プロローグ:森林とエルフはセット、これ常識
テルモワール王国の東側には草原を挟んで、広大な森林が存在する。
そこは草原のような開いた場所ではなく、鬱蒼とした木々や草花で生い茂った森であり、同時に適応する形で独自に進化を遂げた危険な魔物や部族の生息地帯でもある、正に未開の地だ。
迂闊に入ればたちまちに命を落とす事から付いたあだ名は、『ガラゴスの大森林』。
普通なら、この大森林を迂回して通過するが、生憎とそんな面倒な事は俺達がする筈も無い。ラキ以外全員の満場一致で、俺達は草木生い茂る大森林の中へと足を踏み入れた。
そして歩いて数十分、それは北に向かって草原を抜け、雑木林の中へ差し掛かったぐらいだった。
「腹がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如として、一番後ろに居たラキが限界を超えた大声で叫び始め、その後に腹から岩盤が崩壊したような音が、木々の間を忙しなく駆け巡った。
「だらしねぇなラキ。ちょっと期限切れのパン食べただけで腹ぁ壊すとはよ。そんな胃袋じゃオメェ、付いて行けねぇぞ?」
「腐ったパン食べたら誰だって腹壊すに決まっているでしょ!あのパン完全にカビが生えてたわよ!!もうパンにカビが生えているというより、パンの形をしたカビだったわよ!?」
一番先頭を歩くシヴァルが振り返り、ちょっとからかってやると、ラキが堰を切ったようにギャァギャァと喚き出す。全く、食えるだけでもありがたいというのに、何を騒いでいるというのだろう。
こっちに絡まれでもしたら、無駄に体力を消費するだけなので、大人しく黙っていたのだが、ラキの方から勝手に飛び火してきた。
「そ、そもそも、何で同じ物を食べた貴方達はお腹を壊していないのよ!!思わず大丈夫だと思っちゃったじゃない!!」
「人のせいにするんじゃねぇ。自分で食べたんだから自分で責任を取りなさい。大体、あれぐらいなら寧ろ良い感じに熟成していたじゃねぇか。なぁアリア、ミレーヌ?」
と、まだまだ荷物を一杯抱えた馬を挟むようにして歩いているアリアとミレーヌに聞くと、帰ってきた答えは。
「うん、もう一か月放置してたらボクでも食べられなかったけど、あれくらいなら大丈夫だよね」
「そうですね、オークやゴブリンの丸焼きに比べれば、高級フルコースのような物ですよ。こんなのは」
「ほぉら、アリアもミレーヌもこう言ってるだろ」
「おかしい!!絶対に貴方達の方がおかしいわ!胃袋にゴキブリでも飼っているの!?」
コイツは俺達の事を何言っても傷つかないとでも思っているのか。流石にゴキブリを比喩に使われたら凹むに決まっている。なんで、仕返しにラキの両肩を掴んで激しく揺さぶってやる。
「ちょ、も、も、漏れるぅぅぅぅ!漏れるからぁ!!」
「ったく、しょうがねぇなぁ。腹痛ぇんだったら、コイツでも飲んでろ」
「ムグゥ!?」
少女らしからぬ醜態を見兼ねたのか、シヴァルがラキの大きく開いた口に何かを捻じ込んだ。
何とも珍しい、戦闘と飯の事以外でシヴァルが人の事を気遣うなんて。
「あ、ありがとう……ところで、何を呑ませたのかしら?」
「そこら辺に生えてた薬草っぽい雑草だ。二日酔いとかにスゲェ効くんだぜ?」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉなかがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最も、その気遣いが人の為になった事は一度としてないが。
「もう無理!無理よォォ!生まれる!生まれちゃうわ!!もう一人の私が生まれちゃうわぁぁ!!」
「ピッ!ピッ!ピッ!!」
「安心しなさいウルちゃん!!今から新しい貴方の弟が生まれるのよ!!生まれてきたらウルちゃん共々可愛がってあげるわぁぁぁぁ!!」
さっきよりも盛大にゴロゴロと腹を鳴らし、抱えるように蹲って訳の分からない事を宣うラキ。この様子を見る限りでは、発射まで間もなくと言った所だろう。今の内に穴でも掘っておくか。
地面に埋めれば期の養分にでもなるだろうと思ったその矢先、林が立ち並ぶ向こう側から急ぐような人の足音が聞こえた。
それと共に、やけに甘ったるいラキとは違う少女の叫び声が鳴り響いた。
「ま、待ってくださぁぁぁぁい!!」
そして木々の影から飛び出して現れたのは、耳が長く尖った一人の少女だった。
「お、お腹が痛いのでしたらコレを呑んでください!!」
魔物とも山賊とも違う突然の出現に、俺達が呆気に取られている中、少女は有無を言わせずに、既に開放する体制に差し掛かったラキに駆け寄ると、その口に丸薬のような何かを放り込んだ。
すると、どういう原理なのだろうか。限界の境界線から思いっきりはみだしたように気張っていたラキの顔つきが見る見るうちに和らいでいき、雷のように鳴り響いていた腹の音がピタッと遮断される。
「と、止まったわ!お腹の痛みがピタッと止んだわ!!」
「よ、よかったですぅ。上手く行きました!!」
徐にラキが立ち上がり、嬉しさの余りにその場でピョンピョンとジャンプを繰り返す。その様子を見て、少女はホッと安堵の息を吐き出す。
「あ、アンタ。何者だ?」
そこまで来て、ようやく衝撃から回復した俺は、未だ驚き冷めないままに話しかける。すると、少女は此方に振り向いて。
「わ、私はエアリス・ルフレって言いますぅ。こう見えて薬作りが得意なエルフです!!」
余り人と話慣れていないのか、若干どもった驚き声に、やたらと折り曲がった語尾を付け加えて、少女はエアリスと名乗る。
そして、同時にエルフとも名乗った。エルフーーー確か、その種族って確か。
「凄いわよ貴方!危うく醜態を晒す羽目だったわ!エアリスと言ったわね!その名前覚えたわ!!」
俺がエルフについて思い出そうとすると、そこにラキのはしゃぎ回る声と姿が入り込み、途中で記憶が霧散してしまった。
「おーいラキ、ちょっと黙ってろ」
「何よ!良いじゃないのよ!!もう痛みから解放された今の私は最高に清々しい気分なのよ!ウフフフフフフフフフヴォロロロロロロロロロロ!!!」
成る程、魔族は痛みから解放されると、全身の穴という穴から水色の液体を噴出するのか。
いや、そんな訳ないか。
「た!大変ですぅ!調合に失敗してしまいましたぁ!このままじゃ三日間下痢と嘔吐と鼻血と腰痛が止まらなくなっちゃいますぅ!!」
「明らかに別の症状も出ているのですが、それは良いのですか?」
「は、早く解毒剤をぉ!!」
ミレーヌのツッコミなど耳に入っていないようで、そそくさと背中に抱えた布袋から、アレコレ薬草っぽい草や石臼を取り出すと、瞬く間にゴリゴリと磨り潰していき、そして。
何故だか分からんが、爆発した。
「あわわ!爆発しましたぁ!!」
「何がしたいんだお前は!?」