調子に乗れば、その分だけキックバックが凄い
エルロンが宝玉を視認した瞬間、周りの空気が殺伐から同様にガラリと変わるのを感じた。
「貴様、何処でそれを……?」
「何処で、って祠の奥だけど、そっちがあるって言ったんだろ?」
エルロンが目を見開いて宝玉を見ているので、ほれほれと腕を振ってやれば、その度にエルフ達の視線が左右に揺れて面白い。
「まさか、本物なのか……貴様、それを寄こせ!!」
包囲を割って近づくエルロンが俺から宝玉を横取りしようとするが、そうはさせない。もう片方の腕を土から発掘し、宝玉に手を掛ける。
「命懸けで取って来たお宝を渡すと?そりゃ無いんじゃないか?」
「待て……宝玉に手を掛けて何をするつもりだ!!」
「なに、奪われるくらいなら」
両手に力を込めている、という体で挟み込んで握り潰す真似をする。
「こうグシャッと壊してやろうかな、って」
予想通りと言うべきか、やはり宝玉はエルフの一族に取って大事な宝物であるのには違いないらしい。見るからに動揺を隠しきれていない。この罰当たりという罵倒の声があれば、実は偽物じゃないのかという憶測も聞こえてくる。
「落ち着け!その宝玉は先代が祠を建ててまで守り抜いた物であって!!初代勇者様が」
「はいはい、歴史のお勉強はまた今度にしてくれ。それでどうする?」
何やら話し始めるエルロンだが、長くなりそうなので、ぶった切って流れを俺に引き寄せる。任せていたら、一生終わりそうもない。此処は俺が簡単な二択問題にしてやろう。
「俺を殺して先代うんぬんの宝玉をぶっ壊されるか、俺を勇者様と崇めて大事な宝玉を守るか。さぁエルフの諸君。どっちを選ぶ」
肩まで被った土を背もたれ代わりにして、地面の中で踏ん反り返ってやる。こういう俺が優位に立てる環境は、どんな状況で合っても気分が良い。
例え、これがハッタリだったとしても、バレなければ問題ないのだから。
暫くの間、そうやって俺が待っていると、エルロンは今居るエルフの中でも割と歳を取っている奴を何人か集め、その内でコソコソと話し始める。
やがて話し合いが終わったのか解散すると、エルロンが眉間をヒクつかせながら、俺に膝を付いて、唇を血が出るくらいに噛み締めて、こう言った。
「きさ、貴方を、勇者、様と、認めます!!」
その回答を聞いて、俺は満点をくれてやる。
「うむよろしい、それじゃあ俺を丁重に持て成してもらおうか」
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聖剣を持ち逃げして身を隠していた半年前から今まで、思い返せば馬鹿共とつるんでいたせいでロクでもない毎日だった。放火魔に詐欺師や暴漢、挙句の果てには魔王軍幹部を抱える羽目になって、俺の人生はメチャクチャだった。
だがしかし、今なら確信を持って言える。これまでのクソみたいな毎日は今日の為にあるのだと!!
「いやぁ、悪いねぇ!こんな酒池肉林の大歓迎をしてくれるとは!エルフ最高!!」
御大層な座椅子に座る俺の前の長机に敷かれた皿に、山ほど盛られた木の実や獣肉の香草の蒸し焼きなど、旨そうに煙を揺らめかせるご馳走の数々。両隣にはお姉さん系、癒し系、ボーイッシュ系、なんとロリ系まで揃えた選り取り見取りなエルフ美女達。
「勇者様」
此処はもしや天国か?現世で徳を積み過ぎてしまったのか?と錯覚してしまいそうになるが、足元で首を垂れるエルロンが、折角の夢見心地から俺を現実に引き戻す。
「先ほどは、無礼をしてしまい、申し訳ございません!!エルフ一同、心より謝罪を」
「あぁはいはい、別に気にしてないから。俺も手出しちゃったし、お互い様って事で」
「っ!!」
おぉ、エルフって凄いもんだなぁ。あんなに血管が浮き彫りになっても、額から血が飛び出ないとは、随分と頑丈なおでこをしている。
今のは煽り半分で言った事だが、もう半分は本音だった。
何せ、生き埋めだった俺を掘り返してくれただけでなく、長老の屋敷まで送ってもらえたのだ。
しかも、長老の大屋敷に招いてもらい、大広間でこんな歓迎までしてくれるのだから、いう事なしである。
最も、それは宝玉を割られたくないだけだろうが。跪いているエルロンも、左右の壁際で一列に並ぶ男のエルフ達も、俺の両隣りにはべらしている女のエルフ達も、その全員が宝玉を締まっている胸元のレザーアーマーから一秒たりとも目を離そうともしない。
隙あらば宝玉を盗んで俺を抹殺したいんだろうが、そんなヘマを俺がやらかす筈もない。右手で胸元を守りながら、左手で癒し系エルフの尻を揉む鉄壁の防御を見せる。
「勇者様ぁ、それは……」
「良いでは無いか!良いでは無いか」
良く見れば、この癒し系エルフ。俺が集落に来た時、人質に取った女エルフじゃないか。最初に会った時は射殺さんばかりの眼光だったのに、今は媚びるようにふやけた眼差しだ。最も、それは俺に向いてないけど。
しかし、触れても拒否されないなんて、アリアとは大違いだ。アイツの尻に触れようものなら、その手の関節を倍に増やされるのに。宝玉の為なら、どんな事でも耐える所存と言う事だろうか。
「勇者様、あまり、ご無礼は、ほどほどに」
「ん?何だって?」
「……何も」
流石に見ていられないと咎めようとするエルロンに、俺は自分の胸元をスゥーと撫でると、呆気なく引き下がる。壁際では癒し系エルフの父親っぽい男が目から血涙を流しそうな勢いで睨み付けていた。最早、今の俺を止められる奴など、この場には居ないのだから!!
あっ、そう言えば……。
「俺が勇者様だって認めてくれたんなら、アレ返してくれないか?」
「アレとは……?」
「ほら、俺から奪い取ったブローチ、一応先代から貰った物なんで」
ほれほれと催促するようにして俺は手を差し出す。一応ではあるが、アレは俺が勇者としての証明する為に必要な物だ。エルロンに奪われたままですっかり忘れていた。
「……それは勇者様の持ち物という事で、屋敷の倉で厳重に保存をしております」
「ふぅん、だったら持って来いよ」
「承知いたしました、少々お待ちを」
ようやく頭を垂れた状態からエルロンが立ち上がると、何故か壁際に並んでいた男衆までも連れて、大広間から出て行こうとしていく。そんなに人手が居るほど、厳重に保存でもしているのかと思いきや。
エルロンが一言、去り際に俺に言い残した。
「その間、どうぞお戯れを」
それを最後に、ピシャリと音を立てて扉が閉まった。取り残されたのは俺とはべらした美女エルフ達。
「勇者様?私と一夜の戯れでもどうかしら?」
「勇者様ぁ、私とどうですかぁ?」
「勇者様……ボク、なんか胸が変だよ」
「勇者のお兄ちゃん!一緒に遊ぼ!!」
その途端、ヤケに積極的になる美女エルフ達。うぅむ、成る程……これは間違いなくハニートラップと言う奴だな。俺が手を出して油断した瞬間に、闇討ちでもする腹積もりだろうか。
やれやれ、随分と舐められているな。俺が女好きのナンパ野郎だとしても、見え見えの罠を目の前にして、あっさりと引っ掛かるなんて思っているのか。こんなのに引っ掛かるのは底なしの馬鹿か。
俺ぐらいである。
「それでは、頂きまぁす!!」
座椅子から立ち上がり、美女エルフ四人に向き直る。その時の俺の眼光は、血に飢えた野獣のような目つきに違いないだろう。
罠だろうが何だろうか構うもんかぁ!!こちとらさっきから胸とか尻とかスリスリスリスリ引っ付けられていて爆発寸前なんじゃい!!アリアに散々焦らされた分も含めて纏めて発散させてやらぁ!!さよなら今までの純潔!こんにちは新しい世界!!
最後に、置いて行ってしまう同胞達へ、手向けの言葉を授けよう。
「じゃあな!向こう側で待ってるほぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあ!!」
その瞬間、俺の股間が大爆発した、気がした。それぐらいの痛みが襲い掛かってきた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!俺の大事な息子がぁぁぁぁぁ!!大爆発したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」」」
股間の激しい痛みに藻掻いていると、その姿を見たエルフの美女達が一斉に悲鳴と共に、俺の元から逃げ出していく。そりゃ大の男が前触れもなく股間抱えて地面をのたうち回って奇声を上げ始めたら、誰だってドン引く。
そんな事より俺の股間がヤバい!どんな痛みかって言われたら、ムキムキのマッチョなおっさんが俺の股間を丸ごと掴んで握り潰しているような感じだ!誰かが俺の股間をナッツの殻を砕くみたいに摘まんでいやがる!!
痛みに堪えて、股間に何が起きたのか見ると、そこには。
何処かで見た事あるような謎の黒霞が、股間にびっしりとへばりついていた。
「ミレェェェェェェェェェヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「勇者様ぁ!?」
それが分かった瞬間、俺は憎き畜生の顔面を扉に見立てて蹴破り、勢いのままに飛び出す。後ろから引き留める美女のエルフ達や、そこで闇討ちしようと構えていたエルロン達など無視し、長い廊下を外目指して走り抜けていく。
「あの者を逃すなぁぁ!!」
エルロンの号令の下で、エルフ達が魔法や弓を室内だというのに、お構いなく乱射してくるが、息子の危機に瀕した俺の意識は、ゴーレムを相手にした時よりも覚醒している。今更、真空波や弓如き当たる筈も無い。その全てを掠る事無く全て躱していく。
行き交うエルロン達の猛攻を掻い潜り、目指すは一つ。未だに股間を握られる痛みを身体に刻みながら、俺は憎きアイツの名をもう一度叫んだ。
「ミレェェェェェェェェェヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」