ガラゴスの森、更に奥へ
最後の見張り番を終えて、次に目を覚ましたころには、灯りが無ければ一寸先も見えない闇は少しだけ晴れ、森林に覆われた太陽から、日の光が僅かに差し込んでいた。
「ねみぃ……朝なんて一生来なくて良いのに……いっそ俺が朝を滅ぼしてやろうか」
「馬鹿なこと言ってないで、サッサと準備するわよ」
「うるせぇ……メスガキはメスガキらしく『やだぁ、まだねむぅいー』って駄々こねてろ」
「ウルちゃん、この屑の頭部を焼け野原にしなさい」
「ピィィ!!」
「分かった分かった!!だから俺の髪を噛むんじゃねぇ!!本当に禿げる!!」
若くしてどこぞのジジイ勇者みたいに禿げたくはない。なんで倦怠感が残る身体を何とか持ち上げて、俺の茶髪に噛みつくウルを引き剥がす。コイツ、力強いな……フンッ!あぁ!!髪がぁ!!
「俺の髪を返しやがれぇクソチビドラゴン!!」
「ピッ!!」
「ちょっとリューくーん。ウルちゃんと遊んでいないで手伝ってよぉ」
「あぁ!?」
ウルの口を無理矢理こじ開けて髪を取り戻そうとしていると、唐突に声を掛けられる。そちら側を見ると、既に起きていたアリアとミレーヌが、足元で快眠中のアルシャとシヴァルの頬を仕込み杖と槍で突いていた。
「んぅ……うへへぇ……調合しぇいこうでしゅぅ……」
「グォガガガガガガ……ガガガガガァァアァァ!!」
「こんな雷みたいなイビキの隣で良く寝れるな……」
俺達はもう慣れたが、シヴァルのイビキは雷が落ちたんじゃないかってぐらいの音量だ。ラキも最初は全く寝れなかったのに、アルシャは未だにスヤスヤ寝ている。案外図太いな、これなら少し悪戯しても……止めておこう。アリアがこっちをガン見している。
「どうやって起こしましょうか。鼻から呪隷でも流し込みます?」
「それ下手したら、アルシャが内側から爆発するぞ。此処は鼻に呪隷じゃなくて木の枝だな。ついでに下唇に連結させて変顔にしよう」
「女の子相手にどんな仕打ちしようとしてるのよ貴方達は!!」
折角良いアイデアだと思ったのに、ラキに止められてしまう。寧ろ優しいアイデアだと思うんだけどな、俺の時なんか、全身を簀巻きにされて川に投げ捨てられたけどな。
「それなら、こういうのはどうかな?」
アリアが何かを思いついたらしく、俺の耳に舌打ちしてきた。ふむふむ……成る程、それは名案だ。よし早速やろう。
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アリアの作戦通りに二人が目を覚ました後、俺達は早速とばかりにアルシャが先導するままに森の奥地へと足を踏み入れていた。
「なぁんか髪が減った気がすんだけど、気のせいか?」
「気のせいじゃないかなー」
「貴方が燃やしたんじゃない……」
「ラキちゃん何か言った?」
「何も言ってないわ!!」
「そうか、気のせいか!」
シヴァルがバンダナからはみ出ている焦げた襟髪を撫でるが、当の燃やした本人は知らん顔をしている。俺は髪を抜かれてるんだ。お前も同じ苦しみを味わうと良い。
「しっかしよぉ、こんな薄暗ぇ所に何の用が有んだよ?」
髪の毛をまさぐるのを止めると、シヴァルはアルシャに話しかける。多分、昨日の頼み事を言っているんだろう。
昨日、アルシャは宝玉の修復に協力する代わりに、一つの条件を持ち出して来た。
『あ、明日!一日だけでいいので私の護衛をお願いしますぅ!じゃないと協力しませんぅ!!』
最初は護衛?何処にだよ、と聞こうにも、「そ、それは秘密ですぅ!!」と頑なに言おうとしない。無理矢理吐かせようとしたら、「可哀そうだから止めなよぉ」と何故かアリアから止められ、結局何処に行くのかも分からないまま、こうしてアルシャの導きのままに付いて行っている訳だ。
「ま、まだ秘密ですぅ……でも危険な事にありませんから、気を付けてくださいねぇ!!」
おどろおどろしいと言いたげに、やたらと周囲に気を散らしてはビクビク震えるアルシャは、叫ぶように声を上げる。その様子を見るに、俺達はもう既に危険地帯へ足を踏み入れているようだった。
「そんなに危ない所に何の用事があるのかねぇ……」
アルシャに倣って周りを見渡してみれば、確かに危なっかしい雰囲気をしていた。
自然の調和と言うべきか、何処か綺麗に揃って生えていた草木や茂みはそこになく、ただ乱雑で無秩序に緑が空間全体に散乱している。僅かに差し込んでいた陽の光でさえも、最早此処では、蜘蛛の巣の様に張り巡らされた枝に覆い尽くされて届きもしない。
それに明らかに今まで彷徨っていた森とは違う異質な空気。まるで宝玉を守っていた祠のように、何が飛び出して来ても可笑しくない一触即発な匂いが、この閉ざされた世界の空間に充満しているのを肌で感じる。
「おっ、何か来るぞ?無駄にデカい奴1匹と脚が速い奴1匹……それとなんか小せいのが1匹か?」
遠くの獣の足音でも聞こえたのか、シヴァルが足を止めてそう言った直後だった。
「グォォォォォ!!」
「何だオメェかよ。腹減ってねぇから殺すか」
「グォ!?」
最早見慣れてしまった頭に茸が付いた熊型の魔物が木の影から飛び出したかと思うと、襲い掛かる直前でシヴァルの右掌に顔面を掴まれ、そのまま柘榴のような血飛沫を撒き散らして握り潰された。
「シヴァル……貴方、私が隣に居る事を忘れていませんか?」
「忘れてた。済まねぇな。ほら、脚が速ぇ奴はあそこに隠れてんぞ」
握り潰した本人は勿論、その隣に居たミレーヌも全身が血で真っ赤に染まっていた。だがシヴァルは全く悪びれる様子もなく、頭だけ無くなった熊の死骸をその辺に投げ捨て、根っこが積み重なってちょっとした丘のようになっている場所を指差す。
「後で覚えていてくださいよ……行け、隷呪共」
恨み節を吐きつつ、ミレーヌが地面に手を付くと、その五指から黒靄が這い捩って出現すると、そのまま先にある木の根を貫通して消えていく。何が起きるのやらと少し待っていると、その向こうから『グキュゥゥウゥ……』と苦しそうな獣の呻き声が聞こえた。
木の根を乗り越えてみると、数人押し込んでもでも丸呑みできるんじゃないかってぐらいに太い、蛇と言うより鰐みたいな魔物が胴体を風船のように丸々膨らませて絶命していた。
「うわぁ……ミレーヌ、これどんな殺し方したんだ?」
「口から隷呪を流し込んだだけですか?」
「それアルシャ起こすときにお前が提案したやり方と一緒じゃねぇか」
「私にこんな起こし方しようとしていたんですかぁ!!」
アルシャが自分の知らない事実に驚愕する中、俺の耳に木の枝が不自然に揺れる音を捕まえる。そう言えば、シヴァルは小さい奴が居ると言っていたな。多分そいつで間違いないだろう。
「はいはーい!僕がやるよ!!」
「お前がやったら森全部が焼き焦げるわ。此処は俺に任せとけって」
「えぇー、シヴァルもミレーヌちゃんも戦ったんだし、ボクも良い所見せたいよぉ」
その結果で俺達が黒焦げ肢体になっても『ごめんねぇー』とだけヘラヘラ笑って謝られては堪らない。俺はやる気満々のアリアを退け、木に近づいてヴィオーネを抜こうとするが。
「待ちなさい!此処は私達がやるわ!!」
「ピィン!!」
それよりも先に何故か、ラキとウルが俺の前に出た。
「おいおい、どうした。嫌にやる気だな?」
「貴方達、私を侮ってるようだけど、これでもまお……ゲフン!四天王の一人よ!舐めてもらっちゃ困るわ!!」
アルシャの手前、言葉を濁してはいるが、コイツなりにもいっちょ前にプライドが……いや、違うな。
「もしかして、『小さい魔物なら私でも倒せるわ!!最近メスガキだって馬鹿にされるし、ここいらで私の凄さ思い知らせてやるわぁ!!』とか思ってないか?」
「ゲッ!?そ、そんな事ないわよ!!さ、さ、さぁウルちゃん!!やっておしまい!!」
「ピィィィ!!」
コイツ、図星を付かれたからって逃げたな。ラキが俺から目を反らして木の上を指し示すと、ウルが底を目掛けて、木の葉群へと飛び込んでいった。
…………………遅いな。
「全く反応が無いけど何があったんだ?」
「死んだんじゃねぇか?」
「ちょっとシヴァル!不吉な事を言わないで頂戴!大丈夫よね?大丈夫よね!ウルちゃぁぁぁぁん!!」
帰って来ないウルを心配して、半狂乱気味にラキの方から自分で気によじ登って行く。そしたら何故かラキも帰って来なくなった。しょうがないな……。
「ほらサッサと降りて来いよっ、と!!」
「フギャ!?」
木に蹴りを入れて揺さぶってやると、ようやくラキが落ちてきた。それと一緒にラキの頭の上に何かが一緒に落ちて来る。
「ピィ?」
「「キュイ?」」
それは楽しそうにじゃれあっているウルと子リスの親子だった。
ほっこりとするその光景に、俺は遂言葉を漏らしてしまう。
「あらヤダ可愛い」
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とまぁ、そんなちょっとした出来事もありながらも、俺達はアルシャの行く道のまま更に森の奥へと進んでいた。
「何よ!文句があるなら言いなさいよ!!」
何も言っていないのに被害妄想が激しいラキ。別にそんな事は思っちゃいない。リス相手に息巻いてたのかよとは思ったけど。
「ん?」
本当に何の脈絡もなくだ。まるでパン屋の前をフラッと通った時に、焼き立ての良い匂いがする時と同じような感覚だろうか。
鼻先を掠めるだけで嗅覚を壊すような匂いに、脳が安酒にどっぷり浸されたように犯された。
「着きましたぁ、此処ですぅ」
すみません!投稿が遅れました!!次回の投稿は7~8日後になります!!