助けて欲しいと思うのだったら
「それじゃあ行くぞシヴァル。俺の合図で飛べよぉ。それじゃあ1、2の……」
「トットと行けよ大将」
「ちょ!数えてる時に背中蹴るんじゃねぇぇ!!あっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「おぉ、大将が落ちてったぞ。それじゃあ俺らも行くか!!」
「あ、あのぉ、この高さを本当に飛び降りるんですかぁ?噓ですよねぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ本当でしたぁぁぁぁぁ!?」
とまぁ、エルフ達をぶっ飛ばしたついでに空いた穴から飛び降りた俺とシヴァル。そして、地上に着地した時に待っていたのは、家財道具を盗んだであろう大風呂敷一杯に抱えたミレーヌとラキだった。
「よぉ、俺達を待っていてくれたのか?随分と良い心がけだ。と言うか、背高くなったんじゃないか?顔見えないからしゃがめよ」
「貴方の両足が潰れて縮んだだけです。今の貴方、まるでゴブリンみたいな背丈になっていますよ?」
「えっ?俺の両足そんな風になってるの!?」
そう言えば、さっきから足の感覚が無くなってるとは思っていたけど、まさかこんな風になってるとは……俺の脚、大丈夫だよね?
そう自分の脚の悲惨さにうろたえていると、後から地面を踏み砕くような大振動が襲い掛かった。振り返るまでもなく、それがシヴァルが着地した音だと直ぐに分かった。
「よっと。何だ大将、随分とちっさくなっちまってよ」
「誰のせいだと思ってやがる!そう思うならお前の無駄に高い背丈を寄こせ!!」
「背が欲しいのか?そんじゃあ俺に任せとけ」
そう言ってシヴァルが、肩の上で気絶しているアルシャを降ろすと、俺を持ち上げてへしゃげた両足を……ちょっと待て!引っ張るな!!もげる!腰から下が捥げる!?あっ、治った。
「ようやく返って来たか、俺の脚」
「最初に会った時から思っていたけど、貴方って以上に打たれ強いわよね……」
呆れたように口を開くラキ。何を呆れているのか、普通の人間は首が真反対に捻じれたり両足がペッシャンコになっても直ぐに復活しないのか?それは兎も角、着地の衝撃から復活した俺は、立ち上がって周囲を確認する。
あぁ……こりゃ酷い。何処もかしこも炎で燃え上がっている。エルフ達の家屋や空中の通路は何処もかしこも火の手が乗り移って轟々と焼き払われていき、灰燼と火花が吹くだけで焼けそうな熱風に煽られて緑の風景を真っ赤に染めている。こんな風景をお目に掛かれるのは、此処か地獄の底ぐらいだろうか。
アリア、相当鬱憤が溜まってたんだろうな……炎の向こう側から、アリアの狂喜乱舞する笑い声が聞こえる。しかし、下手に近づけば、間違って燃やされそうなので、暫く放って置く事にしようそうしよう。
「リュクシス、貴方忘れていませんよね。私の頼んでいた事」
ズイッと俺の顔に無表情でミレーヌが詰め寄る。その据わった目が言外に『屋敷から金目の物を盗んできてるんだよなぁ?忘れてたら花から呪隷捻じ込むぞ?』と脅迫している。
「忘れていないって。ほら、コイツでどうだ?」
流石に命が惜しいので、そこに関しては忘れていない。レザーアーマーの隙間に捻じ込んだ値打ち品を纏めてミレーヌに受け渡した。皆、大きさこそ小さいが、俺の見立てでは、売ればそれ相応の額にはなる筈だ。
「あら、意外と少ないですね。もっと取って来れなかったのですか?」
「そんなに盗みまくっておいて、まだ足りねぇって言うのか?ちょっと野暮用が有って時間が無かったんだよ。それぐらい許せよな」
「野暮用って何よ?」
「野暮用は野暮用だっての」
話に割って来たラキに聞かれるが、伝える程の用でも無いでもないので、敢えて言わないでおく。
上の大屋敷に居る連中には、大事ではあるだろうが。
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「ない、ない!ないぞ!!あの人間がぁぁ!!」
大屋敷に数ある部屋の一つ、先代からの骨董品や値打ち品を収めている倉庫に、エルロンの叫びが木霊する。
見つからない。エルロンが幾ら探しても見つからないのだ。骨董品が歯抜けになった棚を全て一段ずつ調べても、薄暗い床を舐める様に観察しても、部屋の至る所をくまなく探し尽くしても。
勇者の刻印が描かれたエンブレムブローチが見つからないのだ。
「ちょ、長老様、余り無理は」
「黙れぇ!突っ立っている暇があるのであれば貴様らも探せぇ!!」
「「は、ハッ!!」」
自分を亀裂から掬い上げた事に感謝もせず、逆にエルロンは怒鳴りつけると、入り口に立っていた2人のエルフも倉庫の至る所を探し始める。
元の持ち主が勇者を騙る人間であったとしても、実物を間近に一度見た事があるエルロンには、アレが本物であると確信していた。だからこそ、あのような勇者らしからぬ人間が持っている事に憤り、こうして地を這ってでも探しているのだ。
アレは間違いなく、初代勇者が持っていたエンブレムブローチだ。それに比べたら此処にある宝物の数々などゴミに等しい。早く、早くアレを見つけ出さねば。
その時、膝を付いて虱潰しに探していたエルロンの膝に、落ちていた絵画の角がぶつかる。邪魔だと退けようとするが、その手が止まった。
暗くてハッキリとは見えないが、絵画にデカデカと刻まれている傷が、まるで文字の様になっている。気づくや否、エルロンはまだ明るい廊下に飛び出して、絵画に光を当てる。
エルロンが後世に残す為に絵が上手いエルフに描かせた自画像であった。
そして、その顔を真っ向から塗壊すように刻まれたのは、人間が使う文字。エルロンが頭の中で知識を呼び覚まし、改めて読んでみれば。
『アバヨ。二度と来るかこんなクソ集落』
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何やら上空からエルロンの金切り声が聞こえてきた気がするが、そろそろ俺の残したメッセージをみつけたのだろうか。だったらこんなクソ集落に長いは無用だ。
「よぉし、今度こそ本気で逃げ出すぞ。こんな所に居られるかってんだ」
「逃げるって、こんな全面火だらけの場所をどうやって逃げ出すのよ!?」
ラキの言う通り、既に俺達が立っている周囲以外は、火の海地獄になっている。そのまま一歩でも進めば、忽ちに燃やし尽くされるだろう。俺が焚き付けたとは言え、流石に此処迄の大惨事になるとは思わなかった。
「この中を通るのはなぁ……おぉいアリアぁ!聞こえてるなら返事しろぉ!!お前の炎なんだからどうにか出来るだろぉ!!」
…………返事がない。ただ火花が弾ける音と物が燃え上がる轟音が響くだけだ。そう言えば、さっきからウルサイぐらいに聞こえていたアリアの狂喜乱舞する声が、今は全く聞こえて来なかった。
「返事がないですね……もしかして魔力切れで失神してしまったのでしょうか?」
「いやいや、アリアに限ってそんな事は……?」
自分で言っていて、引っ掛かりを覚える。今のアリアは、それはもう狂乱している事だとだろう。
そんな中で自分の魔力が尽きる事を考えられるのだろうか。多分、絶対に無理だと思う。
「ヤベェェェェェェェ!?」
すぐさま風の魔力を付与させたフランザッパで立ち憚る炎を斬り割くと、まだ火の手が迫っていない円形の地面の中心に、杖を全身で抱きかかえて寝転ぶアリアが居た。
「おぉぉぉぉぉ!?」
その瞬間にアリアの元まで駆け抜けて抱きかかえると、また火が勢いを取り戻して燃え盛る直前に戻って来る。
「スゲェ速ぇじゃねぇか。俺よか速いんじゃねぇか?」
「何笑ってんだぁ!!ぜぇ、ぜぇ……や、ヤバかったぁ……危うくアリアを見殺しにする所だった……」
本当ならシヴァルの顔面をぶっ飛ばしてやりたいが、今はアリアを抱えている為にそれが出来ない。
しかし、まさかアリアが魔力切れでぶっ倒れるなんて思いもしなかった。忘れる普段の言動から忘れがちだが、コイツだって一人の魔術師だ。
例え炎が大好きで平気で人を燃やすことが出来る愛が激重ヤバい女でも、魔力が無くなればぶっ倒れる。その事を俺は失念していた。
「……あぁ……」
目を覚ましたのか、アリアから呻き声が聞こえる。魔力切れで頭痛がするとか身体が怠いとか言ってんだろうなと、耳を傾けてみると。
「あ、あひぃ……しゃいこぉ……」
違った。このサイコパス女、燃やすのが気持ち良すぎて失神しているだけだ。
「よし、投げ捨てるぞ。炎に巻かれるならコイツも本望だろうし」
「いやいや待ちなさい!何投げ捨てようとしてるのよ!?」
アリアを燃えている炎に投げ捨てようとしたら、ラキが慌てて止めに入る。いやぁ、こんなサイコパス女は、いっそ燃やしてあげた方が世の為人の為になると思うんだけどなぁ。
「じゃれ合うのはそこまでです。そろそろ逃げた方が良いですよ。上を見てください」
それでアリアを巡ってラキと争っていると、ミレーヌが呆れた声を上げながらも、上に指差して俺達を呼び止めた。
見上げてみれば、大屋敷から焼け落ちた空中通路の代わりに、エルフ達が太い木の枝を軽々と飛び刎ねて続々と降りてきている。此処まで降りて来るのもそう時間はかからないだろう。
「これは逃げるしかないか。アリア……は使い物にならないからシヴァル!お前何とかしろ!!」
「任せろ!おらぁ!!威蹴地面ぇ!!」
シヴァルが足を大きく振って地面を抉ると、瞬く間に周囲でうず高く燃え盛っていた炎の波の一部が高速で飛来する土くれに掻き消された。
「よし、これなら通れるだろ。今の内に森の中に雲隠れだ」
俺がそう言うと、他の奴らは纏めて鎮火した地面を蹴って、炎の向こう側へ走り出す。
だが、俺だけは付いて行かず、その場に留まった。その前にやるべき事があるからだ。
「お前ら先に行ってろ。俺はアルシャを連れていく」
「何言ってんのよ!なら私がアルシャを抱えて今すぐキャァ!?」
引き返そうとするラキの前に、勢いを取り戻しつつある炎が迫る。アリアがバラ撒いた炎は、そう易々と消えはしない。直ぐに勢いを取り戻してまた燃え上がるだろう。
「リュクシスがこう言っているんですから、早く行きますよ」
「貴方!絶対にアルシャを連れ帰りなさいよ!!絶対よぉ!!」
ミレーヌに手を引かれてラキが遠くへと消えていくと同時に、炎の壁がまた元通りに向こう側とを隔てる。
―――さて、どうやら時間もなさそうだし、さっさとやるべき事をやるか。
俺は木に持たれかかる形で気絶しているアルシャの頬を叩く。すると気絶から覚めかけていたのか、直ぐにコイツは目を開いた。
「ふゆぅ……あれぇ?此処はぁ……」
「よぉ、寝起きで悪いが選んでもらうぞ」
俺は抱えているアリアを降ろし、そして空いた身体で膝を付いてアルシャを見つめる。
「上からお前の所の長老さんの手先がやって来ている。しかもカンカンに怒っていると来た。このままじゃ、アンタは明日を待たずして処刑されるだろうな」
そして、俺は答えなど分かっている筈なのに敢えて問いかける。
「それでも、お前は此処に残るか?」
アルシャの答えは直ぐには出てこなかった。
ただ一度掴むように手を伸ばそうと空を泳いだが、その手は途中で握り潰されて、地に落ちてしまう。
「ごめ、んなさい……私には、やらないといけない事があります」
やっぱり、ダメだったか。そりゃそうだ、そう簡単に治る筈も無い。分かり切っていた筈なのに、ついつい聞いてしまった。
「分かった」
俺はそう短く返すと、再び失神しているアリアを抱え上げる。
「そうだ。お前アレ持ってるよな」
「アレってぇ……コレの事ですかぁ?」
アルシャが腰のポーチから取り出して、俺に見せたのは真っ二つに割れた宝玉の残骸だ。
実は今日の朝、出発する前にアルシャに宝玉を渡していた。後で直してもらうなら早い方が良い、と言うのがあったが、主な理由は万が一エルロン達に捕まった時、絶対に警戒されないであろうアルシャに持たせた方が確実だと思ったからだ。
でも、そいつを直してもらう理由も今無くなった。
「それ、お前にやるよ。俺達には要らないからな」
「ありがとうございますぅ。丁度コレが必要な所でしたぁ」
割れた宝玉をアルシャはポーチの中へ大事そうに戻す。それを見届けると、俺は少しの間だけ片手でアリアを抱きかかえると、フランザッパを抜いて、風の魔力を込める。
「じゃあな、此処でお別れだ」
そして一息に振り抜く。そうするとアリアを助けた時と同じように、一直線の道が出来上がった。
その道を俺は進む。振り返らずに真っすぐと。
本当なら答えなど聞かずに黙って引き寄せて、連れ去ってやればよかったのかも知れない。それとも最後まで諦めずに説得するのが正解なのかも分からない。
だが、俺はそうしなかった。何も追及も説得もせず、何もしないままアルシャを置いて行った。
俺は万人を救える英雄様でも勇者様でもない。全てを救う気概も力も才能すらも無い。何時だって俺の掌は有限だ。
だから俺が動く時は何時だって、俺が気に入った奴が助けを求めた時だけ。助けを求められない理由があるのなら、助けて欲しいとすら言えないのなら、それはそいつのせいなのだから。
そんな自分だからこそ、俺はどうもボヤいてしまう。
「やっぱり、俺ってログデナシだよなぁ……」