予想外かつ最悪な出会い
村を見つけたのは、餓死寸前だった俺達にとって、まさに天からの救いであった。
すぐにアリア達の元に戻ると、襲い掛かって来るかつての仲間達を捻じ伏せ、その事を伝えてやる。すると、奴らは態度をコロッと変えて俺を褒め称えてきた。
早速、その村にタカりに行くことになったが、此処で大きな問題が生じる。
タカりに行くにしても、俺達には食料を貰うだけの交渉材料が無い。
金で払おうにも、俺やシヴァル、アリアが貯金という建設的な行為が出来るはずが無く、唯一へそくりを持つミレーヌには『渡しません!!』と迫真の表情で拒絶された。
なら今こそ、この勇者印のブローチを使う時では?とアリアに指摘されたが、それは最終手段である。都市部なら兎も角、村人なんぞに見せたら、どうなるのかなんて分かり切っている。
そういう訳なんで今、俺達は。
「静かにしろよ……そして素早く、食料と金品を盗むんだ」
村の誰も居ない民家に裏手からこっそり忍び込んで、飯泥棒をしていた。
「シヴァル、家主が帰ってくる音はするか?」
「あっちの方から人の声が聞こえるけど、結構遠いな。畑でも耕してるんじゃねぇか?」
侵入する際に入った窓から顔を出すと、シヴァルの言う通り、この当たりの家群とはかなり離れた場所で、何も育っていない真っ新な畑に鍬を振る大小6つの人影が見えた。
子供達と一緒に、新しい畑を開拓しているという辺りか。家族仲が良くて大変結構である。
「さっすがシヴァルだよ。あんな遠くでも音が聞こえちゃうなんて」
「当たり前よ!俺に掛かれば、村1つ分の物音なんざ聞き分けるぐらいどうってことねぇからな!」
アリアに持ち上げられ、シヴァルは得意げになって胸を張る。
誇張表現でなく、本当に村1つくらいなら聞き分けるこいつの耳は、斥候や泥棒には大変役に立つので有難い。俺にもそんな能力があったら女の子達のキャッキャウフフな会話を盗み聞きできるのに。
そんなことを思いながら、俺は炊事場で、大鍋に入ったシチューを啜っていた。うーん、チーズが濃厚で美味しい。
「あー!ずるいよリュー君!!ボクにも食べさせてよ!!」
「おうアリア、お前も食え食え。シケた村の癖に結構イケるぞ」
「ガボボボボボボッ!!」
「食えとは言ったが、頭から突っ込んでんじゃねぇよ。ほらよアリア」
「ありがとうリュー君!」
天井に備え付けれた食器棚から、適当な大きさのスプーンを取り出し、アリアに投げ渡す。幾ら腹が減っているとは言え、シヴァルのように理性を捨てた食い方はしない。道具を使って優雅に食べるとしよう。
こうして、どこぞの母親が作ったシチューに舌鼓を打っていると、瞳孔が開き切ったミレーヌが鬼気迫る顔で詰め寄って来た。
「何をしているんですか貴方達!!」
ミレーヌは俺とアリアからスプーンを強奪するだけに留まらず、シヴァルを大鍋から引き剝がし。
「早くしないと家の主が決ますよ!先ずは部屋の間取りを確認、そしてタンスや机の引き出し、兎に角怪しい場所を見つけた端から開けていきなさい!ただし、お金でしたら、少し残して私の元へ持って来なさい!そうすれば、直ぐには無くなったことに気づかないですからね!」
堂々と盗みの指示を出してきた。的確な命令である事を鑑みるに、恐らく常習犯なのだろう。
「厳しすぎるよミレーヌちゃぁん。ボク達、お腹ペコペコなんだよ」
「アリアの言う通りだ!金品なんかより飯食わせろ!!」
「お黙りなさい!この村に何軒の家があると思っているんですか!!その調子では日が暮れてしまいますよ!!」
アリアとシヴァルの非難をバッサリ切り捨てるミレーヌ。飯を盗むどころか、金品まで盗む気らしい。いつの間にか俺達は飯泥棒から本当の泥棒になっていたようだ。
と言うか。
「そもそも、こんな田舎の村に金目の物があると思うか?」
「……もしかしたら、大富豪の遺産が隠されているかも」
「ねぇよ、普通に考えて」
「……シチューおいしい」
自分で言っていて、無理を感じたらしい。ミレーヌは大人しくシチューを啜り始めた。
いや、それ俺のスプーンなんだけど。
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大家族の晩飯ぐらいの量だったシチューが空になった頃、家の外にいる村人の様子を確認する為、入り口の扉を僅かに開いて覗き見ると、そこは大広場になっていた。
どうやら、俺達が入って来た裏手の方は畑地帯の方面で、逆側のこっちは大広場に直接繋がっているのだろう。空中にこの村の簡素な地図を描いていると、行き交う村人達の間を抜けて、ある建物が目に止まる。
他の民家よりも高く設計されているのに、藁葺の屋根と腐りかけの木板で出来た吹き晒しの小屋、人が住むことを考えていない造りを見るに馬小屋だろう。こういった畑がある村だと、移動や畑作業に馬は重宝されるのだ。
「おい見ろよ、あそこに馬小屋があるぞ」
「本当だ。あんな所にあるんだね」
指差しでそう教えてやると、アリアも確認しようとして背中へ乗り上げる。同時に真綿のように柔らかい幸福が肩辺りに当たった。
「あの馬小屋がどうしたって言うんだ?馬でも食おうって言うのか?」
「ちょっとシヴァル」
続いて興味を持ったのか、シヴァルかアリアを押しのけて背中へ乗り上げる。同時に岩のように固い不幸が肩辺りに襲い掛かった。
「今すぐどけシヴァル、俺にぶっ飛ばされんうちに」
「重かったか?そりゃ済まねぇ」
何が悲しくて男の胸板を味わないといかんのだ。巨乳美少女になってから出直して来いと思いながら、一旦扉を閉じて窓の外から見えないように隠れた。
そして、同じく屈んで隠れる三人に向けてこう質問する。
「お前ら、どうして俺たちが食料無くなったのか分かるか?」
「「シヴァルが食べすぎたせい」」
アリアとミレーヌが同時に犯人を指して息ピッタリに答えた。当の本人であるシヴァルは何のことやらと頭を捻っているが、まぁ後で分からせるとしよう。
「それもあるが、重要なのはそこじゃない。俺達の移動速度が遅すぎたせいだ。そもそも隣り合ってるとはいえ、歩きで国境超えるなんざ無謀だしな」
「貴方が提案したのでは?」
「とにかく!俺達には足が必要だ!だからよ、あそこの馬小屋からちょっとばかし馬を拝借しねぇか?」
ミレーヌが痛い所を付いてきたので、結論を持って覆い隠した。
ここで確保しておけば、これからの旅はグッと楽になること間違いない。いざとなれば、馬肉にすることだって出来る。俺達に必要だったのは、食料ではなく馬だったのだ。
「でも、此処からどうやって移動しようするの。外には結構な人がいるよ?」
アリアがもう一度だけ扉を開けて、外の様子を除く。
その隙間から見える限りでも、やはり先程と変わらず、大広場には走り回って遊んでいる子供達や世間話に花を咲かせるオバさん達が居た。周りの家々に居るだろう村人を考えても、20人位は居るだろうか。
馬鹿正直に此処から出て行けば、まず間違いなく騒ぎになるだろう。そうなれば、村総出で俺達を追い回してきて、馬を盗むのは難しくなる。
「そんなの簡単じゃないですか。少し待ってください」
しかし、ミレーヌに至ってはそうでもないようだ。
槍を抜いて柄の底を床でコツンと叩いた途端、ミレーヌの影から黒い霧が這うようにして現れた。そのまま扉の隙間から出て行くと、向こう側から何か重い物が倒れていく音が続々と
「もう大丈夫ですよ。さぁ行きましょう」
そう言ってミレーヌが扉を開けると、そこには立っている村人は居なかった。誰もが皆、突然気を失ったかのように地面にぶっ倒れているからだ。
「うわぁ……えげつねぇ。まさか殺したんじゃねぇよな?」
外に出て行き、手近にいた倒れている子供に詰め寄る。恐る恐る口元へ手をかざしてやると、幸いにも呼吸はしていた。意識が無いだけで一応は生きているようだ。
すると、横を通り過ぎてサッサと馬小屋へ向かうミレーヌが、一言だけ添える。
「無意味に人を殺すわけないじゃないですか。私を何だと思っているのやら」
「魂大好きなサディスト殺人鬼」
「殺しますよ」
実際、戦闘中のコイツは魔物を楽しそうに槍で串刺しにするので、あながち間違いじゃないと思う。そんな反論は内側に押し込み、黙ってその背中に付いて行った。
馬小屋に入ると、最初に感じたのは鼻が捻じれ切りそうな強烈すぎる糞の匂いだった。
「うわぁ、くさぁい!!」
アリアが耐え切れず、鼻を摘まんで涙目になって喚く。『そうか?そんなに匂わねぇぞ』とスンスン鳴らすシヴァルは例外として、この匂いは慣れている奴でもキツい臭さだ。村の掃除当番がサボったのか、そんなに馬を使わないのだろうか。
匂いを我慢しながら馬小屋の中を確かめると、藁葺から漏れ出る微かな光の中で、左右に立ち並ぶ囲いに、予想通り何頭かの馬が押し込められていた。
「1、2、3……よし、人数分の馬は用意できそうだな」
「三頭じゃ、俺達の人数と釣り合わねぇんじゃねぇか?」
「お前は走った方が速いだろ」
「成る程な」
シヴァルも納得した所で、俺は乗る馬を選定するべく、手前から順に馬の脚を見比べていく。しかしどれも大した違いは無く、立派な筋肉が付いている。
これなら、どの馬でも問題ないだろう。馬小屋奥のフックに掛かっている手綱を取ろうと、足を運ぼうとすると、奇妙な声が耳をくすぐった。
助けてぇぇ、助けなさいよぉぉぉぉ、と少女のすすり泣くような声。
「ミレーヌ、ここら辺に霊的なの居るか?」
「そのような気配は感じられませんが、それが何か」
「いや、別に」
既に手頃な馬を見つけて跨っているミレーヌが答える。
馬に蹴り殺された少女の霊かと思ったが、ミレーヌがそう言うのなら違うか。
だとしたら、今も流れるこの声は何なのか。耳を澄ましてみれば、その音源は左端奥の空いている囲いから聞こえていた。
手綱を取る前に、そっと中を覗いてみる。
馬小屋全体が薄暗いせいで姿はハッキリとは見えないが、そこには壁に掛かった縄で両手首を吊り下げられた少女が居た。
「ちょ!貴方!!私を助けなさい!!」
向こうも俺に気が付いたらしい、さっきまでのすすり泣く声から一転、弾むように明るい声色で助けを求めてきた。
「あっ、無理です」
なので、俺は断ることにした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!本当に見捨てるつもりなの!?」
「だって、こんな所で捕まってるんなら、何かやらかしたんだろ?そんな面倒事に関わるのはごめんなんで」
これが色香むんむんの美女だったら、喜んで拘束と服を外してやるが、乳臭いガキには興味ない。
「そ、そうだ!私を助けなかったら大声出してやるわよ!ここに不審者が居るって死ぬまで叫び散らかしてやるわよ!!」
「ゲッ」
それは不味い、此処で喚かれては他の村人達に気づかれてしまう恐れがある。こいつめ、俺達が泥棒しに来たことを分かって、痛い所を攻めてきたな。
「わぁーたよ。但し、その後は知らねぇぞ」
やむを得ず、縄を切ろうと柵を開いて奥へと踏み込む。そうすると目が暗闇に慣れたのか、ぼやけていた少女の顔が見えるようになった。
それは、つい最近見覚えのある顔。それはどこでだったかを思い出した瞬間、言葉を忘れて驚愕する。
あれはワッケーロ近くの草原のこと、そして魔王四天王と自称するメスガキの魔族の顔だった。
一足遅れて、言葉が飛び出る。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
互いの叫び声が、馬小屋の中で大きく反響した。
「何でこんな田舎の村にお前が捕まってるんだよ!?魔王軍四天王とか言ってたじゃねぇか!!」
「貴方こそ何で此処に居るのよ!勇者を名乗ってた癖に馬泥棒とか恥ずかしくないの!?」
「「あぁん!?」」
予想外の嬉しくない再会に驚きながら、罵倒の末に睨み合っていると、アリアが慌てた様子で俺の背中を叩いた。
「大変だよリュー君!!今の叫び声で村の人達が目を覚ましたよ!?」
「マジで!?」
外を見れば、ミレーヌが気絶させた村人たちが、何が起きたのやらと次々と立ち上がっていた。最早、俺達が馬泥棒をしている事がバレるのも時間の問題だ。
「どうする!どうするのリュー君!?」
「どうするって言われても……えぇい!!」
迷っている時間は残されていなかった。レザーアーマーの内側に右手を突っ込み、そのまま村人達が居る大広場へと躍り出る。
そして、右手に掲げた勇者印のエンブレムブローチを、突如として現れた俺に驚く村人達に見せつけた。
「皆の者、平服せよ!我こそは勇者であるぞ!!」