理由なんぞ、何でもいい。生きていれば
「ほらよ、お前の腕だろ?」
落ちていた腕を拾い上げ、俺はクロックスに投げ落とす。自信満々なアイツの顔を、悔しさで歪ませてやるためにだ。
「これはどうも」
しかし、そんな事は気にも留めずに、落ちていないもう片方の手で腕を拾い上げた。そして、切断面に押し付けると、驚くことに何もなかったかのようにくっついてしまった。
「腕がくっつくとか益々信じられねぇな」
「人間如きが、私の腕を切り落とせるなど、思い上がりが過ぎますよ」
クロックスがくっついた腕を確認するかのように回す。だが、その動きは前よりもぎこちない。という事は……。
「どうやら、完全には再生しないようですね」
「だな」
俺の考えの続きを前に出たミレーヌが補足する。そして片足で器用に歩くシヴァルもそれに同意した。
「だったら簡単じゃねぇか。再生しなくなるまでぶん殴れば良いだろ」
「お前にしては頭が良いじゃねぇか。折角だから、日頃のストレスでも発散させてもらうか」
「えぇー、ストレスならボクが受け止めてあげるに、酷くないかなぁ」
アリアが俺に身を寄せてブゥ垂れて頬を膨らませているが、一番のストレスの原因が何を言っているのやら。
おや、コレはどういう事だろうか。
気づけば、俺たち全員が今度はラキの前に立ち塞がるように立っていた。
「わ、私を守ってくれるの……」
「守るつもりはねぇよ」
生憎と俺達に誰かを守るなんてのは、性に合わない。手前勝手に暴れて壊した物は数知れず、被害請求額は8桁超えた辺りで数えるのを止めたぐらいだ。
「だから、俺達は俺達で勝手に戦う。死んでも文句言うんじゃねぇぞ」
「貴方達……」
ラキが何か言いたげだったが、それは後で聞いてやるとしよう。クロックスを見据える。奴も俺の視線に気づいて、嘲笑を浮かべた。
「随分とカッコいい事を言いますね。そんなに大層な事を言っていいのですか?」
「何言ってるのかな、リュー君は何時でもカッコいいんだよ。偶に浮気とか食い逃げ溶かしちゃうけどね」
「フォローしてるのか貶してるのか分からないが、ありがとアリア。さぁて、クロックスだっけ、そろそろ第二回戦とでも始めるか」
魔力が無くなっても、俺には剣がある。それさえ有れば充分。アリアもシヴァルもミレーヌもそうだろう。たかが、得意な事を1つ潰れたぐらいで戦えなくなったら、賞金稼ぎ共なんぞ、とっくに辞めている。
「来いよ」
手招きをして迎えてやる。踏み込めば最後、死ぬまで戦う四人分の覚悟と気迫が、発している俺でさえも感じられるくらいに空気をヒリつかせながら。
「……どうやら、貴方達を殺すには少々手間がかかりそうですね」
クロックスが構えていたカタールを下す。俺達に怖気づいて……とは違うか。玩具を散らかした後の子供のように適当そうに嘆いているのだ。
その言動の意味に理解出来ず、頭に空白が生まれる。その隙がクロックスに動く余裕を与えてしまった。
「それでは、後は任せるとしましょう」
パチンと、クロックスの指が弾ける音が響いた。すると次の瞬間には、地面が突如として光り輝いた。そして魔方陣が足元からせり上がる。それはまるで俺達を閉じ込める檻のようであった。
「コレは、もしかして転移魔法!?」
アリアがその魔方陣を見て驚愕の声を上げる。
転移魔法、その魔法には覚えがある。実家の書庫に保存された本の一つに、古代の魔法について記されたものがあったが、そこに書かれていた筈だ。
効果は確か、魔方陣の内側にある対象の瞬間移動―――それを思い出した瞬間、クロックスの意図に気づき、いち早く俺は弾かれるようにすぐさま飛び出そうとした。
しかし、その前に。
「流石、勇者に選ばれる人間ですね。即座に理解して行動するとは」
構えていたクロックスのカタールから、刃の部分が射出される。しかも、その狙いは俺達にではなく、ラキに向けてであった。
「チィ!!」
間一髪、後ろに戻り、フランザッパを振り回して刃を弾き飛ばす。しかし、それは逃げ出す為の時間を失ってしまった事には違いなかった。
周りの景色が輝く魔方陣に吸収されていく。最早、この魔方陣から逃げ出す時間は残ってはいなかった。
「それでは、失礼いたします」
最期とばかりに、クロックスが仰々しいまでの一礼で見送る。せめて最後にその顔面でも殴ってやろうと手を伸ばすが、もう遅い。
俺の突き出した拳は、空間の狭間へと消えて行った。
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次に瞬きをした時、俺の予想はやはり当たっていたのだと気づかされた。
「なぁ大将、俺ぁこの光景をどっかで見た事あるんだが、知らねぇか?」
一緒に飛ばされたシヴァルが俺に聞いてくる。それはそうだろう、この状況はつい数日前に体験したばかりだ。あの時とは少し違うが、大体同じような光景だろう。
周りを見渡せば、屈強そうに殺気立つ魔物に次ぐ魔物の群達。中でも一際強者感を出しているのは、恐らく要排除リスト入りの魔物だろうか。現実から目を背けようと空を見上げても、やはり空飛ぶ魔物がウヨウヨ湧いている。
「あー、最悪だな。これは」
こんなことになるなら、ヘイデン村なんかに寄らず、草原の何処かで草でも齧っていた方がマシだった。
村の外に広がる魔物達の大群。そのど真ん中に放り出される結末を知っていればの話だが。
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ラキは喚く訳でも、泣き叫ぶ訳でもなく、ただジッとリュクシス達の戦闘を傍観するばかりであった。
「ふんがぁぁぁ!!」
シヴァルが骨の砕けた片足を鞭のように振り回し、岩石が寄り固まって人型を模した魔物の横腹に蹴りを入れる。
しかし、それは岩肌の表面を砕くだけで、ダメージを与えるまでには至らない。寧ろ、蹴り上げたシヴァルの方が顔に脂汗が絞るように浮かんだ。その隙を狙って、弾丸のような速さで突撃してきた猛牛型の魔物が横合いからぶつかり、その身体が地面を二、三回と転がる。
「チッ!ウザったいですね!!」
ミレーヌは目の前に差し迫るヤミウチオオカミ達の牙と丸々と、膨らんだ蛙型の魔物の舌の猛攻を槍捌き一枚で凌ぐのに精いっぱいであった。
「っ!!」
精錬された武技でさえも完璧ではない。槍柄が蛙型の魔物の舌に絡めとられ、途端にミレーヌの身体は無防備になる。それを逃さず、一匹のヤミウチオオカミがミレーヌの腕に深く嚙みついた。
「この犬畜生がぁ!!」
チェインメイルの上からでも滲む腕で、ヤミウチオオカミごと地面へと叩きつける。そして衝撃で突き刺さった牙が離れた次の瞬間には、未だ絡め取られる槍底で力任せに喉笛を潰す。
「まだ、倒れられないよ!!」
アリアが頭を鈍器で殴られたかのような覚束ない足取りとなる。その鼻からは真っ赤な血が一筋流れている。それでも上空を睨み、無数にも思える数のアサルトバード達に向けて、仕込み杖を構える。
「火弾!火弾……火弾!!」
火弾を三発、それを上空に滑空するアサルトバード数匹に直撃して墜落する。しかし、上空を赤く染め上げるアサルトバードの群には、大木を爪で引っ掻いたくらいのダメージでしかない。アリアは遂には片膝を付いてしまう。
それぞれが窮地に陥り、死線を掻い潜る中でも、一際必死に抗っているのは、やはりリュクシスだろう。
「オラァァァァ!!」
リュクシスは迫りくる魔物達を付与魔法を使わず、三本の剣のみで薙ぎ払っていた。
硬い魔物にはヴィオーネで急所を一点集中して貫き、素早い魔物には雷斬で首を強引に切り飛ばし、空を飛ぶ魔物にはフランザッパですれ違いざまに叩き切る。
その剣武はお世辞にも華麗や優雅とは程遠く、まるで野生児が覚えたての武器を振り回しているように泥臭くはあるが、近づく魔物全てを着実に処理していた。
だが、その無双にも限界が存在する。魔物を一匹切り捨てる度に、リュクシスの身体には無数の傷が生み出され、そこから飛び散る血が返り血と混ざり合って赤く染めていく。拳が身体を吹っ飛ばし、牙が足を噛み貫き、炎が肌を焼いていく。
「グゥゥ!!ウォォラァァァ!!」
それでもリュクシスは剣を振るのを辞めず、殴られ噛みつかれ焼かれようとも、終わりの見えない魔物の群を相手に剣を振り続け、生き抗っていた。
「……私は」
そして、ラキは四人が戦うその内側でただ見ているのみであった。
「……私は何で」
何が守るつもりは無いだろう。こうして生きていられるのも、このロクデナシ共のお陰だというのに。これほどまで自分の弱さを痛感したことは、ラキには無かった。
魔族として人間の世に迫害され続け、日の当たらない影で暮らすような生活をしていたある日、突然目の前に現れた魔王を名乗る同じ魔族。
その魔族はラキにこう言ったのだ。
『お前の力が欲しい。お前さえいれば、この世界を取り戻すことが出来る』
最初は、その言葉を信じることは出来なかった。しかし、その魔族と共に過ごし、魔物を従える度に我が子のように褒められ、この世界の常識や知恵を教えてくれた。
だから、ラキは信じることができた。自分には特別な力がある。あの魔族が、魔王様がそう言うのであれば、きっと私は強いのだと。
だが今はどうだろうか。魔王軍四天王として王国に攻めては失敗し、そこら辺の農民には捕まり、あろうことか同じ四天王であるクロックスには殺されかけ、挙句の果てには敵である勇者に守られている始末だ。
情けない、消えたい。こんな姿を魔王様が見たら、きっと失望してしまう。ラキの中に様々な負の感情がゴチャゴチャに入交って、思考を掻き乱してしまう。
そんな中でも、頭から一つ鮮明に残る言葉がある。
いっそ、此処で死んでしまえば良い。そうすれば、この胸に刺さる感情も、絶望も、何より自分の弱さへの憎悪も消えていく。それはまるで魅惑の果実のように甘美な誘惑
死ぬのは怖いと分かっている筈なのに、どうしてもその言葉ばかりを考えてしまう。こんな誰かの足を引っ張り、誰の役にも立てないで、尊敬する人にも軽蔑されるような私は何で。
「……私は何で」
生きているの?
「そんなの一つに決まってんだろぉぉがぁぁぁ!!」
リュクシスの声が、背中に迫るヤミウチオオカミと共にラキの心を切り裂いた。
「俺にはまだまだやりたい事がまだまだあるんだ!!ハーレム作りてぇし!死ぬほど美味いモンを食いてぇ!それと金が山ほど欲しい!兎に角楽しく生きたい!!だから俺は絶対に生きて、生きて生きて生き抜いてやる!!」
清廉でも高尚でもない世俗の染まり切った欲塗れの言葉。だが飾らないからこそ、ラキの胸に何処か響く不思議な言葉でもあった。
「あの細目野郎だろうが魔王だろうが!自分だろうが関係ねぇ!!お前がやりてぇことだけに生きろぉ!!」
「私の、やりたい事」
やりたい事とは、何だろうか。こんな濁った頭で答えを出す事など、ラキには出来なかった。
しかし、どす黒く淀んだ思考の中でも、楕円形の形をした卵が浮かんだ。
「そうだわ……私、言ったじゃない」
あの時、記憶を共有したドラゴンーーーウルザードに宣言したではないか。
この卵は私が守ると。
「あの約束、まだ果たしてない」
自分では出来ないと諦め、丸投げした望み。しかし、分かってしまえば、こんな簡単な欲望は無いだろう。
そして、欲望1つ分かってしまえば、生きる理由1つ見つけてしまえば、後は広がるのみであった。
「卵を守りたい!ウルザードの弟も少女も探したい!魔王様にもっともっと褒めてもらいたい!クロックスのニヤケ面をぶん殴りたい!チヤホヤされたい!とにかく人間共を平伏させたいぃ!!」
開花する欲望を我慢することなく曝け出すラキ。それを聞いて、ロクデナシ共はニヤリとほくそ笑んだ。
そして、同じ言葉を叫ぶ。
「「「「なら生きろ!!」」」」
そして、ラキは返す。
「言われなくとも生きてやるわよ!!」
その時、大地が震え上がった。
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頭の中で強く感情が響き渡る。
これは一体何だろうか。優しく純粋で温かく、それでいて激しく胸の内を揺さぶられるような感情は。
今まで感じたことが無い感情かーーーいや、違うだろうか。この感情は一度感じた事がある。そう、昔少女に出会った時にも感じた筈だ。
少女に別れを告げられた時に感じた、少女の覚悟に心揺さぶられたあの感情と同じだ。しかし、今回は違う。これは別れではなく、呼び声。この使う当てがない力を求め居ている声である。
ならば、その呼び声に応じよう。あの時、弟を失ってしまった自分に報いるように、似ても似つかないが少しだけ重なる少女の面影を追い求める様に。
かつて世界最強と謳っていた、この翼をもう一度広げて見せようか。
そうして、ウルザードは頭に響く声に従って、地を壊し、またあの空へと羽ばたき出した。