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洞穴の奥に潜むのは、ドラゴンではなく

クソガキが、ウルザードの頭にへばりついて、もうかなり経っている。その間、互いに全く動かないまま、時が過ぎていくばかりだった。


「どうなるかねぇ。こいつは」


ウルザードを前にして、俺は胡坐を搔きながら、そう呟く。


「逃げないのリュー君?」

「ドラゴン相手に、たかが人間様が逃げ切れると?」


隣で同じく座るアリアにそう聞かれて答えると、「あぁ、なるほど」と手を叩いて納得した。確かに、俺もこのまま逃げようかとも考えたが、メスガキが失敗すれば、どっちにしろ終わりだろう。


だったら、事の顛末を見届けるしかない。俺が今、落ち着いているのも覚悟とは少し違った腹の据え方をしているだけだ。


「死ぬ気はサラサラ有りませんが、それもそうですよね」

「そんじゃ、ドラゴンの野郎が起きたら、起こしてくれよな」


ミレーヌとシヴァルも納得したらしく、武器を投げ捨て、その場に大人しく座り込んだ。シヴァルに限っては、大の字になって爆睡してやがる。


そして、全員で座り込んで、少しの間待っていると、遂に状況が動いた。


「……うぅ……」


メスガキの呻き声が、僅かに聞こえた。それに合わせて、反射的に俺達も武器を握り占めて、立ち上がる。そして、そのままメスガキとウルザードの行方を、どう転んでも良いように、固唾を呑んで見守っていく。


自然と俺の頬から冷たい汗が流れる。混沌極まる乱戦の修羅場より、一寸先に何が起こるか分からない静寂の方が、余程緊張感が迸る。


そんな不安に直面し、動けずにいる俺達とは裏腹に、ウルザードは再び暴れ出す気配はない。未だにメスガキがへばりついた頭でジッと佇むだけだ。


それでも状況が変わっていないことは無い、へばり付いているメスガキが、さっきからボソボソと呻いている。メスガキの能力がどんなのかは分からないが、明らかに何かを完了させた筈だ。


この判断が吉と出るか凶と出るか、それを確かめる様に、息を殺して俺達はメスガキを黙って見つめる。


そして出て来たのは。


「ヴォエェェェェェェェェェェ!!バルボッサァァァァァァ!!」


だらしなく鼻水を垂らしたメスガキの泣き顔だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『いやぁ、すまんかった。ちと昔の事を思い出してしまっての。思わず暴走してしまったわ』

「暴走するなら兎も角、関係ねぇ俺達まで巻き込むんじゃねぇよ」


そう言ってやると、さっきまでと打って変わって、落ち着いた様子のウルザードが、進んだ苦笑を返した。その様子を見て、俺は安堵の息を吐き出す。


あの後、突然泣き出したメスガキを総がかりで引き剥がすと、何があったのやら、ウルザードはまるで魂が戻ったかのように、また最初に出会った時の理性的な態度に変わっていた。


正直、メスガキに頼るのはヤケクソ気味かつ半信半疑だったが、まさか本当に上手く行くとは……伊達に魔王軍四天王を名乗っていないという事か。


さて、そんな功労者であるメスガキはと言えば。


「何で私が拘束されているのよぉぉぉぉ!!離しなさいよぉぉぉ!!」


絶賛、俺達の手で拘束されていた。


「私頑張ったじゃないの!命がけで貴方達を助けたじゃないの!!」

「いや、お前んとこの魔王さんのせいで、俺達死にかけたんだからな」


魔法の影響で記憶を読み取ったというメスガキからの話を聞く限り、どう考えてもウルザードの弟さんを操った魔王の方が悪い。上司の責任は部下が取らなければ。


「観念して、大人しく生贄となりなさいラキ・ルーメンス。さもなければ、穴と言う穴に呪隷を流し込みますよ」

「この鬼!金の亡者!胸ナシ!!サディストォォォォ!!」

「シヴァル、ひん剥いてからウルザードの口に放り込みなさい」

「合点だミレーヌ!!」

「いんやぁぁぁこのケダモノォォォォ!!」


相変わらず、このメスガキは怒りのツボを押すのが上手いようだ。ミレーヌが色の無いガン決まった眼をして、シヴァルに容赦のない命令をした。


「待ってミレーヌちゃん!シヴァル!!」

「あ、アリア……まさか敵である私を……」


しかし、それが実行される前にアリアが待ったを掛けた。途端に、まるで女神でも見たかのように目を煌めかせるメスガキだが、まだこの女のことを分かっていないらしい。


この女(アリア)は、頭がおかしいという事を。


「どうせなら美味しく食べてもらわなくちゃ!先ずは血抜きしようよ!!手伝ってリュー君!!」

「分かった、でもどうせなら五臓六腑引き摺り出して活け造りにするか」

「こんのサイコパス共がぁぁぁぁ!!」


メスガキが自暴自棄気味に叫んでいるのはさておき、背開きか三枚卸か悩んでいると、見ていられないとばかりにウルザードが割って入って来た。


『止めんか、その娘に罪は無い。悪いのは、儂の弟を操った魔王だ』

「へぇ、偉く悟ってんな。さっきまで暴れ回っていたっていうのに」

『魔族の娘に儂の記憶が移ったように、儂にもその娘の記憶が流れ込んできてな。それを見る限り、少々……いや、かなりお調子者ではあるが、根は悪い者ではなかった』

「本当かぁ?」


ウルザードに言われて、俺の手元で暴れているメスガキに注目する。


「もう殺せぇぇぇぇぇ!!いっそ殺しなさいよぉぉぉ!こうなったら食べられてやるわよ!私を美味しく召し上がれ♡見てなさい!これが文字通りの手作りよぉぉぉぉぉぉ!!」


性根の良し悪しはともかく、頭の方は確実に悪いだろう。


『とにかく、儂は怒っておらん。早く離してやれ。哀れすぎて見ておられん』

「しょうがねぇな……お前ら、生贄中止な」

「「「えー、そんなぁー」」」


三人仲良く残念そうにブゥ垂れるが、無駄にウルザードを刺激するよりマシだと判断したらしく、渋々と言った様子でメスガキから手を引いた。


「そうよ、最初から私を解放しなさいよね下等な人間が!!」


ようやく自由を得たメスガキは、ここぞとばかりに威張り散らしてくる。ウルザードが止めていなかったら調理されていたというのに、良く回る口だな。


だがこれ以上メスガキを追い詰めてもウルサイので、放置しておく。そんな事よりも重要な要件が残っているのだ。


そう、ウルザードを殺すという要件だ。


「なぁアンタ。まだ死にたいだなんて思っているのか?」

『……その意志は変わらぬよ。既に儂の身体は末期でどうにもならん。それに今の時代は豊かだ。もう語り部となる生贄は来ぬだろうしな』


その含みのあるウルザードの物言いだけで、生贄が来ないと断言できたのか察する。しかしメスガキだけは、シックリこないようで、それに答えを教えてやるかのようにミレーヌが吐き捨てた。


「口減らしをしなくても良いほど豊かになったという事ですね」

「えっ?」


メスガキが短く驚嘆する。流石に此処まで言えば理解したようだ。だがまぁ、昔から生贄の意味なんてのは、一つしかない。集団の中で不要な人間を排除するためだ。


魔王が討伐されて間もない頃だったら、未開拓な土地を切り開くのに不要な人間は居ただろうが、平和が続いた今の時代じゃ、逆に何処の農村も人手が足りないくらいだ。


だからこそ、勇者の称号を持つ俺達に村人達は頼ったのだろう。要らなくなった体の良い言い訳の不良品を処分させるために。ったく、本当にロクでもない依頼を受けてしまったものだ。


「そんなの最低じゃない!!頼んでもいない生贄を押し付けといて、要らなくなったら殺すって、何様のつもりよ!!」

『それは仕方がの無い事だ。生きる為に人間なりに知恵を振り絞った結果ならば、受け入れる他ない』

「だからって、納得できるわけが」

「はいはーい、メスガキちゃんは黙ってててね」


アリア喚くメスガキの口を押さえつけ、強制的に黙らせた。説得しても無駄だと分かったからだろう。


コイツは純粋すぎる。人間を下に見ている癖に、どこか性善説を信じている節があるようだ。


人間ってのはそんな綺麗な生き物じゃない。身を持って思い知っている俺達だからこそ分かる道理なのだ。


「アンタがそう言うんだったら、もう何も言わねぇよ」


抜き出していた雷斬を収め、帯刀の構えを整える。素早い居合で、ウルザードの首を叩き落とすために。


「待ちなさいよ!あの話を聞いてまだ殺すつもりなの!!」


しかしメスガキがアリアの手を振り切って、講義の声を上げる。そしてまるで俺が悪者だと言わんばかりの憎々しい表情で訴えて来た。


「だって、まだあの子が帰ってきていないんでしょ!?弟さんも見つけてないのに、なのに死ぬのは早いわよ!!」


コイツは本当にやはり、本当の馬鹿なのか。一体、何百年前の話だと思っているんだ。その少女だって、もう死んでいるだろうし、今更世界の何処かにあるドラゴンなど見つかるはずが無い。


「死ぬなんて許さないわよ!だってそんなの悲しいじゃない!!弟さんと少女に会うまで生き抜きなさいよぉ!!」


それでもメスガキが叫ぶのは、ウルザードの記憶を共有したからなのか。それとも単に、情に流されやすいからだろうか。どちらにしても、コイツの頭は甘ったる過ぎる。


そう俺が呆れかえっていると、ウルザードが何を思い返しているのか、静かに目を閉じて深く息を吸い込んだ。


『……確かに、儂にはやり残した事は多くある。しかし、それを差し置いてでも、やらなければならぬ責務がある』

「えっ……それってどういうことなの?」


メスガキが、騒がしい喚きから一転して、不意を突かれて澄んだ驚きを晒す。


『付いて参れ、この奥に儂の理由がある』


ウルザードが俺達から背を向けて、やってきた洞穴の奥へと消えていく。


「この奥に何があるってんだ?」

「そんなの俺が知るかよ。でも……」


隣に居たシヴァルが聞いてくるが、俺が知るよしがない。しかし唯一の家族と約束を諦めてまで、死ぬ理由となれば。


「よっぽどの理由なんじゃねぇのか?それを確かめてみないと分からないけどよ」

「でしょうね、ラキ・ルーメンスの様子を見る限りでは、ですが」


ミレーヌに指を刺されて、メスガキの方を向くと、アリアの腕の中で何かをゴニョゴニョトと不気味に呟いていた。ウルザードの記憶の中で思い当たる節があるのだろうか。


「ラキちゃん、何を知ってるの?教えてよー」

「放っておけよアリア。この奥に行けば、分かる話だ」

「うーん、気になるけど、リュー君がそう言う分かったよ。ごめんねラキちゃん」

「待ってウルザード!!」


アリアが抱えていた腕を離すと、その瞬間にメスガキが、俺達に目もくれず、ウルザードの後を追うように、洞穴の奥へと走り出した。


「おいメスガキ!一人で行くなよ!!」


俺が止めても、ラキは全く耳を貸さずに一目散に駆け込んで行ってしまう。


「どうすんだ大将?放って置くか」

「いや、後を追うぞ、アリアとミレーヌも付いて来い」

「はーい」

「分かりました」


また魔物に襲われても面倒なので、仕方が無く三人を引き連れて洞穴の奥へと同じく駆け込む。


やがてアリアの魔法による光が消え、それでも勘だけを頼りに洞穴内を真っすぐ進んでいくと、辿り着いたのは、天井が崩れて日の光が差す、広い空洞だった。


太陽光を一身に浴びる中央にはウルザードが鎮座し、その膝元には先に駆け出していたメスガキの姿。


「やっと追いついた、ったく何でイキナリ……」


文句の一つでも言ってやろうかと口を開いた時、メスガキの脇から見えたある物体に目を奪われてしまった。


それは楕円形に直立しており、簡素な藁敷きの床に堂々と置かれた、ウルザードと同じ色をした黒い物体。


それが何かを言い当てる前に、ウルザードが告げた。


『見ての通り、コレはドラゴンの卵だ』


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