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酒場で一杯、ハプニング到来、よし逃げよう。

「とまぁ、そんなことがあって、俺は優雅で快適な貴族暮らしから、こんなスラム街で安酒しか飲めねぇ貧乏人になっちまったんだよ……酷いと思わねぇか!!」


そんな昔話を酒の肴代わりに語ってやると、盛大なため息が吹きかけられた。荒くれものとアル中達が絶え間なく喧嘩とバカ騒ぎする酒場の中でも、聞こえるほどの大きなため息だった。


「全く思いませんね。どうせいつものホラですよね、それ」


折角、俺の昔話をしてやったというのに、円形テーブルの隣に座る仲間は、うんざりしているといった目で、俺の話をバッサリと切り捨てた。


「いやいや、マジだって!その後に王城から逃げんのにどんだけ苦労したと思ってんだよ!今でも思い返すぜ、無数に出てくる親衛隊の騎士達、俺に嫉妬して魔法ぶっ飛ばしてくる貴族のボンボン、ようやく逃げ切ったと思えば一文無しの逃亡生活……やべぇ、涙が出てきた。かわいそうと思ったらお酒奢って?」

「貴方みたいなごく潰しのクズ野郎が勇者でしたら、この国は1週間で滅亡していますよ。寧ろ良かったじゃないですか、本当に勇者になっていたら、今頃首が槍に突き刺さっていましたよ」


相も変わらず、歯に衣を着せないどころか、腹黒さを惜しみもなく吐き出しているのはミレーヌである。


女性にしては重装備であるチェーンメイルと、傷と年季が無数に刻まれたプレートアーマーを全身に隙間なく装備しており、首元辺りできっちりと切り揃えた緑髪と切れ長な目つきから漏れてる家畜を見るような視線も相まって、まさに血も涙ない鉄の女といった風貌だ。というか、実際に血も涙もない女なので、最も相応しい格好である。


「俺は大将の話を信じるぜ!!なんせ大将が勇者なら世の中面白そうだからよ!!」


ミレーヌの隣、俺が座る席の真正面で下品な笑い声を豪快に響かせながら、大将と呼ぶのはシヴァルだ。


身長がそこそこある俺よりも頭一つ分も背が高い巨漢であり、上半身は太い鎖を肩から巻いているだけで、下半身は着こなしすぎてボロボロにすり切れたズボンとベルト代わりの手ぬぐい、頭に地毛と同じ黄色いバンダナを巻いているせいで目元が見えにくいが、それでも獲物を射殺すような眼光は滲み出ており、傍からすれば野生人にしか見えないだろう。


「面白がってんじゃねぇぞシヴァル!言っとくが、俺が本気出せばスゲェからな!例えば……こう、なんかアレしてこうして、絶対にスゲェ国になるからな!美男美女が増えて夢の国になるからな!」

「そいつは良いな!!そうなりゃ良い女抱き放題じゃねぇか!!そん時は俺をあのデケェ城に招待してくれよな!んで国中の酒と肉を寄こせよ!」

「!?……そうですね」

「おいミレーヌ、今何考えてたか正直に言え。俺が勇者になれば、国庫使いたい放題とか考えたろ」

「そんなことはありませんよ。ところで、そろそろ実家が恋しくなりませんか?一度、里帰りしてみてはいかがでしょうか」

「実家に帰ったら今度こそ勇者にされるわ!やっぱり考えてたんじゃねぇか畜生!」

「ねぇリューくーん、ミレーヌちゃんとばっかり喋ってないでボクとも喋ってよ!」


ミレーヌとは反対側、一周回って隣で、服がはじけ飛ばんばかりに盛り上がった凶器()をぐりぐりと左腕に押し付けてくるのは、アリアである。


フワフワと揺れる長い桃色が身を後ろで一つに縛り付けて、天真爛漫に透き通る大きな瞳と、王子様に恋い焦がれるように、少女らしく無垢に輝く愛嬌満載の笑顔。純白のローブを切り抜いたマントを肩に羽織り、その空いた前面からは、赤いワンピース越しから伺える、大胆にも男を誘うような深く底のない谷間が女として成熟したという印象を与える。


女性としての全ての特徴を兼ね備えながら、一切のいやらしさを感じさせない純真さに、初めて出会った時は天使かなと思ってたんだけど……。


「いつ見てもアツアツで良いなぁ大将はよぉ!いつアリアと結婚すんだ?」

「もうシヴァルったら!リュー君とボクはもう結婚してるんだよ!だってこの前なんか、一緒に指輪買いに行ったよね?」

「待て、あれは買わないなら、指輪代わりに首輪をするって脅され」

「買ってくれたんだよね?」

「そうです」


彼女になった直後にこの有様だよ。俺が必死に口説こうしてた時は、オークとかゴブリンを見るような眼をしてたくせに、どうしてこんなゆるふわ脳トロトロ思考になったんだ……このままだと、首輪に繋がれて監禁される未来しか見えてこない。


「次は式場を予約させられるぞ……しっかりしろ俺!アリアにガツンと言ってやるんだ!」

「そういえば、この前ナンパしていた女性とはどうなりましたか?確かあなた好みの胸の大きい人でしたよね」

「おい貴様!なんで今その話をしやがった!わざとだろ!絶対わざとだろ!」

「リュー君?何それ聞いてないんだけど?いつどこでなにをしてたの?大丈夫だよね?リュー君はボク以外の女と●●●したり△△したりしないよね?してたの?していたの?していたんだよね?許せないなぁ、ボクのリュー君にそんなことするアバズレも、そんなアバズレにほいほい付いていっちゃうリュー君の事も。今まではお仕置き程度で許しちゃったけど、これは本格的に調教しないといけないのかな?ねぇ、リュー君。ボクのこと好きだよね。ならオネガイキイテクレル?」

「怖いよぉ!可愛い彼女が僕の事を調教しようとしてくるよぉ!助けてシヴァル!この前ショーパブ奢ってやったろ?な?」

「すまん大将。死ぬなよ」

「速攻で見捨てんじゃねぇ!」


不味い、このままだと俺はアリアに調教される!薄暗い地下部屋でアリアに尻尾を振る首輪付きの自分を想像し、思わず身震いしてしまう。冗談じゃない!そんな幸せな結婚生活認められるか!


早くアリアの機嫌を取ろうと頭の中で50通りの方法を画策していると、そんな考えをぶった切るように、突然酒場の入り口の扉が蹴破られたのかと思うほど派手に開かれた。


ここだと酔った勢いや喧嘩の弾みで物を壊す奴は珍しくないし、そんな酒場だから店に入る時は礼儀を込めて、扉をぶっ飛ばすのが常識だという奴も確かにいる。問題はそこじゃなく、入って来たのが誰なのかだ。


それは重々しい銀の甲冑を来た騎士だ。テルモワールでも有数のエリート職である騎士様が、こんな安さしか取り柄のない酒場になんか来ずとも、もっといい店に行くはずだろうし、そもそも鎧を着ている時点で非番ではなく仕事中だということだ。


そんな特異な騎士は一人ではない。まるで軍の行進練習かのように、一部隊の騎士たちが一糸乱れぬ足並みで大地を仰々しく踏み鳴らし、規則正しい隊列を為して侵入してきたのだ。


「おいおい、ご立派な騎士様たちがうじゃうじゃいるぜ。この店もついに閉店すんのか?前から違法なモン仕入れてるって噂だったしよ」

「たかだか一つの店を摘発するのに、こんな大人数で騎士が来るはずがないでしょうが……それに、胸元を見れば分かるでしょう。あれは勇者直属の親衛隊ですよ」


ミネーヌが指差す先は、騎士の一人の甲冑にデカデカと刻まれている、飛翔するグリフォンをモチーフにしたエンブレム。アレは騎士団でもエリート中のエリートが所属する勇者専属親衛隊の紋章だ。


「此処にリュクシス・カムイという人物が居ると聞いた!その者は王の命によりテルモア城への出頭を命じられている!この場に居る、もしくは居場所を知っている者がいるのであれば名乗りを挙げよ!」


先頭に立っている隊長格らしい騎士が、狭い店内の隅まで響き渡るような大きな声で問いかけた。


その両手に広げられた書簡に目を凝らすと、確かにリュクシス・カムイという男を捕らえろという旨が書かれた命令と、国の頂点である勇者のみが出来る紋章の押印が載っている。


そして、リュクシス・カムイというのは、俺が逃亡生活において使っている偽名だ。


(やべぇぇ!完全に俺がヨハンネだって事バレてるじゃん!どこでバレたんだ?この前、娼館の女の子を誘うためにポロッと言っちゃったアレか?それとも飯代をツケにしてもらう為に勇者だって言っちゃったからか?心当たりが多すぎで分かんねぇ!こんな事になるなら、もっと慎ましやかに生きれば良かったぁ!)


今更ながら己の軽率さに後悔するが、そんなことはどうでも良い。やってしまったことは仕方がないし、それより今をどう生きるのかの方が重要なのだ。


というわけで、どうしようか。


あの口ぶりからするに、俺の偽名は知っていても顔までは分かっていないようだな。それもそうだろう。貴族時代には、社交界とか面倒だったから一切出てなかったし、公共の場には全くでない引きこもり生活をしていたからな。お偉方の連中には、誰なのかサッパリだろう。


そう、つまりは誰かが俺を突き出さない限りは、捕まえようがない。


そして、此処で同じ酒と飯を囲んでいる三人の事は良く知っている。


なんせ俺がテルモア城から逃げ出して半年間、数多の強大な魔物や絶体絶命の逆境を一緒に乗り越えてきた頼れる仲間たちだ。苦しい時には共に酒を飲んで全部忘れ、楽しい時には更に酒を飲んで大盛り上がりする


。そんな掛け替えのない日々を過ごしてきた俺たちは、目には見えなくとも固い絆で結ばれているはずだ。


だからこそ、俺は知っている。仲間がピンチに陥った時には。


「この人です騎士様」

「リュー君ならここにいるよ」

「大将、呼ばれてんぞ」


絶対に裏切るって。


「だと思ったよ!あばよ糞野郎ども!!秒で仲間売りやがって!!」

「居たぞ!アイツがリュクシ「これでもくらえやぁ!」ぼごぉ!」

「隊長ぉぉ!!」


瞬時にテーブルを掴んで思いっきり投げ飛ばして隊長格の騎士に直撃すると同時に、店の裏口を目指して走り出す。


分かってたよ!だってコイツら性根腐ってるもん!仲間見捨てるのをポイ捨て間隔でやるような奴しかいねぇもん!付き合う相手間違えたよ畜生が!


「観念しなさいリュクシス!あなたを捕らえれば報奨金が出るはず!大人しく換金されなさい!!」

「誰が捕まるかよ!俺は一生遊んで暮らすんじゃい!勇者になってたまるかぁ!!」


ミネーヌがすかさず捕まえようとするが、そこは長年の仲だ。何か仕掛けてくる前に、ポケットを翻して、入っていた小銭をばら撒く。すると、ミネーヌは小銭が落ちた音に反応して、動きが一瞬だけ鈍った。


守銭奴である奴の事だ!どんな小銭だろうと反応せずにはいられまい!見事に俺の予想通りに動いてくれたミネーヌに感謝しつつ、改めて逃走を図ろうとするが、俺の前に巨大な壁が立ちふさがった。


「よっしゃ大将!どうせなら俺と死ぬまでやりあおうぜ!捕まるよりかは死んだ方がマシだもんな!」

「シヴァルてめぇぇぇ!」


しまった、この蛮族の存在をすっかり忘れてた!コイツ事あるごとに俺の命狙ってきやがる戦闘狂だ!俺が捕まるぐらいなら絶対に殺そうとしてくる!!


「はぁーいみんなぁー、リュー君を捕まえたら特別にボクからサービスしちゃうよ!」

「「覚悟しろやリュクシスぅぅぅ!」」


しかもアリアのせいで店に居た荒くれ共までやる気になってやがる!これだから脳みそが下半身に直結してる奴は!男として恥ずかしくねぇのか!


「お前たち!勇者を捕まえろ!絶対に逃がすなぁ!!」

「「はっ!!」」


それに加えて、さっきまで机の下敷きにされていた隊長格の騎士が、ヘルムをボロネーゼの油でギトギトに輝かせながらも、周りの騎士たちに命令を飛ばした。


これで俺は元仲間たちと荒くれ共、そして親衛隊という三勢力を相手にする羽目になってしまったわけだ。


今の状況を例えるのなら、左手にオーガ、前にオーク、右手にゴブリンに囲まれた半裸の女騎士みたいなものだ。ムフフな展開になるんだったら良かったが、現実は捕まるか殺されるかのどっちかというクソな展開である。


それでも俺は諦めない!今までだって仲間に殺されかけたり、裏切られたりしたことは数えきれないほどあったし、借金取りや衛兵たちに追い詰められたことは有っても、死んだことも捕まったりしたことは一度もない!


俺は絶対に、逃げ切ってやる!


「かかってこいやぁ!まとめて地獄に送ってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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