国を滅ぼしかねないドラゴンの実力
「チィ!恨むんじゃねぇぞ!!」
咄嗟の判断でリュクシスは雷斬を振り下ろすが、動き出したウルザードに上手く狙いを付けれる筈がなく、外れて鱗へと直撃した。
固い、こんな薄皮一枚の鱗でも、まるで鋼鉄の塊を突いたかのような硬度だ。それでも無理矢理に切っ先を滑らせ、継ぎ目を僅かに食い込ませた。
しかし、それが限界だった。急激に高度が増すウルザードの頭に付いて行けず、リュクシスの身体はバランスを崩して、空中に投げ出される。そして、そのまま地面に落下していった。
「だぁぁぁあぁ!?」
直前に受け身を取りながら着地をするが、衝撃は殺しきれない。その勢いのままに、リュクシスはゴロゴロと地面を転がる羽目になった。
「何だってんだ?」
先ほどまで立っていたウルザードを見る為に、全身を激しく打つ痛みに耐えて、リュクシス顔を上げる。そして、生存本能がけたたましい警鐘を掻き鳴らした。
ウルザードの顔をそれはもう酷い有様であった。賢者然としていた穏やかな顔つきは無く、憎悪に満ちた憤怒の形相になっている。瞳はこれ以上なく見開いており、剥き出しになって威嚇する牙は、今にも此方に襲い掛かってきそうなほどである。
何よりも恐ろしいのは、出会った時とは比べ物にならないくらいの覇気。放って置けば、本当に世界を滅ぼしかねないほどの強烈な威圧感は、冗談で言っていた言葉が現実であると真に証明していた。
「何が全盛期ならだよ、今でもバリバリに世界滅ぼしそうじゃねぇか……」
リュクシスの悪態に、ウルザードは答える気配もない。逆鱗に触れられたように荒れ狂うドラゴンには、狂暴さを晒しだす低い唸りを上げるのみであった。
「あ、貴方達!一体何やらかしたのよぉ!!あのドラゴン凄い怒ってるじゃないの!!」
その唸りで現状をようやく理解したラキが、何が何やらとリュクシスに詰め寄る。だがそれを言いたいのは、リュクシスの方であった。
「知るか!と言うか原因はお前だろうが!!お前を見た瞬間に暴れ出したんだぞ!!」
「あんな馬鹿デカいドラゴンなんか初めて見たわよ!!」
ラキが目を覚ました瞬間に、ウルザードが血相を変えて暴れ始めたのだ。これで何もなかったとは言えない。リュクシスが逆に問い詰めるが、ラキには覚えが無いと言ったように、目に見えて狼狽えている。
もっとちゃんと思い出せと更にリュクシスが踏み込もうとするが、上空から差し込んだ二人を覆う巨大な影に、続きの言葉が遮られた。
「ボサッとすんな!!」
「へっ?」
その正体が分からないで惚けるラキの首根っこを引いて、リュクシスが影の範囲外まで飛び退いた。すると次の瞬間には、寸分違わない大きさをしたドラゴンの前足が、元居た場所を踏み潰した。
「ヒエェェェ!!」
間一髪で助かった事実に、この期に及んで気づいたラキが悲鳴を上げるが、それに反応をする暇はなかった。深々と地面に後を残した前足を引き上げると、今度は横薙ぎに払う追撃がリュクシスとラキに襲い掛かった。
それをリュクシスは地面に雷斬りを突き刺し、全身に力を込めて敢えて受け止める。しかし、ウルザードの爪に触れた瞬間に深い溝を一直線に刻みながら、壁際まで弾き飛ばされてしまう。
「カッ!?」
一撃を受けただけでも分かる。衰えたとは言え、ドラゴン種としての人外の膂力。受け止めただけでも、全身の骨が砕け散りそうな衝撃が駆け巡る。いや、実際に何本かの骨は折れているだろう。それほどの威力が、単なる薙ぎ払いで実現させているのだ。
後一撃でも受ければ、この身体が使い物にならなくなる。そう直感で判断したリュクシスは、打開策を探り始める。そこで首根っこを掴まれたまま、余波だけで気を失いそうになっているラキに尋ねた。
「期待はしてねぇが、聞いておいてやる。あの怒り狂うドラゴンを操る事は出来るか?」
「無理に決まっているじゃない!どうやってあの怪物に触れられるって言うのよ!!」
さも当然の事を言うラキ。そんな力があったのなら、今頃テルモワール王国どころか大陸は魔王の手に落ちているだろう。分かっていた事実に溜息を漏らすことなく、ラキから手を放して、ウルザードに向き合う。
「死にたがりが随分とやってくれんじゃねぇか!今になって命が惜しくなったのか!?」
己を鼓舞するためのリュクシスの挑発に、ウルワードは応える様子は無い。その代わりに怒り狂ったかのような激しい咆哮が地の底を震わせた。
「グルゥアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
その一声だけで、周囲の死骸は空を舞って吹き飛ばされ、洞穴の壁や天井が土を散らして亀裂を迸らせる。このままウルザードが暴れようものなら、今にも崩壊寸前の洞穴と共に、俺達は地下深くで生き埋めになるだろう。
「『呪術技法贄柱』!!」
それをミレーヌが繋ぎ止める。
いつの間にかウルザードから降りていたミレーヌは、槍の底をドンと突き落とすと、地面の至る箇所から煙が昇るように黒靄が噴出する。そして天井に到着した瞬間に消失すると、代わりに死体が積み重なったような悪趣味染みた柱が、洞穴を寸での所で支えていた。
それと同時に、ウルザード専用の檻と化して、動きを僅かに止める。
「余り長くは持ちませんよ!一撃で仕留めなさいシヴァル!!」
「あいよ!!」
息巻いた返答が頭の上から聞こえてくる。仰げば、天井スレスレの上空をシヴァルが身軽にも、片足を直角に開きながら曲芸が如く舞っていた。
「行くぜぇ!『残馬堕とし』ぃ!!」
一直線に振り下ろされた足が、ウルザードの眉間を撃ち抜く。単なる踵落としであるが、桁外れの威力に、衝撃波が顎を超えて真下の地面を深く削り取った。
だがそれだけでは、ウルザードは倒れない。シヴァルの一撃は僅かに動きを止める程度で、身体を一旋回するのみ。
たったそれだけの動作で、太い尾が宙を舞っていたシヴァルを掴み、囲んでいた幾つもの柱を全て軽く打ち壊していく。
そして最後には尾を壁と挟むようにしてシヴァルを深々と減り込ませた。
「ガッ!!」
血反吐を吐き出すのを皮切りに、シヴァルが力なく落ちていき、今度は地面へと激突する。
「ギャァァァアァ!死んだぁぁぁぁ!?」
「お前は少し黙ってろ!あれくらいで死ぬ訳ねぇだろ!!」
リュクシスの後ろではラキが取り乱したように喚いているが、そこまででも無いにしろ、同じく驚きを禁じ得なかった。オーガですら傷一つ受け止めるシヴァルが、尾の一振りで沈められるなど、信じられない光景だった。
「みんな避けてね!!」
ウルザードの背後からアリアの声が響く。
ウルザードの規格外れの巨体に隠れて、今まで見えていなかったが、声を聞いてようやくリュクシスは股の向こう側から、何が起きているのかが確認できた。
仕込み杖の魔法石から、絶え間なく溢れ返る火弾が寄り固まって、アリアの頭上にウルザードの胴体を包めるほどの巨大な球体を形成していた。
「ギュッと凝縮!一点集中!『火弾:アスガルドフォイア』!!」
まるで準備完了とばかりに張ったアリアの詠唱と同時に、特大の塊がウルザードを背中から燃やさんと襲い掛かる。そして被弾すると同時に、周囲一帯の燃える物全てを巻き込んで、激しい焔が燃え広がった。
余波で伝わる身を焼くような吹きすさぶ熱風に、リュクシスは腕で顔を守りながら目を閉じる。そして温度に慣れた頃合いに、ゆっくりと瞼を開いた。
「おいおい、本当にバケモンか、こりゃ……?」
思わず、リュクシスは絶望を漏らす。
アリアの魔法は、ウルザードには効いていない。激しい炎に全身を包まれようとも、ウルザードの鱗や翼には、全く燃え散る事は無かった。
湿った枝に火を付かないという次元ではない。魔法自体があの鱗や翼に弾かれているのだ。
「グァァァァァアァ!!」
煩わしいとばかりに、翼を広げて一羽ばたき、それだけで、あれだけ炎上していたアリアの魔法は、蝋燭に息を吹きかけるように掻き消え、身が飛ぶような風が吹き荒んだ。
「嘘……!!」
驚きに目を見開いて、そう驚愕の声を上げるアリア。
そして驚きに動けないアリアに、ウルザードは狙いを付ける。その巨体を翻して、アリアと向き合った。
「アリアァァ!!」
嫌な予感がリュクシスの頭をよぎり、溜まらずアリアの名前を呼んで、駆け出してしまう。そしてウルザードの股の間を縫うようにして潜り抜けると、それが正しかったのだと認識させられた。
鋭い牙に閉ざされていたウルザードの口が、開かれている。その奥には、アリアの火弾よりも真っ赤に燃え上がる、灼熱の業火が揺らめいていた。
「リュー君!助けに来てくれたんだ!!」
「喜んでんじゃねぇよ!死にたいのか!!」
アリアの元に着くやいな、リュクシスはその手を強引に掴むと、2人してウルザードの股下に滑り込んだ。
その最中、耳を刺す轟音と身が焼けるような熱に、振り向いてしまう。
「グルゥゥァアア!!」
放たれるのは、高密度の炎で満ちたブレス。空気を触れた端から焼却させながら吐き出されるそれは、瞬く間に目の前の世界を火の海に溢れ返らせていた。
「危なかった……」
あの業火に巻き込まれていたら、きっと骨すらも残らずに、消滅してしまう。言われずとも理解する当然の事実に、リュクシスは戦慄が止まらなくなる。それでも足を止めることなく、アリアを連れて、ついにウルザードの股下を潜り抜ける。
「ミレーヌ!壁!!」
「『呪術技法『贄柱壁』!!」
すかさずミレーヌに指示を飛ばすと、俺達が通った後に、黒霧が横一列に立ち込め、今度は柱ではなく人間を固めた柄をしたうず高い壁が、ウルザードを阻むようにして出来上がった。
「時間稼ぎにもなりませんよ!!」
「上等!それで十分だ!!」
アリアをミレーヌに預け、ミレーヌが建てた壁を羊紙のように容易く前足で切り崩す怪物に向き合う。
その僅かな隙さえあれば、リュクシスの剣技は充分に高めることが出来る。
短く一呼吸を挟み、雷斬を上段に構える。迫りくるウルザードの脅威に、恐怖が頭が支配されそうになるが、意識を刃に集中させて、心を鈍化させる。
生半端な魔力を載せただけでは、あの分厚い無敵の鱗は切り裂けやしない。ヴィオーネやフランザッパでは、消費は少ないが、威力は足りないだろう。
やるのなら全魔力、そして全身全霊の最大威力を持ってして立ち向かわなければならない。
身体に残る魔力に全て雷属性を付与し、雷斬へ一気に流し込む。その負荷に耐え切れず、刀身が溶けそうなほどの火花と閃光を放っており、内側から壊れかねないほど震えるが、それでも、構わず限界を超えていく。
「付与……雷ぃ!!」
さっきまで元気に動いていたリュクシスの全身が鉛に変換したように重くなるが、喉を傷めてでも声を張り上げさせ、足が減り込ませるぐらいに力を込めて踏みしめた。
「グラァァァァァァァァァァ!!
ついに、ウルザードが、最後に残った壁の残骸を壊し尽くす。これで俺を守る砦は無くなったが、準備は既に整っている。
後は、その顔面を目掛けて、真っ二つに切り裂くのみ。
有りっ丈の威勢と虚勢を入り混じらせ、雄叫び染みた気合を載せて渾身の一撃を、リュクシスは振り下ろす。
「『満雷』ぃぃ!!」
振り下ろされた雷斬から放たれたのは最早、雷の域を超えて閃光に達していた。地面も空気も、音さえも切り裂いてしまう稲妻溢れ返る斬撃は、広い洞窟内が視界が眩む白光に満たされるほどの光を放ちながら、ウルザードの顔面を直撃した。
この前、初めて評価が付きました!しかも、評価★5を頂いて、驚いています!!評価して頂いた読者の方や、評価はしていないけど読んでくれている人含めて、もはや感謝しか有りません!!
これからも、読んでくれている人や、新規で読んでくれる人の為に、続けていきたいと思います!!