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ロクデナシが預かるには、荷が重すぎる

「ドラゴンの、卵か」


自分が吐いた言葉を噛み締めるように呟いてしまう。こんな場所で、ドラゴンの卵を見つけるなんて、思いもしなかった。


ドラゴンの卵と言えば、市場どころか裏社会でさえも数十年に一度出回るかどうかの希少物だ。それこそ出す所に出せば、村1つ分の人数なら一生を遊んで暮らせるぐらいの値段が付くだろう。


それほど、価値がある物が今、俺達の目の前にあるのに、驚かない方が無理だ。


『人間には、ドラゴンの卵など珍しいだろうが、そう驚いては話が進まぬ。少し落ち着いてはくれまいか?』

「お、おぅ。悪かった。ドラゴンの卵なんか初めて見たからよ」


ドラゴンの卵を前にして、呆気に取られていた事を指摘されて平謝りするが、それはしょうがないだろう。俺だけではなく、アリアやシヴァルでさえも言葉を失って驚いている。


「この大きさ、金貨が1枚、10枚、100枚、1000枚……あぁ金貨の海がぁぁ」


ミレーヌの場合は、別の意味で驚いているが。そんな奴らの頭を軽く小突いて現実に引き戻させた。


「それで、理由がこの卵って事か?」

『そうだ。この卵は元々、この洞穴に置かれていた物でな。儂が辿り着いた時には、親となるドラゴンは居なかったのだ』

「え?ウルザードが掘ったんじゃなかったんだ」

『幾ら儂と言えども、老いた身体では、此処までの深さは掘れん。偶々見つけたので間借りしておっただけだ』


アリアの素朴な疑問にウルザードは正直に答える。言われてみれば、この穴の開いた天井は空を飛ぶ為に作られたものだ。空を飛べないウルザードには必要ないだろう。


「それで、その卵がどう関係すんだ?オメェとは関係ねぇ卵なんだろうがよ」

『確かに、儂とは関係のない卵ではある。しかしな、長年と一緒に居れば、嫌でも情が湧いてしまう』


シヴァルの問いにウルザードはそう返し、卵の頭を優しく撫でる。その姿は、親が子供をあやすような微笑ましい光景だ。


しかし、その行動とは対照的に、ウルザードの言葉は暗い影が差し込んだ。


『ドラゴンの卵は孵化するまでに多大なる年月を要する。恐らく、寿命が近い儂では、その瞬間を見届けることは出来んだろう。だが、儂が死んだ後に、このドラゴンはどうすれば良い?親も居らぬ産まれたてのドラゴンが、生きていける程、この世界は甘くは無い』

「先ず、間違いなくそこら辺の魔物に食われんだろうな」


珍しく、シヴァルがまっとうな回答をする。そして俺も同じ意見だった。


道中、この洞穴には雑食性のカラナシエスガルゴやハンティングアントがウヨウヨ居た上、運良く外に出られたとしても、また別の凶悪な魔物や素材目当ての人間に刈られるに違いない。


『そうだ、それぐらいの事は容易に想像できる。故に、儂が死ぬ前に何としても、この卵を信頼できる者に預ける必要がある』

「待て、それ以上言うんじゃねぇ。そこからは」

『この幼き命、守ってやってくれぬか?』


勘づいてしまった俺の制止を待たず、ウルザードが言い切ってしまった。その頼みは、俺が一番聞きたくなかった言葉だ。


『儂を相手に善戦したお主らで有れば、安心して任せられる』

「だから、私達に殺されたがっていたと?」

『その通りだ』


ミレーヌが顔を顰めて、ウルザードの真意に舌打ちする。


計略策謀大好きな俺が言うのも癪だが、厭らしい手口を使ってくる。あの時、言い損ねた遺言は、コレを頼むつもりだったのだろう。命と引き換えにトンデモナイ爆弾を投げつけるとは、恐れ入った。


だが勿論、そんな爆弾を俺達が引き受ける訳がない。ドラゴンの卵を持っているだけで、どんな面倒毎が起こるやら。先が茨の道だと知って、態々歩く馬鹿は居ない。


どうやって断ろうかと考えていると、今まで卵にベッタリと貼り付いていたメスガキが、そこで俺達を指差しながら怒鳴り込んできた。


「ダメよ!こんなロクデナシ共に預けられるわけないじゃない!!」


随分と失礼な物言いではあるが、これは追い風だ。敢えて乗っかってやろうかと、考えるが、メスガキは、俺達とは違う方面での否を唱え始めた。


「私がこの卵を預かる!このドラゴンを、私が貴方のように立派なドラゴンにしてみせるわ!!」


飛び出たのは、呆れを通り越して頭が痛くなる宣言だった。メスガキがドラゴンを育てるとは、何を考えているのか、いや、考えなんて無いか。


「弟も消えて、少女と別れて、貴方はずっと一人だったんでしょ……でも、この中に居る小さな命だけが、孤独を癒してくれた」


メスガキの頭にはウルザードの記憶が入っている。だから、今喋っている事は、メスガキの思いでは無い。


「もうこの子は、家族なの!!そんな子供を、たった一人の家族を、見捨てるなんて出来ないじゃない!!」


小賢しい知恵と生への諦めに封じ込められていたウルザードの思いだ。


『……ラキ・ルーメンスだったな。少し、話を聞いてくれまいか』

「うるさい!絶対に渡さないし、貴方を殺させない!!兎に角、絶対にダメなんだからぁ!!」

「メスガキ、黙って聞いてみろ」


聞く耳を持とうとしないメスガキの頭を押さえつける。


「ちょ、離しなさいよ!!」

「お前がウルザードの肩を持ってるのは分かった。でもな、それなりの理由がある筈だろ」


柄にもなく、俺はメスガキを戒める。自分で言うのも何だが、俺達のようなロクデナシ共に大事な卵を預けようって言うんだ。それに足る理由があるのなら、聞いておきたかった。


「……そうよね、こんなロクデナシに普通なら渡さないわよね。きっと何かあるのよ」


俺の言葉で、やっとメスガキが渋々と言った様子で大人しくなる。それでも貶す事を止めない辺り、反省していない様子だが。


俺はメスガキから手を放し、ウルザードに向き直る。そして、理由を問い詰める。


「それで、どうして俺達に卵を?」

『少し説明が難しいが、要は儂の勘だろうな。一目見れば、どんな人間か分かる』

「勘って……そんなので、選んで良いんですか?仮にも家族を引き渡す相手を」


ミレーヌが呆れたとばかりに、毒を吐く。それをウルザードは笑って返してみせた。


『確かにな、だがそれしか選ぶ方法はあるまい。儂は幾千の言葉よりも、目で見た真実を選ぶことにしておる』


ウルザードがアリア、ミレーヌ、シヴァル、そして最後に俺の顔と順に見渡す。


『お主達は儂が見た所、かなり濁り切っている。例えるのなら、3ヶ月放置し続けたゴブリンの腐肉のようだ』


濁り切っているというより、腐り切っているだろ。一体、ウルザードには俺達がどう見えているんだ?


『されど、そのドブ水すら真水と思えるほどの腐り切った瞳の中に、儂はこの世の中を生き抜く為の何かをしかと見た』

「濁り切ってるって断言しちゃったね。しかもドブ水よりも汚いって」

「アリア、お前は黙っとけ」


アリアの感想は置いておくとして、理由を聞いても尚、俺が抱いているのはやはり疑問だった。この世を生き抜く為の何かを見た、と言われて納得できるはずが無い。


それはメスガキも同じだった。

「そんな曖昧な選び方なんて認められないわ!!私にやらせてちょうだい!!」

『いや、お主では任せられぬ。純粋で優しい心では、誰かに騙され、奪われることが目に見えている。それに、真実を何も知らないとはいえ、魔王軍を名乗る者に、預けることは出来ぬ』

「で、でも……」


メスガキが食い下がろうとするが、言葉が詰まって押し黙る。メスガキも分かっているのだろう。


実際、ウルザードの言う通り、メスガキには無理だ。他人の善意や優しさを信じるような奴は、必ず何処かで馬鹿を見る。


『だからこそ、儂が死んだ後にお主達に預けたい。その生い立ちは知らずとも、お主達―――いやお前達には、儂が知っている人間の強さを持っていると確信した』


俺達を真剣な眼差しで見つめるウルザード。その目には期待と確信を秘めていた。


そんな目をされてしまったら、俺はもう、こう答えるしかない。


「断る」


そう言ってやると、ウルザードは意外にも驚く様子は無かった。寧ろ断られるのを分かっていたという風に、落ち着いている。


だが代わりに、メスガキが驚きながら非難を浴びせて来た。


「ウルザードの話を聞いていなかったの貴方達!!どうして断るのよ!!」

「どっちの味方だよお前は。俺達が預かるのは嫌なんじゃねぇのか?」

「それはそれよ!とにかく理由を言いなさいよ!!」


相変わらず我儘なメスガキだ事で。俺達が聖人君子か夢想家と勘違いしているんじゃないのだろうか。


だとしたら大外れも良い所だ。俺達以上の現実主義者達は居ないのだから。


「つぅかよ、この卵って何時孵化するってんだ?食わねぇってのに、こんなデケェのを持って行けってのかよ」

「そ、それは……」


シヴァルの素朴な疑問に、また言葉を詰まってしまうメスガキ。そこに追い打ちを掛ける様にアリアが発した。


「今孵化しちゃったとしても、ドラゴンの子供なんて連れてたら、行く人みんなに怖がられちゃうと思うんだけどな。それって、ボク達の旅の邪魔になると思うんだよね」

「っ……」

「怖がられるだけなら、まだマシですよ」


またもや言葉に詰まってしまうメスガキに、トドメとばかりにミレーヌが突き放した。


「問題は狙われる事です。幼体のドラゴンを欲しがる人間がどれだけいると思います?金を持て余した美食家、商品にしたい裏商人、飼い慣らしたい国軍。一体どれほどの人間が卵を守る私達を狙うでしょうね?」

「……」


ついにメスガキは返す言葉を失ってしまう。別にメスガキが言いたい事が分からなくもないし、人並の情だってある。


でも、それは現実の前では全て無力だ。夢を見るのは勝手だが、出来もしない夢に付き合うほどお人よしではない。


「と言う訳だ。アンタの頼みも聞けねぇし、殺さねぇから遺言も無しだ。老い先短い寿命で、精々その卵を大事に抱えてろ」


話を打ち切り、ウルザードの元まで歩くと、その鱗の一枚に手を掛ける。そして引き抜こうとすると、意外にもすんなりと取ることが出来た。


『持って行くが良い。それで儂を討伐したという証拠となるのだろう?』

「だったら遠慮なく頂くとするか。すまねぇな」

『それは儂の方だ。無理を言って済まぬ』

「気にすんな。アンタだって必死なんだろ」


引き抜いた鱗を懐に仕舞いながら、ウルザードを慰める。寿命が残り少ないとはいえ、少女との約束を押してまで、託そうとした願いだ。俺達のような奴に渡そうとするくらいなので、なりふり構っていられなかったのだろう。だからと言って同情で引き取るつもりはないが。


さて、この鱗を討伐の証拠として見せれば、村人達もドラゴンを倒したと騙せる。だったら、もうこの洞穴に用は無い。


「それじゃあ、俺達の用は済んだし、帰らせてもらうぞ」


ウルザードに一瞥すると、そのまま来た道を引き返して行く。


「え、本当にグブッ!?」

「ごめんねぇラキちゃん。シヴァル運搬お願いね」

「良いけどよ、さっきから命令されてばっかの気が済んだけど、気のせいか?」

「気のせいですよ。さっ、行きましょう」


ごねる前に、アリアが仕込み杖でその頭をぶん殴ると、気絶したメスガキをシヴァルが肩に抱え上げる。そしてミレーヌはそそくさと俺より先に一人で前へと行ってしまった。


「待てよミレーヌ、先に行くなって」


それに追随するような形で、俺も駆け足で後を追う。一本道とはいえ、暗い洞穴ではぐれでもしてしまったら面倒になるからだ。


いや、それもあるが本当は違うかもしれない。自分の感情を全部分かっているつもりはないが、何処か引っ掛かりを覚えている節があった。だから、逃げ出したかったのだろう。


何度も言うが、俺はロクデナシなのは間違いない。どんなゲスな事をしようが平気でやってやる自信はある。


それでも、やっぱり。


ウルザードの願いを聞き入れられない自分の不甲斐なさに、呆れていたのかも知れない。


そんな俺を見抜いているかのように、去り際にウルザードの声が、僅かに脳へと残っていた。


『やはり、お前達は良い奴なのだろうな』


その言葉を否定するかのように、俺は足音を大きく踏み立て、暗闇の中を走り去って行った。


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