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犯罪者が牢屋にぶち込まれるのは当たり前

「そこまでだ、アルシャ」


一日で嫌と言うほど聞き慣れてしまった女の声に耳が痛くなる。誰かなんてのは今更言わず、影すら見えない周囲に、俺は声を振り撒く。


「遥々こんな奥まで追いかけて来たのか?エルフも大変だなぁ。エルロン」

『誰のせいだと思っている……!!もう逃がさぬぞ!!』


声だけでも随分ご立腹なのは分かる。コレは俺が本当の勇者だと証明しても許してもらえないだろう。まぁ、最初から信じてもらえるとは思っていないが。


「さぁてどうすっか?この様子だと囲まれてるんじゃねぇのか?」

「でしょうね。それもかなりの数でしょうが、姿形も見えないのは、やはり流石と言うべきですか」

「また囲まれてるの?もういっそ燃やしちゃおうよぉ!!」

「わ、私は関係ないわよ!全部そこのロクデナシ共が全部やらかしたのよ!!」

「ピィ!ピィ!」


俺達を売ろうとするラキと三角帽子の中に隠れるウル以外の全員が既に臨戦態勢に入っている。だが此処は隠れる場所だらけで奇襲し放題な森の奥だ。負けるつもりは毛頭なくとも、少なくとも周囲一帯が丸々吹き飛ぶだろう。


「はいはい、落ち着け馬鹿共。そんな戦闘態勢に入るんじゃない。此処は口先の魔術師と呼ばれた俺に任せとけ」


そんな面倒な戦闘を避ける為に、いきり立つロクデナシ共を抑えつつ、どうやってエルフ達を落ち着かせるのかを考える。


えぇっと、先ずは俺達がエルフにした事を思い返そう。最初にエルフの集落の森でボヤ騒ぎを起こして、それでアリア達がエルフ達をボコして、バレてはいないけど宝玉を真っ二つにして、美女のエルフの尻を揉んで……アレ?コレって許してもらえる要素ってあるか?


そうやって、何か説得材料は無いかと頭をこねくり回している最中と、俺の前にアルシャが庇うようにして割って入った。


「待って下さい皆さんぅ!!この人達はちょっとアレな所もありますけどぉ、悪い人じゃありませんからぁ!!」


ちょっとアレな部分とは気になるが、俺達の事を自分なりに守ろうとしてくれているらしい。しかし、そんなアルシャの献身に返ってくるのは、エルロンの怒声。


『黙れぇ!大体、忌み子である貴様の意見など聞いていない!!大人しくそこのロクデナシ共々死ぬが良い!!』

「っ!!そ、それでもお願いしますぅ!!」


殺気を伴う怒声に一度は怯むが、それでもアルシャは唇を噛み締めて、俺達の前から退こうとはしない。その覚悟は何処から溢れて来るのか分からないが、決して譲れないという事だけは分かった。


『くどいぞ!!貴様如き盾にすらならぬわ!そのまま貫いてしまえ!!』

「まぁまぁ、待てよ。若作りエルフ」


そんな覚悟を見せられては、俺も黙っては居られない。アルシャが同じエルフの矢で貫かれるよりも前に、俺がでしゃばって制止する。


正直な所、アルシャに何か感謝されるようなことをした覚えが全くない。だから、そこまで覚悟を決めさせるのには不思議ではあるが、それでも命懸けで俺達を庇うって言うのだから、コッチもそれなりに答えるというのが礼儀だろう。


「俺達の降参だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」


腰に巻き付けた三本の剣を外し、両手を上げて降参の構え。コレで俺は、どう見ても攻撃の意志がない無抵抗の人間となった。


「りゅ、リュクシスさぁん!?ど、どうしてですかぁ?」

「だってしょうがねぇだろ。何か知らないけど、俺達を庇うんだからよ。ほらお前らも外せ」

「はぁい、リュー君がそう言うなら分かったよ」

「しょうがないですね……まぁ、殺されるくらいなら抵抗しますから」

「俺は拳だけどよ、何を外しゃあ良いんだ?服か?」

「貴方全裸になるつもりなの!?絶対に止めなさいよ!!」


俺に倣って元から何も持っていないラキを除いて各々が武器を降ろす。その様子を何処からか見届けていたエルロンは少し怒りが収まったのか、さっきとは違った冷静な声色で満足げに喋り始めた。


『最初から抵抗などしなければ良いものを……まぁ良いわ。今更貴様らを殺す事には変わらん。そのまま大人しくしているが良い』

「抵抗するな、人間」


俺も気づかぬ内に背後から男の声と共に、両腕を捕まって縛られる。エルロンが連れて来たエルフの誰かだろう。それに抵抗せずに大人しくする。


少し首を傾けて後ろを見ると、男のエルフ越しに歯、俺以外もアリア達も同じように拘束されている。それも祠に行く時にされていた物よりも、頑丈に何重も蔦で縛られているようだ。


『それで良い、では宝玉を寄こすがいい』

「宝玉か?それなら此処にはないぞ。嘘だと思うなら、調べてみろよ」

『調べろ』

「ハッ」


男のエルフが身体を弄って、宝玉が何処にあるのかを調べ上げようとするが、残念ながら本当に俺は持っていない。それを確認してエルフが首を横に振ると、エルロンの不服そうな声が聞こえる。


『まぁ、良いだろう。この森は我らの棲家、何処に隠そうとも見つける事など容易い。連れていけ』

「承知いたしました。歩け」

「はいはい、歩きますよ」


男のエルフが拘束する蔦を引っ張る。それに差して抵抗する訳でもなく、先導されるままに付いて行く。


そして、同じように拘束されたアルシャとすれ違う時、俺は僅かに呟いた言葉が耳に残っていた。


「どうして……ですかぁ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「入れ」


連れられて来たのは、集落の大屋敷の中―――で入り組んだ廊下を進み、降りていく階段の先にある石造りの部屋、有体に言えば牢屋だった。


「分かったって、そんな命令するなよ」


牢屋にぶち込まれるのには手慣れている。まるで家の玄関に入るように俺が中に入ると、その瞬間に荒々しい音を鳴らして、樫の木で出来た扉が太い閂で閉じられた。



「明日だ、明日に貴様らを処刑すると長老が言っていた。それまで此処で己の罪を後悔するがいい」


俺を連れて来た男のエルフがそう吐き捨てると、一瞥して地下室から廊下に続く階段を昇って行った。


「己の罪って、一体どの罪の事だ?」

「分かんねぇな。酔っぱらって全裸で街中走り回った事か?」


先に牢屋の中に入っていた他の奴らに聞いてみると、シヴァルからそう返される。絶対に違うだろうし、と言うかそんな事やっていたのかよ。


「どうしましょうかね……並みの力ではビクともしないです」


ミレーヌが格子状に俺達を阻む、大黒柱ぐらいに分厚い柵に手を触れて、その強度を確認する。鉄板に指跡を残せるミレーヌがそう言うのだから、並みの鉄格子よりもよっぽど堅いに違いない。


「剣さえ有れば斬れるんだろうけど、今は手元に無いからなぁ。シヴァル、お前なら壊せるんじゃないか?」

「壊すんなら任せとけ!行くぞ……!!

「止めなさい。下手に壊せば天井から崩れ落ちて生き埋めになりますよ」


大きく拳を構えようとするのを、ミレーヌが止める。確かに格子の上側を見れば、木が天井に埋まっている。シヴァルの馬鹿力でこじ開けようものなら、そのまま連鎖して崩落する事だろう。そうなると話は違う。生き埋めになるのはもうゴメンだ。


「ならアリア、お前なら燃やせるだろ」

「うーん、燃やしにくそうな素材だからどうかなぁ?と言うか、今はそんな気分じゃないかな。物より生き物を燃やしたい気分だよ」

「気分とかそういうもんじゃないでしょ!明日私達殺されるのよ!!何時も放火魔みたいに燃やしたいとか言ってるんだから燃やしなさいよぉぉぉぉ!!」

「えぇぇぇぇーーーむぅぅぅぅりぃぃぃぃーーーーー」


ラキに胸をバシバシ揺らされても断り続けるアリア。こういう時は俺がお願いしようが言う事を効かない。唯一の方法はアリアの気分が乗るまで待つのみだ。


「諦めろラキ。大人しくアリアが燃やしてくれるのを待つしかないぞ」

「そうだよラキちゃん。ボクの気分が乗るまで待ってよね?」

「それ絶対に貴方が言うセリフじゃないでしょ!明日になったら私は首をスパって斬られて串刺しにされるんだわぁ!!それで身体は野生動物に食われて頭蓋骨を未来永劫晒されるんだわぁぁぁ!!」

「良く一瞬の内にそこまで思いつきますね貴方」

「そいつぁ面白れぇ。俺をやれるもんならやって見せて欲しいぜ」

「そこぉ!面白がっていないで真面目に脱出する方法を考えなさい!!


髪を掻きむしりながら取り乱しているラキ。そう言われても、アリア以外はどうにも出来ないのだから。さて、アリアの気分が変わるまで、この薄暗い牢屋で壁の石が何個積み重なっているのか数えてみるか。


「……ごめんなさいですぅ」


廊下の隅ですすり泣く不気味な声がする。此処で死んだ地縛霊かと思ったが、正体は蹲るアルシャだった。


「私がもっと、長老様に信頼されていれば皆さんをぉ……」

「あ、アレは仕方が無かったじゃない。というか、あのエルロンとか言うエルフ、最初から話聞くつもり無かったわよ!」


さっきまで狂ったように取り乱していたラキでも隅にすすり泣くアルシャを無視する事は出来なかったらしい。どう対処すれば良いのか分からないのか、腫れ物に触るかのように恐る恐る声を掛ける。


「私が、私が忌み子だから、皆さんに迷惑を……」


だが、そんな中途半端な気遣いや慰めは、アルシャから垂れ流される自責の言葉に掻き消される。今のコイツに届くのは罵倒か、それとも。


「アルシャちゃん。隣失礼するね」


アリアの言葉くらいだろうか。


「気になってたんだけどさ、アルシャちゃんって、何処かあのクソエルフ達の事を庇ってるよね」

「ぅ……」


確信を突かれてか、アルシャの喉から短い呻きが漏れ出す。途端に苦虫を噛み潰したような顔になるが、アリアは気にせずそのまま問いかけ続けた。


「ボクはね、嫌いな物も気に入らない物も腹が立つ物もぜぇーんぶ炎を燃やして来たんだ。だから分からないんだよ。どうしてあんな奴らの為に我慢しているの?」


アリアの目がアルシャを捉えて離さない。その瞳は足元にたかる蟻を観察する子供のような純粋さで、全くの曇りなく黒ずんでおり、それ以降は何も喋らなかった。


しかし、その瞳に捉えられたアルシャはただ顔を突き合わせて金縛りが如く動かないまま。逃れられない追及に、目をそらそうとすることも出来ず、胃に鉛が貯め込まれたような重苦しい数秒間が流れていく。


「……止めなくとも良いのですか?」

「アイツの好きにさせとけ。ミレーヌ」



俺とアリアは、そう長い付き合いはしていない。王城から逃げ出して精々半年、一緒に賞金稼ぎ共バウンティ・ワーカーズをやっていたぐらいの仲だ。アイツの過去や生い立ちなんて知らないし、今更掘り返そうなんて思っちゃいない。



だから、今のアリアがどういう気持ちで、どんな心情で聞いているのかなんて想像すら付かない。ただ、他の奴よりかはちょっとだけ深い仲の俺には、少しだけ理解できる。


「アイツなりに気にかけてるんだろ。知らねぇけど」


アリアが、アルシャに何かを感じ取っていることぐらいは。


「……え、えへへぇ。わ、私の話なんて、聞いても面白くないですよぉ」


そして、アルシャが無言の圧力に負けるのには、そう大した時間はかからなかった。


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