プロローグ:腹が減っては旅は出来ぬ
テルモワール王国からミッドナイト共和国を目指し東へと歩き続けて早4日、俺達の物語はいきなり終わりを告げそうだった。
「まさか、こうなるとは、予想できませんでした……」
「俺もだよ、まさかこんなことになるとはよ……」
ミレーヌの諦観が入り混じったボヤキに同意せずにはいられない。意気揚々に東を目指したは良いが、まさか……。
「何で食料がねぇんだぁぁぁぁぁ!!」
食料が尽きるとは思いもしなかった。
確かに、呑気に準備なんかをしていたら、逆恨みしてきたオルガノ王に何されるか分からない。だから、魔王討伐の口実を作った作ったその日に、旅に出るのは我ながら最善策ではあったと思う。
だからと言って、出発したその日に全ての食料が尽きるとは、誰が考えられるだろうか。
「たいしょぉぉぉ、なんか食い物分けてくれよぉォォ。はぁらへってしんじまうぅぅぅぅ」
「黙れ食欲魔人、そこら辺に生えてる雑草でも食ってろ」
シヴァルが冥界を這いずり回る亡者のような声を上げるが、構わず一蹴する。ただでさえ、戦闘稼業をやっているせいで普段から体の燃費が悪いというのに、こいつのせいで予備で常に持ち歩いている3日分食料が、僅か半日で尽きたのだ。
『ハラヘッタ、ニンゲンデモイイ、クワセロ』と半端魔物化しているシヴァルは放置するとして、どこかに村でもないかと軽く見渡して探す。
前を向けば、ひたすら水平線上に続いた緑生い茂る草原。左右を見ても草が生え散らかった草原、後ろを振り返っても少しだけ小高い丘になっている草原。
全方位満遍なく草原が広がるばかりで、人間どころか魔物の影すらも見当たらない。ここ4日間は、こんな感じの光景しか見ていなかった。
キュルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
空っぽの胃袋がくっつき合うような感覚と同時に、雷のようにゴロゴロと唸る空腹音が盛大に溢れ出してしまう。
「腹を鳴らさないで下さい。聞いてるだけでイラつきます」
「しょうがねぇだろ。雑草と雨だけじゃ腹が減るんだよ。それに、ミレーヌだって腹減ってんだろ」
「私は大丈夫です。金貨がありますから」
そう言って、へそくりの1万ペル金貨を干し肉みたいに口にくわえて噛んでいる。大丈夫そうに見えて、ある意味でこいつが一番ヤバいかも知れない。
やはり、雑草に『これは肉、肉の雑草なんだ……』と暗示をかけたり、急な通り雨を『水じゃぁぁ!水で腹を満たすんじゃぁぁ!』とがぶ飲みしても限界がある。そろそろ胃に溜まる何かを摂取しなければ、この豊かな平原の養分となってしまうだろう。
「ねぇねぇリュー君。聞いて!ボク良いこと思い付いたんだ!!」
こっちは腹が減って元気が出ないというのに、相変わらずの明るい調子でアリアが肩を揺らしてくる。俺達と同じように何も食っていないのに、どこからその元気が湧いてくるのやら。
どうせロクでもないアイデアだとは思うが、こんな状況だ。一応は聞いてやろう。
「良いことって何だ?話してみろ」
「勇者君を私の魔法で燃やして食べるの!そしたら私の血肉と勇者君の血肉が一緒になって、二人は永遠に一つになるんだよ!凄く良いと思わない?」
違った。元気があったわけじゃなくて、覚悟を決めているだけだった。
「その提案、乗ったぜ。俺には胴体と頭を寄こせよな」
「頭はダメだよぉ、リュー君の唇と下半身はボクの物なんだから」
「腕は絶対に渡しません。ですが、臭そうなので足なら分けてあげてもいいですよ」
どうしよう、仲間達が俺の身体をどうやって分配するのか相談している。このままだと俺の五体はコンガリ焼けた後に切り分けられてしまう。
「よぉし!ちょっと食料探してくるぞぉ!!」
飢えで死ぬよりも仲間に食われる危機を感じてしまっては、流石に留まる勇気は俺にはない。すぐさま走り出して、アリア達から見えなくなるぐらいにまでの向こう側へと離れた。
これで背後から背中をいきなり刺されると言ったことは無いだろう。しかし、そのせいで身体に残っていた体力を全て消費してしまった。
「あぁぁぁぁぁあ……」
その場にへたり込んで、ムカつくほどに青い空を見上げる。
ここには景色を邪魔する建造物や有象無象に行き交う人混みの喧騒もない。埃みたいに散らばった雲と、風音だけの静寂が群青の世界を包み込んでいた。
心の余裕さえあれば、詩にでも書き起こしたいほどだ。ただ、今の俺に取って腹の足しにならないものは全て不快にしか思えない。
せめて空気で胃袋を膨らませようと、息を大きく吸い上げる。景色が綺麗だと空気までもが美味しいのか、不思議と荒んだ俺の心が満たされていった。
……いや、比喩を抜きにして本当に満たされてないか?というか、空気って味があったか?シチューのような匂いがするんだけど。
それだけじゃない、青空に横たわる雲も、よく見たら灰色が混じっている。これは雲ではなく煙だ。俺はその煙を辿って行き、出所を探していくと見つけてしまった。
だだ広い草原の一部を土壌の茶と小麦の黄に染め上げる中で、ポツンと点在する豆粒大の住居群。
アレは間違いなく。
「村があったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」