表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/79

聖剣?あぁそれなら……

「はぁぁぁぁぁぁぁなぁぁぁぁぁぁぁせぇぇぇぇぇ!!」


まぁ、捕まりました。当然ですわな。


あの後、店が半壊するほどの大乱闘の末、唯一生き残った親衛隊の隊長騎士に捕縛された俺は、死刑囚並みに厳重な拘束をされ、聖剣の儀を受けた時を含めて、二度目となる勇者の間に入った、のではなく移送された。


そして現在、俺は勇者のみが座ることを許される玉座に居る。無論、それは俺の意志ではなくロープで全身をぐるぐる巻きに縛られているからだ。


というか、儀式のたびに聖剣を突き刺しているせいで、尻の部分がズタボロに千切れていて座り心地が悪すぎる。こんな椅子に座っている勇者は全員もれなく痔に悩まされたに違いないだろう。


そんな歴代の尻事情はともかく、この状態は不味い。非常に不味すぎる。


「俺を勇者にするつもりか!言っておくが勇者なんかには絶対なんねぇぞ!勇者にするってなら城内を裸で走り回るぞ!俺が勇者になる前に俺のご立派な聖剣様をお披露目することになるんだぞ!!」

「何を最低なことを言っておるのじゃ、ヨハンネよ」


そう言って重厚な扉の向こうから玉座の間に入って来た老人に、俺の事を逃げ出さないようにずっと監視していた周囲の騎士たちが、一斉に膝を付いて頭を垂れた。


それもそのはずだ。この玉座の間に入って来たのは、テルモワール王国の現最高権力者である第12代勇者―――オルガノ・オルゴットその人だからだ。


「全く、このような男が勇者に選ばれるなど……一体どうなっておるのじゃ」


オルガノ王は俺を監視している騎士たちを手で下がらせ、玉座の前まで近づくと、加齢のせいか心労のせいか、眉間どころか全体に無数の皴が走る汚い顔をそのままキスしそうなぐらいまで寄せてきた。手入れを欠かしていないらしい首元まで伸びた口髭が、息をするたびに顔にかかって来るので、ちょっとした拷問だ。


「おいクソ爺、それ以上近づくんじゃねぇ。テメェの枯れた顔面をゲロでスキンケアしてやるぞ」

「本当に口が悪いぞ貴様!?儂はこの国の勇者じゃぞ!!」

「だから何だ。俺にとっては国の頂点だろうと酒場の飲んだくれだろうと、等しく爺は爺なんだよ。分かったらその髭面を丸ごと毟ってこい。もしくはその薄くなった頭皮を蘇らせて来い」

「勇者である儂に此処まで暴言を吐いた奴などお主が初めてじゃぞ。思わず心が傷ついてしまったではないか……儂、すねちゃうぞ」


オルガノ王は、かつては豊かだったであろう頭部を撫でながら、国の頂点として威厳に満ち溢れる堂々とした佇まいから一転、機嫌を損ねた女みたいな空気を出しながら、その場にしゃがんでいじけてしまう。


良い歳した爺がいじけていても全く可愛くない。寧ろ余計に気持ち悪さが増したわ。


「おいヨハンネ!勇者様に向かってなんて口聞いてんだ馬鹿野郎!!」

「あでっ!」


頭上から鋼鉄の拳骨を喰らい、強烈な痛みと共に視界に派手な火花が散る。誰が殴りやがったのか確認すると、こんな所に俺を送った原因である、親衛隊の隊長格の男が拳を握りしめていた。


「何すんだ!いきなり俺の頭を殴りやがって!この勇者に選ばれるほどの完璧な頭脳をもっと大事にしやがれ!俺の頭は国宝もんだぞ!!」

「お前の頭は昔から女と悪だくみにしか使われないだろ!そんな脳みそこっちから潰してやる!!」

「んだと!?いや、ちょっと待て、何で昔の俺の事を知ってんだ」

「当たり前だろ、だって俺は……」

「分かった!ジョニーだろお前!まさか騎士になって街中のロリのパンツを合法的に見るって消えたお前が親衛隊に……スゲェよお前」

「誰だジョニーって!俺に決まってんだろうが!」


そう言って、その騎士が未だに脂がギトついているヘルムを脱ぎ捨てると、そこから出てきた顔に、俺は目を剝いだ。


俺の悪戯で焦げた髪を隠すために短く刈った茶髪、武術の練習中に吹っ飛んだ俺の剣で出来た額に一文字の大きな傷跡、そして、まあまあ優秀だけど出世しなさそうな小物感とエリート意識という矛盾を兼ね備えた、今一パッとしない男は、俺の知る限りでは一人しかいない。


「ハルクス兄貴が親衛隊の隊長ぉ!?嘘だ!だって兄貴そんな強くねぇじゃん!いっつも親父との訓練でボコボコにされてたし、女からは『良い人だけど付き合うのはちょっと……』って振られ続けてた癖に!!」

「女にモテねぇのは関係ないだろうが!それとボコボコにされるのは親父が強すぎるだけだからな!俺は弱くねぇからな!!」


『ハルクス・ブルース』、いや、ハルクス兄貴はブルース家の次男。つまりは俺の5つ年上の兄貴だ。超がつくほどの天才と持て囃されていた長男とは違って、取っ付きやすいので、ガキの頃は良くからか……遊んでもらっていたが、まさかこんな所で出会えるとは……。


って、昔の思い出はどうでも良い!それより!!


「第七騎士団に至って聞いてたのに何で!?ん一体どんな手使って親衛隊長になったんだ!?金か?実家の権威か!まさか脅迫!?……引くわぁ」

「お前、とことん俺をバカにするよな。いい加減斬るぞ」


だって、親衛隊に入るだけでも信じられないのに、親衛隊の隊長なんて非合法な手を使ってるに決まっているじゃねぇか。ハルクス兄貴ごときが入れるなんて、コネ以外ないに等しい。


「元々親衛隊長だったフロヴィア兄貴が引退しちまったから、俺が後釜に据えられたんだよ。兄貴の弟なら任せられるって、親衛隊の騎士から猛烈に推薦されてな。俺の実力じゃねぇよ」

「へぇー、だろうね。俺より弱いし」

「お前、いつか叩き斬るぞ。今すぐ叩き斬ってやろうか!!」


ハルクス兄貴如きじゃ無理だって分かってたし、そっちよりフロヴィア兄貴が引退の方に驚いた。俺の兄貴ながら、普段から何考えてるか分かんなかったし、あり得ない事でもないか。


「というか、お前、勇者様に謝れよ!さっきから勇者様が拗ねてんだろうが!!この国の権威がガタ落ちになるだろうが!」

「えぇ……」


チラリと脇見すると、床を指先でなじりながら「ハゲじゃないし、威厳が出る様に剃っただけだし……」と延々に呟くオルガノ王の周りに、「そんなことないですって!ちゃんと生えてますよ!」とか「最近では髪の毛が無い方が女性に好かれますよ!」と必死に慰めようとする騎士たち。


…………うん。


「無理だわぁ……あんな爺に謝るとかないわぁ」

「滅多なこと言うんじゃねぇ!確かに勇者様はハゲだし、一日に一回は『儂、ハゲじゃないよな?』と確認してくるし、最近王妃様から『あの人、最近夜のお誘いを良くしてくるんですけど……どうにかなりません?』とか相談を受けたけど!あんなんでも一応勇者様なんだぞ!謝れヨハンネ!」

「儂のことそんな風に思ってたのか!?というか、妻からそんな相談を受けていたのか!だから最近断られていたんじゃな……よし、死のう。生まれ変わってフサフサのイケメンになろう」

「お気を確かに勇者様ぁぁ!ヨハンネ!お前のせいで勇者様がもっとすねたじゃないかぁ!」

「いや、俺何もしてないよね。トドメ刺したのはハルクス兄貴だよね」


そりゃあんな国王が上司なら、ハルクス兄貴だってストレス溜まるわ。それ以前に、国王として向いてないんじゃねぇか?精神クソ雑魚の国王に、勝手に引退したフロヴィア兄貴、その弟っていうことで代理になったハルクス兄貴……この国、その内滅ぶんじゃないか?


「うすうす気づいてたんじゃよ、儂がハゲで王妃から煙たがられてることはのぉ。でもそれを認めちゃったら死にたくなるじゃろ?なんか周りの人間に会うたびに、我慢してるのかなぁって気を使っちゃうじゃろ?」

「勇者様ぁ!そんなことは有りません!みんな勇者様の事は尊敬していますし、髪だってきっと生えてきます!それに王妃様だってきっとアレですよ……女の子の日だったんですよ!だから立ち直ってください!」

「ハルクス……おぬし」

「でも、ハゲじゃん」

「もう無理……ちぬ……」

「ヨハンネェェェェェェ!余計なこと言うんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「えぇ、コホン。取り乱して済まんかったの」


騎士たち全員からの数十分にも及ぶ励ましの末、どうにか機嫌を持ち直したオルガノ王は咳払いをして、既に無いに等しい威厳を演じる。


「本当に済まねぇと思ってんなら拘束を外しやがれ」

「良く今まで逃げおおせたものじゃ。これからは勇者として自覚を持ってもらうぞ、ヨハンネよ」


あっ、こいつ。ついに無視するようになったぞ。俺の話を一々聞いていたら傷つくだけってのを学習したな。


「そもそも何故勇者になることを拒否するのじゃ?勇者とはこの国で最も誉れ高き称号であるぞ。いずれは歴史に刻まれる偉大な先代たちと共に並び立つことが出来るというに」

「俺より下の奴の為に働くのが嫌だ。そもそも働きたくないし、責任とか持ちたくない。一生遊んで暮らしたい」

「本当になんで選ばれたのじゃろうなぁ……」


そんなもん俺の方が知りたいくらいだよ……もし、あの時に戻れるのなら、聖剣を引き抜く前の自分を誘拐して監禁したいくらいだ。


「どうやらおぬしは、勇者になる前に人間としての教育が必要なようじゃのう。全く、どのような教育をしたら、このような男になるんじゃか……ん?」

「どうした、爺」


説教が始まりそうだったんで、どうして女の子の胸って2つのか考えようと思っていたら、その前に訝しむオルガノ王の声色に意識を戻した。


「おぬし、聖剣はどうしたのじゃ?儂の記憶が確かなら、逃げ出した時に一緒に持って行っていたじゃろ」

「確かに……おいヨハンネ!聖剣をどこにやった!!ここか!ここなのか!!」

「ばっ、ちょ触るんじゃねぇ!どこ触ってやがるんだ!あっ、そこ触るんじゃねぇ!!」


ハルクス兄貴は俺の装備を手探りで隅から隅まで調べ上げるが、そんなものはどこにもあるわけがない。あるのは小汚いレザーアーマーと擦り切れ褪せたベージュズボン、それと聖剣とは呼べない左右と腰の後ろに付けた剣だけだ。


「ない……お前!聖剣を持ってないのか!!」

「あんな派手な聖剣持ってる訳ねぇだろ。腰にぶら下げていたら勇者だってこと丸分かりじゃねぇか」

「ならば何処に隠しておるのじゃ?アレは代々勇者たちが受け継いできた国宝、いや、人類の宝じゃ。よほど厳重な場所に隠しておるのじゃろうな。場所さえ教えてくれるのであれば、今すぐに取りに行かせようぞ。ほら、教えるのじゃ」

「あぁ……アレね。うん、アレねアレ」


聖剣なぁ……そう言えば、あの時は気が動転していて、持ち逃げしたんだったな。うーん、聖剣をどうしたかって言われたら、何て言うべきか……嘘ついてもバレるしなぁ、正直に言うしかねぇかな。


「――聖剣の儀の日、俺はまさか自分が聖剣を引き抜けるとは思わなかった。だから、本当に何も持ってねぇまま逃げ出した……」

「おぬし、何の話をしておるのじゃ?儂は聖剣の所在を」

「黙って聞け。そして命からがら逃げだした俺は、居場所がバレねぇようにスラム街に潜伏することにした。だけどスラム街だろうと生きていくには金が要る。仕事を受けるにしても、身を隠すにしても、やはり金だ。あの時の俺には兎に角金が必要だった」

「おい、まさか!それ以上は言うなよヨハンネ!!」


ハルクス兄貴が気づいて、止めようとするがもう遅い。


「そんな時だ。路地で露店やってたおっちゃんが聖剣に目を付けてな。珍しい武器だってことで金貨1枚とパブのタダ券と交換してくれるって言うんだよ」

「ヨハンネ?おぬしまさか……」


そう、俺は……。


「……あの日の酒は美味かったなぁ」




あの日、聖剣を露店のおっちゃんに売った。




「お前何やってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「だってしょうがないじゃん!金が無いと生きてけないじゃん!それにショーパブのタダ券だぞ!!キャスト全員がデカいって人気の『ミルク天国』のタダ券だぞ!!そんなの絶対に交換するに決まってるだろ!」

「国宝と風俗を天秤にかけてんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

「せ、聖剣が……勇者達の聖剣が……」

「隊長ぉ!勇者様が泡を吹いて倒れましたぁ!!」

「わし、もう、むり……」

「大変です隊長!勇者様の心音が聞こえません!!」

「勇者様ぁぁぁぁぁぁ!!すぐに心臓マッサージをしろぉぉぉぉ!!」

「大変そうだなぁ……」

「お前のせいだろうがバカ弟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


やれやれ、たかが剣の1本や2本売ったぐらいで騒ぐことじゃないだろ。俺が触っても真なる力に覚醒!!とか無かったかし、実際には、ただの派手な剣だったと思うよ。


そもそも、この時代に聖剣なんていう武器は必要ないだろ。


初代勇者が魔王を倒して百数年、復活した魔王が現れて大陸を再び……という話は聞いたことが無い。死んだ奴が蘇るのなら、この世には墓場なんぞ必要ないだろう。


だから、魔王を倒した聖剣なんて遺物必要ない。俺としては聖剣の儀なんてのも辞めて諸外国のように王族を作れば良いのにと常日頃思うばかりだ。


だが、もし必要となるのだったら、そうだな。


奇跡が起きて、魔王が復活したとか、そんな物語のようなことが有ったら、必要になるかもな。


「伝令!魔王軍四天王を名乗る者が現れました」


そんな俺のデタラメな妄想を叶えるかのように、突如として開け放たれた扉の向こうから、とんでもない報告をする騎士が現れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ