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消える命あれば、産まれる命あり

「おぉ勇者様!勇者様が帰って来たぞ!!」


ヘイデン村に一人戻ったリュクシスに待っていたのは、生き残った村人による喚かしいほど盛大な歓声の嵐だった。


「さ、流石勇者様です!!まさか、魔物を全て倒してしまうとは!!」

「そうか、ありがとう」


感涙に打ちひしがれたように目を煌めかせて声を震わせるアバスを、リュクシスは適当に受け流す。賞賛されるのは悪くないが、今はそんな気分ではなかった。


「アバスよ、頼みがある」

「えぇ!何なりと申しつけを!」


手っ取り早く用事を済ませるため、流石勇者様だと称える村人達の声を一瞥し、リュクシスはアバスに直接指示を送る。


「出来る限りの薪、それと松明を1つ用意してくれぬか?」


その指示に、アバスはキョトンと首を横に傾げる。


「な、何故そのような物が必要となるのでしょうか?」

「それを知る必要は無い。とにかく用意してくれ」

「は、はい!分かりました!!」


勇者として、有無を言わせぬ圧を掛けるリュクシス。それに耐えられるわけもなく、アバスは怒りの琴線に触れたと、顔を真っ青に染めて首を縦に振った。


「そ、それでは薪と松明を用意するので、少々お待ちを!!」

「待て、一つ聞きたいことがある」


そして、薪を集めようとする去り際に、リュクシスは呼び止める。どうしても最後に一つ、聞きたいことがあったからだ。


「この村は、コレで平穏になるのか?」


アバスは何を問われているのか意味が分からないと言った顔であった。だからこそ、心の底から正直な言葉を述べたのだろう。


「えぇ、コレで平穏になりました!!」


その言葉を聞いて、リュクシスは誰にも聞こえない程、小さな声を漏らす。


「―――本当に、勇者はクソだよ。こんな奴らを守らないといけないんだからよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「持って来たぞ、コレで足りるか?」


ウルザードが眠る草原に、リュクシスは馬と共にやって来ていた。引っ張る荷車に載せた大量の薪と、片手に持った燃え上がる松明と共に。


「あぁぁ……遅っせぇぞ大将。待ちくたびれたぜ」


そこで待ち惚けていたシヴァルは、欠伸をかみ殺しながら、文句を宣う。


そんなシヴァルにリュクシスは馬から降りると、荷車に積まれた薪を取って投げつけた。


「そうか、だったらウザ晴らしに手伝え」

「わぁったよ」


それを難なく掴み取ると、シヴァルは荷車に寄るや否、両腕一杯に薪を搔っ攫い、それを横たわるウルザードの周りへ無造作に並べていく。


「お前らも見ていないで手伝えよ」


それを見たリュクシスは、その横に居たアリアとミレーヌにも薪を投げた。


「はぁい、でも面倒だなぁ。ボクの魔法なら一発なのに」

「形式美というのを考えなさい。それに貴方、火弾一発も撃つ魔力は残っていないでしょうが」


当然の如く、二人は掴み取り、シヴァルと同じように、薪を荷車から取ってウルザードの周りに並べていく。


「お前もだよラキ」

「……」


そして最後に、ウルザードの傍からから離れようとしないラキに対しては、リュクシス自らが一杯の薪を抱えて持って来た。


「……」

「一緒に燃えたいって言うなら構わないけど、邪魔するんだったら隅にでも居ろよな」

「……」

「……そうかよ」


声を掛けても反応が無いラキに、コレは何を言っても無駄だと見切りを付けたリュクシスは、その場から去ろうとする直前に、裾を強く引っ張られる。


それは、うずくまるラキが伸ばした手の指先であった。


「……分かってるわよ」

「何が?」

「ウルザードが死んだ事も、現実を受け入れなきゃいけない事も……でも、私は貴方達みたいに簡単に受け入れられる訳じゃないわ……一緒にしないでよ」


消え入るように震えて小さな呟き。それをリュクシスは貶しも嘲りもしなかった。ただ、腕に抱えた薪を足元に起き、片手に持った松明をラキの掌に握らせる。


「別に受け入れた訳じゃねぇぞ。麻痺してるだけだ」


そして、リュクシスはそう言い捨てた。


「これより悲しい死なんざ飽きる程見てきた。自分の命よりも大切な奴を奪われた事もある。そんな風に生きてきたらよ。頭が麻痺していくんだよ。何も考えない、感じないとかそういうんじゃなくて、失った悲しみに慣れてしまうって事だ」


リュクシスが麻痺と表現するそれは、恐らく人が決して持ってはいけない何かだろう。それを聞いたラキは、麻痺しているというより、壊れているという印象が過った。


「慣れろってのは、流石に言わねぇよ。だけどな、思い出に浸って何もしねぇよりかは、無感情だろうと、そいつの為に弔う方が浮かばれるってもんだろ」


噴き出す息に笑いを載せて言うリュクシス。しかし、その笑いはラキには煤けているように見える。


麻痺しているからこそ、何をするべきなのか分かっている。壊れているからこそ、動き出すことが出来る。きっと、それがリュクシス達の動ける理由であり、同時に強さの根底となっているのだろうか。


だとしたら、それはとても悲しく、そして哀れにも思える原動力であるだろう。悲しみを乗り越える訳でもなく、ただ壊して、壊れて進む方法は、心が死んでしまっても可笑しくないだろう。


そんなリュクシスに触発されたのか、ラキは裾を引っ張るのを辞め、代わりに薪を一本だけ拾い上げる。


「私は、貴方達の様にはなりたくない。そうなるくらいなら、一生弱いままで良いわ。でも」


ラキは立ち上がり、そして薪を一本、また一本と拾い上げると、リュクシスに向けて顔を上げた。


「今だけは、貴方達のように、なっても良いかも知れないわ」


その顔の目元には涙が零れながらも、壊れる訳でもなく、未だ悲しみを乗り越えようとする強さが滲み出ていた。

粗方薪を並べ終えると、リュクシスはラキの背中を押す。


「最後はお前が付けろ」

「……分かったわ」


押されたラキの手には、リュクシスから渡された松明がある。その炎をラキは少しだけの間見つめると、やがて意を決したように、薪の中へと投げ入れた。


松明の炎は、初めは囲うようにして並べられた薪を一周し、次にその縁の内側にある草原に燃え広がる。そして最後には、その中央に鎮座するウルザードの身体へと乗り移る。


初めは小さな灯火、だがウルザードを燃やして出来た火は、次第に大きくなり、やがて轟々と音を立てて、天まで光が届きそうなほど、巨大な炎の柱になっていた。


「……汝が次に生きる世界は、幸福に満ちた物であるように」


ミレーヌが右手の親指と人差し指を摘まみ合わせ、それを額に引っ付ける。それはレイナス神聖法国で葬儀の際に神官が行う、死にゆく者へ手向ける儀の作法である。


「オメェが神官の真似事か?随分とらしくねぇ事しやがんな」

「こう見えても、神官の儀式は一通り覚えていますので」


シヴァルが茶化すが、ミレーヌは真剣に祈りを続ける。神官としての資格も意識も持ち合わせていない形式だけのモノだとしても、無いよりかはマシだろうと。


そうしている間にも炎は巡り、ウルザードの巨体が完全に日の向こう側へと包まれる。そして空中には、夜空に散らばる星屑に負けないくらいの灰がヒラヒラと空中を舞っていく。


「綺麗だね」


アリアは、何時ものように光悦とではなく、ただ広がっていく灰を純真な眼差しで見上げて綺麗だと言う。


「綺麗だろうさ、そりゃドラゴンだからな」


そう呟いて同意するリュクシスもまた、空を見上げている。その先には立ち昇る煙と共に、三日月の元へと飲み込まれていく灰と火花のみが映っていた。


それはまるで、あの大空に向かって飛翔をしているかのようで、絵本の終わりを読み終わった時の様に幻想に浸されたような気分をリュクシスに味わせていた。


もしかしたら、幻想などでは無いのかも知れない。今や炎と灰は消える事無く、只真っ直ぐに空へ空へと舞い上がっている。このまま大空へと辿り着き、そして風と共にいつまでも漂い続けるとしたら。


それはきっと、ウルザードが空へと還って行った事に他ならない。もう二度と、地上へは戻らない、世界の果てまで続く大空の向こうを目指して、終わらない旅に出たという事だ。


何より、そう思っていた方が、何より夢があるというものであろう。


そんな夢を見ているラキは、空に向かって精一杯の声で叫び出した。


「やってやるわよ!!だって、だって私は!!」


この思いを載せた声が、雲を突き抜け、あの星が広がる大空に何時までも残り続けるぐらい、盛大に、そして大胆に。


「最強なんだから!!」


手向けの花は無くとも、言葉のみで伝わる思いは此処にある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

かつては、ドラゴンが住まう洞穴の奥底、そして今は誰も居ない空間。


そこには、卵のみが座している。まだ産まれていない生命は、守る者が居なくなったとしても、ただ時を待つばかり。例え、それが捕食者に取って絶好の機会であっても、内側に広がる世界で静かに眠っているのみ。


グラリ、卵の中が揺れと共に浮遊感が過る。それは初めての経験であり、同時に新鮮な感覚でもあった。


そして次の瞬間には、柔らかな温かさに包まれた。それは何時も感じていた巨大な身体に守られているような感触ではなく、小さく細い腕で、それでも懸命に抱き着いているような不安げでも優しさと愛おしさが伝わる熱である。


一体、誰が抱いているのだろう。どんな人が自分を愛しているのだろう。


そう思った時には、長く閉ざされた狭い世界に、一筋の光が差し込んでいた。


それに気づいた時から、その光に手を伸ばし、爪を立てながら少しずつ、少しずつであるが世界を壊していく。


出たい、外に出て、顔を見たい。その腕に精一杯抱き着きたい。


そんな願いを胸に抱いて、何度も何度も叩き、外へと手を伸ばす。


そして、その思いは、遂に叶った。


世界は天井から完全に崩壊し、ついには首を出せるまでの穴となる。


迷わず顔を出してみれば、初めて見る外の世界は眩しく、少し目が痛いくらいだった。しかし、その光に慣れてしまえば、視界は一遍に開けた。


そこは内側の世界なんかよりも遥かに広い空洞、そこで目と口を大きく開いている奇抜な格好の四人。


そして目の前には、自分を腕一杯に抱きかかえる、額に角が生えているちょっと変わった少女が居た。


その少女は、生命の誕生を祝福するかのように涙を流しながら、蕩けそうなほど満面の笑顔で、こう言った。


「初めまして!私が貴方を育てるわ!!」


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