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極めて面倒な事態に、極めて面倒な交渉

「ゆ、勇者様だぁ!!」


俺が勇者だと示した瞬間、目が覚めた村人達は、最初こそはそのブローチの意味は分からなかったようだった。だが、描かれた紋様の意味に誰かが気づき叫ぶと、その場にいた全員が見るからに身体を硬直させて動揺していた。


そこに俺の大声を聞いて、畑の方から駆け付けた男衆達が合流し、事情を知るや否、俺の前で平服すると、釣られて女衆も理解が追い付かない我が子の頭を掴んで同じように平伏する。


こうして、俺の目の前に総計ザっと50余りの村人が俺の足元にひれ伏していた。


うぅん愉快愉快。やはり人に敬われるのは気分が良い。


「村の代表の者よ、面を上げよ」

「ははぁ!私がこの村、『ヘイデン』の村長をしているアバスと申します!!」


俺が村長を指名すると、白髪交じりのチリチリ頭をした、如何にも小物臭い中年の男が顔を上げた。ヘイデン村か……何処かで聞いたことがある名前だが、思い出せないのなら、大して重要なものでもないか。


俺はオルガノ王がマトモな時の佇まいを参考にしながら、それっぽく威厳を出そうと若干声を低めにしてみた。


「我はこの紋章の示す通り、第35代勇者その人である。この村に立ち寄ったのは、現国王であるオルガノ・オルゴット王より、極秘の使命を承ったからだ」

「そ、そうなのですか!?」


そんな事がウチの村にあるのかと、アバスが面白いくらいに縮こまるが、勿論そんな使命は受けていない。俺達はこの村に飯泥棒をしに来ただけなのだから。


「で、でしたら、この村に何のようがございまして?」

「それはだな……ハッ!?」


向けられた疑問に俺が答えようとした瞬間、背後の馬小屋の方から三本の殺気が突き刺さった。


咄嗟に後ろを振り返ると、そこには村人に見つからないよう物陰に隠れて、暗闇から俺を凝視しているアリア、シヴァル、ミレーヌのガン決まった両眼がこちらを見ていた。


まさかこいつら、「ここに王都で暴れ回った三人組の犯罪者が潜伏しているので、捕まえに来ました」と言おうとしたのを感知したのか?


このままでは何をされるか分かったもんじゃない。改めて答えの内容を考え直していると、奥の馬小屋で捕まっているメスガキの事を思い出した。


「ヘイデン村の村長アバスよ、この奥に捕まっているメスガ……少女は、何をしたのかね?」

「は、はぁ。あの少女でございましょうか?今朝、ウチの畑で野菜泥棒をしていたもので、村の男手で捕まえたのですが、それが何か」


何をやっとるんだあのメスガキは、プライドというものが無いのかね。


「うむ、実はその少女を追っていてな。この村にて目撃したという情報を聞いてまいった次第だ」

「それは良かった!村の者も、角が生えた少女なぞ見た事ないものですから、どうしようかと迷っておった所でして」


アバスが露骨に安堵を晒した顔を出す。それは他の村人にも言えることで、このヘイデン村全体でメスガキは気味悪がられていたようだった。


確かに、俺は初代勇者の伝記を読んでいたから魔族だと分かったが、今の時代、教養のない村人からすれば、『頭に角が生えた不気味な少女』と思われても仕方がない。


「成る程、不気味で誰も近づきたがらない故、あのようにして拘束したままだと」

「いえ、この少女をどうやって処刑しようかと悩んでおりまして、取り合えず放置しておりました」


この逞しい村の掟では、野菜泥棒は万死に値するようだった。


「私は藁を巻いて燃やすことを提案したのですが、尻に杭を刺して食い込むのを眺めるという案も出ておりまして、どれをすれば良いのやら……」

「全身の穴に杭を刺してから火炙りにして、焼いた肉を魔物除けの餌にすれば良いのでは?」

「「「ハッ!?それだ!!流石勇者様!!」」」


村人が一斉に声を揃えて目を見開いた。背後から「助けてぇぇぇぇ!!アイツら人間じゃないよぉぉぉぉ!!」と叫び声が聞こえるが、お前が言うな。


「では、その少女を引き渡してもらうとしようか」

「は、はい!是非どうぞ!!」


正直、メスガキの事はどうでも良いのだが、名前を言ってしまった手前、何もしないという事は出来ない。この村を出た後で何処か適当な場所に放り投げるか。


これで話が付いたと一安心していたら、不意に村人達のひそひそ話が耳に入った。


『おい、あの事を勇者様に相談した方が良いんじゃないのか?」

『た、確かに俺達の手には負えないが……良いのか?』

『でも、勇者様だったら、何とか出来るはずよ。アレさえいなくなれば、この村は……』


おっと、俺の危険察知能力が警鐘を鳴らしている。これは面倒事に巻き込まれる気配だ。

一見すると平凡なこの村でも、一筋縄ではいかない事情があるらしい。


話の内容から推察するに、畑を荒らす魔物の討伐や、近場を根城にしている盗賊団の捕縛とか、俺達のような賞金稼ぎ共(バウンディワーカーズ)が得意とする類だろうか。


だとすれば、俺達が命を張るだけの報酬を、農作業だけで自給自足しているヘイデン村に払えるのか。そんなのは考えるまでも無く、不可能だ。


そうなったら、どうお願いされるのかは、分かり切っている。清廉なる勇者様への懇願と称した無条件の要求を突き付けられる前に、この村から貰えるもんだけ貰ってトンズラをこくしかない。


しかし、この村の人間は俺が思ってた以上に、強欲であったようだ。


アバスが頭を下げたまま、俺の顔を厭らしくも懇願するように見上げて、こう言った。


「ゆ、勇者様!恐れながら、ご相談したことがございます!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ほぉら、見た事か。

一応の話が付いてしまった所で、少し準備をするので一人にして欲しいと、村人達を大広場から退散させた。


そして、大広場から誰も居なくなったことを何度も確認した後、俺は再度、馬小屋の中へと戻る。


「聞いたかお前ら」

「こりゃ随分とまた、遣り甲斐のある仕事じゃねぇか」


同意を求めると、藁束の山からひょっこりとシヴァルが顔を出した。さっきの話を聞いて楽しみだと笑えるこいつには呆れてしまう。


建設的な意見を求めるのなら、やはりミレーヌしか居ない。


「お前はどう思うよミレーヌ。出来ると思うか?」

「出来ると言えば出来るでしょうね。私たちの被害を無視すれば、ですがね」


仕切りの奥に隠れていたミレーヌが姿をあらわし、極めて現実的な答えを言う。この場合の被害とは、俺達の誰かが重傷を負うか、それとも死ぬかだ。


「本当に、無知で強欲でお馬鹿な人達には呆れちゃうよね。もういっそのこと、ヘイデン村を襲っちゃおうよ」


そしていつの間にか俺の背後に回っていたミレーヌが、暗闇のせいではない色を失った瞳をしながら、組み立て済みの仕込み杖を持っていた。危ないからブンブンと振り回すんじゃねぇよ。


「それが出来ねぇんだよな。残念ながら」

「えぇ、どうして?」

「後で説明してやるよ、それよりも」


俺は馬小屋の左端奥の仕切りの前まで進み、開きっぱなしの柵を潜る。


そこに居るのは、依然として捕まったままのメスガキ。しかし、さっきとは違って、強気の態度は崩れて酷く怯えている様子だった。


「な、何よ、一体私に何する気!?まさか本当に全身串刺しで焼くつもりなの!!嫌ぁ!どうせなら優しく殺しなさいよぉ!!優しく甘やかすような感じで殺しなさいよぉ!!でも痛いのも死ぬのも嫌ぁ!!魔王様助けてくださぁぁぁい!!まおうしゃまぁぁぁぁ!!」


いや、怯えているというより錯乱状態に近いか。みっともなく顔面から涙や鼻水など汚い汁を辺り構わず飛び散らかして激しく暴れる様は、逆に見ているこっちが痛々しい。


「落ち着け、別にお前を殺すつもりはねぇよ」


このままでは話にならないので、メスガキの頭を鷲掴みにして、強制的に俺と目を合わさせる。そしたら、観念したのか少し落ち着いたようで、未だにビクビクと震えながら見つめ返してきた。


「じゃ、じゃあ何をするつもりよ!まさか私の身体目当て!?これ以上私をどう辱めるつもりよ!!まさか下だけでは飽き足らずに、上の口から絞り出す気!?」

「んな訳ねぇだろ、はっ倒すぞ」


アレは、勝手にお前がやらかしただけだろうが。後ろで目から光線でも出そうなぐらいに凝視しているアリアがおっかないので、本題に入るとしよう。


俺は親指と人差し指でちょっとした隙間を作り、メスガキの目の前に突き付ける。


「じゃなくて、ちょーっと、俺達に協力して欲しいんだよなぁ。そうすりゃ、お前を此処から解放してやるよ」

「ほえっ?」


予想だにしていなかった俺の提案に、ボケっとした間抜けな面を曝け出すメスガキ。


俺だって、この人を舐め腐ったメスガキに、こんな頼みをするのは心外だ。だがあんな依頼をされた後では、そうも言っていられない。使える物は使い倒さねば。


「私、頼み事されている?」

「うん、されてる」

「私の力が必要なの?」

「必要かと言われたら、そうだな」


現実を上手く認識できなかったらしいメスガキは、しきりに確かめてくる。けれども、俺達が楽に仕事をこなすためには、癪だが魔物を率いていたコイツの能力が要るのだ。


漸く、そうだと理解したメスガキは次の瞬間、初めて会った時と同じ、もう見慣れた有頂天のドヤ顔になっていった。


「そぉーなのねぇー。私の力が必要なのねぇー!いやぁ、私ってば魔王様の直属の部下だしー!魔物いっぱい従えて人間共をビビらせいたしぃー!!私強いしぃぃぃぃ!!」


おうおう、この上なく図に乗っている。落ちるところまで落ちた後のメスガキには、少々劇薬だったようだ。効き目が良すぎて、さっきの泣き顔とは違う意味で顔面が崩壊している。


もしかして、こいつ村人から頼まれたことを聞いてなかったのか?後々ゴネられても話が伸びるだけなので、敢えて黙って乗せておこうか。


「はいはい、そういう訳なんで手伝ってくれるよな?」

「えぇー、どうしようかんなぁー!!私は魔族でぇー!!貴方は勇者なわけだからねぇー!敵同士何だしぃー!!でもぉー!!貴方が膝を付いてお願いしますっていうんだったらぁー!!どうして持っていうならぁー!考えてもやらなくもないけどぉぉぉぉ!!」


ウゼェェェェェェ!ドヤ顔とか言っている事もだが、無駄に語尾を伸ばしてくるのも激しくウゼェェェェェ!!


青筋が次々と切れていくのを感じながら、震える息で呼吸をして煮え滾る気持ちを押し込める。ここでキレたりしても、このメスガキから絞り出せるのは顔面の汚い汁だけだ。


「お、おう、お願いします」

「あらぁ?あらあらぁぁぁ!?頼み方がなっていないじゃないかしらぁぁぁ!!」

「た、頼み方とは?」

「私のこのうつくすぃー足を舐めて『へっ、へっ、へっ、おねげぇしますラキ様ぁー』と鼻水と涙垂れ流しながらこびへつらいなさい!!」



その時、俺の中で張り詰めた糸がプチッと切れる音がした。



「ミレーヌ、アリア。ちょっと馬小屋から出て行け」

「えっ、はい。分かりました」

「あぁー、うん。りょうかーい」


後ろに控えていたミレーヌとアリアに言った。今からやる事は、女の子には刺激が強すぎるからだ。二人は何か嫌な予感を俺から感じたのか、二つ返事で了承して、馬小屋から出て行く。


そして、去り際にアリアが、余計な言葉をメスガキに残していった。


「こうなったら、リュー君は容赦しないからね。覚悟しておいた方が良いよぉ」

「えっ、ちょ!それどういうことよぉ!ちょっとぉぉ!!」


メスガキが必死に懇願しようと、「それじゃあ、終わったら声掛けてねぇ」とそそくさと出て行ってしまった。アリアよ、俺のことを良く分かってんじゃねぇか。


二人が完全に離れた事を確認したら、俺は残ったシヴァルにこう指示した。


「シヴァル、アレを集めて来い。馬小屋なんだから、そこら辺に落ちてるだろ」

「アレをか?大将もえげつねぇな。ちょっと待ってろよ」


そう言って、シヴァルは命令された通り、馬の近くに落ちているアレを、なんと素手で拾い始めた。


その様子を見たメスガキは、これまでの中で一番の青ざめた表情となった。


「そ、そんなものを集めて何するつもりよ!?や、止めなさいよ!謝るからぁぁ!!」

「ある程度集めたら、こっちに持って来いよ」

「私の話を聞いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


後悔しても今更遅すぎる。既に、俺の広く深い器は壊れているのだ。


「豊作だぜ大将。ついつい集めすぎたけど、良いよな?」


暫くすると、アレを両腕一杯に抱えてシヴァルが戻って来る。


唐突だが、何故この馬小屋がこんなにも臭いのか、疑問に感じないだろうか。水浴びをしない野生臭タップリの馬が押し込められているから?それも間違いではないだろう。


しかし、一番の原因は放置されていたアレだ。アレを誰も片づけないせいで、熟成してしまい、鼻がひん曲がりそうになるほど強烈な臭いを発しているのだ。


山盛りいっぱいに搔き集められたアレを目前に、メスガキは最後の命乞いをする。


「分かったわ!協力するから!!貴方達に協力するからぁ!!いや協力させてください!!雑用でも何でもやりますからそれだけはぁぁぁ!!」


それを俺は笑顔で。


「や、だ」


断った。



そして、メスガキの言葉にならない絶叫が、村中に響き渡った。


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