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勇者の仲間その3:肉と戦いが生き甲斐の戦士

「ギャハハハハハハハハハ!!テメェらそれでも肉と骨付いてんのかぁ!?これじゃぁ遣り甲斐も食い甲斐もねぇじゃねぇか!!もっと俺を楽しませやがれよぉ!!」


足を蹴り上げれば、巻き上げた土と共にオークの肉片が飛び散り。

腕を振り回せば、空を裂く轟音がオークの腹に巨大な穴を開き。

歯を剝ければ、食い込んだ牙がオークの身体が強引に引き千切られる。


まるで人間としての戦い方を侮蔑するかのように、シヴァルは荒れ狂う獣が如く、赤い飛沫と肉片が舞い散る血生臭い旋風を巻き起こしていた。


オークと言えば、醜い豚を模した頭と茶色い体毛に覆われた巨躯を持つ大型の魔物であり、尚且つ単独行動時には決して出会ってはいけない魔物の代表格である。


オークが軽くはたくだけでも、木や人は小枝のようにへし折られ、その厚い皮下脂肪のせいで致命傷を防がれる。罠を仕掛けるか連携をして攻撃を繰り返せば、倒せない魔物ではないが、決して一人で挑むべき相手ではない。


そのオークをシヴァルは武器も罠も使わずに、己の身体一つで次々と殴り飛ばし、食い散らかす様は、どんな獣や魔物よりも化け物染みていた。


「食いごたえがねぇ奴らだな。これじゃぁ腹ごなしにもならねぇ」


塵積もったオークの残骸の山に、シヴァルは腰を掛けて退屈そうに欠伸をかみ殺す。そしてオークの死体から肉の一部を毟り取ると、そのまま口の中へ放り込んだ。


「脂臭ぇ味だが悪くねぇ。焼いて食えばイケるな。だが面倒だな……後でアリアに焼かせるか」


また肉を毟り取って噛み締め、焼いた時の味を想像してシヴァルは口の端から涎を垂らす。


そんなシヴァルに水を差すようにオークの山を崩すほどの地響きが押し寄せた。


折角良い気分であったのに邪魔をされたシヴァルは、その地響きを引き起こした魔物達を、不機嫌そうに睨み付ける、


「あっ?んだテメェら」


それはオークの背丈を一回りも大きく超え、赤黒く変色している体躯は肥え太らせて弛んでおらず、激しい競争の中で自然と鍛えられた無駄のない筋肉の鎧で覆われている。


シヴァルの常識外れの強さに逃げ惑うオークとは対照的に、引き連れた同種たちと共に二本の足で泰然と待ち構える強者としての自覚と風格に満ちてその魔物の種名は『オーガ』と呼ぶ。その強さはオークとは比べるまでもない。


オークが刃で傷つくのであれば、オーガはその刃すらも弾き返し。

オークが拳を振るって木をへし折るのであれば、オーガは千年の大木を打ち壊し。

オークが10の人を殺すのであれば、オーガは100の人を殺す。


全てに置いてオークの身体能力を遥かに上回るオーガ十数体、それがシヴァルたった一人を取り囲んでいた。


「丁度良いじゃねぇか。オークにも飽き飽きしてた所だ。おかわりなら大歓迎だぜ」


オークの屍山からシヴァルは立ち上がり、見上げるほどの巨体の先にある、角ばった不細工な顔を馬鹿にするように口の端を歪める。


「オォォォォゥォォォウォォ!!」


その視線を浴びたオーガは、激昂するわけでも況してや恐怖するわけでもない。それどころか高揚しているように唸り声を上げた。


オーガ達はよほどシヴァルを警戒しているのであろう。直後に発した咆哮の合唱は、足鳴りの比にならないほど空気を激しく震わせた。


「おうおう、活きが良いのは大歓迎だ。だが、お前じゃ話にならねぇ。お山の大将連れて来いや」


言葉が通じなくとも、シヴァルは自身の周りから滲み出る、常人ならば近づくだけでも膝を付いてしまうほどの威圧感のみで分からせる。


敢えて意訳するのであれば、雑魚を刈るのには飽きたから見逃してやる。その代わり、お前達のボスの首を差し出せという優しさと合理的判断である。


「「「「「オォォォォゥォォォォォォウゥゥゥォ!!」」」」」


その意味に気づかないほど、オーガという種は甘くない。この威圧は弱者を振るい落す為の選定だと分かるや、更に大きな雄叫びがシヴァルを囲い込む。


最早、それは耳穴の奥底にある鼓膜を破裂させんばかりの大演奏。楽器など無くとも、意味が通じない野太い奇声で音を鳴らし、その音は石造りの建物一つを崩落しかねないほどの響きを産み出している。


そして、演奏の終わりを告げる衝撃が場を駆け巡った。


音源は、それ単体のみでも小さな家の屋根を超える、血錆びまみれの柱のように太い鉄棒。それをまるで杖のように握り占めているのは、並み居る群れの中で唯一、座った状態で同じ背丈となる傷だらけのオーガ。


傷だらけのオーガはやおら立ち上がると、他と比べて優に二倍を超す巨大な体躯の全容が露わになる。そのまま歩き出すと、闘争本能丸出しにして吠え騒いでいたオーガ達が、一斉に息を殺したように大人しくなり、何も発さずに黙って道を開ける。


一度歩く毎に地面を揺らす重低音が、シヴァルを追い詰めるが如く詰め寄り、そして止む。


その時には既に、シヴァルと傷だらけのオーガは互いの身体が触れ合いそうなほどにまで相対していた。


「お前がボスか。こりゃ随分と態度がデケェなおい?」


シヴァルがふざけてオーガを軽く小突く。その感触はおよそ生物が持つ肉体の硬度ではなく、さながら鋼鉄の塊が人の形を成したようであった。


明らかに、このオーガは唯のオーガでは無い。群れの中に限らず、種として全体を見ても異常個体である。それを知ってか知らずか、シヴァルは知り合ったばかりの友人と話すぐらいの気軽さで聞いた。


「お前、強いのか?」


返ってきたのは、シヴァルを踏み潰せるほどに太い鉄棒の振り下ろしだった。


火薬樽に火を投げ捨てたかのように、シヴァルと鉄棒がぶつかり合った直後、腹の底を掻き乱す鈍い衝突音が響く。傷だらけのオーガの一撃は、足元に草原生い茂る緑を纏めて茶色にひっくり返し、地面をスプーンで抉り取られたかのように陥没させる。


余りにも強烈だった故に、周囲のオーガ達の屈強に磨かれた足腰でも、衝撃だけですくみ上がってしまうぐらいであった。


体制を持ち直したオーガ達が揃って、自分たちのボスである傷だらけのオーガの姿を確認しようとする。舞い上がった砂塵のせいで影のみしか見えないが、そこには確かに鉄棒を振り下ろした巨大なオーガが立っていた。


分かっていたことではあるが、オーガ達は皆一様にその鉄棒の威力を前にして、改めて戦慄を脳裏に刻まれる。


元々の腕力でさえも、オーガを軽く一捻りするほどなのに、そこに廃砦から拾って来た鉄の柱を持つようになってからは、もはや騎士や人間の兵器ですら歯が立たない無双の強さを手に入れたのだ。そんなオーガのボスに叶う者など、他のオーガ達が知る限りでは存在しない。


だからこそ、オーガ達は期待していた。またいつものように人間を地面に落ちて踏み潰された木の実みたいにへしゃげたシヴァルを想像し、勝利と愉悦の雄叫びを上げようと喉を開きかけていた。


砂煙が晴れる。そこにはやはり傷だらけのオーガが鉄棒を振り落としていた。


だがしかし、その様はオーガ達が予想していたものとは遥かにかけ離れていた。


鉄棒はシヴァルの身体を粉砕しておらず、何も壊してはいない。


シヴァルの額に押しつける形で止まっていた。


これはどう言うことなのか、近くで見ていたオーガや、鉄棒を振るった傷だらけのオーガですら、同じ疑問が頭をよぎっていた。


確かに鉄棒をシヴァルに振り下ろしていた。それも何の躊躇いもなく、微塵も残さないで押し潰さんと全霊の力を込めて。


なのにどうして、鉄棒は止まっている。


どうして、シヴァルは無事なのか。


どうして、直撃した筈の額が、かち割れていないのだ。


「魔物にしちゃ良い腕してんじゃねぇか。だが、俺のドタマはそれ以上に硬ぇんでな」


額に置かれた鉄棒をシヴァルは左手に掴んで持ち上げる。すると、傷だらけのオーガの丸太のような巨腕を物ともせず、遂には真っ直ぐ肘を伸ばせるまでに押し上げられてしまった。


その時になって、ようやくオーガ達は何故、シヴァルが傷一つないのか、その理由に気付いた。


答えはとても簡単であり、ろくに知恵が回らないオーガでも分かるぐらいである。なにせ、それ以外に説明できる方法がない。


「何はともあれ、一発は一発だ。殴った分は返させてもらうぜ!!」


シヴァルが右拳を構えた途端、同期して握り占めた左の掌が、今まで傷つくことすら無かった鉄棒を砕いた。


どうして、シヴァルが無事なのか。回答は良くも悪くも一つのみ。


何の捻りもなく、ただ愚直に放たれた右拳が、その答えを否応にも証明した。


「『荒打鬼(あらだき)』!!」


この男、シヴァルは鉄よりも硬く、オーガよりも遥かに強い化け物である。それが唯一の真実で認め難い現実であった。


シヴァルの拳が、傷だらけのオーガの土手っ腹に、風穴を開ける。その先では、有り得ない事象に目を見開くオーガ達の顔が、ハッキリと見えている。


そして傷だらけのオーガの膝が、地へと音を立て崩れ去る。次に臓器を貫かれた身体が倒れ伏し、空いた穴を埋めるようにはみ出た臓器の欠片や溢れるほどの血の海が漏れ出る。


その一部始終を目撃しても尚、オーガ達は信じることができなかった。


まさか、自分達のボスが倒されるなど、有り得るのだろうか。どんな武器や魔法を受けようとも、決して掠り傷すら付くことがなかったボスが、武術も技術も魔法も何もない、たった独り相手に、一発のパンチで倒されるなど俄にも信じられない。


確かめようにも、オーガ達はその場から動くことはできない。どのような強者と対峙しても怯むことのなかった足が地面に直接縫い付けられてしまう。


読めない。底無しの沼を覗き込んでいるかのように、目の前で悠然としている人間の強さが計り知れないのだ。傷だらけのオーガの一撃をガードもせず平然と耐え抜き、拳一つで容易く鍛えた肉体を貫くような男が本当に居るとしたのならば、どうすれば倒せると言うのだろうか。

いや、倒すといった問題ではない。


一体誰が、この化け物(シヴァル)の歩みを止めることが出来るのだろうか。


「おいおい、逃げてんじゃねぇよ。それでも魔物だってんのか?」


シヴァルが他のオーガに近づこうとすれば、動かなかった筈のオーガ達の足が、自然と後ろへと下がっていく。


既にオーガ達に植え付けられた闘争本能などは壊れ切っていた。そこに戦うという選択肢はなく、身体と意識は、如何にシヴァルの視界から消えることが出来るのかを探り出している。


しかし、どれだけ考えようとも、身体の限界を超えてでも逃げ出そうとしても、シヴァルと目が合うだけで、その悉くが無駄であると悟ってしまう。


祈るという行為そのものを知らないオーガ達でさえも、シヴァルの前では祈ってしまう。


その牙が、その興味が、その気まぐれが、どうか自分へと向かないようにと。


シヴァルは首をぐるりと回した後、その選択を下した。


「お前ら、俺を満たしてくれるか?」


その瞬間、シヴァルは獣が如き素早い跳躍で、オーガの胸元へ飛び掛かった。

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傭兵の中で一番強い奴は誰だって?そいつは難しい質問だな。傭兵って言っても、奇襲が得意な奴や、城攻めが得意な奴、情報操作が得意な奴とか居たな……とにかく色々な奴が居る、正に兵士の見本市のような界隈だからな。


但し、俺からすりゃ、最強の傭兵なんぞ、ただ一人だけだ。


そいつはよ、人を綿埃のように吹き飛ばしたり、敵の城砦をパンチ一発で穴開けるんだぜ?どんな腕自慢や武勇持ちの騎士様だろうと、あいつにゃ近づかなかったな。誰彼構わず、しっちゃかめっちゃかな戦場で、そいつの周りに人が寄り付かねぇなんてあると思うか?


アイツがいれば、その戦は絶対に勝つ。逆に敵に回れば、知ってる奴は全員逃げ出す。正に最強の傭兵っていうのはそういう奴だよ。

―――ある傭兵の話


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