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或るドラゴンの咎と罪

頭に流れる記憶に、ウルザードの心が重なる。


それは少しの寂しさを含んでいたが、家族の絆や愛情、そして何時の日か帰って来る弟への近いと覚悟。言葉では形容できない、思うだけで温かく包まれる気持ちが、ラキの胸の内を次々と駆け巡って行く。


だが、次にラキへ流れてきたのは、身を焼くような憤怒と、永劫にも似た真の孤独であった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「何故だ、何故だァァァァァァァァァ!!」


ウルザードの慟哭が、雨が降り狂う曇天を揺るがす。しかし、それを応えるドラゴンは、もうこの世には居なかった。


皆、翼を焼き切られ、巨体を切り裂かれ、血を流し、無様にも地上へと堕ちてしまっていた。ウルザードが見下ろせば、かつて共に空を飛んだ同胞達の死骸が、遠くからでも赤く土を染めている。


ウルザードも例外ではなく、辛うじて空は飛べようが、雄大な翼には無数の穴が開き、強靭な鱗は、深々と刻まれた傷に幾つも剝げ落ちていた。


それも全ては……。


「誰にやられたぁぁ!!バルボッサァァァァァァァァァ」


1年前に旅立った筈の、バルボッサ(弟)が巻き起こした惨劇であった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この惨劇の始まりは、突如ウルザードの群れの前に、バルボッサが現れた事から始まる。


ついに魔族を倒したのか、ウルザードはまたあの時のように、同じ空を羽ばたけると、群れのドラゴンの手前、顔に出せずとも心が弾んでいた。


しかし、その気持ちは、頬を掠めたブレスに全て吹き飛ばされた。


「ヴォ……!!」


凝縮されたブレスの熱戦が、群れのドラゴンの一体の胸に突き刺さる。そして何が起きたのか分らぬままに、力無くして落ちて行った。


何が起きたのか、いや何故起きてしまったのか、ウルザードには分からなかった。と奥に居るドラコンを、一点に凝縮したブレスを放つ芸当が出来る天才は、ウルザードが知る限りでは一人しかいない。


ウルザードが改めて前を見直せば、そこには未だ熱収まらない煙を、大きく開いた口から流すバルボッサが居た。


何故、何故だ。信じられない。信じたくない。一体何があった。


「グルゥァァァァァァァ!!」


ウルザードが現実を受け入れられなくとも、状況と時間は進んでいく。群れの仲間をやられたドラゴンは、ウルザードの号令を待つことなく、次々とバルボッサ目掛けて、空一面を覆う大群となって襲い掛かった。


しかし、ウルザードより弱いドラゴンが、バルボッサに叶う通りはない。未熟な鱗や力では、全て無意味であった。


熱線のブレスを放つ度に、直線状に居た幾つものドラゴンが焼き貫かれる。爪を振るう度に、真空波で無数のドラゴンが切り裂かれる。時偶にドラゴンの爪やブレスが、バルボッサに直撃しようと、何物も通さない鱗には、傷一つ付く事が無い。反撃の一撃で沈められてしまう。


最早、それはドラゴン同士の戦いではない。ドラゴンを殲滅するための虐殺であった。


「止めろォォォ!バルボッサァァァァァァァァァ!!」


あっという間に次々と消えていく同胞の命に、ウルザードはついに動き出した。バルボッサに殺到するドラゴン達を押しのけ、最前線へと一気に躍り出る。


そして、強靭な爪を振りかざす訳でも、身を焼くようなブレスを吐く訳でもなく、ウルザードはバルボッサにしがみ付いた。


「何があったバルボッサァ!お前はそんな奴では無かろう!!目を覚ませぇ!!」


ウルザードが必死に叫ぼうと、バルボッサは何も答えない。ただ淡々と爪を振るい、ブレスを撒き散らし、無情にもドラゴンを堕としていく。


だとしても、攻撃の余波で傷つき、爛れ、剝がれようとも、何度も何度も何度も、ウルザードはバルボッサを強く抱きしめ、叫び続けた。


「何故だぁぁ!何故我らを攻撃するんだ!!答えろ!!」


ついに、見向きもしなかったバルボッサと視線が合う。その目を見た瞬間、ウルザードは聡明な弟が何故こんな凶行に及んだのか、ようやく理解した。


正気と光を失った瞳。奥に刻まれた紫色の刻印。長き時を生き、比類なき英知を持ったウルザードのみが、その意味を知っていた。


それは魔族が使うとされる『魔工』特有の魔方陣。


そして、効果は術者による対象の隷属。その効果は対象の命が尽きる時まで続く。


解く術は、未だに解明されていない最悪の魔法、それと同時に最悪の事実であった。


「誰にやられたぁぁ!!バルボッサァァァァァァァァァ」


この術に掛けられたが最後、意識が戻る事は無いと知りながら、それでもウルザードは問い続ける。こちらを向いたのだって、反応したからでなく、既に周りのウルザード以外のドラゴンが居なくなってしまったからだ。


もう、待ち詫びた弟の面影は戻ってこないとしても、それでも僅かながらの希望に縋り付く。せめて一言、何があったのか、誰がやったのか、最後に伝えたい言葉を聞きたかった。


その希望を焼き尽くそうとするように、バルボッサの開いた口の奥から、眩いブレスが光瞬く。


最早、これ以上の声は届かないのだろうか。唯一の家族として愛し、比類なき友として競い合い、そして群れの長として決別したバルボッサには、ウルザードの叫びは聞こえなくなってしまったのだろうか。


激しく憤る怒りに空いたウルザードの心の穴に、諦観が重苦しく流れ込んでいく。


もう、弟は戻って来ないとウルザードは知っていた。戻って来ないと知った故に歪んだ顔で涙を零し、嗚咽を零す口に焼け爛れる程のブレスを貯め込んだ。


このまま何処かを彷徨い、同胞殺しの烙印を押される前に、せめて兄に殺された愛すべき弟としての最後を。その咎を背負う覚悟は、用意するしかなかった。


「許せとは言わない、儂を憎め弟よ。このロクでもない兄をな」


その瞬間、重苦しく空を覆う鉛色の曇天に太陽が現れた。二匹のドラゴンが放つブレスは激突し、巨大な爆発を引き起こしたのだ。その爆発に触れた雲や雨は瞬く間に蒸発し、地上には夏の日差しが如き光線が降り注ぐ。


やがて爆発が収まり、曇天の中で生まれた不自然に晴れた空洞には、二匹のドラゴンの姿が未だに存在していた。


前者は翼を羽ばたかせることなく、全身から力を無くしたようにダラリと垂れ下がって動かない。後者は、未だボロボロの翼を頼りなくはためかせ、尚も空を飛んでいた。


前者が、空から堕ちていく。それを後者が両手で受け止める。


「今回は、儂の勝ちだな。弟よ」


前者―――ウルザードは後者バルボッサに対して、そう言う。二百二十二連戦をして勝てなかった弟に、初めて勝利して感じたのは、嬉しさでも悲しさでもなく、冷たくなった身体の感触であった。


「……今誓おう、儂の無知と弱さ故に起きた、この家族殺しを受け入れる。そして、我が身尽きるまで、弟を殺した者を滅すると」


己の罪と覚悟を、ウルザードは天に誓う。その時、これからの過酷な運命の褒美かのように、僅かな奇跡が降りてきた。


「ニイ、サン」


バルボッサが、喋り始めた。


「バルボッサァ!生きていたのか!!」


嬉しさのあまり、ウルザードが歓喜の声を上げる。しかし、それは束の間の軌跡だと、直ぐに理解してしまう。


「コエモ、カオモ、ワカラ、ナイケド、コノ、テハ、ニイサ、ンダ」

「もう喋るなバルボッサ!!死ぬぞ」


血反吐を漏らして、風吹けば掠れるような声であった。まるで命の灯火が削って言葉を紡ぐような弱弱しいバルボッサに、ウルザードは必死になって止める。


しかし、目も耳も潰れてしまったバルボッサには、何も届かない。ただ、死にゆく現実を前にして、そこに居るであろう兄に語り掛ける様に独り言を呟くのみであった。


「アハハ、ゴメン、ネ。ボクガ、ニイサン、ミタイニツヨ、ケレバ」

「何を言う!お前は強いと言ったろう!!謝らなければならないのは儂の方だ!儂がお前の術を解く術を知っておれば!!儂がお前を抑えられるぐらいに強くあれば!!」


刻々と乾いていく声を出すウルザードに、幾ら涙を流そうとも傷が癒える事はない。消えていく体温に身体を擦り合わせようと戻る事はない。


己の無知と不甲斐なさと嘆こうと、弟の命は帰る事はない。


「生きろ!生きろバルボッサ!折角帰って来たというのに!!何故だ!何故だぁぁぁぁ!!」


天に叫ぼうとも、誰も居ない空には響くばかり。そうしている間にも、バルボッサの命の炎は消えようとしていた。


そして今まさに、最期の言葉を残そうと、バルボッサの口が動いた。


「ニイサン、ボクハ、イイタイ、コトガ……」

「何だ!なんだと言うんだ!!」


何を伝えたいのか、何を言い残したいのか。恨みの言葉か生への執着か、いやそんなのは何だって良い。命落とす寸前であっても、兄を思う優しい弟の言葉を一言一句違わずに、ウルザードは心に忘れぬように刻み付けたかった。


そして、バルボッサは。


「―――」


突如、巨体をも吹き飛ばす荒れ狂うような風が言葉を掻き消し、バルボッサをウルザードの手元から攫っていった。


「バルボッサァァ!!」


堕ちていくバルボッサにウルザードが手を伸ばそうと、空を切るばかりで何も掴めやしない。共に地面へと堕ちるのみ。


それでも懸命に手を伸ばし、風を受けられない羽を羽ばたかせ、バルボッサを求めた。だが、既に限界以上に傷ついた肉体は、激しい急降下に耐え切れずに、ジリジリと刈り取ってゆく。


歪んで褪せる視界の中、バルボッサを見失わないよう、必至に目を凝らし足掻き続けるウルザードの耳に、風霧音に乗せて、掠れた声が聞こえた。


『マオウ……二』


その言葉の意味を咀嚼する前に、ウルザードの意識は、地面に叩きつけられると同時に消え去ってしまった。


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