馬鹿っぽい奴でも意外に頭が良い事もある
「ヴェェ……ばぎぞぉ……」
そこに辿り着いた瞬間に、俺よりも先に音を上げたのはラキじゃなくて、まさかのアリアだった。
アリアは二日酔いにでもなったみたいに頭を抱えて蹲る。その様子を見る限りでは、今の俺よりもよっぽど症状が重いらしい。
「す、すみませぇん!これをどうぞぉ!!」
それを見兼ねたのかアルシャは、急いで腰のポーチを弄ると、緑色をした丸薬を取り出してアリアに手渡した。
「うん……ありがどぉ……ふぅ、気分が良くなったよぉ」
アリアが丸薬を躊躇うことなく飲み込むと、何と今にも吐きそうなほど青ざめていた顔が見る見る内に元の血色を取り戻していく。変な色をしていても効果の方は抜群らしい。
「悪い、俺にもその丸薬くれないか」
「アルシャァ……私もちょうだいぃ……ウルちゃんの分もぉ」
「ピィィ……ピィ……」
「はいぃ、二人分と一匹分ですぅ」
俺もアリアほどでもないが、さっきから頭痛やら吐き気が収まらない。それはラキも同じようで二人して丸薬をねだる。するとアルシャは先程と同じように丸薬を取り出して、俺達に渡してくれた。
「なんだぁ?酒も飲んでねぇのに酔っぱらってるとか身体が弱ぇんだな大将」
「うるせぇ、何でお前は無事なんだよ……って、ようやく痛みが消えた。というか、此処は何処だよ」
丸薬を飲み込むと、アルコールの中にどっぷり浸っていたような脳から、不純物が抜け落ちていくように不快感が和らいでいく。そして完全に痛みが消えると俺は、恐らくの原因だろう、この場所の周りを詮索し始める。
見た目の上では、さっきまで歩いていた薄暗く生い茂った森の中と余り変わらない。しかし、丸薬を飲んでマシになったとは言え、嗅ぐだけでも酩酊感に襲われる濃厚な空気は、他の場所と比べて明らかに不自然だ。
「此処はですねぇ。魔力の溜まり場なんですよぉ」
アルシャは足元の草を掻きわけて、地面を掘り下げながらそう答える。そして、魔力と言う言葉に俺の意識は引っ掛かった。
「魔力の溜まり場?それってどういう事だ」
「え、えぇっと……どこから説明すれば良いのかぁ……」
一度地面を掘るのを止めて、指をわちゃわちゃ蠢かして頭の中を整理しているアルシャは、やがて道筋を立てられたようで、一から説明し始めた。
「先ずぅ、私達……というより、この世の生き物全部が魔力を持っているのは分かりますかぁ?」
「馬鹿にするなよ。これでも一応付与魔法の使い手だぞ?そんな教科書に書いてあるぐらいの事分かるわ」
「で、でしたらぁ、生きていく上で不必要な魔力がどうなるのかは分かりますかぁ?」
「それは……」
言葉に詰まり、俺はアリアに目配せするが、分からないらしく首を横に振られる。何も俺やアリアが無知と言う訳じゃない、寧ろ貴族の教育を受けた俺や魔法を使うアリアが答えられないのは、歴史上で未だに解明されていないからだ。
だがそんな人間の英知では辿り着けなかった正解を、アルシャは簡単に答えてしまった。
「魔力は生きているだけで勝手に生成されるんですけどぉ、多すぎるとアリアさんやリュクシスさんみたいに、毒になっちゃうんですぅ。だからぁ、普通は知らない内に放出されるんですよぉ」
「成る程ねぇ、だったらボク達の調子が悪くなったのは、その魔力が身体に溜まり過ぎたせいって事かな?」
「そうですアリアさんぅ。魔力を多く貯めてる人ほど、魔力が身体に蓄積され過ぎて気持ち悪くなるんですぅ。それで、さっき渡した丸薬は、強制的に魔力を放出させるお薬なんですよぉ」
「だから、元々魔力が少ない私やシヴァルは特に何とも無いと……それだと矛盾が無いですね」
「ガァァァァァァ!!」
ミレーヌが首を縦に振りながら、納得が言ったように呟く。そして、その隣では話に付いていけなくなったシヴァルが立ったまま寝ていた。よし、後で髪の毛全部毟り取ってやる。
「放出された魔力は普通ぅ、空気中でフワフワ漂って霧散するんですけどぉ、此処みたいな森とかでしたら溜まりやすくなっちゃうんですぅ」
「成る程なぁ、こんな天然の閉鎖空間なら猶更溜まりやすくなるって事か」
此処は空を覆うような木々のせいで、換気は最悪だろう。そんな環境なら魔力が溜まりやすくなるのも道理と言う訳だ。
「フガッ!?おぉ、何か話は終わったか?」
「終わったよぉー。何か魔力が一杯ここら辺にフワフワしてるんだってぇ」
「成る程!!」
話が一区切りついてから、丁度良く目が覚めたシヴァルに、アリアは何とも適当な説明をした。いや、これくらいの方が馬鹿にギリギリ理解できる範疇だろう。
そして馬鹿だからこそ、シヴァルは素朴で一直線な疑問を出すことが出来た。
「んで、どうしてそんな場所に用があんだ?」
馬鹿の癖に、こんな鋭い質問をしやがって。魔力の新しい概念でスッカリ忘れていた減点を、シヴァルはハッキリと打ち出していた。
普通なら魔力の溜まり場という概念を知っていても、近づこうともしないだろう。だがアルシャはそんな場所に敢えて、それも護衛として俺達を付けてまで来ている。だとしたら、まだ何か秘密があるに違いない。
「……それは、言えません。これは私の問題ですからぁ」
だが、アルシャは唇を嚙み締め、答えようとしない。何か言えない事情があるというよりかは、何かを恐れて口に出せない様子だろうか。だったら、ワザワザこちらから関わる必要も無い。
「あっそ、それなら聞かないでおく」
「ちょ、ちょっと貴方!?」
「イデェ!?」
と思っていたのに、ラキが俺の耳を摘まんで、待ったを掛けてきやがった。いきなり何すんだと俺が怒鳴ろうとする前に、先にラキの方から耳元で怒鳴られる。
「何で聞かないのよ!アルシャ絶対に重大な事抱えているわよ!どう考えても聞くべきでしょ!!人としての情が無いの?」
「ハァ?本人が言いたくないなら聞かないのが優しさってもんだろ」
「本音は?」
「これ以上面倒な事に関わりたくない」
「ウルちゃん、やるわよ!!」
「ビィィ!!」
「痛ェェェ!連携して俺の両耳を引っ張るんじゃねぇ!!千切れる!!……ん?」
左右から同時に引っ張られて、あわや取れかかっている耳にガラス特有の甲高い音が聞こえた。何だと思って目線を寄せると、それはアルシャがポーチから取り出した二本の試験管がぶつかった音だった。
「何やってんだイテテテテテェェェ!!」
「これですかぁ?此処の魔力を調べるんですよぉ。あっ、リュクシスさん、それって私達の真似ですかぁ?」
「いいえ、純粋な暴力ですイテェェェェ!!何時まで引っ張ってるんだお前らぁぁ!!」
「ギャァ!!」
「ピィィ!!」
これ以上は本当に取れるので、ラキとウルの両方を拳骨で黙らせる。そして自由になった身体で、試験管に青色の液体を入れて準備しているアルシャを覗き込んだ。
「それ何やってるんだ?まさか実験でも始めるって言うのか?」
「そうですぅ、実験ですよぉ」
「へぇ~、ちょっと面白そうだし、ボクにも見せてよぉ」
「良いですよぉ」
アリアも興味を持ったようで、俺と並んで、その実験の様子を観察する。そうしていると、アルシャはさっきまで掘っていた土を試験管の中に入れて、そして試験管を二、三回ほどグルグルと振る。
するとどうだろうか。青く澄んでいた試験管の液体が、まるで長くへばり付いた鉄錆を落としたかのようにドス黒い色へ瞬く間に変色し始めた。
「おぉ、こんな直ぐに色が変わるなんて魔法みたいだな。それで、コレってどういう……」
結果だ?と言いかけた言葉が消える。俺が聞こうとしてアルシャの顔を見た時に。
そのアホ顔が、逃れることが出来ない恐怖と絶望で染め上げられているのを見てしまったら、言葉を忘れてしまったのだ。
「そこまでだ、アルシャ」
代わりに、その言葉が俺の頭に耳から流れ込んだ。