもっと信じられる。
「私やウルちゃんだって成長するのよ!見てなさいよぉ……ウルちゃん!!」
「ピッ!!」
何やら秘策があるようで、肩に止まっていたウルを飛ばすと、そのままの勢いで前へ滑空させ、そして一体のトレントの前にまでウルが辿りついた。
すると、ウルが露骨に息を大きく吸い上げ始めた。それと同時にラキが叫ぶ。
「さぁ見せてみなさい!ドラゴンの業火を!!『ドラグーンブレス』!!」
「ピィィィィィィ!!」
その瞬間、ウルの口から勢い良く息が吐き出された。
それは名前に相応しく、龍の息吹その物を再現していた。吐き出された息に乗って撒き散らされるのは、アリアの火弾ですらも霞んでしまうほどの灼熱の業火。それは何時か見たウルザードのブレスに劣らない熱気であり、広がった炎は取り囲むトレント達を瞬く間に燃やし尽くす。
……だったんだろうなぁ、アイツの想定では。
実際には、ウルの口から蝋燭の火ぐらいの炎が、まるで唾のように飛んで行っただけである。しかもトレントに届く前に消えている。
「あ、アレェ?う、ウルちゃん?さっき炎出せるって言ってたわよねぇ?もしかして今のがそう?違うわよね?喉に痰が詰まってただけよね?そうだと言ってぇぇぇぇ!!」
「ピッ!!」
「イヤァァァァァ!ごめんなさい許してぇぇぇぇ!!」
うん良かった。ラキはラキのままだった。
だがまぁ、そんな攻撃でも一応の意味はあった。なんと、トレント達がウルの炎にビビったのか、少しだけ慄いたようなそぶりを見せたのだ。恐らく、さっき見せたアリアの火弾のような炎が飛んでくると思っていたからだろう。
そして隙さえあれば、ミレーヌが準備を整えるのは容易い。
「『呪術技法呪縛束身』」
トレント達の影に紛れて何かが飛び出す。ミレーヌが呪隷と呼ぶ黒い靄だ。ラキが生み出した僅かな隙をついて、背後に潜り込ませていたのだろう。
呪隷がトレント達の幹に纏わりつくと、その動きがまるで無数の腕や身体で締め付けられたかのように、トレント達が激しい軋みを鳴り上げながら、一斉に動きを止めた。
「それでは聞きますが、準備にどれくらい必要ですか?」
「そうだな、後3秒ぐらい」
その様子を黙って見ている程、俺は惚けてもいない。既に雷斬の柄に手を掛けて、その刀身に僅かばかりの雷の魔力を巡らせる。
『満雷』のように最大魔力を放出するのも良いが、それだと効率が悪すぎる。何も堅い物を斬るのに、全力を出す必要は無い。
必要なのは見極める眼と集中力、それと剣の腕前だ。ダイヤモンドが一定の角度なら簡単に刃が通るように、物の切目とブレない剣速、そこにちょっとした魔力を加えてやれば、堅さなんて関係なく斬れる。
涎を垂らしてしまうほどの集中の後に雷斬を抜き、一走りでトレントの包囲網の内側をグルリと駆け回った。そのすれ違い様に掠める程度に刃を通しながらだ。
「もう大丈夫だ。解いて良いぞ」
一周し終えると、俺はそう言った。それに従ってミレーヌは呪隷の拘束をトレント達から解放した。
恐らく、トレント達は斬られた事すら気づいていないだろう。紙で指を切った程度の痛みを剣で斬られたなんで思う奴はそう居ない。
「『新雷』」
しかし、俺が鞘に刃を戻した時には、そのトレント達の上半分は下半身からズレ落ちていた。
「な、な、中々にやるわね、貴方?でもこれも私のウルちゃんのお陰よ!!」
「あのクソ小さい炎がか?」
「キィィィィ!!」
正直な所、ラキが気を反らさなければ、こんな芸当をするほどの暇は出来なかったが、それを認めたくないので、敢えて口には出さない。だからって俺の腹をポカポカ殴られるのは気に入らないから拳骨を頭蓋骨にかましておいた。
「ボクがやりたかったのにぃ……」
「もう倒してしまったのですから諦めなさい。それよりも、魔力の回復に努めるべきです。ほら、コレでも飲みなさい」
「ヴェ……」
戦闘の邪魔だからと置いていた風呂敷からミレーヌが小瓶を取り出すと、アリアは途端に顰め面へ早変わりした。そりゃそうだ、濁った黄緑色の液体を飲めって言われたらそんな反応もしたくなる。
「み、ミレーヌちゃん?何かなその液体は?」
「さぁ?恐らくポーションだと思いますけど、身体には害はないでしょう。さぁどうぞ」
「あっ!トレントが居るよ!!倒さなきゃ!!」
その時、丁度都合良く一体のトレントが俺達の前に現れて、アリアがミレーヌから逃げ出した。危なそうな薬を飲むくらいなら、魔力切れでぶっ倒れる方がマシだという事だろう。
しかし、アリアが杖を構えて倒そうとした直前に、そのトレントの腹からやたらとゴツイ腕が貫いた。続いて、もう一本の腕が突き破って伸びる。
「よっしゃ!最後の一匹仕留めたぜぇぇ!!」
両腕が扉を開けるぐらいの気軽さでトレントの身体を強引に裂け広げる。そして左右へ完全に分断されて、その後ろが見えると、そこに木屑や葉を身体にへばりつかせたシヴァルが居た。
「お前にしては遅かったな」
「後から後から来るもんでよ。つい楽しくて最後まで遊んじまったぜ」
「へぇー、そうか」
そう相槌を入れつつ、シヴァルが歩いて来た後ろの獣道を覗く。そこにあったのは、やはり予想通りと言うべきか何とやら。
森の中なのに村の一つでも開拓できそうな空き地と、それ以上に入りきらないトレント達の積み上がった残骸があった。
それを見た俺は、シヴァルに一言だけ注意しておく。
「後片付けは自分でやれよ」
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「取り合えず、一段落って言う事で良いか?」
「知らねぇけど、物音はしねぇな」
シヴァルが撒き散らした木片の残骸から適当な椅子代わりになりそうなのを探して座る。そしてシヴァルに確認を取ってみると、そんな返事が返って来た。
「そ、それなら良かったわ……でもあんな大群がまた来るなんて嫌よ!今すぐこの森から脱出よ!!」
「ピィィィ!ピィィ!!」
それを聞いたラキは安心と恐怖が入り混じった複雑な表情をしながら、トレントが来ていなかとと左右をギョロギョロと見渡している。
そんなラキがウルサイらしく、ミレーヌは無理矢理両手で固定した。そして、そのままの姿勢で話し始めた。
「現状を整理しますと、この森にはトレントがそれも大量に生息しており、それが動き始めたという事です。それがどれくらいの規模で、どれくらいの量かは存じませんか、少なくとも此処に居る以上の数は確実に居るでしょうね」
シヴァルが纏めて倒したとはいえ、この広い森の中では小さな点にすら及ばない範囲でだ。総面積で考えれれば、まだウヨウヨと居る事だろう。
「アリアが動けるようになったら、直ぐに森を出るぞ。今ならまだエルフ達も混乱しているだろうしな」
だが先ずはアリアが動けるようになってからだ。魔力切れ近くにまでバカスカ燃やしていたんだろうし、しばらく動けないだろう。
それに。
「ヴ、ヴェェェェェェェェ!!ぎもぢわるいよぉぉぉ……」
それとは関係なく、鼻の穴から何故か黄緑色の液体がドバドバ垂れ流しているアリアを無理やり連れて行くのはちょっとな……と言うか、ミレーヌが無理矢理飲ませた液体は本当に何だよ?魔力は回復したけど、それ以上の副作用が出てるが、これってもしかしてアルシャ印の薬か?
「アルシャ……」
その名前とアホ臭い顔が頭に過り、この森の中で最も背の高い大木へ目が向いた。
何を未練がましく、俺から見捨てたんだろうが。そう自分を納得させ、俺は目を反らす。だが、俺は反らした目をもう一度向けざるを得なかった。
大木が、文字通り歩き始めた。
送れてしまい申し訳ございません。1月中は所用で忙しく、投稿が不定期になってしまいますが、出来るだけ週3~4日に1話投稿を目指します!!