突撃!エルフ長老の大屋敷!!
長老の家らしき――と言うより、確実にエルフ達の長老の家である大屋敷へ、木製の階段を昇って、その中に俺達が足を踏み入れた時、待っていたのは如何にも伝統が詰まっていそうな装飾過多な玄関と、整った顔を一様に満載の殺意で歪ませる美男美女のエルフ達だった。
「いやぁ、さっきとは違って随分なお出迎えだな。来賓扱いされるのは大歓迎だ」
殺意で重苦しい空気を和ませてやろうとしたのに、エルフ達からの視線がより険しくなる。洒落の一つも分からないとは、どうやらエルフという種族は皆揃って頭が固いようだ。
「誰が貴様たちなど来賓扱いするものか」
杖の底を突く音を合図に、俺達を半円状に囲んでいたエルフ達が軍隊さながらの統率で左右等分に分断した。
そして生まれたのは、俺達まで真っ直ぐに繋がる誰も居ない道。その道を唯一人歩くのは、長寿の種族だと言うのに、初老に差し掛かるぐらいの年をした女性のエルフだった。
その初老のエルフは、随分とダブついた白い衣の袖を引き摺りながら、少し白髪交じりの髪を揺らめかせ、こちらに杖を突きながら近づく。
歩く様を見ているだけでも、人生経験に裏打ちされた気品が滲み出る。間違いなく、コイツこそが、アルシャの言う長老に違いないだろう。
「全く……神聖なる我らの木を燃やすわ、剰え我らの同胞を人質に取るとは、そのような無礼者は初めてだ」
「そりゃ、こんな辺鄙な所に隠れていたら発見も無いだろうな。偶には外に出て見ろよ、っと」
「きゃ!」
腕の中に引き摺っていたエルフを、人並みの中へ投げ込むと、慌てて他のエルフ達がそいつを受け止める。すると、その瞬間に滲み出ていた殺意が今にも爆発せんばかりに膨れ上がった。
「止めておき、此処まで踏み込まれた時点で、我らに勝ち目などない」
しかし、それを初老のエルフが重そうな腕を上げて、殺気立つ他のエルフ達を止める。
伊達に年を重ねている訳じゃないようだ。仮に襲われても、姿が見えているこの状況なら、自分達が圧倒的に不利なのを自覚しているらしい。
「で、我らに何用だ?少なくとも、つまらぬ要件であれば、我らの全霊を持って排除させてもらうが」
早速とばかりに、初老のエルフは俺達に問いただしてきたが、生憎と俺達にはその理由を持ち合わせていない。
だが、代わりにその理由が持っているアルシャが横から口を挟み入れた。
「それが聞いて下さい長老様ぁ!!この人達、実は勇者なんですよぉ!!」
その時、一瞬の静寂の後に、揺らめき立つようなざわめきが屋敷全体に迸った。
「誰が貴様の話など信じるか。早く此処から失せよ」
「本当何ですよぉ!ちょっと待って下さいぃ!!」
「おいアルシャ!俺のレザーアーマーに手を突っ込むな!アヒィ!!」
「ありましたぁ!コレが証拠ですぅ!!」
アルシャが躊躇なく俺のレザーアーマーに手を突っ込んでまさぐり、そして出て来たのは先程見せた勇者印のブローチ。
それを取り出した瞬間、今度はざわめき程度ではなく、明らかな動揺がエルフ達の内輪で駆けずり回った。
「そ、それを見せてみよ!!」
「は、はいぃぃ!?」
半ば奪い取る形で初老のエルフがアルシャからエンブレムブローチを貰い受ける。そして、舐め回すかのようにジックリとそれを見定めると、俺の物なのに眼前へ突き付けてきた。
「貴様!これを何処へ奪い取って来た!本物の勇者様は何処へやったのだ!!」
「失礼な奴だな、俺がその勇者様なんだが?この溢れんばかりの高貴な品格を見て分からないのかよ」
「高貴な気品ではなく、下劣な邪気の間違いでは?」
ミレーヌが何やらほざいているが、俺は歴とした聖剣に選ばれし勇者だ……まぁ、聖剣は売っちゃったし、今現在逃走中の身であるが、それでも称号のみ勇者だ。
「あくまでも勇者様を自称するか人間め……!!」
「酷いよ!リュー君は本当に勇者なんだからね!!疑うんだったら、この家ごと燃やしちゃうんだから!!」
アリアがそう言い放つと、持っている仕込み杖の先から、ちょっとだけ炎が漏れ出る。そしたら、先ほどの木を一本丸々使った火柱がよほど記憶に残っているらしく、エルフ達が皆揃って顔を真っ青に染め上げた。
「ま、まさか、また我らの集落を燃やすつもりなのか小娘が!!」
「だってリュー君が勇者だって信じてくれないんだよね?だったら、ボク達を殺すつもりなんでしょ。それに……何か此処、気に入らないから、全部燃やしたいんだよねぇ」
杖の先からチョロチョロ炎を漏らしながら、張り付けたようなニッコリとした笑顔で脅迫するアリア。当の本人はそんなつもりないので、余計に質が悪い。
「お主の言いたい事は良く分かった!だから、その炎を引っ込めておくれ!!頼む!!」
「う~ん……それじゃあ、リュー君の事を勇者だって認めてくれる?」
いつも好き勝手しているアリアの方から、珍しくも落し所を提案するが、初老のエルフは首を縦には振らなかった。
「それは……出来ぬ」
集落を燃やされる事を天秤にかけてでも、どうやらそこは譲れないらしく、苦虫を噛み潰した顔で、歯切れ悪く答える。
「我らエルフに取って、勇者様をお迎えする事は、エルフの悲願……例え、脅されようと滅ぼされようと、それを曲げる事は決して許されん」
確固たる意志を込めて言い放つ初老のエルフ。それ以上踏み込めば、集落一丸となった玉砕すらも厭わない覚悟が、言わずとも空気で伝わる。
「だったら、どうやったら俺を勇者だって認めてくれるんだ?」
これ以上の脅しは無意味だと判断し、逆に俺の方から歩み寄ってやる。そうなると話は別のようで、初老のエルフは嫌々ながらも喋り始めた。
「ならば付いて来い、貴様が本当に勇者なのかは、試練を持って見定める」
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「一体何処に連れて行こうってんだ。若作りエルフババア」
「その呼び名は止めい。私の名は『エルロン』だ」
そう言って、エルフの集落から離れた森の中を先導する初老のエルフーーーエルロンが眉を歪ませる。その両隣には、今にも俺を射殺そうと青筋を立てる弓を持った男のエルフが立ち並んでいた。
横に居たシヴァルが、俺に軽く舌打ちする。
「ありゃ、隙あれば撃ってきそうな顔してんな。先手必勝で潰しとくか?」
「止めとけ、後で他のエルフに囲まれるぞ、そうなったら本当に森を焼くしかないぞ」
「えぇ、良いじゃん。森の隅々まで焼こうよぉ」
「何でそんなに森を燃やしたいんだお前は……」
屋敷から出て、エルロンに案内されてからアリアはずっとニッコリ笑顔のままだ。より詳細に言えば、セクハラしてきた野郎の家を全焼させた時ぐらいの執着と憎悪を見せている。来る前はあんなに楽しげだったのに、何が怒りの琴線に触れたのやら。
―――――――ガサッ。
「ヒッ!な、何かが動いたわよ!?」
「何ぃ!何なんですかぁぁ!?」
俺達の足音が鳴らない森の中、突然向こうの茂みの中から聞こえる音に、ラキとアルシャが息ピッタリに大袈裟に仰け反って、ミレーヌの後ろに揃って隠れた。
「何故私の後ろに、隠れるのでしたらシヴァルの方では?」
「だって、ミレーヌは壁みたいじゃないの!!」
「み、ミレーヌさんが一番堅そうだなぁってぇ、へへぇ」
「それ、何処を見て言いました?」
ミレーヌが素早く二人の後ろへ逆に回る。あっ、この様子は完全にキレていらっしゃる。
「私より、貴方達の方がよっぽど壁になると思いませんか?私はそう思います」
「み、ミレーヌ!待ちなさい!壁って言ったのは謝るから!!」
「そ、そうですよぉ!堅そうって胸の事じゃないですからぁ!!」
不穏な気配を感じ取ったらしい二人が必死に弁明するも、半端な言い訳がミレーヌに通用する訳ない。寧ろ油にアリアの炎を灯すような所業である。
「そうですか、じゃあ肉壁になってください」
「なぁ!?」
「ピエッ!?」
ミレーヌが見事な軌道を描いて槍を振るうと、尻に芯のど真ん中がぶち当たったラキとアルシャは、勢い良く弾き飛ばされ、そのまま音がした茂みの方へ突っ込んでいった。
………………。
「「ギャァァァァァァァ!!助けてぇぇぇぇ!!」」
「グォォォォォォ!!」
ラキとアルシャが茂みから逃げ出したと同時に、その背後から頭に巨大なキノコを生やした熊型の魔物が飛び出して来た。
「おぉ、こいつぁ見た事ねぇ魔物だな。頭のキノコって食えんのか?」
「どう考えても食えないだろ、多分あれだ、頭にキノコ生えるぞ」
「生えているというより寄生されているようですね。一体どっちが意識を支配しているんでしょうか」
「頭のキノコを燃やしてみれば分かるんじゃないかな?でも、こんな魔物が居るなんて、ガラゴスの森は凄いよねぇ」
「「「「ハハハハハッ!」」」」
「助けなさいよ!こんのド外道共ぉぉぉ!!」
「死んじゃいますぅぅ!たしゅけてぇぇぇぇ!!」
全くウルサイ奴らだな。それぐらいの魔物なら瀕死の重傷で済むだろうに。でも怪我でもして喚かれても面倒だし、そろそろ助けるとしようか。
とフランザッパを抜き欠けたその時、身を切り裂くような風が吹いた次の瞬間に、両頬を掠めて石の鏃が俺を追い抜いていた。
抜き去った二つの矢は、まるで空中に舞い上がる蛇のように不規則な軌道で踊ったかと思えば、寸分違わずに熊型の魔物の両眼球に深く突き刺さる。
「グォォォォ!?グォォォ!……グォォ……」
強靭な身体をしている魔物とは言え、目から矢を生やした状態では生きていられる訳が無い。野太い叫び声を上げた直後に、そのまま意識を失ったように倒れ伏して絶命した。
「見事なお手前で」
熊型の魔物に突き刺さった矢を引き抜いて振り返る。そこには未だ弓を構えている二人のエルフと、挟まれる形でその様子を見ていたエルロン。
今の弓の不規則な軌道や、眼球を突き刺す精度から見るに、風魔法で矢を操作したという所か。剣なら兎も角、矢のような飛び道具を自在に操るのは、エルフにしか出来ない芸当だろう。
「貴様に褒められても嬉しくはないわ」
エルロンは俺を一瞥すると、まだ腰を抜かしているアルシャに詰め寄り、そして。
アルシャの顔面を、杖で殴り飛ばした。
「立て、このエルフの恥が」
それは凡そ、同じエルフや仲間に対して向ける視線では無い。家畜にも奴隷にもなれない屑を見下ろすような、冷ややかで感情を持たない視線だった。
「女に対して随分と物騒じゃねぇか」
「コレは我らのエルフの問題だ。部外者は黙るがいい」
護衛のエルフの一人が矢の切っ先をシヴァルに向ける。だが、そんな物騒な事をされてしまっては、いよいよ黙るわけにはいかない。
「その矢を降ろ」
「す、すみませんでしたぁ!!」
しかし俺が言い出すよりも前に、アルシャの間抜けな大声が掻き消してしまった。
「今すぐ立ちますからご勘弁をぉ!!」
「もう良い。その者を近づけさせるでない」
「「ハッ」」
そそくさとアルシャは立ち上がると、情けない泣き声で擦り寄ろうとするが、エルロンは護衛のエルフに命じて、近づけさせすらしない。そのままアルシャを置いて、森の先へと歩き去ってしまった。
「あっ!待って下さいよぉ!!」
「エルロン様に近づくな!このエルフの忌子が!!」
「ふんぎゃ!?」
それでも尚、エルロンに近づこうとするが、護衛のエルフが力強く突き飛ばし、アルシャは地面へ尻もちを付く。
「本来なら貴様は此処に入るのも烏滸がましい身だ。貴様が此処に居られるだけでも有難く思え」
そう護衛のエルフは吐き捨てると、もう一人のエルフを連れて、エルロンの後を追って行った。
「だ、大丈夫!アルシャ!?」
「えへへへぇ、また怒られちゃいましたぁ」
ラキが心配して駆け寄ると、アルシャは母親に怒られた後の子供のように笑って舌を出す。その様子を見る限りでは、傷ついていないというよりは慣れているといった感じだ。
「……」
「どうしたアリア、そんな面白くなさそうな顔をして」
「えっ、そうかな?ボク、そんな顔していたんだ」
一部始終を俺と共に見ていたアリアから笑みは消えて、口を真横に結んだ真剣な顔になっている。それを指摘してやると、また元の笑顔に戻った。
「ほらほら、早く先に行こうよ!!」
「あっ、おい」
その途端に、ヤケにはしゃいだ勢いづきながら、アリアが走り始める。
その姿には、まるで何かを誤魔化そうとしているようにも思えたが、俺にはラキみたいに心を読み取るなんて事は出来ない。
だから、俺は先を行ってしまうアリアを、未だ立ち上がれないアルシャを置いて追いかけてしまう。
アイツが不安定な時には、決まってロクでもない事の前触れだと知っているからだ。
―――――――ガサッ、ガサッ!
だがしかし、その足はまた茂みから聞こえた異音に縛られる。あの熊が現れたのかと構えるが、少し待っても何も起こらない。
「気のせいか」
そう足を止めている間にも、アリアの姿はどんどん森の奥へと消えて行ってしまう。このままでは、本当に見失ってしまいそうだ。
再度走り出して、森の緑に同化してしまいそうな桃色の髪を追いかける。
だが気のせいだろうか。
完全に絶命した筈の熊型の魔物が、少しだけ動いていたのは。