祠の探索は謎と罠だらけ
祠の中を数分ぐらい先ぐらい先に進んだ辺りからだろうか。
「おぉ、やってんなアイツら」
祠が崩れかねないぐらいの大振動に、俺は外で何が起こっているのか凡そ把握した。そう発破を掛けたのは俺なんだけどな。
だけど、ちょっと激しすぎないか?一体どんな暴れ方をしているんだよ。このままだと決着がつく前に祠の方が持たないかも知れない。
「早く先に進むか……」
仲間のせいで祠に生き埋めなんぞ笑い話にもならない。俺は足早に暗中模索な闇の一本道を、壁伝いに真っすぐ進んで行った。
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そうして進んで行くと、急に祠の中が灯りに照らされた。
「おぉ……」
突如として、奥へと連鎖するように、両壁に立てかけられた松明に火が付いていく様を見て、俺は思わず感嘆の声を上げてしまう。一体どんな仕組みだと言うのやら。やはりコレもエルフ独自の魔法だろうか。
そして、思っていたより広い祠の空間が照らされると、床に転がっている物がクッキリと見える。
それは何時朽ち果てたかも分からない骸だ。しかも一つだけじゃない、あちらの壁には寄りかかるように倒れる骸。その奥には身体の一部を失った骸。そして足元には頭蓋骨になっただけの骸。
俺の前に続いている横に広い通路の先には、至る所にエルフの死骸が散らばっていた。
「全員が此処で死んだって事か?如何にもヤバそうな匂いがするな」
俺は足元の頭蓋骨を拾い上げ、それを観察してみると、丸々脳味噌を貫きそうなほどの大きな穴が側頭部に空いていた。
「うわぁ、痛そぉ。絶対に罠張ってるだろ」
頭蓋骨を地面に置いてから、もう一度通路の先を見る。エルフ達の骸が転がっている事以外は、薄暗い石造りの通路だ。それ故に、どんな罠、何が飛び出てくるのか予想が付かない。しかし、骸の数を見れば、明らかに此処で大多数が死んでいる。
そんな明らかな危険地帯がこの先には待っているのだ。だから俺は。
「よっと」
迷うことなく頭蓋骨を踏み砕いて、一歩前に進んだ。
すると、どんな魔法なのやらなのだろうか。
その瞬間に俺の頭を狙った大弓の一撃が、何もないはずの通路の奥から飛来した。
「おおぉっと!っぶねぇな!?あの頭蓋骨みてぇに……!!」
咄嗟の反応で首を振り、頭に当たれば丸ごと持って行かれそうな矢を躱す。そして俺がこんな罠を作った野郎に文句を言う暇もなく、また次の矢が今度は3本飛んでくる。
「付与・氷!!」
流石に三本も躱す余裕は俺に無い。直ぐさまにヴィオーネを抜刀し、氷の付与魔法を与えた。
「這いよる棘蔦!!」
床を貫いて、ヴィオーネの刀身から絶対零度の冷気がその下の地面へ垂れ流される。そうすると、硬い石畳の隙間を割って、氷の茨が這い上がり、絡まり合って白銀の壁を形成する。
薄氷と言えども、寄り固まれば立派な盾になる。茨の壁が矢に刺さった瞬間に耳がひび割れそうなほどの氷が砕ける音が劈くが、不透明に透ける俺の元までは届かずに、宙ぶらりんに壁の中で浮いていた。
「ふぅ、一先ずはあんし……ん?」
一息吐き出した時、俺はその息を吸い上げてしまう。
罠にも感情があるのだろうか。だとしたら、俺に筆誅の矢を止められた事に、きっと腹を立てているに違いない。
そうじゃなければ、こんな広い通路を鏃一色で埋め尽くすほどの矢の大群なんか、飛ばして来る筈が無い。
「付与・風ォォォォォォォ!!?」
驚く暇もなく、無意識に発した脳の危険信号から、ヴィオーネを戻して、フランザッパに持ち変えた。
最初の優しい矢は油断させる為の囮、本命はコッチか。恐らく、此処に転がっている死骸は、この緩急に付いて来れずに貫かれたと言う事か。ようやく納得がいく。
全く、本当に底意地の悪い罠なんだろう。
俺じゃなければ、死んでいた所だ。
そう考え終えると俺はフランザッパに魔力を込め、大胆にも矢の大群に受けて立った。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!」
当たる直前の一歩、気合の雄叫びと共に、全身を宙で一回転させ、その反動でフランザッパを振るう。
すると、まるで刀身が旋風を連れて来たように、身を飛ばすような激しい追い風が、真っ向から吹き荒れる。
ぶつかりあう矢と風、数秒もの間、両者が拮抗し、勝利したのは風であった。
矢が耐え切れず、旋風にさらわれて、パラパラと石床に音を立てて落ちていく。その残骸達を靴裏で、踏み潰して歩く。
「あぁ、ヤバかったぁ……次の矢が飛んでこない内にサッサと進むか」
なんせ、こんな初見殺しの罠を作るようなエルフの事だ。この先もまだまだ、罠が続いているに違いない。
もし此処に、これから仕掛けられているであろう罠の製作者様が居るのであれば、こう言ってやりたいくらいだ。
こんな罠造りやがって、覚えておけよ。
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時折、死角から突拍子もなく飛んでくる矢の数々。
何でもないところで床全体が開く、底が剣山となった落とし穴。
急に間隔が狭くなった通路で、轟音を立てて迫りくる槍が飛び出た左右の壁。
そんな、極めて悪質で初見では到底乗りこなせないような罠を掻い潜り抜けた先にあったのは、壁画が書き連らねられた、薄暗い一本道の通路だった。
「もう罠はなさそうだな……」
今までの何もない故の怪しい通路とは違い、此処は壁画を保存する為の場所のようだ。途端に張り詰めていた糸が切れ、俺は壁に身を預けてへたり込んでしまう。
「つっかれたぁぁぁ……こんな即死満載の祠なんぞ作りやがって。生きてたら全身の骨砕けるまでぶん殴ってやる……」
幾ら寿命の長いエルフでも、流石に生きてはいないだろうが、それでも文句を垂れ流さずには居られない。疲れで頭が碌に回らずに、ボォーッと対面に描かれた壁画を見つめる。
「……にしても、何書いているのか、全く分からねぇなぁ」
壁画には独特な手法で描かれた絵柄の下に、ミミズが這ったような文字が横一列にズラッと並んでおり、それが延々と繰り返しで描かれている。
誇大のエルフの文字など読める筈も無いので、試しに絵の方を鑑賞していると、そこに描かれている大体の内容は把握することが出来た。
起は森に火が回っていて、その奥から巨大な怪物達の群が進軍している絵。
承は男が掲げる剣にひれ伏す人間達の絵。
転はその剣を持った男が怪物達を切り倒していく様子の絵。
結は男に手渡された玉を人間達が神殿に納める絵。後は起に戻ってやり直し。
そこまで見て、この壁画の意味を理解する。つまり、コレは実際にエルフ達がこのクソみたいな祠を作るに至った理由を描いた記録みたいなものだ。
巨大な怪物は何か知らないが、男の方は何代目かの勇者。それで人間達の方が耳が尖っているのでエルフ。怪物は……知らん。
そう考えれば、エルロン達エルフが勇者を特別視する理由が分かる。大昔に怪物集落を救われたからだとか、義理堅いにも程がある。
「だったら、こっちは何が描かれてんのやら……」
ふと興味が湧いて、寄りかかっている壁にも何が描かれているのかと離れて見上げると、さっきとは違う絵と文字になっていた。
しかし、その内容は絵を見ても全く理解が出来ない。いや、全くと言っても少しだけなら分かる。だけど、一枚一枚を繋げると話が支離滅裂で、話として成り立たないのだ。
起は剣を持って走る男の絵。その男は泥棒なのか、その後ろから無数の手が伸びていて、男は後ろを振り向きながら走っている。
承は金貨がばら撒かれた海で船に乗る男の絵。だが何故か狼と一緒に船に乗っていて、太陽の代わりに宝石が空に昇っている。
転は大群を率いて歩く男の絵。その大群は全員甲冑みたいな恰好をしているというのに、先頭に立つ男だけは裸で剣を振っている。
結は台座に置かれた王冠に剣が突き刺さっているだけの絵。王冠は金色ではなく黒色になっており、剣の方も赤く変色している。
何回見直しても意味が分からない壁画だ。こんなのを残しておいて、読み解ける人間が何人いるのやら。そこは独特な文化を持つエルフにしか分からない感性という事か?
「だとしても、せめて道筋が分かるようには描けよなぁ」
特に三枚目、何で男が全裸になってる所は訳が分からない。これじゃあ歴史的価値が全裸で上塗りされるだろうが。そんな事を考えながら、俺は休憩を辞め、一度だけ屈伸を挟む。
ちょっとだけ休んだだけだが、大分足の疲れが取れている。こんな壁画があるくらいだし、宝玉がある場所までそう遠くないだろうし、後もうひと踏ん張りだ。
「そんじゃ、行きますかぁ」
すっかり慣れてしまった祠の探索で、飽き飽きしている自分を間延びした声で鼓舞すると、俺はまた代わり映えのしない一本道を歩き始める。
しっかし、此処は今までの罠の中で一番に俺には効いているかもしれない。
何故だか分からないが、その壁画を見ているだけで吐き気がしてくる。
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遂に祠の最奥に辿り着いた時、俺は達成感よりも先に、先ず絶望感を感じた。
そこには確かに宝玉は存在していた。まるで大海原のように澄み渡っているのに、中央で雷のような光を弾かせる不思議な玉だ。
そもそもだ。最初からこの祠はおかしい所だらけだ。いつ作られたのかは知らないが、何百年単位で建てられているのに、今でも俺が入った時には十分に罠が発揮するなんて、一体何処にその動力があるというのか。
そりゃ、そんなもんがあれば、何年経とうが動き続ける訳だ。
俺より遥かに高い天井スレスレまで届く、鋼鉄を切り詰めて寄せ集めたような鋼の巨体のゴーレム。その腹の辺りで浮遊する動力源となる宝玉を見て、俺はそう思わざるを得なかった。