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空を見た者達

ラキの目的は一つ。リュクシスとクロックスの均衡、有利不利を関係なく消し飛ばす盤面の破壊。つまり等しく予想外の出来事を引き起こす事であった。


そして、それが出来るとするのならば、自分ではなくウルザードである。だからこそ、ラキは思い付いた。


ならば、今立っているこの足場ウルザードを文字通りひっくり返してやればいいと。


「おわっ!?」

「何!?」


それは互いに目の前に熱中している二人には、正しく予想外の出来事であった。突如として床から壁になる足場に、考える間もなく、ほとんど垂直にウルザードの背中を転げ落ちていった。


「ラキお前ぇぇぇぇぇぇ!!」


まぁ、リュクシスの恨み節が木霊するが、多分空中に放り出されても生きているだろう。


何はともあれ、これで倒すことは上手くいったと思った矢先、一つ予想外の出来事が起こっていた。


ウルザードが止まらない。


はためかせる度に、支える翼の骨格が軋みを上げ、一つ、また一つと折れていく。雲を払おうと手を振るう度に、全身に激痛が走り、傷跡から血が零れ出る。盤面を壊した今、空を目指す必要はないのに、ウルザードは未だ天空を目指していた。


「止まりなさいよウルザード!血が!?」

『構うな!ただ儂にしがみ付いておれ!!』


額に乗ったラキが安否を確認する。だが、それでもウルザードは雲の先、かつての大空を目指していく。これはラキの為だけではない。己の為でもあった。


最早飛べぬと思っていた、この老いた身体と穴だらけの翼。そして守る事すら出来ぬ一つの幼き命に遠き日の少女の面影。それら全ては叶わぬものであると、永き時の中で思いは風化してしまっていた。


しかし、それは今再び蘇った。老いた身体と穴だらけの翼は心の強さを得て、再び空を飛びだしていき、幼き命を守ると勝手に約束された。そして少女の面影は、この背にしがみ付いた、似ても似つかない魔族にある。


これは軌跡と言わずして、何と形容すれば良いのだろうか。諦め欠けていた希望や夢が全て背負っているような心地よさこの瞬間がウルザードにとって堪らなく嬉しくあった。


だからこそ、ウルザードは大空を目指す。いや、目指したかった。


かつて自由に羽ばたいた雲の先、何事も阻むことなく広がる無限の空をもう一度掴みたい、この二度と訪れぬ最後の軌跡と命を持って、もう一度あの光景を目に焼き付けたい。


最早、これはラキの為でも少女のためでも無く、己の為である。


ラキも勝手に守ると約束した、ならば自分も勝手に空を飛ばさせてもらう。そんな子供じみた願望が、今のウルザードを上へ、上へと突き動かしていた。


しかし、その躍進を地へ引きずり降ろさんとする音が響く。


「ラキ・ルーメンスゥゥゥゥゥゥ!!」


クロックスがラキの名前を呼ぶ。突然の急上昇で落ちる寸前に突き刺したカタール一本のみで、ほとんど垂直になったウルザードの背中に、どうにかしがみ付いていた。


「貴方さえ居なければぁぁぁ!!勇者を倒せていたというものをぉぉ!!この裏切り者がぁぁぁ!!」


地の底深くでも響き渡らんとする恨みと執念に満ちた怒声。今まで仮面のように変わらなかった表情は、怨霊に取りつかれたかのように醜く歪み、そして激しい憎悪で無残に汚れ切っていた。


「……」


向けられる身を切るような殺意を一身に受けながら、ラキは改めて考える。果たして、本当に自分はこれで良いのだろうか?


幾ら自分を殺そうとした大嫌いな相手とは言え、同じ魔王軍四天王である。そして、誰が見ても明らかに勇者を手助けしていた。


これは敬愛する魔王様に弓を引く行為ではないか。そもそも王都攻めに失敗したのは自分であり、醜態を晒したのは紛れも無い。ならば、殺されるのは必然、魔王様の尊厳に傷を付けるというのは、それだけで万死に値するだろう。


だからこそ、本当ならば、魔王軍四天王として、魔王様を敬愛する魔族として死ななければならない。それこそが、ラキに出来る唯一の忠義ではないだろうか。


まぁ、だから何だという話だが。


「知らないわよそんなのぉぉ!!」

『ラキよ!何を!?』


ウルザードが止める間も無く、ラキが額から背中に向けて、飛び出してしまった。そのまま身体は地面へ、その前にクロックスの元へと引かれていく。


「私はもう決めたのよ!!」


迷いはもう切り捨てた。確かに自分は死ぬべきだろうし、魔王様に合わす顔もない。それにドラゴンの卵なんて育て切る自信も無い上、四天王の癖に勇者に味方している。だからどうしたというのだ。


まだまだ生きていたいし、魔王様の為に色々と頑張りたい、同情からだとしてもドラゴンの卵は育ててあげたい。


そして、癪ではあるが、本当に癪ではあるし、恨みとか消したい記憶しかないが。


こんな強欲で傲慢な気持ちをこじ開けてくれた、あのロクデナシ共には感謝している。だからこそ、今のラキは。


最強の自分でいられる。


「私はやりたいように生きてやるのよ!!貴方如きに、私の邪魔なんかさせないわよ!!」


接近する直前、ラキは真っ直ぐに足を突き出す。その先端はクロックスの汚い顔面を目掛けて伸びていた。


「フザケルナァ!!この魔王軍の面汚しがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


クロックスはそれをただ見ているだけではない。魔力も超人的な身体能力も無い蹴り一つ、片手さえ有れば充分。その足を掴んで捻り潰そうと手を伸ばす。


だが、伸ばした手は、既に無くなっていた。


「もしかして、振り落とされたと思ったか?」


クロックスの背後より更に奥、靡く長い尾の先端から飛び出したフランザッパが、クロックスの手を攫って行った。


「残念ながら、生きしぶとさと逃げ上手だけは一級品なんでな」


そこには、落ちてきた腕をヒラヒラと振りながら、尾の先端ギリギリを掴む、憎たらしいまでの笑顔でおどけるリュクシスが居る。


「これで両腕一回ずつ落ちた訳か。おめでとう」

「またしても貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」


怒りの矛先がリュクシスに向くのと同時に、視線が尾の方へ下がるクロックス。しかし、それは致命的なミスであったと直ぐに気づいた。


何故なら、前から迫ってきているのは。


ラキの足先であった。


しまったと思った瞬間には、ラキの堅いヒールがクロックスの顔面に深く突き刺さっていた。


「ぶっ飛べ陰険野郎ぅぅぅぅぅぅ!!」


クロックスからすれば、大したことのない衝撃と痛み、不意を突かれたとしても耐えれるだけの弱弱しい攻撃である。しかし、どういった偶然なのだろうか。それともラキの思いが奇跡を起こしたというのだろうか。


「ばっ」


ほんの少し、測れば微々たる物だろうが、クロックスの全身が揺らいだ。


そして、それは力強く刺したカタールを、ウルザードから突き放す切っ掛けの、ほんの一端となった。


「ば、かなぁぁ!!」


クロックスが雲の中へと絶叫と残して置き去りにされていく。それと同じくしてラキも一緒に。


「ってアブねぇな!!」


と、その寸前にリュクシスがラキの落ちていく片脚を掴んだ。


「やるじゃねぇかラキ!あいつの顔面メチャクチャへこんでたぞ!!」

「見たかしら!これが魔王軍四天王の実力よぉぉ!!って、ちょっと待って!キャァァァァ!!高いぃぃぃぃぃ!!死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「って今更かよ!?あんだけノリノリで飛び降りて蹴りかましてた癖に!!」

「あの時はどうかしてたのよぉぉぉ!!と言うかパンツ見えてるわよねコレ!!絶対に見るんじゃないわよぉぉ!!」

「黙れ純白!!」

「やっぱり見えてるじゃないのぉぉぉ!!」


またいつもの調子で騒ぎ立てながら泣き喚くラキ。そんな面倒に安心感を覚えてしまう自分に、リュクシスはしょうがないと息を吐く。恐らく、この感覚は一生治らないだろうと諦めたからだ。


『二人とも!!そろそろ雲を突き抜けるぞ!!』


同じ瞬間に、二人の頭へウルザードの声が流れる。その声にリュクシスは上を見上げ、ラキも口を閉ざす。


厚く、そして険しい空雲に阻まれたその先、老いて傷ついた身体で、曲がりくねり不安定な飛翔ながらも、それでも目指した大空が、ついに目前まで迫っていた。


そこからは、ただただ、ウルザードが空を目指してガムシャラに羽ばたくばかりであった。


『もーーうすぐーーもうーーすぐーーあの』


ウルザードの言葉が途切れ途切れに流れる。最早言葉を話すだけの余力が失われつつあるのだろう。それでも二人は何も喋らずに、ジッと見上げて信じるのみ。


ウルザードが、この空を。諦め欠けていたこの空を突き抜け、もう一度空を見る事を。


それしか、リュクシスにもラキにも出来ない。幾ら言葉を送ろうと、応援しようとも最後には。


この意志のみが身体を突き抜ける。


「空がーー見えたわ!!」


灰色に包まれた風景の中、瞬間でも燦燦と煌めく星を見つけ、ラキが指を差して叫んだ。それは、直ぐそこに大空があるという証明でもあった。


そして、それはウルザードを突き動かす最後の原動力となる。


「ヴォォォォォォォォォォォ!!」


絶叫のような咆哮と共に放たれた爪の一振りが、阻む雲を掻き裂いた。そこから飛び出した先にあったのは。


「――これが、貴方が見ていた空なのね」


ラキが、そっと言葉を零す。


それは何十、何百年経っても色褪せる事のない、大事な家族と共に駆け抜け、そして失い、最期には夢見た思い出の景色。


それは太陽にも劣らないほど真っ新に輝く三日月が、遥か遠くに漂う満天の星を照らす幻想的な景色。


それは馬鹿らしいほど果てしない、終わりなんて見えないような雄大すぎる故に、誰もが憧れて止まない無限の景色。


それは、大空であった。


『あーーーこれーーがーーーー』


その光景を見て、ウルザードは絶え絶えの言葉で、何を思ったのかは、リュクシスには分からなかった。感動に打ちひしがれているのか、在りし日の思い出にふけっているのか。それとも並び立つ者が居ない事に寂しさを覚えているのか。


いずれにしろ、ウルザードの瞳から涙が零れている事には変わりが無かった。


「……悪いな、この景色を見るのが、俺なんかで」


少し、ウルザードに聞こえないほどの小声でリュクシスは呟く。


本当なら、ウルザードはこの景色を一緒に見たい相手が居た筈であった。それは弟であるバルボッサか、それとも別れた少女か、はたまた生まれてくる筈のドラゴンか。もしくは、その全てか。


だったら、リュクシスには勿体なさすぎる光景だ。ウルザードが愛し、目指した大空の景色は。


こんなロクデナシに抱えるには、少々荷が重すぎるのだから。


大空を目に焼き付けられたのは、感覚にして永遠とも思える時間、時間にして、ほんの数秒の事だった。ゆっくりと、力なくウルザードの身体が雲の間に堕ちていき、青空が呑まれていく。


しかし、ウルザードにとって、ラキにとって、リュクシスにとっては、あの偉大な空は、それでも目に焼き付いて離れようとしなかった。


いつまでも、それは例え地に足がついたとしても、まるで大空を未だに漂っているかのような心地のまま。


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