玉と玉、それと玉。
俺がエルフ達のおもてなしを躱して集落を脱出してから、ミレーヌの居場所を探るのは、簡単だった。
何しろ、それは俺の股間が教えてくれるのだ。アイツに近づけば、俺の股間を締め付ける力は強くなるし、逆に遠ざかれば弱くなる。つまり、俺の股間が一番反応する場所を目指せばいいのだから。
そして、股間を頼りに森の中を彷徨う事数十分、ついに痛みが最も強くなる地点を見つけ、茂みの向こうへと飛び出すと、そこには予想通りミレーヌが居た。
「テメェェ!俺の股間になんちゅう破壊工作仕掛けとんじゃぁぁぁぁ!!」
「潰せ」
「おほぉ!?」
理不尽に襲い掛かる男への特攻攻撃に、股間の事など忘れて詰め寄る。しかし、ミレーヌが拳を握り潰す動作に連動し、俺の我慢は遂に限界を迎えた。
「おほぉぉぉぉぉぉ!こわれりゅぅぅぅぅぅぅ!!新しい扉が何か開いちゃうのぉぉぉぉ!!らめぇぇぇぇぇぇぇ!!」
それは傍から見れば、まるで死に際に暴れ回る羽虫が如く、見ていていっそ哀れになるぐらいに暴れようだっただろう。しかし、股間を握りつぶされる痛みはこうでもしないと表現できない。
「そろそろ黙らないと、本当に潰しますよ。両玉を」
「それだけは勘弁してくださいミレーヌ様」
一瞬の内に正気の戻り、その場で土下座する俺。玉を再起不能にされる恐怖と玉を握られる痛みを比べたら、前者の方が重すぎて痛みは何処かに吹き飛んだ。
「全く……まだ感触が手に残っていますね……止めなさい」
俺の土下座が功を奏したのか、ミレーヌが呆れ声で宣言すると、股間から黒靄が消えていくと同時に、握り潰されるような感覚は消え去る。
「リューくーん。クソ種族達の雌豚達に囲まれて楽しかったぁ?リュー君ってば女の子なら誰でも良いんだよねぇ?だったらさぁ、今度は本当に豚ちゃんとヤッてみる?大丈夫だよ、その時にはボクも精一杯オテツダイスルカラ」
その代わり、俺の背中にトンデモナイ重圧が伸し掛かった。ヤベェよ……言っている事は物騒なのに、声だけ弾んでるよ。怖くて顔上げられねぇよ。
何とか助けを求めようと、顔を上げずに膝の運動だけで交代しようとしたその時、不意に俺の胸元からゴロッと二つの物体が零れ落ちた。
「あっ、何か落ちたよ?」
占めた!!アリアの意識をそっちに逸れたのを逃さず、俺は落ちた物を拾い上げる。
すると、横脇でアリアが放つ殺気にラキ共々怯えていたアルシャが、それを見るや否、驚きに目を皿のように丸くした。
「そ、それって……もしや……」
「コレか?宝玉だけど、どうした?」
「宝玉、って……真っ二つじゃないですかぁぁぁ!?」
何を宝玉が壊れたみたいに驚いているんだか。そんな驚く事じゃないだろうに、だって。
「こうして二つをピッタリ合わせたら、ほら。元通り一つになっただろ?」
「はれ?た、確かに一つに……?って、流石に騙されないですぅ!!」
チッ、幾らアホの子エルフ絵も、流石に現物が割れているのを見たら騙されないか……。
でも、流石は俺だ。宝玉を真っ二つに叩き斬ってしまったときには、流石にどうしようかと思ったが、こうして切断面を合わせれば、なんと綺麗に重なって元通りの球体に。
実際、これを土の中に埋まっている時に、一か八かで試してみたら、エルロン含め全員が物の見事に騙されてくれた。これもやはり、寸分違わず真っ二つに出来る俺の腕が素晴らしい故か……いやはや、自分の才能が恐ろしい。
「ちょっと!それってエルフの秘宝とかじゃなかったの!?それを壊して大丈夫なの!?」
「大丈夫だラキ。まだバレていないから問題ない」
「あるわよ!このアホ勇者ぁ!!」
「もしかしてリュー君!まさかボクの為に宝石代わりにコレを?やだぁ……そんなことされたらボクぅ……どうにかなりそうだよぉ」
「何処に割れた球をプロポーズ代わりに差し出す男が居ますか。それより私にくれるということですよね?ほら、私に差し出しなさい!早く!!」
「ミ、ミレーヌさんぅ!それはダメですぅ!!これはエルフの宝物……あれ?でも壊れちゃってるから良いんですかねぇ……?」
「ダメに決まってるでしょ!!こんなのがバレたら、またあのエルフ達が襲ってくるじゃないのぉぉぉぉ!!」
おぉおぉ、一気に周りが混沌と化したな。たかが玉の一つで大騒ぎするなんて、大袈裟にも程がある。しかし、どうした物か……このままだと一生争い続けかねないぞ、この女どもは。
「おっ、大将戻って来たのか。つぅか、どうなってんだ、この状況?」
「ピィ?」
そう思った矢先に丁度良く、返り血で真っ赤に染まりながら、背中に何時ぞやのデカい熊を抱えたシヴァルと、その頭に乗るウルが森の中から出て来た。
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「宝玉の処遇については後で考えるとしましょう」
シヴァルが狩ってきた熊肉にミレーヌが被りつき、ミレーヌがそう言った。しかし、その目線は宝玉を収納している俺の胸元から一向に離れていない。
混沌とした場に熊を抱えたシヴァルという衝撃を与えた事で、女子共は目が覚めたらしい。
それからはミレーヌが熊肉を解体、アリアが焚火の調整、ラキはウルに付いた返り血の処理、そしてアルシャは通常通りにアタフタしていた。そして、瞬く間に肉を火で焼いただけというワイルドな料理が出来上がると、全員が一斉に肉へと食らい付いたのだ。
「なかなかイケるな、この肉」
俺は焼き色が香ばしく彩る熊肉を骨の部分から噛み千切る。
熊肉を食べた事は無いが、味で言えば豚の脂身に近いだろうか。だが焚火の光を浴びて照り付けるぐらいに脂が載っているのに、喉にスッと通っていき、野生の臭みと一緒に特有の甘味が舌の上に残り続ける。流石に貴族御用達とは行かないだろうが、珍味としてなら充分に通用する部類だ。
「ハァ……ウルちゃん、お肉美味しいわね……これが最後の晩餐になるのよ。シッカリ噛み締めて食べるのよ!!」
「ピピィ?」
「もぉ、ラキちゃんったら大袈裟だよ。たかが玉一つ壊れたぐらいでそんなに絶望しなくても良いじゃん」
「その壊れた玉がエルフ達の秘宝だからよぉぉ!何処まで能天気なのよ貴方のドタマはぁぁぁぁぁ!!」
そんな至福の時を過ごしても尚、若干一名、まだまだ荒ぶっている様子だが、これから俺がする話に影響はない。そんな些細な事より片付けるべき問題は他に山ほどあるのだから。
「さぁて、俺達が取るべき道は2つ。このままエルフに見つからずにガラゴスの森を突破するか、宝玉を直して勇者待遇で見逃してもらうか」
「後者でしょうね」
俺が出した選択に対して、ミレーヌが不機嫌そうに食べ終えた骨をそこら辺に投げ捨てながら、そう答えた。
「えぇー?全部燃やしちゃおうよぉ。そっちの方が最高に気持ちいいってぇー」
「今日は嫌に好戦的ですね貴方。ですけど、却下します。白兵戦なら兎も角、この馬鹿が気づかないぐらいの暗殺者集団から何回も奇襲されながら無事に脱出できますか?」
「ん?」
ミレーヌに馬鹿と指差されてもイマイチピンと来ていないシヴァルは、何本目かも分からない熊肉の骨を加えながら、惚けた顔をしている。
「それに、あの恨み具合だと、森を脱出できた後でも、襲ってきそうですよ。そんな面倒はごめんです。それなら一時凌ぎだろうと宝玉を直して、バレない内にガラゴスの森から退散するのが一番です」
「で、でもエルフの秘宝なんでしょ?そんな一時凌ぎバレるに決まってるじゃない!!と言うか何で真っ二つになってんのよ馬鹿ぁ!!」
「つい、その場のノリで斬っちゃいました」
「ノリで斬ってんじゃないわよボンクラァ!!」
頭を容赦なく叩いてくるラキは放って置いて、俺もミレーヌの案には賛成だ。あんな殺意マシマシのエルフ達にズッと狙われるのは避けたい。それに、勇者印のブローチを盗られたままでは、引き下がれるわけがない。
そうなると問題になるのは、この二つに割れた玉である。俺は改めてレザーアーマーの内側から取り出して、二つを見比べてみる。うぅむ、やはり何時見ても綺麗な断面だ。
魔力の方は俺の付与魔法で何とかするとして、何か接着剤でも塗れば……いや、宝玉に執着していたエルロンだ。半端な偽装は直ぐにバレる。一度くっ付いたら離れないくらいじゃないとダメだな。
「あ、あのぉ……それを良く見せてもらえないですかぁ……」
「ん?あぁ」
どう誤魔化そうかと考えていると、横に居たアルシャが恐る恐ると言った様子で俺に話しかけてきた。正直、このドジエルフに渡したら更に壊されるかもと思ったが、俺が考えた所で、良い手立てが出る筈も無い。そのまま二つの欠片を一度預けてみる。
そうすると、アルシャはその二つに割れた欠片を、穴が開くほどガン見し続けた後、囁くような声で独り言のように呟いた。
「もしかしたら……直せるかもです……」
そして、俺はその独り言を逃さない。
「マジか!本当に直せるのか!?」
「ヒッ!そ、そんなイキナリ詰め寄らないでくださぁいぃ!!」
「まさかアルシャちゃんに手を出すつもりなの?ボクじゃなくて?」
アリアからの威圧が怖いが、今はそんな事を気にしている暇はない。この機を逃すまいと、両肩をガッシリ拘束して詰め寄る。
「でかした!よし直せ、今すぐ直せ!そんでついでに胸も揉ませろ!!」
「ヒェェェェ!そ、そんな強く詰め寄らないでくださぁいぃぃ!!」
「ちょっとリュー君。オハナシしようか」
「あっ、ハイ。調子に乗り過ぎました。すみません」
アリアのお陰で、興奮で熱くなった頭が心臓も纏めて一気に凍り付いた。この後で何を去れるかを考えるだけで恐ろしいが、それよりも今は目の前の事実に集中しよう。
「具体的にどうやって直すというのか教えていただけないでしょうか?」
「え、えっとぉ、どう説明すればぁ……」
話を聞いていたミレーヌが、俺の代わりにその方法を聞くと、アルシャはどう説明した物かと、両手を忙しなく動かした後、ようやく纏まったらしく、そのまま話し始めた。
「昔にですけどぉ、良く効く傷薬を作ろうして、凄くネバネバした液体が出来ちゃった事があるんですけどぉ、それならくっ付いて元通りになんてぇ……」
「ち、因みに、それってどのぐらいくっ付くのかしら?」
「凄い吸着力でしたよぉ。出来上がった時に飛び散った液体が大きな木に付いちゃったんですけどぉ、それにウッカリ触っちゃった熊さんが死ぬまで貼り付けになってましたぁ」
「怖いくらいにへばり付くじゃないの!?」
その吸着力を聞いて、驚きの余りにラキが大袈裟に仰け反る。だが、それだけの吸着力なら、確かにピッタリとくっ付くかも知れない。
「それが思いついたって事は、もう一度作れるって事だな?」
「は、はいぃ。材料や器具は家の……家の残骸の中ですけど、問題なく作れると思いますぅ」
何で家の部分をちょっと言い直したのかは疑問だが、丁度良い。早速直してもらおうとした、その時だ。
「で、ですけど!その前に一つ!!お願いがありますぅ!!」
俺達の身に、また面倒な事が降りかかってきたようだ。