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探索には戦闘と暗闇が付き物である

一寸先すらも見通せない暗闇に満たされた洞穴内に、垂れた雫が水溜まりで弾ける音が不気味に響き渡る。


「せめて松明でも付けろよ、不親切な洞穴だな」


ドラゴンがそんな親切をする筈も無いと分かりながらも、こんな暗闇ではリュクシスは愚痴を零さずには居られない。


試しに両手を開いたり閉じたりしてみるが、自分の身体すら確認できなくては、本当にそうしているのかすら、リュクシスは自信を持てなかった。


まるで精神だけが海の底に沈んだようで、どうにも慣れない感覚が嫌に気持ち悪い。


「だぁぁぁ!こんな暗くちゃ頭がイカレそうだぜ!何とかしろよアリア!!」

「ちょっと待って、ミレーヌちゃん。今から唱えるから」


リュクシスの距離感では少し遠い位置から、シヴァルの喧しい声が反響する。それに応じて、今度は近場から、アリアのふざけた詠唱が木霊した。


「可愛い可愛い明かりちゃん、私の周りを漂って。『火弾(ファイアーバレット):フロウライト』」


暗闇の中で、アリアの赤い魔法石が光を放つ。その光から燭大の小さい灯火が吐き出されると、リュクシス達の周りをフワフワと漂いながら、一帯の空間を満遍なく照らしていった。


そうして明るくなった洞穴内をリュクシスは改めて見直すと、オレンジ色に映る仲間達がやっと把握できた。



「アリアの魔法は便利で良いよな。俺もやってみてぇぜ」

「ボクの魔法は特別だからね。普通に魔法を覚えても、無理だと思うよ」


シヴァルが物欲しそうに羨ましがっているが、アリアはキッパリと断言した。恐らく、事実なのだろうと、リュクシスは検討を付ける。


実際、リュクシスは魔法使いを名乗る奴は沢山見たことは有るが、最初級火魔法の『火弾』をこのように自由自在に変化させられるのは、アリアしか知らない。何処で覚えたが分からないが、本当に変な魔法である。


「早く行きますよ。この炎も長くは持たないのでしょう」


ミレーヌが、漂う灯火の一つを掌にかざして、そう言う。魔法で生まれた炎は込められた魔力により、その持続時間は異なる。これぐらい小さな炎だと、大して長持ちしないと考えたのだ。


「そんなに急がなくても良いんじゃないかな。直ぐには消えないし、消えたらまた付けるからさ」


額に付いた玉のような大粒の汗をマントで拭いながら、アリアは固まった土の壁に手を付く。


土に染みた水分と空気が籠った湿気満載の地下は、リュクシス達の体力を確実に蝕んでいた。この中で比較的体力のないアリアだと猶更だろう。


だがそんな意見をミレーヌは無視する。


「却下です。どれくらい先があるのか分からないのに、無駄に魔力を消費するべきではありません」

「同意見だな。こりゃ結構深い穴のようだしな」


リュクシスもミレーヌに同意する。


洞穴に入り始めてかなり立つが、一向に終わりが見えない。そんな中で、最奥にドラゴンが居ると知りながら魔法を乱発するのは、魔力の面から極力避けたいからだ。


それを分かっているのか、アリアは文句を返すことなく答えた。


「はぁい、分かったよ」

「分かればよろしい。それじゃあ、探検再開と行こうか。シヴァル、早く進め」

「それなんだけどよ大将、一つ聞いていいか?」


アリアの前に割り込んで隊列を整えると、リュクシスは戦闘に居るシヴァルに対して、声を掛けるとシヴァルが聞いてきた。


「何だよ、手短に要件を言えよな」

「あのガキ、カラナシエスカルゴに食われてるけど、放って置いて良いのかよ?」

「あっ」


言われてリュクシスが後ろを振り向くと、人間一人収まるぐらいの巨大な体躯ナメクジ型魔物『カラナシエスカルゴ』に、ラキが頭から上半身を丸ごと貪られていた。


そう言えばとリュクシスは、さっき暗闇の中で手を開いたり閉じたりしていた時に、ついメスガキの襟首を離してしまっていたのを思い出す。その瞬間に暗闇から襲われたんだろうか。


「生きてるかぁーメスガキ」

「ブモ!?」


リュクシスが雷斬でカラナシエスカルゴの胴体を切り裂くと、唾液と溶液に塗れたラキ萎んだ口から射出される。少し酸欠気味で痙攣しているが、まだ生きているらしい。


「あぴゃぁ!?死ぬかと思ったわ!?早く助けなさいよ!!」

「全身を飲み込まれでもしねぇ限りは死なねぇよ。後、ヌメヌメしていて気持ち悪いから近寄んな」


まるで汚物でも扱うように、暴れるラキから遠ざけかるリュクシス。動かれると、カラナシエスカルゴの体液が飛び散るからである。


「にしても、このカラナシエスカルゴはどっから出てきやがったんだ?」


シヴァルが真っ二つにされたカラナシエスカルゴの死骸を足でなじりながら、そう呟いた。


その呟きに、リュクシスはふと考えてしまう。


確かにこの洞穴内を歩いていたが一度もカラナシエスカルゴどころか、魔物の一匹すらも遭遇していない。なのに今更出て来たのはどういうことなのだろうか。


そんなリュクシスの疑問に答えるかのように、ミレーヌは周囲を警戒する素振りを見せながら、疑問に答えを出した。


「元々壁や天井に張り付いていたのが、アリアの魔法の光に誘き寄せられたのでしょう。こんな薄暗くて湿気ている環境、カラナシエスカルゴが如何にも好みそうな場所ですからね」

「あぁ……アイツら、何処にでも湧いてくるからな。そりゃ居ない方が可笑しいわな」


失念していた可能性を指摘され、リュクシスは頭を抱える他なかった、魔物は自分に合う環境だったら、何処にでも生息している。それでも、まさかドラゴンの住処にまで居るとは、リュクシスには考えもつかなかったのだ、


だとしたら、


「ま、待ちなさいよ!?だとしたら……」


そこでラキ、嫌な事実に気づいてしまったらしく、蒼白に染まった顔を晒して、言葉を喉に詰まらせてしまう。


そこでリュクシスは、見上げてみろと人差し指を天井に伸ばすと、ラキは素直に従う。


前提知識として、カラナシエスカルゴのような単体では弱い魔物は、一匹見れば30匹は居ると思えと格言が残るぐらい、決まって群れている。ラキを丸呑みしようとした個体だけっていうのは、早々有り得ない。


そして、広い草原とは違い、洞穴のような閉塞空間では多種多様な魔物がひしめき合っているのも常識だ。上手く共存している故に、時に協力してこちらに襲い掛かって来るので、とても厄介な事態となる。


それが何を意味するのかは、天井を見れば分かる。


見通せる限りの天井一面を埋め尽くすように、へばり付いている夥しい数の魔物を見れば、誰でも分かるだろう。


「ドラゴンの住処の前に、魔物の巣窟って事か。全く嫌になるな」


リュクシスがそう嘆くと、まるで示し合わせたかのように、洞穴内に魔物達のスコールが降り注いだ。


「アリアぁ!!」

「炎の前では全て灰燼!『火弾(ファイアーバレット):アブストラクト・シールド』!!」


即座にアリアを呼ぶが、指示を出すまでもなく、魔法石から放たれた炎の壁が、リュクシス達に頭上を目掛けて落ちてくる魔物達を阻む。


しかし、それ以外に落ちていった魔物達までは掃討は出来ない。一瞬にして俺達の周囲は洞穴を埋め尽くさんばかりの魔物で溢れ返ってしまっていた。


「洞穴の魔物大集結か?これは随分な大歓迎だな」

「軽口叩けるくらいには余裕って受け取っても?」


ミレーヌに聞かれて、「勿論」と返すリュクシス。そしてそのまま、状況を把握する為に、周囲の魔物達を一度確認する。


『カラナシエスカルゴ』は当然、身体以上に大きい羽と血が染みついた獰猛な牙が特徴の蝙蝠型魔物『ヴァンプバット』に、群れさえすればオーガですらも貪る昆虫大の蟻型魔物『ハンティングアント』まで揃っていた。


「なぁメスガキ、この量の魔物を手懐けられねぇか?」

「無理に決まってるでしょ!!」


背中にしがみ付いて隠れるラキへ、リュクシスが試しに聞いてみたら、やはりそう返される。そうでなければ、カラナシエスカルゴなんかに食われていないだろう。


期を伺っているらしい魔物達から数歩離れると、いつの間にかリュクシス達は背中合わせに繋がっていた。


「小物には興味がねぇからよ、俺が纏めて踏み潰してやろうか?」

「生き埋めになるなら一人でやってろ。お前の馬鹿力で暴れたら壁が持たねぇよ」

「なるべく素早く仕留めましょう。こんな雑魚相手に消費するのは勿体ないです」

「それなら、ボクはあんまり出番はないかな。燃やせなくて残念だよ」

「く、ぐるじぃ。どぎなざいよぉ」


つまり、パーティーの総意としては、こう言う事になるだろう。リュクシスは纏めとしてこう締め括ってやる。


「全員で一撃ずつ出して殲滅で行くか」

「「「それが良い」」」


そう結論付けた直後、まるで会話の終わりを待っていたかのように、全方位から魔物達の侵攻が始まった。


「準備は良いよな?火力間違えて俺迄巻き込むんじゃねぇぞアリア」


最後の確認として、東を向くアリアにリュクシスが目配せをする。ヴィオーネを抜いて氷の魔力を循環させる。


「もぉ、流石のボクだって敵と味方は間違えたりしないよ!それよりシヴァルの方が心配じゃないかな」


アリアから、北を向くシヴァルに疑惑の視線が渡る。仕込み杖の先にある魔法石が、怪しい光を放つ。


「そんな心配はミレーヌにでもしてやれよ。俺より弱ぇミレーヌをよ」


シヴァルから、西を向くミレーヌにヤジが飛ぶ。肩をグルグル回して調子を確かめている。


「頑強さだけが強さではありませんよ。リュクシスでしたら分かりますよね?」


ミレーヌから、南を向くリュクシスに回る。背中から立ち込めた黒霧が姿を隠していく。


そして一周して元に戻って来た会話の最後を、リュクシスが合図と共に締め括る。


「息を合わせろよ?行くぞ、せぇ」

「『威蹴地面(いけじめ)ぇ!!』

「おいぃ!?」


先走ったシヴァルに、元から腰を抜かしているメスガキ以外の全員が慌てて地面に伏せる。

シヴァルが蹴りさえすれば、土くれだろうが鋼鉄並みの弾丸に匹敵するからだ。


『ギャバァ!?』

『ギャババババァ!!』


リュクシス達の頭上を掠めると、蹴り飛ばされた土が全方位に渡って、空中から飛来するヴァンプバットの翼や胴体をぶち抜いていく。


「合わせろって言ったろうが!!ヴァンプバットじゃなくて俺達の頭吹き飛ばすつもりか!?」

「そりゃ済まねぇな。あんまりにも雑魚が鬱陶しくてよ」


リュクシスが抗議しようと、シヴァルには悪びれる様子は無い。そもそも、この馬鹿共に息を合わせる協調性を期待した俺が馬鹿だったのだ。


「ボクも勝手にやっちゃうよ!!」


そして、シヴァルが口火を切った事で、アリアも動き出した。


「蛇と一緒にのたうち回って!『火弾(ファイアーバレット):サラマンスネイク』!!」


魔法石から伸びた炎の一筋が、まるで燃え上がる身体をした蛇のように、地面を不規則な軌道を描いて、ハンティングアントの群れの中を這いずり回った。


『シシィシ!!』

『チチィッチ!!』


蛇の顎と身体に呑まれたハンティングアントとカラナシエスカルゴは、羽音のように姦しく甲高い断末魔を発しながら、暴れ狂う炎に影形も残さずに焼き消えていく。


「チェ、まだ残ってるよ」

「あぁ、今日は調子が悪いみてぇだ」


シヴァルとアリアが愚痴を零す。飛び散る弾幕と逆巻く炎では、地面を自分達で一色に染めていた魔物も、三分の一にまで減らすことは、全てを片付けることは出来なかったのだ。


だが、運良く弾幕から逃れたヴァンプバットや、炎の奔流に目を付けられずに済んだハンティングアントにカラナシエスカルゴが、同種の死を見て次はこうなるのかと、怖気づいている。


「後処理はお任せを」


そこで機を待っていたとばかりに、一番惨い殺し方をするミレーヌが動き出した。


「『呪術技法(カースドスペルアーツ)蝕毒霧中(・しょくどくむちゅう)』」


手前で槍を高速で旋回させ、風を送り込む。そしてフッ、と黒い靄を含んだ息を吹けば、たちまちに風と共に広い洞穴内に薄く拡散していった。


「蠢け、その身食い破るまで」


魔物であっても、呼吸はしている。取り込んだ靄は魔物達の中に隷呪を宿らせる。隷呪はミレーヌの命令に忠実である。言葉の通り、残った魔物達の身体が内側から変形し、汚い血飛沫の爆弾となって破裂した。


「さ、これで片付きましたよ」

「いや、まだ残っている」


槍を振り下ろしてカッコつけているミレーヌに、リュクシスが水を差す。


「何処に居るの?」

「それはな、ここだよ」


アリアが聞いてきたので、リュクシスはヴィオーネを地面に刺すことで教えた。


付与(エンチャント・)(グラッセ)。『這いよる(ランパー・プラント・)棘蔦(ランツ)』」


ヴィオーネから放たれる魔力の霧は、リュクシスの思い通りに氷の芸術を創造する。


見えなくとも分かる。ヴィオーネから伸びた氷の茨群が、潜む魔物達の腹を突き破って地中を暴れ回っている感覚が、魔力を通して伝わっている。そして、剣軸を半回転させると、氷の茨達は地面を破って姿を露わにした。


『モグゥ……』


その先端を、鼻先と爪を鋭く尖らせたモグラ型魔物『ライナードリウス』が串刺しになって、透ける薄氷を赤色に染め上げていた。


「これで、本当に全部だな」


ヴィオーネを地面から抜き、鞘に納める。そしてリュクシスは改めて周りを見返してみる。


貫かれ、燃やされ、破裂し、串刺しにされた魔物が地面を埋め尽くし、流れる赤い血と錆びた鉄のような生臭い匂いが充満する、凄惨たる光景だ。どうして、いつも戦闘の後はこうもグロテスクになってしまうのか。


「そう言えば、メスガキはどうした?巻き込まれてねぇよな」

「生きてるぜ。伸びてるようだけどよ」


リュクシスは今度こそラキの存在を忘れずに安否を確認すると、シヴァルが飛び散った魔物達の贓物に塗れながら、泡を吹いて気絶しているラキを指差した。試しに足蹴りしてみるも、「フガッ!?」と言うだけで起きる気配が無い。


「どうせ起こしてもウルセェし、このまま運んで……」


行くか。そう言い終わる前に、背筋に氷塊を敷き詰めたような凍り付く予感が、リュクシスの思考を刹那の間、真っ白に塗り替えた。


その嫌な予感は、リュクシスだけではない。戦闘が終わって緩み切っていたシヴァル達の顔が、魔物に囲まれた時よりも険しいものになっており、武器をもう一度、今度は洞穴の先一点のみに向けて構えている。


リュクシスもフランザッパの柄を握る。コイツさえ有れば、先ず間違いないくどんな攻撃だろうと対処できる自信はある。初手でこの剣を使うのは、俺なりの本気を表しているのだ。


と言っても、何が出てくるのかは、既にわかり切っていた。今尚、脳を絶え間なく刺激するこの予感は、洞穴の入り口で既に経験している。それを煮詰めて固めたのが、この奥から近づいて来ているのだ。


そんな存在など、洞穴には一体しか居ない。



ドラゴンが、こちらに向かってきている。

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