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森の中での一幕に休息を

リュクシスが股痛みにもがき苦しみ疾走する少し前、ガラゴスの大森林の何処かでは、5人の足音が地面を蹴り鳴らしていた。


「此処まで逃げれば大丈夫じゃないかな?」


アリアの一声で他の四人の脚が止まる。すると呼吸を整えない内にラキが堰を切ったように叫び始めた。


「な、何よアイツら!本当にイキナリ襲い掛かって来たわよ!!有り得ないわ!!」

「先に襲ったのは私達ですがね」

「貴方達が勝手に戦い始めたんでしょうがぁぁ!!」


奇声を上げてミレーヌを激しく揺さぶろうとするが、その身体は全くと言って良いほど動かない。それでも肩を掴んで離さないラキを、アリアは背後から引き剥がす。


「まぁまぁラキちゃん落ち着いて。あんな生きているだけで害悪な耳長連中の事は忘れようよ」

「え、えぇ……エルフに対して凄い言いようね……」

「?」


全く悪意が感じられない笑顔で首を傾げるアリア。その様子に謎の恐怖を感じ、大人しく黙り込むしかなかった。


だが、林の向こうに佇む闇から、獣の唸り声とも木の葉が風に揺れる音とも取れる騒めきに、思わずラキは再び奇声を漏らしてしまう。


「あぁー、結構な数の魔物がいるな此処。どうすっか?野宿でもするか?」

「絶対にしない!!」


断固たる決意でラキが否定する。既に森の木々から覗く空は深い黒に沈み込んでおり、昼間とは比べ物にならない底無しの暗闇が地上を覆っている。


こんな所で野宿など、脳内で頭にキノコが生えた熊に襲われた記憶が蘇って、震えと尿意が止まらなくなりそうで、考えただけラキは恐怖に背筋が凍り付きそうだった。


「ですが、何処で泊まろうと、こんな森の中では同じだと思いますよ。それとも代替案があると?」

「うぐっ!そ、それは……」

「でしたら皆さんで、私の家にお泊りしませんかぁ?」


ミレーヌからの反論にラキが言葉を詰まらせていると、予想外にもアルシャの方から別の提案が上がった。


「此処ら辺でしたら、私の家まで直ぐですよぉ」

「へぇ、何処も一緒に見えるけど、良く分かるねアルシャちゃん」

「えへへぇ、自慢ですけど、森に付いては誰よりも詳しいんですよぉ」


アルシャは、豊かに実った胸を突き出しながら、鼻息を大きく吐いてアリアに自慢する。そして、近くに生えている木の肌を一撫ですると、それだけで居場所を確信したらしく、ピシッと向こう側を指差す。


「多分、あっちですぅ!!」


そう指し示すアルシャに言われるまま、四人が森の茂みを進んで行くと、辿り着いたのは。


「ようこそぉ!此処が私の家ですぅ!」


凡そ小屋とは呼べぬ板切れを寄せ集めただけの粗雑な建物っぽい何かだった。


「こ、これは……本当に家なのかしら?随分と粗雑な作りだけど……」

「えへへへぇ、3日に一度は薬の調合に失敗しちゃって爆発で吹っ飛んじゃうので、コレで良いかなぁってぇ」

「もう薬作るの止めなさいよ!向いてないわよ!根本的に!!」


ラキのツッコミなど全く意に介さず、アルシャは手作り感満載の家を支える柱を叩いて自慢する。そうすると。


ガラガラと音を立てて、ご自慢の家が盛大に崩れ去った。


「私の家がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「あんな粗雑な作りじゃ崩れるに決まっています。ほら、ボォーとしてないで、この木片を焚火の材料にしますよ」

「そんなぁぁぁ!私の我が家第315号を燃やすなんてぇぇぇ!!」

「「はーい」」


アルシャが脚にしがみ付いて懇願するも、そのままズルズル引き摺りながら、木片の残骸を回収していくミレーヌ。それを見ていたアリアとシヴァルも参戦し、最早そこには家の残骸すらも残されていなかった。


「うぅ……私の家がぁ……」

「はぁい、それじゃあ火を付けるねぇ。火弾(ファイアーバレット)っと」

「貴方達、本当に容赦がないわね……」


我が家があった場所で蹲るアルシャを他所目に、アリアは組み上げた木片の山に魔法で火を付けると、瞬く間に燃え上がって巨大な焚火となる。それを囲うようにして、その場にいる他の全員が座り込んだ。


「ったく、今日は災難だったぜ。折角、エルフの女を抱けると思ったのによぉ。大将だけエルフの集落だろ?今頃ハーレムしてんだろうなぁ」

「も確かに、リュー君だったら……ねぇミレーヌちゃん。男の子の股間を腐らせる方法とかない?」

「一応できますけど、股間の感触が直に伝わるから嫌なんですよね『胸が大きくなる方法教えるよ?』行きなさい隷呪共。奴の股間を完膚なきまで破壊するのです」


ミレーヌの影から黒い霞が飛び出した。それが何処へ行くのかをラキが見届ける前に、森の奥へと消え去ってしまう。恐らく、リュクシスの股間を探しに出かけたのだろうか。


「ピィ……?」

「あっ、ウルちゃん」


そんな事を考えていると、三角帽子の中から寝惚けた鳴き声が聞こえる。それがウルの声だと、ラキは直ぐに分かった。


「はわわぁ!?ラキさんの頭から魔物さんがぁ!?」

「そう言えば、貴方にはまだ紹介していなかったのかしら?この子はウルちゃんっていう私の従魔なの。可愛いでしょ可愛いでしょ!!」

「凄く可愛いですぅ!撫でても良いですかぁ?」

「ピッ!」

「やりましたぁ!それではぁ!!」


ようやく立ち直ったらしいアルシャが聞くと、良いよというニュアンスでウルが鳴く。すると間髪入れずに、こねくり回すように容赦なく撫で始める。途中でウルの鳴き声が悲鳴に近くなるが、全く耳に届いていない。


「しっかし、さっきまでコイツ寝てたのか?随分と豪胆な奴じゃねぇか。気に入ったぜ!」

「ピィィ!!」

「あぁ!ウルちゃんさぁん!!」


余りの可愛がりに逃げ出したウルが、その様子を見ていたシヴァルの頭にへばりつく。その時、獣の咆哮のような唸りが辺りに散らばり、唐突な音鳴りに、ラキは一瞬だけ、大きく身体が震わせた。


「ま、まさか!あの熊が来てるの!?」

「いや、俺とコイツの腹の音だな」

「紛らわしいわね!!」

「でも、その熊なら近くに居るぞ?」

「結局居るんじゃないぃ!!」

「つぅか腹減った!ちょっと狩って来るわ!」

「ピピィ!!」


そう言うと、シヴァルが頭にウルを載せたまま立ち上がり、黒い靄の同じく森の奥へと消えていく。そのすぐ後に、獣の雄叫びや悲鳴、それと水溜りが弾けたような音や破壊音が響き渡る。何が起きたのかは……考えずともラキには大体予想が付いた。


「それでは、シヴァルが帰ってくる前に野営の準備でも始めましょうか。明日の事は明日考えましょう」


シヴァルが出て行ったと同時に、ミレーヌが手を一度叩く。それを合図に焚火の周りには必然と、と女性特有の緩やかな空気が流れた。そうなると、話が進まない訳が無く、自然と他愛のない話が進む。


やがて、最初の話題が何かを思い出せなくなったくらいの頃、ふとアルシャが緊張と一緒に貯めていた息を大きく吐き出した。


「もう、今日は死ぬかと思ったですぅ。でも皆さんのおかげで助かりましたぁ」

「別に良いよー、ボクもあんな耳長畜生共には腹が立ってたからね!それより!アルシャちゃんはもっとアイツらに怒らないと!!ボクが代わりに燃やそうか?」

「止めなさいよ!またあんな数のエルフを相手にするつもりなの!?でも、確かにそうよね……同じ種族でも許せないわ!アレは酷いわよ!!」

「アリアさんもラキさんもありがとうございますぅ。ですけど、私は大丈夫ですからぁ」


アルシャは朗らかな笑顔でアリア達に返す。それは心配させない為に無理をして、と言う訳ではなく、やはり慣れているという印象であった。


そこでふと、ミレーヌが問いかける。


「そう言えば、あのエルロンとか言うエルフ。貴方の事を『忌み子』と言っていましたが、どうしてですか?」

「そ、それはぁ……」

「大丈夫よアルシャ!何かあるのなら、このロクデナシ共がちょちょいのちょいよ!!」


新鮮と言うべきか、そこで初めてアルシャは眉を困ったように曲げて言い淀んだ。それに何やら特別な事情があると感じたラキが頼もしくも胸を叩く。勿論、アリア達の胸でだが。


しかし、それの何処に安心感を覚えたのか、アルシャは浅い呼吸を挟み、やがて一息に言葉を吐き出そうと口を開く。


「じ、実は……!!」


その時であった。アルシャのすぐ後ろにある茂みが騒ぎ始めたのは。


「ヒエッ!?」

「おっと大胆だねぇアルシャちゃん」


途端に言葉が喉から胃の中に引っ込み、直ぐ隣に居たアリアの胸元にアルシャが顔をうずめて飛び込んだ。


「ま、まさか熊!?それともエルフの追手!?ちょっとアリア!ミレーヌ!出番よ!!」

「私達は駆除係ですか?」


同じようにラキもすぐ隣に居たミレーヌの胸元に飛び込む。しかし、顔面から硬い感触にぶつかり、鼻頭がぐしゃりと潰れた。


「ミレーヌちゃん。ラキちゃんの言う通り、熊かエルフだったらどうする?」

「熊なら即殺処分、エルフでしたら生け捕りにして拷問しましょう。こんな物音立てている時点で、獣畜生でしょうがね」

「りょーかーい」


短い会話を終えると、アリアとミレーヌはその音がした茂みへ少しずつ歩み寄る。それに続いて、絶対には慣れない意志を抱き着いた腕に込めるラキとアルシャが続く。


一歩、二歩、三歩。茂みへ近づく度に、その騒めきが見間違いでは無いと確信させられる。

誰とも知らず、唾を飲む音も聞こえてくる。


茂みから出てくるのは只の藪蛇なの変異を遂げた獣か、それとも追って来たエルフなのか。


そして、茂みを破って出て来たのは。


「みぃぃぃぃつけたぞぉぉぉぉ!!ミレェェェェヌゥゥゥゥゥゥ!!」


股間部分に黒い靄を纏わせ、血走った眼をしたリュクシスだった。


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