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そうだ、洞穴に行こう

「ねぇねぇ、リュー君。さっきの答え、教えてよ?」

「さっきの答え?なんだっけか」


村から少し離れた草原を馬に乗って目的の場所に移動している最中、ヘイデン村から借りた馬に一緒に乗っているアリアが、背中から肩を叩く。


そう言えば、メスガキに拷問する前に聞かれていたか。あの時は空返事をしていたから、内容を忘れてしまっているけど。


惚けている俺をアリアは揺さぶって思い出させようとする。だがそれでも無理だと悟ると、ようやく口に出した。


「もう、どうしてあの村を焼かなかったのかだよ!奪えるだけ奪って逃げ出せば良かったじゃん!!」

「あぁ、その事ね」


確かに、こんな無茶な依頼を受けるくらいなら、村の食料と馬を強奪して、サッサとトンズラすれば良かったかも知れない。実際、エンブレムブローチを出していなければ、そうするつもりだった。


だが。


「俺達って一応『オルガノ王から魔王討伐を命じられた勇者達』っていう立位置なのは分かってるよな」

「うん、この前リュー君が教えてくれたよね?」

「そうそう、と言う事は俺達がこうして大手振っていられるのも、あの爺が後ろ盾になってるお陰な訳だ」


そうでなければ、俺は今頃テルモワール城の一室に監禁されて、帝王学やら歴史学を叩きこまれていただろうし、こいつらは処刑台に登っていただろう。


此処で重要なのは、国王が俺達の後ろ盾になっているという事実だ。


つまり、オルガノ王は俺達を支援ないし、一種の政策として打っているという事にもなる。


「俺達が悪行でも轟かしてもみろ。一気に爺の権威が危うくなるぞ。そうなりゃ亡命どころじゃねぇ。下手すりゃ戦争が始まるぞ」

「へぇー」


興味無さそうに棒読みで返すアリア。


聖剣を引き抜いただけで国王が決まるこの国に、貴族が何も思わない訳が無い。特に歴代勇者の血を受け継いだ直系の貴族連中は、面白くはないだろう。なんせ、折角の王族入りできる機会を、こんなふざけた儀式で失われているのだ。


もしオルガノ王の政策に何か取り返しのつかないような失態、例えば信じて送り出した筈の勇者達が暴挙に出るような事が露見すれば、失墜を狙った貴族達(ハイエナ共)が見逃す筈がない。


そして国王が退いた後に残るのは、空いた頂点を争い合う血みどろの戦争だ。


そうなれば、次期勇者とその仲間達という称号を持っている俺達だってタダで済まない。利用されるか排除されるか、どちらにしろ巻き込まれるのは明らかだろう。


「寧ろ、どうして戦争が起きていないのかが不思議ですがね」


並走している馬に乗ったミレーヌが、呆れたように横槍を入れる。俺も同感だ。こんな制度、いつ潰れても可笑しくない。


なのに、未だこんな儀式が続いているのは、一重に聖剣が選んだ勇者達が皆、例外なく優秀であったからだ。それこそ優秀止まりの貴族達をあっという間に引き離すぐらいの飛び切りにだ。


そうじゃなければ、このテルモワール王国は滅んでいる。


「頭の悪い連中ってのは、直ぐに話を盛るからな。村を襲ったり見捨てようものなら、何を噂されるのやら。そんなのが何処かの馬鹿貴族に伝わってみろ。あの爺の立場が悪くなって損するのは俺達なんだからな」


このエンブレムブローチは諸刃の剣だ。使えば大抵の事は何でも通るが、その代わり勇者としての責務が求められる。


酒場や宿で此奴の振りかざせば、国へのツケってことでタダになるだろうが、こうした苦し紛れの使用は、逆に自分の首を絞める羽目になるのだ。


「そういう訳だ。だから今までのようにムカついたからって暴れんじゃねぇぞ。特にシヴァル!!酒に酔ったからって前みたいに家一軒ぶっ壊すんじゃねぇぞ!!」

「?」


馬には乗らず、俺とアリアが乗る馬と並ぶシヴァルに釘を刺しておくが、ダメだこいつ、全く分かっていない。


兎も角、これが無茶を通せない理由だ。要は俺とあの爺の首は繋がっているという事なのだ。大変遺憾ではあるが。


「んーでも、それって今更なんじゃないのかなぁ?」


全てを説明し終わると、アリアは後ろに振り向いてそう言った。


「だって、女の子を馬で引き摺っている時点で、ボク達悪者にしか見えないよ」


そこには、全速力で走る馬の胴体に括り付けた縄で、引き摺られるメスガキの姿があった。


「ギャボボボボボボ!?」

「えっ?なんか言ったか?」

「ボォォォベェェヴェヴェヴェヴェヴェ!!」

「止めてって言ってんじゃねぇか?」

「成る程」


ほぼ言葉にならない絶叫だったのに、シヴァルはどうやって翻訳したのか。足の内側で馬の腹を叩き、走るのを止めさせる。


「どうしたメスガキ、走れよ」

「馬の全速力に付いて来れる訳ないでしょうがぁ!!」


おぉ、あんなに引き摺られていたのに、まだビンビンとしている。意外にシブトイな。


「大体!いつまで私の事をメスガキって呼んでるのよ!!私にはラキ・ルーメンスという立派な名前があるのよ!!」

「あっそ、それよりメスガキ」

「あぁ!またメスガキって言ったぁ!!」


一々過剰反応しやがって、メスガキをメスガキと言って何が悪いのか。そんなに言われたくないのなら、少しは俺を敬えよ。


話にならないので、ギャァギャァと騒ぐメスガキを無視し、トットと聞きたいことだけを聞いておく。


「それよりも、お前本当に魔物操れんだろうな?」

「誰に言ってんのよ!魔物を率いて王国を恐怖のどん底に突き落とした魔王軍四天王よ!!魔物の一匹や百匹、貴方達みたいな雑魚人間と違って余裕で操れるわよ!!」

「おぉい馬公。お前さっき腹いっぱい草食ってたよな?出来るか」

「ヒィ!?」


余りにウザかったので少し脅してやると、途端に短い悲鳴を上げて「それだけはぁ!それだけはご勘弁おぉ!!」と土下座するメスガキ。やはり拷問は効果覿面だったようだ。


初めて会った時にも、メスガキはワイバーンや雑魚の魔物を無数に従えていた。どんな原理か魔法かは分からないが、魔物を操れるというのなら、今回の仕事以上に打ってつけの機会は無いだろう。


「詳しい使い方は後で聞くが、役に立たなかったら、せめて囮にはなれよな」

「酷っ!?私の事を何だと思ってるのよ!!」


メスガキが訪ねて来たのでシヴァル、アリア、ミレーヌが俺の代わりとして順々に答えていってくれた。


「肉盾じゃねぇのか?」

「生贄だと思ってたよ」

「スケープゴートですね」

「全部一緒じゃないのよぉぉぉぉぉ!!」

俺の仲間だけのことはある。三人とも漏れなく大正解だ。ちなみに模範解は『奴隷』である。


「そう言う事だどれ……メスガキ。精々役に立てよ」

「今『奴隷』って言い欠けたわよね!?というかメスガキも間違ってるわよ!!」


と苦情しか言わないメスガキは置いておくとして、確認も済んだことなので、そろそろ出発するとしよう。


再び前に進ませようとした時、シヴァルが何かに気づいたように「あっ」と声を出して、東の方角に真っ直ぐに指差した。


「洞穴ってのはアレじゃねぇのか?」


指し示す先を目を凝らして見据えると、かなり遠いが、確かに険しく反り立つ丘群の一つに、中腹を斜めにくり抜いたような巨大な穴が開いている。


あんな不自然に空いた穴は間違いない、アバスが言っていた例の洞穴だ。


「えぇ、十中八九あの洞穴で間違いないでしょうね。お手柄ですよ」

「よせやいミレーヌ、褒めてもパンツから肉しか出て来ねぇぜ?」

「要りません。一生出さないでください」


ミレーヌはシヴァルの戯言を切り捨て、サッサと穴に向かって馬を走らせ、断られたシヴァルも「とっておきなのに、要らねぇのかよ」と少し不貞腐れながら追随していった。


俺としては、何でそんな場所に肉を隠し持ってるのか激しく気になるが。


「それじゃ、俺達も行くか。アイツらに置いてかれちまう」

「うん!それじゃぁしゅっぱーつ!!」

「待ちなさいよ!またひきずらアバババババババババ!!」


メスガキがまた何か言う前に、馬の腹をもう一度蹴って馬を走らせる。口を開けば文句か悲鳴か調子の良い事しか言わないので、こうして蹄が蹴る音に紛らわせた方が、よっぽど静かである。


そうして暫く馬を走らせると、突如、ある一定の距離まで近づくと、馬がピタリと足を止めた。


「着いたか」


まるでこの先には近づきたくない、いや近づけないと言ったように止まったその先には、目的である洞穴が待っていた。


「遅いですよ。もっと早く来なさい」

「はいはいすんません」


先に到着して馬に降りているミレーヌが文句を垂れる。こちらにはメスガキという錘があるのだ、遅れてしまうのはしょうがない。


俺も馬から降りて、洞穴の全容を改めて確認する。


入り口の大きさは、メスガキが連れていたワイバーンなら、10体纏めて押し込めそうぐらいに、縦横共に幅広い面積を誇っている。その内側は自然の長い歴史の中で丁寧に削られたのではなく、明らかに何者かが手探りで掘り返したように粗削りであった。


「こいつは倒し甲斐がある獲物じゃねぇか」


自分の何倍もある巨大な洞穴を前にして、シヴァルは舌なめずりをする。コイツが舌なめずりする時は、いつも決まってヤバい敵の予感がする時だ。


俺もその予兆は、全身の皮膚が裏返りそうなほどに感じている。こんな感触を覚えるのは、親父が本気で試合に付き合ってくれた時以来だろうか。


「な、何よ此処は!?この空気は!?」


メスガキも気づいているらしい。元から臆病なのか生存本能が優秀なのか、空気に充てられ、竦んで立ち上がる事すら出来ない馬達の影に隠れて、歯をガタガタと震わせて、俺が剣を突き付けた時よりも更に怯えていた。


「そっかぁ、ラキちゃんは聞いてなかったんだ。この中にいる魔物が何か」


魔法でメスガキの縄を焼き切りながら、アリアはそう言った。


そうか、メスガキは何も知らないのか。どうせ、この奥に居る魔物とは、絶対に対峙するんだ。ここいらで腹を括ってもらおうか。


「おいメスガキ、この洞穴の奥にどんな奴が居るのか、知ってるか?」

「し、知らないわよ!!こんなヤバそうな魔物なんて、私知らないわよ!!」


そうだな。並みの賞金稼ぎ共なら、この気配を感じてしまっただけで気を失ってしまう覇気、瘴気。そして耐えたとしても、こんな巨大な洞穴をくり抜いた魔物が居る事実に逃げ出してしまうだろう。


そんな魔物は、世界広しと言えども極一部しか存在しない。故に、その恐怖を体験したことがある者など、稀である。


だがコイツは知っている筈だ。いや、正確には知っていたつもりか。何故なら、メスガキ自身がそう言っていたのだ。


やりなさい、ドラゴンってな。



「ドラゴンだ」



魔物達の中で頂点に君臨する魔物、ドラゴン種がこの奥に潜んでいる。


「ドラ……ゴン」


自分で吐いた言葉を飲み込めないメスガキ。俺だって、最初に聞いた時は同じような心境だった。


アバス村長が言うには、こうだ。


―――このヘイデン村を北に進んで数時間、そこにある洞穴に、見た事もない大きさのドラゴンが住んでいるという。


村人はさぞ恐怖のどん底に叩きこまれただろう。例え悪意が無くとも気まぐれ一つで街を滅ぼすような怪物が近くに居ては、生きた心地などしない。


そこで、ヘイデン村の初代村長が十年に一度、村の中から生贄を数人引き渡すことで、気まぐれがこちらに向かないように尽力したらしい。


そして、その悪習が続いて数十年、生贄を出していても拭えない恐怖に、村人達は耐え切れず、偶々やって来た俺にお鉢が回って来たということだ。


「本当、迷惑な話だよな。下手すれば国さえ滅ぼしかねないドラゴンを倒せってな」


こんなのは騎士団に頼めば良い事だろうが。どうして俺達に頼むのやら。まぁ、例え相談したとして、退治できるかは別問題ではあるがな。


「絶対に行かないわよ!だってこんな所に入ったら、絶対に死ぬじゃない!!」


メスガキがこの期に及んで駄々を捏ね始める。それはこれまでの甘えた駄々じゃない、生命の危機を察知し、防衛本能が働いた結果の拒絶反応だ。


それが正しい反応。当然とも言える行動だ。着火すれば木っ端微塵に吹き飛ぶ爆弾に、わざわざ火遊びする馬鹿は居ないように。ドラゴンが眠る洞穴に踏み込む馬鹿は。


俺達ぐらいしかいないだろう


「一番乗りは貰ったぜ。ビビってんなら俺の後ろにでも着いてきな」

「御冗談を、守ってもらえるほど弱いとお思いですか?」

「ミレーヌちゃんなら大丈夫だよ。よぉし、ボクも久々に頑張っちゃうぞ!!」


最初にシヴァルが洞穴に踏み込み、次にミレーヌ、アリアと奥に吸い込まれていく。


「よぉし、俺達も行くぞ」

「へ?」


そして最後に、まだ縮こまっているメスガキの襟首を引っ掴んで、俺も潜って行った。


「貴方達怖くないの!?絶対に死ぬわよこんなの!!イカレてるんじゃないの!?」


メスガキが訳が分からないと言った風に声を荒げるが、俺達はイカレてなどいない。ただ麻痺してしまっただけだ。


聖剣を抜いて逃げ出した半年間に、どれだけの修羅場に巻き込まれたことやら、思い出すだけでも頭が痛くなる。本当に死にかけた時だけを数えようとすれば、両手両足の指でも足りないほどだ。


そんな毎日を過ごしていれば、嫌でも痺れてしまう。たった一つの大事な命が、ある日突然、重苦しい錘に思えてしまうのだ。


それでも、今日まで生きているという事は、きっと間違っていないのだろう。


「お前もいつか気づくと思うぜ、この病みつきの感覚によ」


そう忠言してやると、前を行く三人に追いつこうと、俺は「何言ってんのよ貴方ぁぁぁ!!」と未だに騒ぐメスガキを連れて、洞穴に降りた暗闇の中と生死の境界線上を渡り歩いて行った。

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