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勇者もロクデナシなら、その仲間もロクデナシ

「何だと!一体どういうことなのか詳しく話せ!!」


そんなあり得ない報告に対し、真っ先に反応したのは親衛隊隊長であるハルクス兄貴だった。伝令の兵士はそれに応えて、早口で説明した。


「はっ!魔王軍四天王を名乗る者がおよそ1000から2000の魔物を従えて南門前に陣取っております!!現在、南門の守備部隊と膠着状態ではありますが、いつ衝突するか分かりません!!守備部隊隊長より速やかなる支持を求むとのことです!!」

「糞!どうなっているんだ!!」


詳しく聞いても理解が追い付かないらしく、ハルクス兄貴は頭を抱える。


そりゃそうだ、俺だって理解が追い付いていない。魔王軍の四天王が現れたと言われて、はいそうですかと答える奴はいないだろう。魔王は王国の歴史が始まる以前の存在であり、既に初代勇者によって倒されている。


なのに、魔王軍が襲来?しかも四天王が出てくるってどういうことだよ。普通ならあり得ない。あり得ないはずなのだが、入って来た伝令の騎士の慌て具合から嘘を言っているようには思えない。


「全く、どうなってんだよ今日は!!聖剣は売られるわ魔王の軍勢が攻めて来るわ!!やってられるか親衛隊長なんて!!」

「どんまい、兄貴」

「ぶっ殺すぞ!!」


折角慰めてやろうと思ったのに、この言いようである。大体、ハルクス兄貴ごときが親衛隊長という責任重大な立場は似合わないのだ。


どうしたものか。魔王軍を信じるかは兎も角、そんな魔物の軍勢が攻めているのは本当だろう。どうにかして、この状況を利用して逃げ出せないだろうか。


俺がそんなことを考えていると、また同じようにして伝令の騎士が、今度は傷だらけになって飛び込むように玉座の間へ入って来た。


「伝令!リュクシス・カムイの仲間を名乗る者達が現在城内に侵入して大暴れしております!!既に親衛隊総出で対処していますが、怪我人が多数出ております!!至急増援をォォ!!」


何をやっとるんだアイツらは。魔王軍が攻めてきたと報告しに来た兵士より、必至な顔で訴える騎士を見て、それしか言葉が出なかった。


「はぁぁぁぁ!?あの酒場の三人がか!!一体どうなってんだ!!」

「そ、それが!!ぶはぁぁぁぁぁぁぁ!!」


騎士が最後まで報告しようとするが、背後から爆発したかのように吹っ飛んだ扉に巻き込まれて、その続きは聞くことは出来なかった。


そして、その代わりに居たのは、俺を裏切った仲間達であった。


「よぉお前ら、よくも俺を売ったな糞野郎ども。先ずは俺に頭を垂れて忠誠を請え」


挨拶の一発として、軽く皮肉を打ち込んでおく。そして、もはや偉すぎて玉座から滑り落ちそうなほどにふんぞり返る。こうしておけば、この場で最も権力があるのは俺だと分かるだろう。


「こんにちは、勇者を捕まえた褒章を貰いに来ましたよ」

「さっきはごめんねリュー君!でもボク覚悟決めたよ!!私王妃になって他の側室をいびり倒すよ!!」

「よぉ大将、未だ俺との勝負ツイてねぇだろ?俺から会いに来てやったぜ。嬉しいだろ?」


うーん、ダメだ。どうやら権力に唾を吐くようなアウトローには、この俺の高貴さは伝わらないようだ。これは俺が如何に偉いか伝えなければ。


「良いか?俺はこの国の次期国王、つまり現勇者の次に選んだぞ。お前ら庶民なんぞ、俺の裁量1つで死刑にできるのを忘れるなよ?」

「そもそも、現勇者が退位していない時点で貴方に権限はないでしょうが」


ミレーヌに正論で返されてしまう。そこを付かれると痛いのを良く分かっている。


「そもそも現勇者のオルガノ王はどこに?身柄受け渡しの値段交渉をしたいのですが」

「あぁ、あの爺なら、お前らがぶっ飛ばした扉の下敷きになってるよ」

「「「勇者さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


玉座の間を守る重厚な扉に押し潰されているオルガノ王へ、砂糖に群がる蟻のようにハルクス兄貴と親衛隊の騎士達がすぐさま駆け寄った。白目を剝きながら泡を吹いて倒れてるが、まぁ生きてるだろう。


さて、そんなオルガノ王の介護はハルクス兄貴達に任しておくとして、此処からは俺の計画を進めるとしよう。


咄嗟の起点と奴だろうか。コイツらが乗り込んできた時、素晴らしい計画が閃ていてしまったのだ。ただ、その為には、この非常識馬鹿共の手を、遺憾ながら借りなければいけない。


だが、そう案ずることはない。俺はコイツらのリーダーとしての信頼がある。今まさに、その信頼を発揮する時だろう。


俺はたった一言、仲間達に向けて命令する。


「お前ら、今から一緒に魔王軍を倒しに行くぞ」


「嫌に決まってんだろ」

「お断りします」

「ごめんねぇリュー君」


よぉし、見事に全員から断られた。大体の理由は察しが付くけど、一応理由を聞いておこうか。


「どうしてだよ?世界を救う勇者になれるんだぞ。歴史に名を残したくねぇのか」

「興が乗らねぇな。大将以上の相手だって言うなら、暴れてやっても良いぜ?」


シヴァルの場合は簡単だ。基本的に戦うのが好きな戦闘狂だ。魔王軍が如何に強大なのかを言い包めてやれば二つ返事で了承してくれるだろう。


「魔王軍なんている訳ないでしょうが。そんな夢物語よりも金です。戦わせたかったら金を払いなさい」


ミネーヌは少し難しい。コイツは良くも悪くも現実主義と拝金主義の権化だ。どんな相手だろうと金さえ握らせれば、それなりに働いてくれるだろうが、魔王軍の存在について全く信じていないので、先ずはそこから話すしかないだろう。


「このままボク達が戦わなかったら王国が滅んじゃうんだよね?そしたらリュー君も勇者にならずに済むんだよね?そしたら誰もいない最果てでボクとリュー君の二人だけで、世界の終焉が来るまでドロドロに溶け合ってゆっくりと死ぬなんてロマンティックだよね?」


アリアはもう駄目だ。


さて、どうするか……一人ずつ説得していっても良いが、それだと時間が掛かりすぎる。早く魔王軍を名乗る魔物たちを倒しに行かないと、俺の計画がパーになってしまう。そうなったら最後、俺の人生は御仕舞いだ。


「どうせ世界が滅びちゃうんだったら良いよね?さっそく二人で暮らす場所を探さないと!どこにしようかなぁ。やっぱり海の見える丘が良いかなぁ?それともあそこかなぁ」

「世界が滅びるってマジか!だったらこうしちゃいられねぇ!!ミレーヌ!今すぐ街に戻るぞ!そんで奪うだけ奪ってトンズラしねぇとな!!」

「そう簡単に世界なんて滅び……いや、噂を流して街が大混乱の隙に……何をしているんですか二人とも!さっさと帰りますよ!!やることは無限にあるんですから!!」


だというのに、コイツらは火事場泥棒の話題で盛り上がってると来た。全く本当にロクでもない奴らだ。


……仕方がない、こうなれば最終手段を使うしかない。


俺は少し息を整えると、軽く一言。


「お前ら、今って前科何犯だ?」


この一言で、騒いでいた奴らが一瞬で押し黙った。けれども俺は構わずに続ける。だって、お前らが断るんだからしょうがないんだよな。うん、しょうがない。


「シヴァルは器物破損、ミネーヌは詐欺、アリアはボヤ騒ぎ。それに王城に不法侵入で国家反逆罪も付け加えたら、今度は流石に実刑だろうなぁ。懲役もつかずに死刑待ったなしだろうなぁ。というか俺がそうさせるけどな」


俺だって、伊達にこの三人とはパーティーを組んでいない。過去にコイツらやらかしている事は、大体覚えている。


シヴァルだと、酒で酔った勢いで暴れて店を何軒か潰している。


ミレーヌは絶対に儲かるスライム商法という講座を開いて、新人冒険者から金を巻き上げていた。


アリアだったら特に意味もなく週に一度はボヤ騒ぎを繰り返している。


これ以外にも行ってきた犯罪行為は無数にある。多分、記録されている前科の倍以上は下らないだろう。


今までだったら、衛兵達の捜査を寸での所で躱したり、馴染みの衛兵に心ばかりのお礼を渡して見逃してもらっていたが、相手が国だとそうはいかない。俺がコイツらの犯罪歴を糾弾してやれば、豚箱を飛び越えて絞首台に一直線間違いなしだ。


「ギャハハハ!大将、ぶっ殺されてぇのか?」

「この外道め……!やはりあの日の夜に呪い殺しておくべきでしたか……!!」

「リュー君酷いよ!もしそんなことしたら本当に燃やしちゃうんだからね!!」

「おうおう、犯罪者共が囀りよるわ。幾らお前たちが喚こうとも、この国の最高権力者である俺に通用すると思っているのか!」

「お前も聖剣を盗んだ犯罪者だからな!ヨハンネ!!」


話を盗み聞いていたハルクス兄貴が何か言っているが、耳を貸す必要はない。


俺は最後の詰めとして、未だに喚いている馬鹿どもに向けて、二つの道を提示してやろう。


「お前らの選択肢は二つに一つ、国に仇為した薄汚い犯罪者として、首に縄をくくるか」


果たして、コイツらはどっちを選ぶのだろうか。


稀代の犯罪者として死ぬのか。


それとも。


「選ばれし勇者様の仲間として、腹をくくるかのどっちかだ」


俺は答えを聞くまでもなく、ほくそ笑んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

かつては立派に聳え立っていた城門の残骸前。そこには親衛隊の騎士達と、その隊長であるブルース・ハルクスと、頭に大きなたんこぶを付けた現勇者オルガノ・オルゴット、そして次期勇者となるリュクシス改めヨハネスと三人の仲間たちが集まっていた。


「いやぁ悪いな。わざわざ馬車まで用意してもらってよ」


リュクシスは白々しい笑みを浮かべながら、騎士から手渡された馬車の手綱をヒラヒラと振りかざす。


テルモアール王国の首都ワッケーロは広い。端から端まで移動するとなれば、それこそ一日がかりになってしまうほどだ。これでは、今から南門にまで歩いて行くとそれだけで日が暮れてしまうだろう。


そこで騎士団の馬をリュクシスは借りることにしたのだが、今回は特別に騎士団の馬の中でも最も足が速い馬を、ハルクスに頼んで用意してもらっていた。


「言っとくけど、あくまで貸しているだけだからな!後で絶対に返せよ!」

「はいはい、返すって。馬を返せば良いんだろ?」

「帆車の方もだよ!そっちも最高級の奴だからな!国の重鎮専用のやつだからな!」


ハルクスが念を押して壊さないように注意を促す。


馬車の帆車部分は、いかにも高級感溢れる白塗の籠部屋で出来ており、外部に散りばめられた金色の装飾や歪み一つもない漆の車輪は、リュクシス達が普段借りている石ころを踏んだだけで壊れそうなオンボロ馬車とは明らかに格が違っていた。


「リュー君凄いよ!この馬車のソファ、フカフカだよ!!お尻が全然痛くならないし、すごく豪華だよ!!」


どうやら内装も豪華なようである。馬車が用意されるや否、一番に乗り込んだアリアが、扉の窓から興奮気味に顔を出す。益々、この馬車の値打ちがリュクシスの中でつり上がって行った。後でミレーヌ辺りにでも売り飛ばす算段を話し合おうか。


リュクシスはそれに対して、「はいはい分かったよ」と気の抜けた適当な空返事で返すと、馬車の査定に勤しむミレーヌと、天屋根の上で昼寝するシヴァルに声を掛けた。


「もう行くぞお前ら、中に入れ」

「分かりました。ほらシヴァル、早く乗りますよ」

「ンガ!?なんだ、もう行くのか?」


2人が馬車の中に入って行くのをリュクシスは見送ると、クルリと回ってオルガノ王やハルクス、そして親衛隊の騎士立に向き直る。


そして、まるで劇の始まりを告げるかのように仰々しく、ワザとらしい一礼をしてみせ、こう言い残した。


「それでは皆さん、この第35代勇者であるヨハンネ・ブルース改め、リュクシス・カムイが魔王軍を討伐して見せましょう」


その意味が何なのか、誰へのアピールなのかは、誰も分からない。いや、今は誰も分からないであろうその行為に、リュクシス以外の全員が頭に疑問符を浮かべた。


「それでは、失礼」


そんな謎を残しつつもリュクシスは頭を上げ、今度は背を向けると、そのまま振り返ることなく馬車へと乗り込んだ。



すると、馬車の中からリュクシス達の話し声が聞こえる。



「……おい、なんで全員中に入ってんだ。誰か馬の方を操縦しろよ」

「えぇー。ボク、リュー君と一緒に乗っていたいよ。愛する二人が豪華な馬車に乗るなんて新婚さんみたいだしね」

「俺も無理だ。馬より俺の方が足早ぇから乗る必要なんざ無かったからよ。てんで分かんねぇぞ」

「では折衷案としてリュクシス。あなたが降りなさい。元貴族の貴方なら心得ているでしょ」

「待たんかい、俺は降りねぇぞ。ミレーヌ、馬車の操縦係はいつもお前だろうが。なら決まボスな」

「いえいえ、私にはあのような暴れ馬は手に越えません。ここは同じく暴れ馬であるシヴァルに任せましょう。きっと野生の勘で何とかしてくれるはずです」

「だから出来ねぇって言ってんだろうが。こういうのはアリアの方が向いてんじゃね?いつも大将を脅して尻に敷いてんじゃねぇか。その調子で馬も乗りこなして見せろよ」

「ボクとリュー君の時間を邪魔するなんて、シヴァルは燃やされたいのかなぁ?私は絶対に降りないからね。ボクとリュー君以外がやってよ」


暫しの沈黙。


そして馬車が大きく揺れたかと思うと、リュクシスが扉から弾き出された。


「あいつらヒデェよ……酷すぎるよ」


仲間達から追い出されたリュクシスはゆっくりと立ち上がると、哀愁漂う背中を晒しながら這う体で馬に跨る。その目に涙が溜まっていたのは気のせいだろうか。


「そんじゃ、行ってきます……」


今にも消え入りそうな声を絞り出し、リュクシスが手綱を大きく唸らせると、馬が歩きだし、ようやく馬車が発進した。


去り行く勇者達の背中を見送りながら、オルガノ王は呟く。


「儂、今ごろになって後悔しておるのじゃが、あやつらを行かせて大丈夫なのかの」


その問いに対して、同じく見送るハルクスはこう返答した。


「色々とダメでしょうね」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジーでギャグなのですが、“勇者になりたくない”という設定は、リアルの“目立ちたくない”や“出世したくない”と同じでクスッと笑えました。主人公が騒動の中心から、どうやって悪あがきする…
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