VSメスガキ四天王 戦いは既に挑発から始まっている
守備隊が突撃してきたお陰で、戦場は良い感じで混沌を極めている。
誰もが等しく戦い、怒声や悲鳴に負けず、肉や骨が潰れるか切り刻まれる鈍い音や鉄同士がぶつかる甲高い金属音が叫び合う。血の雨が土砂降りしたように濡れた赤い大地には、魔物と人間の区別など付くはずが無かった。
しかしながら、明らかに人間側の方が魔物達を押している。
そりゃそうだ、まだ戦意が僅かながら残っている魔物や逃げ出そうとしている魔物と、半分暴走状態の兵士では、気合と覚悟が違う。それさえ上回っていれば、数や力量が劣っていようが、大抵はどうにかなる。結局、戦の勝敗の8割はノリだ。
とはいえ、一番の原因は俺達が暴れ回ったお陰だろうな。あいつら鬱憤溜まってるのか、好き放題してやがる。魔物どころか俺でさえもドン引きするぐらいだ。燃やしたり溶かしたり貫いたり、どうしてエグイやり方を選ぶのかね。もっと俺みたいに華麗な戦い方が出来ないのか。
「グエエェェ」
そう思いながら、俺は手に持った曲刀でグールの喉笛を優しく掻き切った。
「ヴェェ、気持ち悪ぃ!腐った死体の匂いとか、服に染み付いたらどうすんだよ!!」
出来るだけレザーアーマーとか服を汚さないようにしているが、流石の俺でも回避することは不可能である。これはもう洗濯板でゴシゴシ洗うしかない。
「ギャギャ!!」
それなのに、よりにもよって臭いと汚いの代名詞であるゴブリンが、無謀にも俺に対して飛び掛かって来た。
「俺に近づくんじゃねぇ!これ以上匂いついたら買い替えるしかねぇだろぉがぁぁ!!」
「ギャァァギャ!!」
すかさずに曲刀から左の腰に差した細剣に持ち替え、その不細工な顔面の額に切っ先を突き刺すと見事に頭蓋と脳味噌を貫通し、干された魚のようにゴブリンを垂れ下がせることになってしまった。
「剣を間違えたな……というか、間近で見るとゴブリンって本当に不細工な面してんな……ってクセェェ!!」
発酵しすぎたチーズを10年ぐらい寝かせたような悪臭に耐え切れず、思わず細剣ごと投げ飛ばしてしまった。直ぐに我に返って細剣を探すと、運の良いことに逃げ出そうとしていたオーガの脇腹に刺さっていた。
「俺の細剣を返しやがれ!この泥棒が!!」
「グォォォォォ!!」
そのまま逃げようとしていたので、慌てて左の腰にぶら下げた刀を鞘から抜き出し、そのオーガとの距離を一息に詰める。そして最初に細剣を引き抜くと、片手のみで振り抜いた刀で上半身と下半身を綺麗に分断した。
「ふぅぅぅ、アブねぇ。結構高いんだぞ、この剣。無くさないで良かったぁ」
「ちょっとアンタ!何よその馬鹿げた強さ!!」
オーガの血で汚れてしまった細剣を皮小手で丁寧に吹いていると、なんと上空から怒鳴り声が降り注いできた。見上げると……。
「白……あぁ、さっきのメスガキか」
「キャァァァ!!また見たわね!!しかも二回も!!」
メスガキが相も変わらずに、ギャアギャアとドラゴンの背に乗って喚き散らしていた。そもそも見られたくなかったら立ってんじゃねぇよ。
「何の用だメスガキ、言っとくがチップは払わんぞ。寧ろこの俺が見てやったんだから、逆に払え」
「まだその話を引き摺るか!そうじゃなくて、貴方達のせいで私の襲撃計画が台無しじゃない!!人間の中にこんな化け物が居るなんて知らなかったわよ!!」
「うん分かるよ、その気持ち。俺も初めて見た時はヤバい奴だと思ったよ」
「貴方もよ!!」
化け物だと?このメスガキは何を言っているのやら。他の三人みたいに品位の欠片もない戦闘狂のイカレ野郎どもと一緒だとは甚だ遺憾である。
「冗談にしちゃセンスが無いんじゃねぇの?俺がそんな風に見えるか」
「見えるわよ!だって貴方の周りだけ死骸の山じゃない!!」
言われて、ぐるりと確認する。ゴブリン、コボルト、スケルトン、グール、オーク、オーガと、メスガキが集めた多種多様な魔物が、道端に転がる石ころのようにゴロゴロと散らばっている。俯瞰でもしてみれば、未だ乱戦が続く中で、俺が居る場所だけは、屍だらけの空白が生まれている事だろう。
「これくらい、人間なら誰でも出来るよ。それこそ死ぬ気になればな」
俺は掠り傷一つない身体を、埃を払う真似をして見せつける。お前の用意したご自慢の魔物は、俺に触れさえ出来ていないぞと挑発してやる為だ。
「なっ、なっ……」
予想通り、煽り耐性が無いくせに、そういうことには感が良さそうなんで、簡単に乗ってくれた。遠目からでも分かるぐらいにブルブル震えて、俺を憎々しげに睨み付けてやがる。
後一歩か。貯め込むくらいなら爆発させた方が良いだろう。俺は秒読み寸前まで短くなった導火線に追い打ちをかけるべく、出会った時から思っていた疑問をぶつけてやった。
「お前さぁ、それドラゴンじゃなくて、ワイバーンじゃねぇの?」
刹那、俺とメスガキの間に、謎の緊張感が稲妻のように駆け巡った。
偶にごちゃ混ぜにする奴は居るが、ワイバーンはドラゴンの中でも下の下、最低の劣等種みたいなもので、その実態や脅威は大きく異なる。ぶっちゃけて言うと、ワイバーンなど、本物のドラゴンの足元にも及ばないのだ。
そして、ドラゴンとワイバーンを確実に見分ける方法がある。
腕が翼になってればワイバーン。そうじゃなければ、ドラゴンだ。
メスガキが今現在載っているドラゴンは、見間違うことなく腕が翼になっている。それで、さっきの微妙な空気から察するに、本人は全く気付いていなかった。ということは……。
「もしかしてワイバーンをドラゴンと思っちゃったんですかぁ?魔王軍の四天王で魔物使いの癖に、こんなただの人間でも分かっちゃうのに、見抜けなかったんですかぁ?そんな腐った眼で自信満々に宣戦布告とか恥ずかしくないんですかぁ?もう愛しの魔王様と一緒に引退したらどうだ。今なら漏れなく腰抜けと大ウソつきの称号もついちゃうぞ!お前と魔王にピッタリの称号だなアッハッハッハハヴォエゲェ、ハァ、笑いすぎて喉詰まったわ」
「この糞人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
上手くメスガキの琴線が弾け飛んだ。子供特有の甲高い声を更に釣り上げ、喉が張り裂けるんじゃないかと言わんばかりの叫びが、鼓膜を痛いほど震わせる。
「許さないわよ人間ぅ!私だけでなく、敬愛する魔王様までも侮辱するなんて!!無残に殺される用意は出来てるんでしょうねぇぇ!!」
メスガキの怒りに合わせて、ドラゴンもといワイバーンの低い咆哮が重さを伴って、全身を満遍なく叩きながら通り過ぎていく。
「いんやぁ、別に。出来てないけど。そもそもワイバーン如きじゃ、俺を殺せねぇよ」
ヒシヒシと伝わる怒りと殺意を感じながらも、失笑を付け加えて軽く受け流してやる。
どちらにしろ、このメスガキは倒さなければならない相手だ。今は一気呵成に攻めている守備隊でも、逃げ惑っている魔物達を含めずとも、依然として数には倍以上の数相手では流石に不利だ。
圧倒的に優勢な筈の敵軍を崩すには、古来でも現代でも奇襲しかない。そして奇襲の仕方は、単純である。
敵を予想外で混乱させて、その隙に大将首を取る。既に俺達の乱入で、場は混乱の渦である。後は大将首を俺が堂々と掲げてやれば、勝手に向こうから瓦解するだろう。
そういう訳なんで、ドラゴン退治ならぬワイバーン退治を始めようか。ついでに人間を心底舐め切った世間知らずのメスガキには、世界の現実というものを教えてやろう。
「ほらかかって来いよ、メスガキちゃん。この優しいお兄さんがお仕置きしてやるよ」
「やりなさいドラゴン!!あの憎たらしい男を無残に!残酷に!殺しなさいぃぃぃ!!」