宝玉を守る番人、その名もゴーレム
昔ではあるが、ゴーレムの作り方をリュクシスはアリアから聞いた事があった。何でも、作ること自体はそう難しい事じゃないとの事である。
魔力を通す骨組みが入った人形を用意して、後は核となる魔力の元を嵌め込むだけ。それなのに、ゴーレムを研究する魔法使いは少ないとのことだ。
理由は、最後の工程である魔力の元、つまり核を作るのが困難であるから。掌ぐらいの人形ならまだしも、人間大を作ろうとすると、数年単位で核に魔力を込め続けなければならない。
だとしたら、これほどまでに巨大なゴーレムを動かして、尚且つ何百年単位で罠を動かし続ける、その宝玉には、一体どれほどの魔力を秘めているのだろうか。
「おぉっと!!」
迫り来る鋼鉄の拳を前転して透り抜け、砕けた石床の破片が肌を切り裂いていくのを感じながら、リュクシスはそんな事を思っていた。
「チィ!!」
振り向き様にフランザッパを振り抜くが、鋼鉄の塊とたかだか剣一本では話にならない。刀身がゴーレムの腕に火花を散らしてぶつかるが、切り傷どころか、逆に刃こぼれを起こしそうになる。
『ブゥゥゥウゥ!!』
「おわっ!?」
それどころか、石床を荒々しく削って振り薙がれた圧倒的質量の大腕に、フランザッパだけでなく、たかが人間であるリュクシスの軽い身体はド派手に吹っ飛ばされた。
「付与・風!!」
リュクシスは風の魔力を付与したフランザッパを空中で振るい上げ、生み出した向かい風で威力を軽減させる。そして身体の向きを回転して調節し、石壁にぶつかる直前に両足裏を設置させ、膝を限界まで折り曲げる。
「うぉらぁぁぁ!!」
膝が爆発するぐらいの勢いで一気に石壁を蹴り付け、そこにフランザッパで発生させた追い風でリュクシスの身体は更に加速させる。その勢いは正に弾丸にも等しい速度だ。
「隙ありぃぃぃぃ!!」
狙うは頭部。頭と同じ太さをした首を叩き斬る勢いを持って、リュクシスはすれ違いざまにフランザッパの真空波で一薙ぎに切り結んだ。
だが。
「チィ……やっぱ、全部は斬れないか」
手に残る雷が走ったような痺れの感触に、舌打ちをするリュクシス。吹っ飛ばされた時と同じ要領で風を制御して着地して振り返ると、そこには首筋が半分切れても動いているゴーレム。
「やっぱり生き物じゃねぇから、首切っても意味がねぇよな、っと!!」
リュクシスの嘆きに耳など全く貸さず、ゴーレムがまた、その剛腕をリュクシスに目掛けて叩き下ろすが、今度は前転などせずとも、後ろに飛び跳ねる事で余裕を持って避ける。
それにしても、渾身の一撃だったって言うのに、完全に切り飛ばせなかったとは自信を無くしてしまいそうだ。オーガの首くらいだったら簡単に切り払えるのにな。
次々と流星の様に降り注いでは石床を抉り潰す鋼鉄の拳群をリュクシスは軽々と掻い潜りながらも、そう考えずにはいられなかった。
「やっぱり硬すぎんだよ!あの身体!」
試しに拳の隙間を縫って、リュクシスがヴィオーネを腕に突き刺そうにも、刺さるどころか弾かれるばかり。この様子ならフランザッパも、あまり通用しなさそうだ。
ならば、此処は雷斬の出番か。避ける度にカチャカチャと主張する刀の鞘にリュクシスは意識を傾ける。
だが、幾らゴーレムが遅いからと言っても、溜めの時間を作れるほどノロマじゃない。その前段階として準備が必要となる。
「付与・氷。スゥゥ……」
付与魔法を挟んだ後、ヴィオーネから発する冷気も纏めて、息を大きく吸い上げて、そしてリュクシスは止める。
―――大岩すら軽く砕くシヴァルと週に一回ぐらいの頻度で喧嘩しているリュクシスだが、身体能力や反射神経の面で言えば、圧倒的に不利。それでも負けた事など一度としてない。
その理由はリュクシスが唯一シヴァルに勝っている長所、集中力だ。それさえ有れば、どれだけ素早い連撃、重い一撃だろうと、弱点や隙を見極めていれば反撃の機会に早変わりするからだ。
一度目を閉じて、また開く。意識を研ぎ澄ました視界では、体感する時間は急激に速度を落とす。今のリュクシスなら、何処から拳が振り落ち、どれくらいの力が込められているのか手に取るように見えていた。
「―――そこだな」
狙うは一点、拳が石床を砕き、引き上げられる直前の瞬間だ。そこに標準を合わせ、リュクシスはヴィオーネの切っ先を運ぶ。
「氷華一輪挿し!!」
そして互いに触れた瞬間、ゴーレムの拳と石床を繋ぎ止める巨大な氷華が咲き誇った。
『ブゥゥゥウゥ!!』
そう簡単に氷で縫い合わせられた腕が動く筈も無い。一度引き上げようとして、その事を気付いたのか、今度は残った左腕でリュクシスを潰そうと拳を振るう。
「ついでにもう一丁!氷華一輪挿し!!」
そんな苦し紛れの一撃をゴーレムの懐に入る形で避けつつ、リュクシスは空ぶった拳にヴィオーネを突き付け、また冷気で氷の華を咲かして石床に縫い付けた。
『ブゥゥゥウゥゥゥゥゥ!!』
両腕を封じられては、攻撃も移動も出来ない。そう判断したのか、有り余る怪力を発揮してゴーレムが抜け出そうと、更に奇怪な駆動音を上げて、両腕を引き上げようとする。
そうすると、ゴーレムの怪力に氷華よりも石床の方が耐え切れず、舗装された石畳を丸ごと剥ぎ取って、ようやく拳の拘束を解き放った。
しかし、どうした事か。ゴーレムの目前には、その拳を振り下ろすべき相手は既に消えていた。
「こっちだ」
背中から聞こえた声にゴーレムが反応して振り返る。そこには既に雷斬を納刀の構えで待つリュクシス。
そして、雷斬を収める鞘は既に、溢れんばかりの光で満ち足りていた。
「よぉし良い感じの位置だ。それじゃあ、そのまま」
背後を振り向き、両腕を上げたままで胴体丸出しの恰好。それは一息に切断するには打って付けの的である。
後は。
「黙って真っ二つになってろ!!」
鋼鉄の体躯を切り裂けるかどうかのみ。それは抜刀された雷斬が自ずと証明するだろう。
「満雷ぃ!!」
雷を帯びた光の刃が鋼鉄の体躯に触れるその瞬間、身すらも焦がし付くさんばかりの熱量と、地上の光が差さない祠全体を太陽でも投げ込まれたのかのような光が、リュクシスを犯して焼き尽くす。
「きぃぃれぇぇろぉぉぉ!!」
それでも決して雷斬を離すことなく、ただ切り裂くことのみに集中し、光と熱に脳を焦がれようと、鋼鉄に刃で挑む。
常人ならば、例えどれほどの剛力を誇っても傷を付ける事すら叶わない鋼鉄。それが徐々に、まるで粘土にナイフを押し付けるかのような手応えで刃が食い込んでいった。
後一押し、後一押しでこのデカブツを斬れる。リュクシスに芽生えた感触は妄想などでは無く、現実に起こす事象を手繰り寄せる力となる。
「遂に俺も鋼鉄を斬れるようになったんだなぁ」
そして感触が確信に変わった頃、リュクシスは既に鋼鉄を一文字に斬り割いていた。
『ブゥゥ……ウゥゥゥン……』
ずっと耳障りであった駆動音が途切れると同時に、グラリとゴーレムの上半身と下半身が綺麗に真逆の方向から喧しい音を立てながら、崩れ落ちる。
果たして、勇者からの贈り物である宝玉を守る為に作られたゴーレムの最期は、宝を奪いに来た略奪者でもなく、集落から弾き出されたエルフでもない、同じ勇者であった。
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「さぁて、宝玉の方を頂きますかな、っと」
ゴーレムが完全に崩壊したのを見届けると、リュクシスは早速とばかりに鋼鉄の残骸を漁り始めた。
そもそも、この祠には宝玉を獲りに来る事が目的である。そうじゃなければ、こんな馬鹿みたいに堅いゴーレムを一人で相手にするくらいなら逃げている。
あの宝玉がどうやって出来たのかは知らないが、リュクシスの目算ではかなり高級品、それも国宝級に違いない。だとしたら、エルフ達を上手く出し抜いて、持ち逃げすれば0が幾ら合っても足りないくらいの大金が手に入るだろう。
「金さえ有れば、国外逃亡なんてどうにでもなる!絶対に見つけ出してやる!!」
益々残骸を漁る手に力が籠るリュクシス。魔力を一気に放出したせいで眩暈を覚えていても、お構いなしに掘り進めていた。
そして、リュクシスは遂に見つける。右手に残骸の中から玉のように滑らかな感触を掴んでいたのだ。
「よっしゃぁ!!」
残骸から腕を一気に引き抜くと、それは間違いないくゴーレムの胴体に浮遊していた青い宝玉。
の右半分だった。
「あっ?」
そう言えば、左手にも同じような感触がある。引き抜いてみると、今度は宝玉の左半分。
「…………」
左手と右手を合わせるとあら不思議、綺麗な宝玉の出来上がりぃ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!宝玉がぁぁぁ!!」
勢い余って鋼鉄だけでなく宝玉も一緒に斬ってしまった事に、リュクシスはようやく気が付いてしまった。
勿論、真っ二つに割れた宝玉では売るどころか、エルフの前に『持って来ましたぁ』とみせれば、矢の雨のフルコースで歓迎してくれることだろう。
つまり、紛う事無く詰みである。
「な、直さないと!くっつけぇ、くっつけぇ……あっ、くっついた!って気のせいかよ!!畜生ぉぉ!!こんのぉぉぉぉぉぉぉ!!」
どうにかくっつかないかと力任せに割れた宝玉同士を押し込んでいると、不意にリュクシスの頭の上に粉が落ちる。
「ん?」
粉を払った手を見れば、それは細かい石の破片。そして見上げれば、亀裂があちこちに走り始める天井。
そう言えばとリュクシスは思い出す。この祠の罠が何百年も動いているのは、宝玉に秘めた魔力のお陰だと。恐らく、ゴーレムを媒介にして絶えず祠に魔力を供給していたのだろうと。
では、その宝玉が無くなったら、祠は一体どうなってしまうんでしょうか?
答えは簡単。
崩壊する。
「やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!崩れるぅぅぅぅぅぅ!!」