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壊れる予兆は既に聞こえていた。

エルフ共の集落を抜け、先に行った奴らを探して彷徨い続けてどれくらい経ったのやら、こんな日が差し込みにくい森の中では、時間の感覚がおかしくなってしまう。


それでも、何時追いついて来るかも分からないエルフ達の事を考えると、どうにも動かないという選択肢は思い浮かばなかった。だからこそ、こうしてどっちが東か西かもわからずに歩き回っている。


それでも計算無く歩き回っている訳じゃない。先に行った奴らの中にはシヴァルが居る。アイツならどんだけ離れていようと、足音1つで容易に俺を見つけられるだろう。だからこうして歩いている方が逆に合流しやすい筈だ。


「……あれ?ココ何処?」


腕の中で抱えていたアリアがついに正気に戻ったのか、蕩けていた目が正気に戻り、キョトンとした顔で俺の顔を見上げる。


「覚えてないのかお前?エルフ共の集落を燃やしてる時に失神しやがって」

「そうだったよ、燃やすのが気持ち良すぎてついついね?あぁ、またやりたいなぁ。もう一回燃やしに行く」

「辞めなさいって。もうアッチ火の海になってるから。というか重いから降りろ。投げ捨てるぞ」

「えぇ、リュー君にお姫様抱っこされたいのにぃー」


文句を言いながらも、口端から垂れた涎を拭きつつ、俺の腕からアリアは立ち上がる。そして周囲を見渡して、改めて今の状況を確認し始めた。


「シヴァルとかミレーヌちゃん、後ラキちゃんは?」

「お前が集落丸ごと火の海にしたせいで、バラバラになったんだよ。だから今、探してる所だ」

「ふぅん、じゃあアルシャちゃんも先に行ったんだ」

「……あぁ、どっかで迷子になってるかもな」


それは嘘だ。アルシャだけは置いて行った。だが俺はその事を伝えない、正確には伝えると面倒だからだ。


どうも俺が見ている限りでは、アリアはアルシャの事をかなり気に入っているようだった。きっと、俺が見捨てたなんて言ってしまえば、コイツは必ず助けに行くなんて言い出す。


だが、そんな事をすれば今度こそエルフの総力対俺達の正面切っての大乱闘になる。今までは奇襲じみた戦い方で切り抜けていたが、そうなれば今度こそ確実に死ぬかもしれない。


それにだ。アリアがどう思っていようが、俺はアルシャを助けるつもりは無い。アイツは自身の意志で俺の手を取らなかった。それを今更、無理矢理握り返すなんて都合が良すぎるし、何より恰好が付かないのだから。


「そうだね……アルシャちゃんって抜けてるから、きっと迷子になっていると思うよ」


アリアは俺の嘘に納得が言ったらしい。それ以上は聞かずに黙って俺より先に森の中を進む。


良かった、コレでバレずに済みそうだ。だがどうした物か。


安心している筈なのに、さっきからどうにも胸騒ぎがしてならない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

集落を丸ごと焼き尽くさんばかりに燃え盛る炎は、何時しか消え失せていた。


火が襲い掛かる衝撃に慣れ、正気を取り戻したエルフ達が必死に食い止めたお陰でもあるが、一番の理由は燃やす物が無くなってしまった事だろう。流石のアリア特製の炎であっても、種が尽きれば呆気なく消えてしまう。


しかし、その炎が残した爪痕は余りにも尋常ではなかった。既に集落の7割は陽の海に包まれ、百何年と慣れ親しんだ家屋や通路、そしてそこに根付いていた木々や自然は今や灰燼と化し、その山の中に焼け落ちた黒い残骸が埋もれる光景のみが広がっていた。


この森を集落と定め、何百年と住み続けたエルフの歴史の中でも、初めての事態である。そして、同時に一切合切の積み上げてきた歴史が失われた瞬間でもあった。


だからこそ、エルロンは今すぐにもアルシャを処刑しなければならない。その為の準備は既に出来ていた。


「これより!我らに災厄をもたらした忌み子、アルシャの処刑を行う!!」


激しい火の手が迫る中で、唯一焼け落ちる事の無かった大木の根元。そこに集落に住む全てのエルフ達が集まっていた。その群れの中央に居るのは長であるエルロンと、そして両腕を男のエルフに取り押さえられ、地面にひれ伏すアルシャである。


「この者は勇者を騙る人間を呼び込み、そして我らの森を焼き払うという愚行の一端に加担した。これは我らエルフ一同が積み上げて来た誇りと歴史への冒涜であり、また我らに宝玉を守る事を命じた初代勇者様への侮辱に等しい、コレは断じて許されぬ事である」


その場に居る全員に言い聞かせ、刷り込ませるかのように耳に通って行くような大声でエルロンは宣言する。その言葉には罪状が書かれた文書を読み上げるよう淡麗さがあったが、端々からは抑えきれない怒りが見え隠れしていた。


「あぁ、許される事じゃない……あのような者を招きおって」

「やはり、忌み子はサッサと殺すべきだったのよ……」


エルロンの漏れ出す怒りに触発されたのか、同調するエルフ達の囁きが流れる。それは一つ一つが気にも留めないような小さい声であっても、積み重なれば暴言流言入り乱れる大合唱になる。


この大合唱こそが我らの総意である。勇者を騙る人間に侮辱された怒りが僅かに押し込められたエルロンは、


「アルシャよ、コレが我らに仇為した報いだ。折角生かしてやったというのに」


アルシャは何も答えようとはせずに、ただずっと下を俯いている。


それもそうであるか、何せ今から処刑されるのであるのだから。死への恐怖か己の愚行を悔いているのか、いずれかのどちらかで答える事すら出来ないのであろうと、エルロンは己の内で結論付ける。


しかし、それは間違いであったと直ぐに考え直させられた。アルシャの元々大きい胸が、肺に空気を貯め込んで膨らみ、そして一気に吐き出される。


「皆さん!聞いて下さいぃ!!」


それは普段のアルシャからは考えられない、渦巻く流言や侮蔑の視線を掻き消す大声であった。


「この森は危険です!!何時か破滅します!!」


そして代わりに、破滅という言葉に動揺する騒めきが場を制する。


「何を言うかアルシャ!!今更世迷言をぉ!!」

「世迷言ではありません!!」


不穏な気配を感じてエルロンが切り捨てようとするも、アルシャは怯まずに食い下がる。何時もであれば、謝り倒して縋り付く筈が、強気な姿勢に次の言葉を許してしまう。


「森の奥にある魔力の溜まり場を調べて分かったことがあります!!この森に染み付いている魔力の量は、明らかに異常です!!」


アルシャが頭の中で思い返すのは、魔力の溜まり場の土を試験管に入れた時の事。


試験管の中に入っていた液体は土地によって色が変わるという『イロカワリ草』を搾り取った水である。そしてイロカワリ草には一つの特殊な性質があった。


それは周囲の魔力の濃度によって、色が変わるという性質である。それ故に魔力が薄い場所では鮮やかな緑色に、逆に魔力が濃い場所であれば、その色は黒く染まっていく。搾り取った水にも、その性質は色濃く受け継がれている。


そして、その水に土を入れると黒く変色していた。それも一切の透明さのないドス黒さであった。例え、優秀なエルフ数十人分の魔力であっても、不透明に濁るぐらいの反応だというのに。


「その原因は、私達が守って来た宝玉のせいです!!」


アルシャが身体を揺らすと、蓋が緩んでいたポーチから零れ落ちるのは、リュクシスから授かった宝玉の残骸。それが飛び出ると、認識するまでの僅かな静寂の跡に、ドット激しい混乱が巻き起こった。


「ほ、宝玉がぁ!我らが守って来た宝玉がぁ!?」

「そ、そんな……壊れているわ!!」

「終わりだ……この集落はもう終わりだぁぁ!!」


その場のエルフ達全員が阿鼻叫喚の渦に叩き落とされ、一瞬の内に混沌と絶望に狂い始めた。長らく、自分達一族が守って生きていた宝玉が、壊されていたとなれば、それはエルフ達には、まるで魂ごと壊されたような感覚であった。


「アルシャァァ!!貴様が宝玉を壊したのか!!何故だぁ!!答えろ忌み子がぁぁ!!」


エルロンも例外なく、宝玉が壊れていた事実に衝撃を受けるが、長老としての自覚が寸での所で支える。アルシャの胸倉を荒く掴み上げ、噛みつかんばかりに顔を近づけて感情のままに問い詰める。


「この宝玉こそが!私達を破滅させるんです!!」


だがアルシャは答えない。必死に命を懸けてでも伝えるべき言葉を叫び続けようとしていた。


「この宝玉には尋常じゃないほどの秘めています!!それがこの森の地下にあるだけで魔力は地上に溢れ出します!!」


次にアルシャが思い浮かべたのは、昨日の夜にリュクシスから聞いた宝玉の話。


そこには数々の罠や宝玉を守る為のゴーレムが動いていたという事であった。そんな仕掛けを初代勇者から授かり、今まで稼働していたとなれば、どれくらいの魔力が込められているのか、検討すら付かない。


そんな魔力の源が地下とは言え存在するだけでも、漏れだす魔力で森に影響を与えるのは創造に容易い。その結果が異常な量の魔力の溜まり場である。


そして、これらの事実から生み出される答えは、自ずとアルシャの内に結び付く。


「魔力が濃くなれば周囲の生物に影響を与えます!!現にこの森の生物は異常な発達を遂げています!!」


最後に思い浮かべるのは、かつて父親が残した本の数々。そこに書かれていた内容は幼い頃は分からなかったが、今のアルシャであれば事細やかに意味を理解できる。


それは森に生息する魔物や植物の生態について纏めた記録であった。森の植物や木の実を煎じて薬を作る父親であれば、それぐらいはあるのだろうかと考えるが、注釈されている内容は全く違う視点からであった。


曰く、この森の動植物は奇妙な生態をしているとの事である。例えば、頭にキノコが生えた熊『フォレストベア』は、普通の熊と比べて異常なほどに体格が発達している上、頭に生えているキノコと同じ種類の菌類しか食さないという性質を持っている。これは魔物であっても、明らかに異常な生態をしている。


それは外界から隔離されたガラゴスの大森林だからと切り捨てるのは容易い。しかし、それらを普段から薬の材料としていた、アルシャの父親には以上であると察知したのだろう。


だからこそ、アルシャの父親は気づき、その娘であるアルシャも結論を導く事が出来た。


「いずれ魔力はこの森を生態系を壊します!いや、もう壊れ始めています!!もうこの森は」

「それ以上喋るなぁぁ!!」

「あぐぅ!!」


エルロンはアルシャの口を首を掴んで強引に言葉を塞ぐ。その先は決して伝わってはならない事実であるからだ。


傍からすれば、それが忌み子の戯言だと決めつけるだろう。しかし、一度聞き入れた言葉が、日常の気づかないほどの不自然を探り出し、徐々に違和感を積み上げていく。そして積み重なってしまえば、後は些細なキッカケ1つで、全てが崩壊してしまう。


現に、その事実を知ったエルロンは、戯言ではなく真実だと分かってしまうぐらいなのだから。


「貴様の戯言には聞き飽きた!!これ以上我らを誑かすなぁ!!」

「アッ……ウゥ……!!」


そのまま首を絞め上げる手に異常なまでの力が籠る。怒りとは別の何か、それを認めたくない故の憤りや恐怖がエルロンを突き動かしていた。


だがエルロンがどんなに否定しよう父親から娘へと、二世代に渡って結論は変わらない。


締め上がり呼吸すらままならない喉であっても、力を振り絞って声にする。


「森がぁ……魔物にぃ……侵され、ますぅ……!!」


そして事実、ガラゴスの森は騒めきを見せた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「たいしょー、そこにいんだろぉー」


こんなだだ広い森をアリアと二人当ても無く彷徨い続け、いい加減同じ景色に飽き飽きしていた所で、林の向こうからシヴァルの呼ぶ声がした。


「遅いんだよ馬鹿野郎!!ったく、アリア。見つかったぞ」

「うん」


そう返事をして、シヴァルの声がした方向にアリアと共に向かう。


しかし、合流したら、どう嘘を付くべきか……アルシャを連れていない俺にラキは間違いなく噛みついて来るだろうし、下手な嘘だとアリアに怪しまれる。幾ら口先が上手い俺だったとしても、話を合わせるのは難しい。


さて、今度はどんな嘘を付くべきか、そう悩んでいた俺の手をアリアは掴んだ。


「ねぇリュー君」

「ん?どうした」

「……もし」


アリアが何かを言いかける。


その時になって、俺達の繋いだ手を曲がりくねった木の枝が引き裂いた。


お待たせいたしました!年末だというのに体調を崩してしまいまして寝込んでいました……次回の投稿は年明けの1月6日をめどに考えております!!

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