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私こそ四天王の一人、その名はラキ・ルーメンス!!

テルモワール王国は歴史の中で多くの外敵に狙われてきた。それは他国からの侵略に留まらず、魔物の大発生(スタンピード)、超巨大魔物の襲来など、数や種類を並べるとキリが無いほどであるが、そのどれもがついぞテルモワール王国を蹂躙するまでに至らなかった。


その理由は、テルモワール王国の首都ワッケーロを一周して囲う巨大な外壁が一切の攻撃を通すことを許さなかったからである。


まだ魔王が存在していた時代、最後に残った人類が魔王軍の侵攻から身を守るために建築されたらしく、事実として未だに解明されていない失われた古代の技術や魔法が使われている。例えどのような攻撃に晒されようとも傷一つ付くこともなく、何百年にも渡って現存し続けるその壁は、正に堅牢にして不滅であると言えるだろう。


その壁の不敗伝説が堕ちる時が来てしまったのかも知れない。テルモワール王国南門守備部隊の隊長である壮年の男は、壁の上の通路から眼前に広がる魔物達の軍勢を見て、そう考えてしまった。


「隊長、これは……」


鎧がまだ似合っていない兵士が男に話しかける。その兵士は今年になって守備部隊に配属された新人だ。まだ年若い故に、このような異常事態には慣れていないのか、顔を青白く変色させ、不安げに唇を震わせる。


それは青年だけに限らす、この場で整列している守備隊隊員の約半数、特に若手や中堅を中心に同じような状態であった。


「あぁ、これは前代未聞だな」


それも無理はない。大ベテランに差し掛かっている隊長の男でさえも、冷や汗を流して、心臓が破裂しそうなほどにざわついている。少しでも気を抜けば、その場にヘタレ落ちそうになるが、隊長としての意地だけで何とか保っていた。


「どうしてこうなったんだ……」


隊長の男は、ほんの50分前の事を思い出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

切っ掛けは門の前に出現した魔物だった。


それ自体は珍しくはない。魔物はその適応力の高さから森林や洞窟など至る所で生息している。なので、こうして何処からか迷い込んだ魔物が、人が多く居る村や町を襲うことは良くあることであった。


それを見た守備隊の兵士達がいつもの仕事として処理しようと近づくと、驚くべきことが起きたのだ。


『ごきげんよう、人間の皆様』


魔物が少女の声で言葉を発した。


門前に現れた、喉元が大きく膨らんだ巨大な蛙型の魔物『スクリームフロッグ』は発達した複数の声帯機能を用いて、人の悲鳴や断末魔に近い鳴き声を出しておびき寄せるという習性がある。それ自体には、何の驚きもない。


しかし、スクリームフロッグが悲鳴や断末魔では無く言葉を話す、あまつさえ人間と同じように流暢に喋るといったことは、数々の魔物を討伐してきた守備隊の兵士でも初めての事であった。


『私の名前はラキ・ルーメンス。魔族にして魔王様の忠実なる僕、四天王の一人よ』


スクリームフロッグが名乗りを上げると、衝撃と驚愕が兵士達の間に伝染する。魔王という単語に動揺したこともあるが、それよりも先に魔族という言葉に反応したからである。


この大陸には人類、エルフ、ドワーフなど規模は違えど多種多様な種族が共生しているが、時代背景や環境の変移、侵略による文化吸収により絶滅した種族も歴史上に存在する。


しかし、『魔王と同じ種族であるから』という理由で滅びた種族は唯一のみ。それが魔族である。


もっとも、魔王が勇者に倒されて以降、当時の勇者率いる人間軍が一人残らず絶滅したとされていた。


はずだった。


『言っておくけど、私の姿はこんな蛙とは違うわよ?これは只の伝令係。これを聞き終わる頃には、私達が見えているでしょうね』


スクリームフロッグがそう言い残すと空気を無理矢理注入されたように膨らんで破裂し、遠くの彼方から大地を割るような轟音が鳴り響いた。そして、その正体が這い出る。


それは地平線を見渡す限りを埋め尽くすほどの魔物達の大軍勢であった。


最前列にはゴブリンやコボルトの小人型や獣型、中列にはスケルトンやグールといったアンデット型、後方にはオークやオーガの大型。


前列に機動力、中列に歩兵戦力、後列に破壊力と、知性を持たないはずの魔物達が、兵法書の基礎を体現した配置と陣形を、まるで一軍隊かのように足並みを揃えて、その全容を現したのだ。


「隊長!あそこを見てください!!」


外壁上の通路から、一人の兵士が遠くの空を指差して叫ぶ。その隊員は守備隊の中でも取り分け目が良く、それ故に魔物達の大軍勢を唯一、上空から見渡す人影を見つけることが出来たのだ。


空を雄大に羽ばたく双翼、全身を覆う矢すらも通さない赤い鱗、そして魔物の中でも上位の獰猛な捕食者の目と鋭い牙―――ドラゴンの背に立つ人がそこには居た。


ドラゴンが魔物の軍勢から飛び出し、呆気に取られる守備隊の兵士達の頭上を一度だけ旋回すると、その場で制止する。


その時になって、やっとドラゴンの背に立つ人の姿がハッキリと分かった。


まだ15にも届かないほどの端年もいかない少女であった。


子供特有のあどけなさを残した丸顔や女の美しさがまだ滲み出ていない未成熟の幼い見た目に反して、扇情的に切り抜かれた黒いドレスダウンを身に纏いながらも、その佇まいや風格から気品と高貴さを漂わせている。一見すれば、教養を受けた貴族の子女のようだが、その額には魔族の象徴であると言い伝えられる二本の角が立派に生えていた。


「お初にお目にかかるわ、人間ども。私からのメッセージ、受け取ってくれたかしら?」


少女、ラキ・ルーメンスは風で靡く長い黒髪を手で梳かし、どこまでも小馬鹿にしたような声で問う。


「お前!魔王の使いとはどういう意味だ!!」


兵士たちが竦み上がり動けずにいる中、返答をすることなく隊長である男が逆に聞き返す。その手にはいつでも矢を放てるように、限界まで引き絞った弓を構えていた。


にも拘らず、狙われていると分かりながら、少女は歯を見せて笑みを見せる。その顔には人類という種に対しての軽蔑や、優秀な魔族に生まれた驕りが貼り付いていた。


「やっぱり人間って愚かよね。そんな弓矢ごときが私に通用すると思ってるんだから」

「舐めるな!魔族といえぞ、たかが小娘一人に敗れるほど、甘くないわ!!」


隊長の男が矢を放ち、少女の胸元を目掛けて空を駆け抜ける。しかし、少女が乗るドラゴンの前には羽ばたき一つで簡単に跳ね飛ばされてしまう。


「だから言ったじゃない、そもそも人間の武器ごときでドラゴンが倒せると思ってるの?だから人間は愚かなのよ!ざぁこざぁこ!!脳みそゴブリン以下!!」


口端を横に広く裂き、無邪気な笑顔でひとしきり馬鹿にした後、若干過呼吸になりながらも少女は息を整える。


「あぁ面白かったぁ。それじゃあ私は戻るとしましょうかしら。そうだ、一つ言い忘れていたことがあったわ」


細い人差し指を真っすぐに伸ばし、少女は人間側に与えられた猶予と同じ数を示した。


「一時間だけ待ってあげる。それまでに勇者を用意しておきなさい。もし出来なければ、四天王の力を持って、人間どもに魔王様の威光を国滅ぼしで示してあげる」


そう言い残すと、少女はドラゴンと共に魔物達が待ち構えている向こう側へと去って行く。


その背中を狙おうと、ようやく現状を理解した兵士達の一部は弓を構えたり、魔法を詠唱し始めていたが、隊長の男が無駄だと止めさせる。例え、此処にいる全員が一斉に攻撃しても、少女には傷一つ付けることは出来ないと理解していたからである。


「伝令を出せ」


少女の姿が認識できなくなると、隊長の男はすぐさま近くに居た兵士に命令を出した。


最後に、不吉な言葉を添えて。


「急がないと、王国が滅ぶかもしれんぞ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「隊長、出来る限りの準備が整いました」

「そうか、分かった。では、所定の位置につけ」


一人の兵士がそう報告をすると、隊長の男が緊急時の持ち場に戻るように次の指示を飛ばす。そして南門前に集まった数百人の兵士達や早急に用意させた巨大な弩を確認すると、僅かに息を漏らす。


「果たして、これで守り切れるか……」


本来、このような異常事態は首都周辺の魔物討伐を行う第七騎士団が、事前にその予兆や痕跡を発見していたおかげで、万全な迎撃態勢を持って退けることができていた。


しかし、突然の襲来であったが為に、各門の守備隊や騎士団からの増援は未だに届いておらず、対魔物兵器である弩も在り合わせの物しか用意できない惨状であった。


加えて、かの人類史上最も恐れられた魔王の配下、四天王を名乗る少女ラキが相手である。


詳しい原理は不明だが、あれだけの魔物を従え、尚且つ痕跡を残さないことを鑑みるに、恐らく魔物を操ることが出来る魔法を駆使しているのだろう。


もしかすると、今見えている場所以外に魔物を配置している可能性もある上、最悪の場合には無限に魔物を供給することが出来るかも知れない。そうなれば準備や兵力など関係ない。ラキの言う通り、本当にテルモワール王国はたった一人の魔族に滅ぼされることになるだろう。


「もうすぐ、1時間は立つか」


部下に用意させた簡易机の上に置かれている砂時計を確認すると、既に上部に溜まっていた砂は残り僅かとなっていた。この砂が完全に落ちる時には、魔物達の襲来が始まる時を示している。


隊長の男は一度大きく息を吸い上げると、肺の空気を余すことなく絞り出した。


「此処に集う勇者達よ!直に魔物の軍勢が此処を攻めて来るであろう!!しかし案ずるな!我らが祖先は幾度と無く魔王の軍勢を退けている!ならば我らとて出来るはずだ!断言しよう!この戦は我らが勝利する!!」


その言葉に何人かの兵士が喝采を挙げる。それ以外の兵士たちは、これが気休めにもならない虚勢であると理解しているが故に、黙りこんでしまう。


兵士達が悲観しすぎている訳ではない。大なり小なり兵士たちは皆、魔物との戦闘や異常事態が起こった際の訓練を経験している。だというのに魔王という言葉と、魔物の軍勢を従えるラキを前にして、その多くが恐怖に竦み上がっているのだ。


だがそれでも、隊長の男は言葉を続ける。ここで途切れてしまっては、それこそ本当に滅亡に繋がりかねないからである。


「さぁ武器を取れ!盾を構えろ!我らの後ろには万の民が居る!此処が突破されたら最後、我らの家族が蹂躙されるぞ!!」


腰に携えた剣を抜き、隊長の男は魔物達の軍勢を一直線に指し示す。それは魔王軍に対して徹底抗戦の先生と同時に、男なりに守るべき家族の為の覚悟の表現であった。


分かっている。この場に居る兵士達が無事に生き残ることはない。良くて数十人、最悪だと全滅もあり得るだろう。だからと言って、それが逃げる理由にも、家族を見捨てる理由にもならない。守るには戦う他ないのだ。


砂が全て落ち切り、それと同時に魔物達の大行進が始まる。


隊長の男は、これが最後の号令になるだろうと悟り、声を精一杯に張り上げた。


「かかれ」


だがしかし、隊長の男が言い切る前に、門前の守備は内側から崩壊した。


門を破壊して飛び出した、豪華な馬車によって。

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