ブチ切れたら一番ヤバい奴
「と言う訳でしてぇ……えへへぇ、面白くない話で済みませんぅ」
最後にアルシャは締め括り終えると、恥ずかしい話でもしたかのように照れ笑いを浮かべた。
聞いているコッチとしては、なんとも笑えない話だが。
「アルシャ……貴方……」
ラキが何かを伝えようと口を動かすが、それをどう言葉にすれば良いのか分からないようで、結局は声を出せないでいる。この違和感をラキが理解するには、まだまだ純粋だ。
アルシャは間違いなく、ぶっ壊れている。それも取り返しのつかないくらいにまでグシャグシャに。
親の居ない家で何年も独りで生きていた子供が、平気でいられる筈がない。幸せだった頃の日常や思い出に縋り付いていたアルシャの精神は、いつの間にか何かに依存しなければ生きていけないようになってしまっている。
それならまだ良い。気づいているのなら、まだ手の施しようはある。だが一番厄介なのは、コイツ自身が壊れている事に気づいていない上に、それを肯定される環境に居た事だ。
そうなってしまえば、もう手遅れだ。どう足掻いても、アルシャの歪んだ価値観は壊れたまま抜け出すことは出来ない。一生ぶっ壊れたまま、崖から落ちるその時まで盲目し続けるだろう。
「……へぇ、そうなんだぁ」
昔話を聞き終えたアリアはつまらなそうに吐き捨てる。自分から聞いておいて、終わったら興味を失うなんて、子供みたいな奴だ。
と傍からだと思えるだろうが、それが間違っている事は、目を見れば分かる。
「ふぅん……」
アリアが牢屋の隅から起き上がると、目の前の通路を隔てる檻の前に立つ。それを見て、俺はシヴァルの肩を叩いた。
「シヴァル、お前あそこに立ってろ」
「ん?あそこでつっ立てば良いのか」
「そうそう、それじゃあミレーヌとラキ、アルシャに引っ付け。出来るだけギュウギュウに」
「分かりました。ラキ、貴方は身体が小さいのですから詰めなさい」
「な、何を始める気よ!?グエッ!ミレーヌ!鳩尾に肘入ってる!!」
「ピィィィ!!」
ミレーヌがラキを引っ張り、その前に立つシヴァルの脇を抜け、アルシャの居る隅っこで一緒に縮こまる。いやぁ、三人とも話が早くて助かる。最も、俺の意図を察しているのはミレーヌだけだろうが。
「お、重いですぅ!助けてくださぁいぃ!!」
「我慢しろよ、っと」
一番下で埋もれているアルシャの声を一蹴し、人の塊となった隅に腰かける。
これでアルシャが座る牢屋の隅をシヴァルの巨体が覆い被さるように立ち、その内側に俺達が丸まっている構図になった。これなら巻き込まれずに済むだろう。
最後の仕上げに、シヴァルの脇から覗いて、アリアに合図する。
「アリアぁ、もう良いぞ……って、必要ないか」
俺が合図するまでも無い。アリアが檻に向かって翳した両手には、今にも炎の奔流が溢れ出さんばかりの、真っ赤に燃え盛る巨大な火球が出来上がっていた。
『炎よ、わが手に集え。そして燃えよ、燃えよ、燃えよ。三度願う言葉に呼応せよ』
此処で一つ、魔法学について有り触れた話をしようか。魔法使いが魔法石を使う理由についてだ。
実は魔法を使う際に必ずしも魔法石を使う必要性は無い。現に俺が使っている付与魔法は必要としていない。それなのに魔法使いがこぞって使うのは、その方が制御しやすいからだ。
魔法学の教科書通りであれば、制御が難しい魔法に対しては、魔力を貯める性質を持つ魔法石に一度魔力を保存し、そこから使用する魔法に必要な分だけ取り出すことで、安定して魔法を発動する事が出来るとのことだ。
そして魔法石を使用しない場合には、込める魔力が少なすぎて不発に終わってしまったり、逆に多すぎて暴発してしまうらしい。まぁどちらにしても、マトモに発動する事は無いだろう。
だがしかし、その術者がエルフのような独自の技術を持っている奴か、只の火弾を言葉の通り自由自在に操れるぐらいの力量さえあれば、その前提条件など意味をなさないだろう。
最も、本人曰く、制御は出来ても込める魔力の量までは調節できないらしい。
それと、いつも魔力を込めすぎてしまうから、大体爆発すると。
「それじゃあ行くよぉー、3,2,1……」
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その時、地に深く根を張る大木が、しなる細枝が如く揺れ動いた。
「な、何が起こった!?」
「じ、地震か!?」
それは大木に沿って建てられた大屋敷も例外では無かった。大屋敷中のエルフが子供の揺らす箱の内側のような振動に、最早誰一人として立つ事すらままならず、床の僅かな突起に爪を食い込ませてしがみ付く。
そして永遠に止まらないんじゃないかと思うほど、長い揺れがようやく収まると、屋敷の中で最初に立ち上がったのは、大広間で明日の処刑の段取りを議論していたエルロンだった。
「地下牢だ……地下牢に急げぇぇぇ!!」
開口一番に出たエルロンの号令を疑う者は、誰一人として居なかった。エルロンを含めてその場の全員が、未だ振動で覚束ない両足をばたつかせながらも、一目散に廊下へと駆け出した。
「又かぁ!又かぁぁぁぁ!!又かぁぁぁぁぁ!!」
長く入り組んだ廊下をひた走る中、狂ったように叫び続けるエルロン。それに釣られて途中の至る部屋から、何事かと飛び出して後を追うエルフが増えていく。
何百年と平和を保ち続けたこの集落に、たった一日で何度も混沌が巻き起こった。それも全て、あの忌み子が連れて来た勇者を騙る人間達のせいである。ならば、今度もそうに違いない。一夜にして染み付いた概念が、エルロンの走る速度と苛立ちを加速する。
そして、長い廊下の道のりを走り抜け、最後の曲がりかかった直後、エルロン達の前に視界全てを遮る黒い濃煙が立ち憚った。
「何だこの煙はゴッホ!ゴッホッ!!」
「か、火事が起こったのかゴホォホォ!!」
周りのエルフ達が黒煙に巻かれて次々と喉をやられる中、エルロンだけは咳き込む同胞の声に紛れる人間達の声が聞こえていた。
『もう少し威力押さえろよ!俺らまでぶっ飛ばすつもりか!?』
『えへへっ、ちょっと気張り過ぎちゃった。ごめんね?』
『爆発すんなら先に言えよな。お陰で服燃えちまっただろうが』
『あの大爆発を服が燃える程度で済むって、貴方どういう身体してるのよ!?あぁ!もう大丈夫だからぁ!帽子の中に暴れないでぇ!!』
『ピィィィィ!?』
『だ、ダメですよぉ!こんな事したら!!今すぐ戻りましょうよぉ!!』
『その地下牢自体吹き飛んでいますよ。どちらにしろ、戻るつもりは有りませんが』
それは紛れもなく、捕まえて地下牢に閉じ込めた筈の奴らの声。それがこの黒煙の向こう側から聞こえてくる。
「風よ刃となれ!風刃ォ!!」
聞こえたその瞬間、間髪入れずに声の元へエルロンが魔法を打ち出す。風の刃が立ち込めていた黒煙を斬り割き進み、そして奥に辿り着くまでもなく、明後日の方向へと弾き飛ばされた。
「ったく、いきなり人に魔法ぶっ放すなよ。危ねぇな」
斬り割かれた黒煙が晴れていき、その先を映し出す。
そこに立つのは、今しがた振り抜いた風を纏う手刀を首筋に置き、余裕と憎たらしさしか感じさせない笑みで此方を見据える。
「おぉ、随分お早い到着だな。あの牢屋は俺が入るにはちょっと狭すぎるんで、思わず脱獄しちまったわ」
リュクシスだ。
「きぃさぁまぁらぁぁぁぁ!!何処まで我らをコケにするかぁぁぁ!!」
「コケにしたつもりはないぞ。馬鹿にはしてるけど」
地獄の底からでも耳をつんざいて響き渡りそうなエルロンの怒声を聞いても、リュクシスは何ら気にした様子もなく、平然と言葉を返す。
「ちょ、ちょっとリュクシスゥ!!煽ってんじゃないわよ!あのエラそうなエルフの顔面がオーク並みにヤバい顔になってるわよ!?」
「貴方も充分に煽っていますよ」
「止めましょうぉ!!皆で長老様に謝りましょうよぉ!!す、すみませんでしたぁぁ!!牢屋に戻りますぅ!!」
その両横には、リュクシスと一緒に牢屋にぶち込んだ筈のラキやミレーヌにアルシャ、そしてシヴァルやアリアも居る。
「おぉおぉ、わんさかエルフが群がってやがるな。こりゃ俺の出番か?」
「いや、皆は下がっていて」
「あぁ?んだアリア、邪魔を……」
一歩前にアリアが出る。それに折角の見せ場を邪魔するなと突っかかろうとしたシヴァルが引き下がった。
我を暴走するシヴァルが引き下がるなんて珍しいと、リュクシスがアリアに視線を移せば、確かに関わらない方が良いなと納得する。
「ごめんねぇ、ボクって結構我慢するのが苦手なんだ」
アリアが掲げるその左右の手には、檻を牢屋ごと木っ端微塵に吹き飛ばした火球にも劣らない炎が一つずつ。いずれも今に爆発せんばかりに轟々と燃えて揺らめいている。
そして、笑っていた。ケラケラとやニコニコとではなく、ただ笑っていた。
「だから、ボクをイラつかせたそっちが悪いんだからね?」
だからこそ、アリアは平気で一線を越える。
二度目の大震動が、大木に襲い掛かった。