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戦いは剣でやるものじゃない、知恵と口でやるものだ

お飾りにもならない崩れた城門を、修繕に勤しむ騎士たちに顔を見せるだけで通り抜け、無駄に入り組んだ廊下を適当に進み、やっとこさ勇者の間まで辿り着くと、待っていたのは

熱烈な歓迎であった。


「良くぞ魔王軍四天王を倒してくれたぞヨハンネよ!!儂は信じておったぞ!!」


玉座から立ち上がったオルガノ王が満面の笑顔で俺を迎えると、併せて何処から呼んだのか、軍楽隊の盛大な演奏と、その後ろで所狭しと整列する騎士団や貴族たちの拍手が鳴り響いた。


「あーはいはい、取り合えずウルサイから太鼓とかラッパとか止めろ、鼓膜がぶっ壊れる」


という俺の要望も虚しく楽器音に搔き消され、しょうがなく酷い耳鳴りがする中、新品同様のフカフカな赤絨毯の上を渡っていく。


そして玉座へと続く段差の前にまで来ると、貴族時代に仕込まれたごく自然な動作で、オルガノ王の前に膝を付いて頭を垂れた。


「第34代勇者オルガノ王よ。この次代勇者であるヨハンネ・ブルース。ただいま帰還いたしました」

「うむ、大儀である。顔を上げよ」


オルガノ王が右手を上げると、軍楽隊による演奏や硝酸の拍手がピタッと止む。そして再び玉座へと腰を掛けた。その姿は先ほどまでの情けないハゲ爺とは違って、大勢が集う中で堂々とした落ち着きぶりは王としての貫禄に満ちた様相である。俺が出て行った間に安定したようだ。


そんなオルガノ王でも、少しだけ首を捻るような疑問が有ったらしく、俺に聞いてきた。


「してヨハンネよ。お主と共に魔王軍四天王を討ち取った仲間達は何処に?」

「彼らには席を外していただきました。何故、こういった場には慣れていないとのことなので」


嘘である。此処に来る前に城の中をグルリと回った時、先に来ていたシヴァルとミレーヌを食糧庫と宝物室で見かけたが、何やら忙しそうだったので無視をした。


一緒に居たアリアは『王妃様にどうやって勇者を落としたのか聞いてくる!』と行ってしまった。多分、王妃様の部屋に突撃したのだろう。


といった感じで、それぞれが勝手気ままにしているので、敢えて放置しただけである。寧ろ居ない方が、この後の展開がやりやすいまである。


俺の答えを聞いたオルガノ王は『そうか。分かった』と一言だけ添えて、次の話題に入った。


「しかし、ヨハンネよ。このような歓迎をしといてなんじゃが、まさか戻って来るとは思わなかったわい。てっきりそのまま逃げるものかと……」

「王も冗談がお好きで。この真の勇者である私が、このような光栄な場に出席せねば、不躾というものです」


軽い愛想笑いで切り返すと、騎士団達の列から『嘘つけ、逃げるつもボスろ』という小声が聞こえた。誰とは言わないが、いつかハルクス兄貴の鎧にヌメヌメのドジョウを入れてやるとしよう。


「そうか、そうじゃの。そなたを疑って済まぬな。年を取ると疑い深くなっていかんわい」

「いえいえ、そんなことは有りませんとも。全く気にしていませんから」


現に今でも疑った目で見られていても、俺は全然気にしていない。表には出せないが、きっと腹の内は『何を企んでんだこいつ?』と疑念で一杯だろう。


「さて、此度の活躍は正に次代の勇者として相応しき活躍であった。やはり、聖剣を抜いただけの才気はあるようじゃな」

「王からのお褒めの言葉、誠に嬉しく思います。今はまだ王として非才の身なれど、快くお受けいたします」


だが、このように褒めざるを得ないのは、俺が聖剣を抜いてしまったという事実と魔王軍四天王の一人であるメスガキを倒した実績によるものだろう。此処まで揃ってしまえば、伝統あるテルモアール王国の次代勇者としての認める他ない。


そりゃそうだ。例えそれが聖剣を持ち逃げして売り払ったクズだろうとも、否定すれば代々受け継がれてきた儀式により選ばれた勇者達を否定することになる。そうすると、やはり聖剣など意味がない、我こそは勇者であると躍起になった貴族達の内乱で国が荒れに荒れるだろう。


だからこそ、俺が魔王軍四天王を討ち取ったと知るや、こうして盛大なお出迎えと搔き集められるだけの貴族を呼び寄せたのが容易に伺える。箔付けをするにしては、些か雑だが、これで俺の評価を変えようという魂胆が見え見えである。


そして、こういった名誉ある謁見を開いたからには、それ相応の賞与が求められる。


「此度の活躍を称え、貴殿には褒美を取らせようと考えておる。何か欲する物があるのであれば、儂が出来る範囲であれば、叶えようぞ」


勇者の名の元に何でも叶えるという言質に、貴族間で僅かな動揺が駆け巡る。まさか一国の王が、一個人相手に権威を行使するなど普通は有り得ない。しかし同時に順当である空気が場を流れ始めた。


これが戦場で活躍した兵士や少し名の知れた貴族ならば、適当や領地や爵位の格上げをしてやれば良かっただろうが、俺は既に地位領地共に最高最大を誇るブルース家の子息、加えてこれから国の全てを手に入れる次代勇者。だからと言って褒美を出さなければ、乙としての今後の沽券に関わる。一体何を与えれば良いのか悩んだであろう。


それ故に、このような破格の褒美という苦渋の決断である。全く、こんなロクデナシを相手に気を使わなければならないのだから、やはり王という立場はクソということは改めて分かる。


だったら、その立場を存分に利用させてもらおうか。


俺は予め用意していた言葉を、一体何が出るのやらと冷や汗を人知れず流すオルガノ王にぶつけてやった。


「でしたら、この私めに魔王討伐の為に暇を頂きたいと存じます」


直後、王の言葉とは比較にならないくらいの動揺が、この場に居る全ての人間を震撼させた。


「よ、ヨハンネよ。それは真か?」


オルガノ王も驚いているようである。高速で回転する目玉を何とか俺に焦点を合わせ、予想外の事態に震える身体を抑えながら、俺に正気を問うてきた。勿論、俺は正気である。


間髪を入れず、一度開いた口を閉じることなく捲くし立てていく。


「私と仲間達の働きにより、魔王軍は退かせることには成功致しました。ですが魔王が復活し、その脅威に晒されていることには変わり有りません!!であれば、かつてテルモワール王国初代勇者であるアクリア・ブルースのように、今こそ、今こそ!勇者が立ち上がる時ではありませんでしょうか!!」


少々演劇じみた言い回しは我ながら嘘くさいと感じてしまったが、伝統やらが大好きな古臭い連中には大受けしたようだ。


『な、なんと素晴らしい心意気であるか!』

『ブルース家のロクデナシがまさか、このようなことを仰るとは……』

『まさか、この目で魔王討伐の勇者を目撃しようとは、思いもせんかった!!』


一部の貴族や騎士達が歓声と共に惜しみない称賛の拍手を上げると、それに同調して周囲の者達も手を鳴らし、次第に割れんばかりの大喝采が巻き起こった。それを追い風にして、益々俺の雄弁は際立っていく。


「見てください!この大喝采!皆、私が魔王を必ずや倒してくれると信じていただけているのです!これに応えずして、勇者を名乗れるのでしょうか!!いや、名乗れますまい!!」


果たして、この中のどれほどが本気で俺が魔王を倒せると思っているのだろうか。予想であれば、一割にも満たないであろう。


中途半端に賢い貴族なら、この宣言がどのような意味を持つか分かっている筈だ。


例えば、俺が本当に魔王を倒しに行くとして、本当に出来たのであれば万々歳。もし出来なかった場合、俺が死亡するか、消息不明にでもなれば、また聖剣の儀を執り行い、新たな次代勇者に挿げ替えればいい。その為の聖剣なら、既に王に預けたと言い触らせば、より納得の材料となるだろう。


どちらにしろ、王国に取っては都合が良すぎる提案。


同時に俺が堂々と行方不明になる最高の方法なのだ。


オルガノ王に取っては、最悪な選択肢になるだろうが。


「グッ、グギギギィ……!!」


ただでさえ無数に刻まれたオルガノ王の険しい皴が顔の中央へと凝縮され、痰が絡まったような変な声を喉から絞り上げる。


貴族に気づいて、仮にも一国の王であるこの爺が気づかない訳がない。だからこそ、こうして苦虫を思い切り噛み潰したような顔をしているのだ。


何しろ、俺が聖剣を売ってしまったのだ。これでは聖剣の儀も取り仕切ることも出来ず、新たな勇者も立てられない、かと言って事実を公表しようものなら国中が大混乱、ひいてはオルガノ王の責任となる。そうなれば、オルガノ=オルゴットの名前は歴史書に『最低の勇者』として刻まれるに違いない。


そうなると、オルガノ王に取れる選択肢は一つ、俺の要望を叶えつつ、聖剣が無くなったことを隠し通すしかないのだ。


「す、素晴らしい心意気である!しかし相手は魔王!!そなた達四人だけでは心もとないじゃろう!であれば、我が国の精鋭達を付けよう!!」


なるほど、せめてもの妥協点として監視を付けようという事か。悪くない手ではあるが、それを想定していない程、俺の口車と計画は容易いものではない。


「いえ、その必要は有りません!私達が旅に出ている間、いつ魔王の手先が攻めて来るやも知れませぬ!であれば、少数精鋭かつ信頼できる者達で向かうべきと愚考致します!安心してください、我ら四人でも魔王軍四天王を倒して見せたのです!ならば不可能ではない筈!!」


時代も過ぎれば、脅威も薄まる。幾ら昔は猛威を振るっていたとしても、たかが一介の賞金稼ぎ共バウンディ・ワーカーズに倒されるメスガキを幹部にする魔王軍など、誰が脅威に思おうか。そんな雑魚相手に国の精鋭部隊を出すなど、愚策に等しい行いである。


それに今は北に位置する帝国との関係が危うい。その危うさはわざわざ軍部の頂点である親父が出っ張るぐらいだ。何かの拍子で国交が破綻でもしようものなら、待っているのは大陸最大の軍事力を誇る帝国との戦争になる、一触即発の火薬庫のような問題を王国は抱えている。


もしも、大々的に軍を動かすとなれば、敵対的な行動として更に悪化するのは明らかである。外交に力を入れているオルガノ王としては、それは何としても避けたいだろう。


「さぁオルガノ王よ!どうか私の真なる願いを叶えて頂けないでしょうか!この未熟なれど、勇者としての責務を果たそうとする私めに!!」


立ち上がり、段差を昇り、また膝を付いてオルガノ王の御前で頭を垂れる。こうまでして近づいたのは、俺の悪い癖であろう。


オルガノ王にしか聞こえないぐらいの、僅かな吐息のような声で囁く。


「残念だったなクソ爺。俺が言った通り、勇者ってクソだろ?」


雁字搦めになって動けない相手に、一方的な勝利宣言してしまうとは、俺も性根が随分と腐っているものだ。それでも、この抗いようもない愉悦感には逆らえないのだからしょうがない。


頭を下げているので、顔は見えないが一体どんな顔をオルガノ王はしているのだろうか。怒りを精一杯堪えようと奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛る顔だろうか、それともさっきのようにガキのように泣き叫ぶ手前の情けない顔でも晒しているのだろうか。


想像でしか分からないことを考えても仕方がない、結局は現実が全てを制する。言葉一つで、世界は大きく変わるのだ。


オルガノ王は、ついに敗北宣言をする。


「よろしい、第34代勇者、オルガノ・オルゴットの名の元に、第35代勇者であるヨハンネ・ブルースに魔王討伐の任を命ずる」


そして俺の半年に渡る戦いは、ようやく勝利宣言を得た。

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