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後腐れなく宴を楽しむために

長い土穴の道を抜けると、外の景色は洞穴の中と変わらない暗闇の帳が張っていた。


俺の感覚では、精々3時間ぐらいだと思っていたのに、洞穴の中という特殊な環境が体内時計を狂わせていたようだ。


全くタメにもならない知識を身に付けながら、乗って来た馬で、身体を外の時間と身体を慣れさせながら帰ること、更に数時間。ようやっと長い時間と濃厚な経験をした俺達に待っていたのは、村人達による熱烈な歓迎であった。


「おぉ勇者様だ!!みんな勇者様が帰って来たぞぉぉぉぉ!!」

「勇者様が!?」

「まさか本当にドラゴンをやったのか?」

「スゲェェェェ!勇者様さいこぉぉぉぉ!!」


俺達が村の大広場に到着すると、蹄の音を聞きつけたのか、近くの家から飛び出して来たアバスの叫び声に釣られて、一斉に近々の家から顔を出した村人達がこちら目掛けて殺到した。


「はいはい、どいたどいた。勇者様が通りますよっと」


そんな村人達を、俺は手で押しのけながら、アバスの元まで辿り着く。この勢いだと、胴上げをされて、話が出来なくなりそうだからだ。


「勇者様、よくぞご無事で!!して、ドラゴンの方は……」

「それなら倒して来ました。コレで信じてくれますでしょうか?」

「そ、それは!まさかドラゴンの鱗!?」


懐から一枚の鱗を取り出して見せると、途端にアバスの目が少年のように尊敬に輝いた。そして、それはアバスだけではない。村人達も同じだった。


「流石勇者様ぁ!やはりこの国の頂点に立つお方なことはある!!」

「私の事を抱いて勇者様ぁぁ!!」

「それだったら、今からでも君の家に……待って、未遂だから。胸が大きいなと思ったけど、何もしてないから!」

「ウン、ワカッテルヨ」


アリアから謎の威圧感を察知したので、これ以上の展開はダメか……。でも少しぐらいならと思っていると。


「おう、結構デケェ胸してんじゃねぇか。オメェ、俺に抱かれろ」

「あん♪そんな乱暴にしちゃ……私」


シヴァルが胸を鷲掴みにしてやがった。


「何やってんだシヴァァァァル!!ムニムニムニムニ揉みやがって!そんなに柔らかいのか!!」

「なんだ?大将もやりてぇのか。だったら後で貸してやるよ」

「お願いします!!」


即答である。仕方がない、男は下半身で物事を考えているのだから。そういう訳なんで、此処からの細かい交渉はミレーヌに……。


「そうです、この勇者の仲間であるミレーヌ様を崇め、平伏するのです」

「「「ははぁ!!ミレーヌ様」」」

「よろしい、では感謝として、献上品を頂きましょうか。先ずはこの村の食料を出来るだけ……」


うん、問題なさそうだ。あの調子ならヘイデン村から搾り取れるだけ絞れるだろう。そう考えていたら、アバスが探るようにして、俺に話しかけてきた。


「是非、我らヘイデン村一同の感謝の示しとして、宴を開かせていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」

「ふぅむ……」


敢えて即答せず、首を傾げて考える素振りを演じる。酒と飯と女性があるのなら、断る理由は無いが、立場上、簡単に頷く訳に行かない。


「折角のご好意を無下にする訳にもいかぬ。是非、ご相反に預からせていただくとしようか」

「承知いたしました!では早速準備に取り掛かりますので少々お待ちを!!」


そう言うと、アバスが宴の準備をするべく、何人かの村人達を引き連れて、慌ただしく去って行った。


こんな辺鄙な村だ。貴族時代のようなもてなしは期待していないが、それなりに楽しめるだろう。長距離の移動と戦闘で疲れ切った身体には、これ以上ないほどの薬となるだろう。


「……随分とご機嫌ね、クソ男」


俺の背後から、より具体的には、馬の胴に括られた縄の先端、メスガキがチクリと刺すように呟いた。


村人達の群れからコッソリと抜け出し、メスガキを縛り付けている馬の尻に、背中を預ける。


「あぁご機嫌だよ。飯と酒が食えるんだからな。後、女の子も」

「貴方みたいなロクデナシには、罪悪感と言うのが無いの」

「まだウルザードの事を引き摺ってるのか?忘れろよ。そんな事」

「ウルサイ、この燃え頭」


やれやれ、これだからメスガキは困る。割り切れない現実を俺のせいにするだけでなく、奇妙な悪口を口走っている。燃え頭ってどんな悪口だよ。ハハハハハ……。


アレ?なんか焦げ臭くないか?それに頭の上から燃える音がしているんだけど……。


「って、髪が燃えてるぅぅぅぅ!!アリアぁ!火ぃ付けただろぉぉぉぉ」

「リュー君が悪いんだからね!ボク以外の女の子にデレデレしちゃって!全身の毛が燃えるまで許さないんだから!!」

「それ死ぬから!絶対に死ぬからぁ!!誰か水ぅ、水持ってこぉぉぃ!!」

「勇者様の頭から勝手に火が付いたぞぉぉ!これは天からの祝福だぁぁぁ!!」

「崇めてないで水をぶっかけろぉぉぉぉぉぉ!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

髪に着火した炎を馬の飲み水に頭から突っ込むことで、どうにか鎮火させた頃には、既に俺抜きで宴が開かれていた。


「あっ、勇者様!申し訳ございません!!お仲間様が直ぐに宴を開くようにと言われまして……」

「いや、大丈夫だ。それより、その仲間達の方は何処に?」

「それが、食料だけ持って行くと、何人かの村人を連れて何処かに……」

「成る程、大体分かった」


アイツらの行動は居なくとも予想は付く。放って置いても問題は……まぁ、無いか。後で回収するとしよう。


それより。


「それでは、酒とご飯を少し貰えないか?」

「はい!ささ、どうぞこちらへ!!」


アバスに連れられて、馬小屋から大広場に行くと、そこには木枝を組んで出来た巨大な焚火があった。そして、その上に置かれている村人全員に行き渡りそうなぐらいの大鍋からは、野菜とミルクを煮詰めた食欲そそる匂いが漂っている。


「あら、勇者様!これをどうぞ!!この村の自慢のミルクで作ったシチューです!!」


すると、村人達に大鍋で作った料理を振舞っていた恰幅の良い年配の女性が、俺に木製の木皿に入った、ゴロゴロと野菜一杯のシチューとスプーンを渡してきた。


「ありがとう、それでは一口……」


スプーンでシチューの中身と具材を軽くよそって口の中に入れると、意外と悪くない味だった。良く煮込んだニンジンやジャガイモがホロホロと柔らかく崩れ、濃厚なミルクの風味が喉を通して鼻から突き抜ける。



「美味いな……もう一杯貰えるか?」

「あら、勇者様に気に入られるなんて、作り甲斐があります!!」


腹が減っていたことも相まって、直ぐに中身を食い尽くしてしまい、空になった食器を同じ年配の女性に差し出すと、喜んで大鍋からまたシチューを注いでくれた。


さて、もう一口を……なんて思っていた矢先、有る事に気が付いてしまった。


「少し、席を外させてもらうぞ」

「あっ、勇者様。どちらへ……」

「ちょっと、野暮用で。その酒貰うぞ。後ツマミも貰いたい」


シチューの器を持ったまま返し、宴の輪から外れる。その途中で酒を運んでいたアバスが居たので、それを奪い取るように貰っていく。


行く場所は、大方予想が付いている。


この足跡が続く先を追えば、自ずと辿り着くだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

盛り上がる宴の騒がしさが届かない場所。ヘイデン村より少し離れた夜の草原を、ラキ・ルーメンスは当ても無く逃げ出していた。


「ハァ……こ、此処まで来れば、あのロクデナシ達も追って来ないでしょ……」


自由に動ける身体を大きく広げ、足に溜まった疲れを口から放出するようにメスガキは息を吐く。だが一度止まってしまうと、その場にへたり込んでしまう。


こうして逃げ出せたのは、運が良かったとしか言いようが無い、そう思いながら、ラキは星が散りばめられた空を見上げた。偶々、縛っていた縄が緩んでいなければ、こうも隙を見て逃げ出すことは出来なかっただろう。


「甘いわね、あのロクデナシ勇者も。まさか私が逃げないとでも思っていたのかしら?いつか絶対に復讐してやるわ……覚えてなさい、今に吠え面搔かせてやるわ!」

「出来ると良いな、メスガキ」

「おぴゃぁ!?」


背後から突如掛けられた声に、ラキの肩がビクリと跳ね上がる。そして恐る恐ると言ったように振り向くと、何時でも憎たらしい顔をしているリュクシスが、そこには居た。


「な、な、何よ!?まさか私を殺しに来たの!?」

「そう驚くなって、コイツを届けに来ただけだ。ほらよ」


そう言って、リュクシスは片手に持っていた布袋を、ラキの足元に投げ捨てる。落ちた衝撃で、縛り口から中身が少しだけ零れ出る。


それは、チーズや干しブドウ、いずれも日持ちする食料であった。


「折角逃がしてやったんだ。そいつ持って、さっさと逃げろよ」


もう片方の手に持っていた酒を煽り、リュクシスは追い払うように、手をヒラヒラと揺らす。


―――そう言う事だったのね。ラキはそこで初めて気が付いた。縄が緩まっていたのは偶然ではなく、リュクシスがワザと解けやすいようにしていたという事に。


つまり、最初からリュクシスは、ラキを逃がすつもりだったという事だ。


だと言うのに、ラキは逃げ出さなかった。


「……同情しているつもりなの。馬鹿にしているのかしら」

「同情はしてねぇよ。馬鹿にはしてるけど」

「その余裕な態度が気に食わないのよ!!」


足元に落ちている布袋を、突き返すようにして顔面に投げつけるラキ。だが、寸前でそれを掴み取り、そのまま中に入っているチーズをツマミにして、リュクシスはもう一度酒を煽った。


「メスガキの癖に、随分と強気だな?」

「ウルサイ……ウルザードのお詫びとして、私を逃がそうとしているの?フザケルナ!!そんな事をしても、貴方達が見捨てた事実は変わらないわ!!殺すなら殺しなさい!!安い同情をするくらいなら、私が殺すわ!!」


覚悟を決めたというより、自暴自棄になっているラキに、リュクシスは摘まんでいた手を止める。そして、面倒そうに髪の毛をグシャグシャに掻いた。


「俺はさ、好きで殺したことは一度も無いんだわ。そりゃ必要だったらやるにはやるけど、その日の酒が不味くてしょうがねぇ。だから、殺さねぇし、逃がしてやる。その方が後腐れがないし、気楽で良い」

「何よ、その理屈……じゃあ、貴方の気紛れでウルザードを見捨てて、私を逃すっていうの……」

「そうだな」


あっけらかんと答えるリュクシス。そのふざけた態度が、ラキの苛立ちを加速させる。


この男は、一体何を考えているの。ただ自分の為だけに、殺そうとしたり逃がそうとしたり、生殺与奪を自由に決めて、まるで神様にでもなったつもりなのだろうか。実際に、本人含めて、リュクシスの仲間達は、本当にそう出来るから余計に苛立つ。


認めたくないが、嫌でもリュクシス達の強さを思い知らされてしまう。ラキが搔き集めた自慢の軍勢を難なく覆し、ウルザードを相手に立ち回れる実力者は、恐らく人間の中でもそうは居ない。間違いなく、世が世であれば英雄と称えられる存在となっていただろう。


だからこそ、その強さを理解しているからこそ、ラキは腹立たしく思ってしまう。


それほどまでの力があるなら、非力で弱虫で泣きっぱなしの自分では叶えられない、守れない約束を果たせるぐらいの強さがあるのなら。


「だったら」


ウルザードを、あの孤独なドラゴンを救ってあげてよ。


そんなラキの願いを掻き消すかのように、ヘイデン村の方角から闇夜を吹き飛ばす爆発が響き渡った。

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